傀儡 #2

カンクロウの合図で林の切れ目目指して全速力で走り出す。
‥‥ザワザワ、ザワザワ
竹が囁きあう声が聞こえてくる。
‥‥ニガスナ、エモノヲニガスナ‥‥
‥‥オレタチニハ、アタラシイエモノガイル‥‥
気のせいよ、気のせい、気にしちゃだめ、とにかくあの方角へ逃げるんだ!
シュカシュカシュカッ
速度を落とさないように注意しながら振り返ると、カンクロウがさっきの傀儡を操りながら、
後方を守っている。
追っ手‥‥?
傀儡だ!
おどろおどろしいまでに朽ちた姿をさらし、半分壊れたような傀儡達が
亡者の群れのように私たちを追ってくる。
あの傀儡は一体なんなの?!
そして‥‥あいつらを操っているのは一体誰?!

「くそっ、なんだってこんなに数が多いんだっ、こっちはレンタル傀儡一体だってのによ!」
憎まれ口聞いてる余裕があるなら、大丈夫よね?!
ああ‥‥傀儡を扱えない自分が悔しい!
カン、カン、カンッ
追いつかないと見てか、今度は折れた竹そのものが飛んでくる。
竹槍みたいで危険きわまりない。
カンクロウがさっきの傀儡を使って盛んに跳ね返している。
もう少し、もう少しで出口だ、ほら明るい光がすぐそこに!

「カンクロウ、もう少しよ‥‥」
彼の方を見ると、後ろに気を取られているカンクロウのすぐ横に忍び寄る傀儡の影!
こんのやろう!傀儡の分際でアタシの男に手ェ出すんじゃねえっ!
思わず力任せに蹴り上げた。
バラバラバラ‥‥半分朽ちかかったその傀儡はあっけないほど簡単に崩壊した。
‥‥でも、地面に散らばったその傀儡の、どこか悲しい目は‥‥私の脳裏に焼き付いた。

ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。
どうにか逃げおおせた私たちは、盛大に肩で息をしながらその場にへたり込んだ。
「な、なんとか逃げられたみてぇだな‥‥」
ガシャリ、と私たちを守ってくれた傀儡がその場に崩れ落ちる。
カンクロウがチャクラ糸を切ったのだ。
‥‥守ってくれたとはいえ、さっきは私を襲ったヤローだから、つい冷たい目で見ちゃう。
と、カンクロウが少し息が整うや否や、こともあろうにその傀儡の痛み具合を点検しだした。

「ちょっと!マジ?そいつアタシを襲ったのよ?!」
じろっとカンクロウの三白眼が私を見る。
「何言ってんだよ、傀儡が自分で人を襲うわけねえじゃん」
「そりゃそうだけどさ、現にさっき‥‥」
を襲ったのはコイツじゃなくて操ってた野郎じゃん。
‥‥俺はオカルトなんか信じないけど、多分‥‥竹が操ってたんだ」
竹?!
傀儡の関節をあちこち外したり、はめたりしながらカンクロウが言う。
、お前竹の秋とか竹の春って知ってるか」
「え、まあ聞いた事あるけど。
竹の季節は普通の植物とは逆なんでしょ。
確か、竹は春に枯れるんだよね‥‥」
言いながらハッとする。
さっき見たあの枯れた竹林は‥‥
「多分さっきの竹林は今年で枯れるヤツだ。
普通竹は花咲かせて次の竹に世代交代すんだけど、どうしてかしらねえが、さっきの竹は‥‥
、お前も感じただろうが、死にかかってた」

カンクロウがトントン、と傀儡から丁寧に枯れ葉やホコリを払う。
「竹ってのは‥‥林全体が家族らしいからな。
仲間意識が強いんじゃん。
‥‥さっき俺たちに襲いかかって来た傀儡は、コイツもそうだけど、あそこの竹で作った奴だと思う」
ゾっとした。
竹が、傀儡を操って私たちを襲うなんて?
でも現実に傀儡は私たちを襲って来たのだ。
そしてその背後には人影らしきものはまったくなかった‥‥。
を襲ったのは‥‥多分‥‥それこそホラーな話だけどさ‥‥
枯れないために‥‥若いエネルギーが‥‥欲しかったからなんだと思うぜ‥‥」
傀儡をすっかりきれいにして、近くの竹にもたれかけさせながら、カンクロウが言う。
鳥肌が立って、思わず身震いした。
逃げながら聞こえて来た声は幻なんかじゃなかったんだ。

