傀儡 #3

体はくたくたなのに頭の芯が興奮しすぎて眠れない‥‥
客室の丸窓からみえる濃紺の空には明るすぎる月。

せっかくカンクロウんちに来たってのに、彼は今晩もお仕事。
「わりいな、 、急に任務入っちまった」
夕飯のあと、言いにくそうに告げられた。
ちぇっ、と内心舌打ち。
‥‥強引に来いっていうから、多少期待してたんだけどな‥‥
‥‥って、カンクロウのスケベが伝染したわ///
一人にしたら危ないからと連れて来てもらったんだから、文句言えた義理じゃないでしょ、
自分にいい聞かせ、貸してもらった部屋着のままでごろごろ寝返りをうつ。
ひとりでいるといやでも昼間の事が頭に浮かぶ。
‥‥あの傀儡、どうなったんだろう‥‥
あの竹林は‥‥本当に私の血がほしかったんだろうか‥‥
寝苦しい夜。

‥‥さむい。
ぶるっと身震いして目を開けると、昼間いたあの竹林の中。
枯れた竹が林立する中、素足に寝間着のまま突っ立ってる私。
いったいどうしてこんなところにいるのだろう。
さっきまで、カンクロウんちの布団の中でウトウトしてたはずなのに‥‥。
月光が荒れた竹林の無惨な姿をしらじらと浮き立たせる。
‥‥本当に、枯れちゃったんだ‥‥

ズボッ

足下から音がして、伸びて来た手が私の足をむんずとつかんだ。
心臓が口から飛び出そうになる。
あまりの恐怖に声も出ない。

ズボッ
ズボッ

つぎつぎに伸びてくる手、いや、触手のようなこれは‥‥竹の地下茎だ!
くそっ、騙された、上だけ見て死んだと思ってたのに、コイツらまだ生きていたんだ!
必死に振り払い逃げようとするけれど、逃げる先、逃げる先で地面が音を立てて盛り上がる。

ズボッ
ズボッ

なんとかしなきゃ、なんとか!
せっかく昼間逃げ仰せたのに元の木阿弥じゃない!

カサッ
ポケットの中で何かが音を立てた。
‥‥マッチ!
夕飯の鍋で使って、そのまま入れてたんだ!
ええい、このままじゃ喰われておしまい!
だめもとでやってみるしかない。
逃げながら火をつけ放り投げる。

ジュッ

だめだ、湿ったとこに落としたらすぐに消えちゃう!
乾燥したとこを選ばなきゃ!

ズボッ
ズボッ

容赦なく追っ手が迫る中、必死でジグザグに走り、目の端で乾いた所を探す。
‥‥あった!
けれど、枯れ木の山に見えたそれが、近づくにつれ、
昼間の傀儡の山だと気づくのにさほど時間は必要なかった。
‥‥私たちを助けてくれたのに‥‥今度は燃やすの?

ズボッ

一瞬の躊躇の間に右足を掴まれる。

ズボッ

続いて左足。

ズブズブと音を立てて、ゆっくりと両足が土の中にめり込んでゆく。
早く、早く!
助かるにはそれしかないのだ、火をつけろ!
頭の中ではわかっているのに。
傀儡の悲しい目がまざまざと浮かぶ。
だめだ、できない!
また裏切ってしまう事になる!

「ヤレ!」

はっとして、目を見開くと目の前にカンクロウの顔。
どうして?
‥‥いや、ちがう、これは昼間の傀儡!

「で、できない、助けてくれたのにまた裏切るなんて‥‥」
「タケハ、オナジコトヲ、クリカエス。
オレタチハ、クグツハ、アヤツラレルシカナイ。
‥‥コノタケガアルカギリ‥‥
ダカラ‥‥モヤセ‥‥」

まだ躊躇する私をカッと睨みつけ、カンクロウの姿のそいつが言う。

「ヤレ!」

シュッ
マッチを放り投げる。
ボウッ
めらめらと音を立てて、傀儡達が燃え出す。
私の足を持った竹の力が弱まる。
力一杯ふんばって、足を抜く。
パチン、パチン
乾いた傀儡がはぜて燃える。
炎が地面をなめる。
死んだはずの竹林がザワザワと音を立てる。
傀儡ががさがさと真っ赤な炎の中で崩れ落ちる。

「イケ」

煙と涙で前が見えない。

「イケーッ」

傀儡が叫ぶ。
カンクロウの悲しい目。
だめだ、おいてけないっ!

