傀儡 #1

天へとまっすぐに伸びた梢の間を縫って、青い空から春の陽光が降り注ぐ。
私たちが移動する度、光と影がたわむれるように交互に縞模様をおりなす。
流線型の瑞々しい葉を、通り抜ける緑の風が揺らして行く。
アコースティックギターの澄んだ音がどこかから聞こえてきそう。
そんな清々しい空気が満ちた陽気な春の竹林。

「ねえ〜、まだ決まんないの〜」
さっきから竹を物色してばかりで、どれにするか一向に決まらないカンクロウへ文句を言う。
「え、ああ、まだちょっとな‥‥せかすなよ、
そんな簡単に決められるわけねえじゃん、大事な傀儡の材料にすんだからな」

文句を言えた義理じゃないのは承知してる。
だって、カンクロウにとってはもともと私はおまけで、いい竹を探すってのが本当の目的だから。
傀儡の材料は多種多様、決まりなんてあってないようなもの。
常にいろいろ試して、いいものがあればどんどん取り入れて改良を加えて行く。
体術を極める忍びがトレーニングをおこたらないのと同じ、とカンクロウはいう。
今日は竹を試してみようというのでここへ来たのだ。
せっかくの休みなのに‥‥
と私が文句を言おうものなら、傀儡師にとって傀儡は命の次に大事だとか何とか説教されて、
ハイハイ、ってなるのはもう経験済みだからあえて黙っておく。
かわりに手伝うという名目で引っ付いて来た方が得策だ。
‥‥カンクロウとすこしでも一緒にいたいなら。

しかしなんでもさっさとケリつけたがる彼にしては粘るなあ。
さすが傀儡部隊の未来のリーダーは偉いなあと思う反面、
ちょっとぐらい遊んでよ、とか勝手な事も思っちゃう。
私から見ればどれも竹じゃん、竹。

「う〜ん、こいつの方がよくしなるなあ、仕込むにはいいんだけど、太さがいまいちだし。
こっちのだとちょっと若すぎるってかんじだしな‥‥
もうちょっと探すか。
おい、 、もう少し奥の方へ行ってみるじゃん」
「え〜、まだ探す気?」
かぶってたネコがつい外れる。
「あたりまえじゃん、何しに来たと思ってんだよ。
ピクニックじゃねえんだ」
‥‥私的にはそうなんですが。
心の中でブツクサ思いながら、たったか進むカンクロウの後を慌てて追いかける。

ふわっといいにおいが鼻をくすぐった。
桃の香り‥‥
よく見れば竹ばかりの林だと思ってたちょっと向こうの方に白や薄ピンクの華やかな空間が続いている。
振り返ると、カンクロウがさほど遠くない所でまた竹を物色してる。
どうせ私はおまけなんだし、彼の事を見失わない程度に寄り道したっていいでしょ。
私は秘密のお花畑を見つけたような気分になって、いそいそとそちらへ向かう。

予想を裏切らない、まさに桃源郷のような眺めが私を迎えてくれた。
我が世の春を謳歌する桃、桃、桃。
まだ開いたばかりの可憐な花もあれば、もう満開に開ききった妖艶ささえ漂わす花もありで、
ただただ、その美しさと周囲の空気さえ桃色に染めてしまう不思議な魅力に圧倒される。
さっきの竹林の整然とした雰囲気もなかなかよかったけど、この豪華絢爛さはどうだろう。
あっけにとられていたけれど、ふと正気にもどる。
‥‥カンクロウにも、見せたいな。

もと来た道を辿ろうと後ろを振り返って、どきっとする。
ない、のだ。
来たはずの道が、ない。
そんなばかな、落ち着け、きっとこんなにたくさんの桃の花なんか見慣れてないせいで
見分けがつかないだけよ。
目をつぶって深呼吸、今一度来たはずの方角に目を凝らす。
‥‥ない。
血の気が引くのがわかった。
どこもかしこも、ふわふわと薄ピンクの桃の花と春風に舞う花びらに覆われて区別がつかない‥‥
まるで同じ背景画にかこまれた舞台のようで、のっぺりと個性のない春の景色が私を取り囲む。

思わずカンクロウの名前を叫びそうになったけれど、ぐっとこらえる。
そうよ‥‥ひょっとしたら、幻術かもしれない。
カンクロウが私をおちょくってる可能性もなきもあらず。
そう考えたら、ちょっと落ち着いた。
よし、私だって下忍とはいえ忍者の端くれ、幻術解除のテストは一発で合格だったし、みてなさい!
「解!」