サヤサヤサヤ‥‥
笹の葉を揺らして風が通り抜ける。
暖かいはずの風も、太陽の光も、私を暖めてはくれない。
「でも、ここの竹は‥‥枯れてないね?」
「ああ、こいつらは家族がちがうんだろう、多分。
あっちの方が古い竹林だってのは、俺も聞いた事があるからな」
‥‥じゃあ、さっきの桃の林は何だったんだろう‥‥
自分たちのまわりを見回す、桃の木の一本や2本ぐらいないかと。
‥‥ない。
信じられない‥‥あんなに咲き誇っていた花が、全部幻想だったのか。
「‥‥さっき‥‥桃の花が咲き乱れてて、凄くきれいで‥‥
それで私、カンクロウのそばを離れちゃったんだ‥‥」
カンクロウが怪訝な顔をする。
「桃の花?」
「うん‥‥」
黙りこくるカンクロウ。
なんか言ってよ‥‥
「‥‥さっき、 を探して例の竹林に入る前に、放置された桃畑があったけど‥‥」
「そ、それよ、それ!」
よかった、偽物くさかったけど、あれは本物だったんだ。
「‥‥でも、全部枯れてたぜ‥‥」
「‥‥‥」

なんか、めまいがして来た。
「顔色悪いじゃん、大丈夫か、
そういうカンクロウも冴えない顔だよ?
「ねえ、気味悪いよ、帰ろうよ、もう」
「ああ‥‥」
そう言いながらもなんか、後ろ髪引かれてるっぽいカンクロウ。
「どうしたのよ?!」
「‥‥傀儡がなあ‥‥哀れでさ‥‥」
「‥‥さっき、私たちを襲って来たヤツらが?!」
「ああ‥‥傀儡ってのは、っていうか、道具って奴は愛着を持ってちゃんと手入れすりゃ長く使えるし、
使い手の手足になってくれるんじゃん。
‥‥命が吹き込まれるっていうか」
言ってて照れくさくなったんだろう、カンクロウがぼりぼり頭を掻く。
「だからさ、さっきの奴らは‥‥
多分壊れたり、古くなったりして、持ち主が捨てたんだろうよ。
‥‥部品を入れ替えてちゃんと手入れすりゃ、何倍も長持ちしただろうにな」

そうなのだ。
カンクロウがいつもつかってるヤツだって、はっきり言ってお古だ。
しかも、自分を半殺しにした先輩ヤロウの。
でも、カンクロウはいろいろ手を加えて自分だけの傀儡にして、大事に大事に使っている。
彼に取っては傀儡は単なる道具を超えた相棒なのだ。
‥‥だから、さっき私たちが逃げる時に使った傀儡も、自分に属するものではないと承知の上で、
カンクロウとしては手入れせずにはいられなかったんだろう。

‥‥私にも、さっき蹴り飛ばした傀儡の目がとても悲しそうに見えたっけ‥‥
捨てられた傀儡は主人を失った犬のようなものなのかもしれない。

急に今度は本物のカンクロウが私を押し倒した。
「ちょっ、どさくさまぎれに何すんのよっ!」
「誤解するなっ、また来やがった!」
みればさっき私がいたとこに竹が突き刺さってる。
「時間ねえ、逃げるじゃん 、来い!」
ぐいっと手が引っ張られて、カンクロウと2人で走り出す。
私も逃げ足の速さは結構自信あるんだけど、この地響きは‥‥
恐いもの見たさで振り返ると、竹が‥‥!
ワーン、というようなうなり声とも鳴き声ともつかないような音を立てて、
新しい竹林の背後に枯れかかって茶色になった竹がせりだしていた。
オレタチハマダ、イキタインダ‥‥
カエッテコイ‥‥
エモノヲニガスナ‥‥エモノヲ‥‥
その得体の知れない力に心底恐ろしくなる。
カンクロウがぐいっと私をそばへ引き寄せる。
「‥‥心配すんな、お前は俺が守る」
嬉しかった。
‥‥でも、今度は敵を迎え撃つ傀儡もない。
どうすればいいのか。