カンクロウじゃない事なんか、百も承知でその傀儡をとっさに背負う。
まだ火のまわってない方角めがけて脱兎のごとく走り出す。
煙がすごい。
方角を見失う。
竹の古老達が本当に断末魔の叫びをあげる。
でももうそんなことどうでもいい。
とにかくここから逃げなくては。
私たちのまわりにも火が回る。
炎の壁が立ちはだかる。
ああ、もうこれまでか。

背負っていたはずの傀儡の手が、ゆるゆると動き一方向を指差す。
その先には沼。
何?
水に入っていれば助かるというのだろうか。

ごうっ

炎が迫ってくる。
選択の余地はない。
傀儡の指差す通りずぶずぶと沼に入る。
辺り一面火の海。
煙は沼まで流れてくる。
あぶられているような苦しさ。
でもなんとかここなら火からは逃れられる。

と思ったその時

ズボッ

いやな音とともに触手が一本のびてきて私を沼の中へ引きずり込もうとする。
抵抗するけれども泥が重たくてなかなか動きが取れない。
おそらくは最後の生き残り、むこうも必死なのだ。
生きるか死ぬか。
もみ合いながらふと思った。

傀儡がある!
私はまだしたっぱ下忍で、カンクロウみたいに逃げながら追跡を追い払うような高度な事は出来ないけど‥‥
一対一なら‥‥使えるかもしれない。
やるしかない。
慣れないどころか見習い運転中の手つきで傀儡を操る。

頭の中で声がする。
「こういうときは腕を使うもんじゃん」
「バカ、足を絡ませるんだ」
「そこで仕込みの刀で斬りつける」
次々に蘇るカンクロウの言葉。
意識を集中させる。
ああ、でも仕込みの場所が分からない!

「ソコジャナイ、テクビダ」

傀儡の声が聞こえる。
なぜなんていってられない、その声通りに動かす。
するどい切っ先が触手を傷つけ、触手がひるむ。

「シニタクナイナラ、ヤレ!」

ためらってるのを見透かされてる。
くやしいけれどこいつの方が私より経験豊富だ。

ズズズズズッ!

触手が最後の力を振り絞って私の体に巻き付いて来た。

しまった!
これじゃ斬りつけられない。
チャクラ糸を出すのでも精一杯の私には高度すぎる。
自分も一緒に斬ってしまう!

パチン
傀儡が私のチャクラ糸を断ち切り勝手に動きだす。
仕込みナイフの先がきらめく。
ああ、もうだめだ、竹がコントロールをうばったのだ。
私が切り刻まれる!
黒煙がもうもうと立ちこめ呼吸ができなくなる。
視界ゼロ。

「おい、おいっ、
目を覚ませ!」
乱暴にゆっさゆっさ揺すられて目が覚めた。
「カンクロウ‥‥?」

辺りに充満する焦げ臭いにおい。
痛む目をこらして周りを見ると、真っ黒にすすけた竹が見えた。
私がいたのが沼地だったおかげで、どうやら燃えずにすんだらしい。
私のすぐそばには、あの傀儡。

「えっと‥‥たしか火事になって‥‥」
「ああ、ここらへんは全焼じゃん、よく助かったな。
まったくいい場所に倒れてたぜ。
一体何があったんだよ、だいたい、なんでこんなとこに がいたんだよ?
家でねてたんじゃなかったのかよ?
任務大急ぎで片付けて家に向かってたら山火事が見えて、いるはずの がいない。
まさかとは思ったけど、来て見たらこんなとこにお前が倒れてて、びっくりしたじゃんよ!
‥‥この傀儡がお前をかばうみたいに覆いかぶさってたぜ」
一気にまくしたてるカンクロウ。
詰問口調に見え隠れする心配そうな表情に胸が痛んだ。
「ごめん‥‥」
状況を思い出そうとするけれど、頭が割れるみたいに痛い。
すぐ私の様子に気づいたカンクロウが言う。
「悪い、ぽんぽん聞いちまって。
説明はあとでいい、とにかく今は連れてく」
ぐいっとわたしを助けおこして背負おうとする。
「‥‥あの傀儡も‥‥」
煙で喉がやられて掠れ声しか出ない。
「え?」
カンクロウが振り向く。
「お願い‥‥」
訳を聞きたそうな顔をしたものの、憔悴しきった私の様子に何も聞かず傀儡も背負ってくれた。

カンクロウを見て緊張が一気に解け、遠慮のない疲労が私に襲いかかる。
都合いいな、私も‥‥
カンクロウが来ただけでこんなに安心するなんて。
そういえば、どうしてこの傀儡はいつもカンクロウの姿で出てくるんだろう‥‥
私の彼への想いがそうさせるのかしら‥‥

今はただの傀儡といっしょにカンクロウの背中で揺られながら、私の意識は遠のいた。

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蛇足的後書:あれ‥‥3話完結のはずだったんですが、なんか続いてますよ(汗)。
すいませんね、計画性のない管理人です。