‥‥‥
‥‥だめだ、幻術じゃないんだ。
デパートで迷子になった子供みたいに急に心細くなる。
そんな私の心なんて知らん顔で、そこここに吹きだまったピンクの花びらが
つむじ風にくるくると乱舞する。

ひょいっと、一本の木の影からカンクロウの顔が覗く。
「あ、カンクロウ!」
私がそっちへ駆け出すと、なぜかカンクロウは私を見ながら後ずさりしだした。
「どうしたの、待ってよ!」
速度を上げると、くるっと向きを変えて走り出した。
「待ってってば〜っ!」
置いて行かれたら大変、という思いから必死で後を追う。

花吹雪が行く手を阻むように、視界を遮る。
木々の間をカンクロウを追って走りながら、だんだんこの桃林が変な事にいやでも気がつく。
どの木にも精気というものが全く感じられない。
まるで作り物だ。
‥‥つくりもの?
そう思った瞬間、私は自分が今いるのが竹林である事に気がついた。
さっきまでの明るい空間はどこかへ吸い込まれたかのように姿を消し、
まわりに広がるのは陰気な、立ち枯れた竹ばかり。
‥‥‥カンクロウといた生命力に満ちあふれた青々とした竹林とはまるで似ても似つかない。
呆然と立ち尽くす。
ザワッ、ザワッ
ぎょっとして後ろを振り向く。

「カンクロウ!」
ミシミシと枯れ葉の積もった地面を踏みしめて、カンクロウが私の方へ歩いてくる。
「もうっ、脅かさないでよっ、ビックリするじゃないっ!」
近づく彼に非難の声をあげるけれど、まったく無表情。
変だ、いつもの彼なら
「ははは、ビックリしただろ?」
とか、
、すんげえびびってんじゃん」
とか、何か返してくれるのに。
ミシッ、ミシッ
地面の枯れ枝がカンクロウの足の下で音を立てて折れる。
「‥‥カンク‥‥」
がしっ
腕をつかまれて、乱暴に地面に引きずり倒される。
「なん‥‥」
組みしかれて、上から顔を覗き込まれる。
違う、カンクロウはこんなことしない!
背中が総毛立つ。
「‥‥一体、誰?」
カクリ、と首を傾げるそいつは、姿形はカンクロウだけれど、表情がまったくない。
のっぺりした顔が近づいてくる。
悲鳴を上げようとしたその瞬間、手で口を塞がれる。
混乱と恐怖の中でもそれが人間の手ではないと本能的に分る。
体温がない。
‥‥それにおかしい、だって、私の手はばらばらに押さえつけられてる‥‥
口を抑えてるのも手だ‥‥‥手が‥‥手の数が多い!
こいつが動く度、かすかになにかがこすれる音がする‥‥
確かに聞き覚えのある音‥‥懸命に思い出す。

傀儡だ!

急にそいつの体が私から引き離されたかと思うと、宙に吹き飛ばされ、
派手な音を立てて近くの木の幹に勢いよくぶつかった。
もとの傀儡の形にもどったソイツは、ばらばらと地面に散らばる。
げほげほ咳き込む私の涙目に、懐かしい人の心配そうな顔が飛び込んでくる。

「大丈夫か、 ?」
「‥‥カンクロウ!」
彼の胸に飛び込む。
しっかりと抱きとめられる。
心臓の音と、馴染みのあるにおい。
まぎれもないカンクロウの暖かさ。
全身で彼を感じる。

ザワザワと風が不穏な音を運んでくる。
カンクロウがすぐそばにいる事に安心しながらも、この得体の知れない空気は何?
見上げると、カンクロウの鋭い目が辺りを抜け目なく探っている。
「‥‥今の、何だったの‥‥」
「説明は後だ、取りあえずここから抜け出すじゃん。
しっかりついて来いよ、ぼやぼやしてっと喰い殺されんぞ」
のっぴきならない張りつめたカンクロウの声に、聞きたい事は山ほどあったけれど黙って頷く。

カンクロウが例の動きでチャクラ糸を放ち‥‥こともあろうに、さっき私を襲った傀儡を引き寄せる。
「ちょっと、なんでこんなヤツ‥‥」
「仕方ねえじゃん、今俺には手持ちの傀儡がねえんだからブツクサいうなよ。
性能ならお墨付きだろ、どんだけコイツが有能か が身をもって体験してんだろうが」
そりゃそうだけど‥‥
「あっちだ、行くぞ!」

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蛇足的後書:まだ前回の連載物も途中のままなのに次のか、ですねえ(汗)。
今度はちゃんと構想できてますので、大丈夫です(じゃあ、前のは‥‥/ーー;)
春のちょっと怖いような側面も書けたらなあと、あいかわらず無謀な企みです、おつきあいよろしく。