と、その時。
あの傀儡が‥‥ふらふらと立ち上がった。
またカンクロウが操ってるのかと思ったら、彼も信じられないと行った顔でその様子を見ている。
操っているのは又、竹‥‥?
でも、傀儡は私たちへ背を向けたまま、枯れかけた竹林の方へ、自分の家族の方へ向かって行く。
竹が術者なら、私たちの方へくるはず。
続いて、私たちを追うべくやって来た半分朽ちた傀儡達が、その傀儡を前に立ち止まる。
おかしい。
竹がこの緊急時に傀儡の動きを止めるなんて、そんな事をするとは思えない。
‥‥‥術者がいないのだ。

「‥‥信じられねぇじゃんよ‥‥傀儡が勝手に動いてやがる‥‥」
私たちは呆然と成り行きを見守った。
傀儡が命を持ったかのように自分たちで動く。
しばらく傀儡同士のにらみ合いが続いた‥‥もしかしたら、ほんの数秒だったかもしれない。
ガシャガシャガシャ‥
突然音を立てて全部の傀儡が一斉に地面に崩れ落ちた。
‥‥チャクラ糸が切られた時みたいに。
こんな重要な局面で竹の古老達が糸を切るわけはない。
‥‥傀儡が自ら糸を切った?
自分で動けない竹は、傀儡なしではこれ以上私たちを追ってくることはできない。
竹林の上空がいびつに歪み、古い竹達の断末魔の叫びが聞こえたような気がした。

「竹が‥‥叫んでる‥‥」
私は思わず声を漏らした。
カンクロウの目が驚きで大きくなったかと思うと、次の瞬間にはキッと険しくなった。
「逃げるぞ 、今のうちだ!」
大慌てで、こけそうになりながらもひたすら走った。
息が切れてもうだめと思っても、足を止める事が出来なかった。
走って、走って、走って‥‥ようやく竹林を抜けた。

「‥‥結局何も収穫なかったね‥‥」
「‥‥仕方ねえじゃん、命拾いしただけでもよかったぜ」
「‥‥そうだね」
「それに竹が傀儡に向いてるってことはこれではっきりしたしな」
「‥‥まあ、ね」
「あの傀儡がなかったら、 も俺も今頃殺されてたかも知んねえな」
一度は私に襲いかかったヤロウだけれど‥‥確かにカンクロウの言う通りだろう。
渋々頷く。
「まあ、新しい竹に生まれ変われたかもしんねえけどさ。
タケノコの季節だしな」
フン、といった顔でカンクロウが言う。
「やめてよっ、縁起でもない」
「‥‥実はさ、あの竹林には近づくなって言われてたんじゃん、チビの頃」
カンクロウが遠くを見るような目つきで話し出す。
「あそこは、危ないからって。
喰われるぞってな。
でも、大人の目を盗んではちょくちょく行ってたな、喰われるの意味が分かんなかったし。
‥‥あんなに傀儡が捨てられてたとは気がつかなかったじゃん。
もしかしたら埋められてたのかもしれねえな‥‥かなりボロになってたからな」
「‥‥で、子供の頃‥‥何も‥‥なかったの‥‥?」
「こんな風おそわれなかったのかってか?
あったら、今頃ここにいねえじゃん」

しばらく黙って歩いていたが、
「‥‥ 、お前って霊感あるだろ」
出し抜けにカンクロウが言う。
「え‥‥さあ‥‥別に神社行って、鳥居の上で髪を逆立てたおばあさんが睨んでたりはしないけど‥‥」
「バカ、んなこと言ってねえよ。
‥‥でも、俺には全く見えねえ桃の花見たり、竹の声聞こえたりしたんだろ。
は幻術系得意だったし‥‥あぶねえな」
じろり。
ドキッとする。
「‥‥何が言いたいのよ‥‥」
「今日は俺んちに来い、別に部屋は余ってんだし、テマリも我愛羅もお前の事は知ってるから
問題ねえだろ。
‥‥お前んとこ、裏に竹林あったろ」
ぎょっとする。
私のビビった様子を見て、カンクロウがにやにやする。
「冗談じゃん、全くノリがいいぜ、 は!」
「ちょっと、そんなリアルなジョーク、今は御法度よ!」
真面目な顔になりカンクロウが言う。
「ともかく、今は竹に近づくな。
霊感がある奴の方がよくも悪くも誘い込まれやすいもんだ。
いいな」
歩きながら、ぐいっと肩を抱き寄せられる。
夕日の赤い光が彼の厳しい表情に反射してちょっとまぶしい。
いつもならこういう頭ごなしってムカつくんだけど、今は逆にそれが安心できた。
ちょっと肌寒くなった夕焼けの道、肩寄せあって長い影を道連れにカンクロウの家に向かった。

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