傀儡 #4

視線を感じて重たい目をこじ開ける。
緑の瞳が覗きこんでいる。
うわっ、また傀儡!と思って飛び起きたけど、すぐに杞憂だと分ってほっとする。
私がいるのは焼けこげた竹林なんかじゃなく、清潔で静かな夕べの客室だったから。
それにこの瞳は‥‥本物のカンクロウだ‥‥。

「ぶっ、すげえリアクションだな。
、少しは元気回復したか?」
私の過剰な反応を面白がってるのを隠そうともせずカンクロウが聞く。
「びっくりするじゃない!カンクロウのばか!」
きまり悪くてつい、乱暴に言っちゃう。
「ま、怒れる元気あるんなら大丈夫だな。
それじゃ事情聴取させて頂くじゃん。
‥‥なんだって、あんなとこにいたんだよ、

つっかえつっかえ、思い出しながら話した。
目が覚めたら、もう、あの林にいたこと。
竹の地下茎が伸びて来て私を捕まえようとしたこと。
燃やすのをためらってたらあの傀儡が発破をかけて来たこと。
火事から逃れるため、沼に入り、そこで闘いになったこと。
そして、傀儡に助けてもらったこと。
カンクロウは始終険しい表情を崩さず、でも一言も口をはさまず私の話に耳を傾けた。

そういえばあの傀儡はどうしただろう‥‥
きょろきょろ部屋を見回すと片隅にたてかけてあってなんだかほっとする。
高く昇った太陽が窓から見えた。
‥‥あれから半日もたってないのに、なんだかすごく前の事みたいに思える。

カンクロウがため息。
「‥‥まったく、 、お前も負けず嫌いだな‥‥
竹も を呼んだんだろうけど、のこのこ出かけてった じゃん。
昼間あいつらに一方的にやられっぱなしで悔しかったんだろ、違うか?
潜在意識でやり返す気持ちがあったから、呼びかけに共鳴して、夢遊病みたいに行っちまったんだろうよ」

え‥‥そうなのかな‥‥
悔しくなかった、といえば嘘になるけど‥‥

は売られたケンカは買うタイプだな。
まあ、その方が強くはなるじゃん。
だけど、今回はラッキーだっただけだぜ、傀儡がいたからな」

ムカッ
「なによ、傀儡に助けてもらって何が悪いのよ‥‥」

言い終わらないうちにカンクロウに怒鳴りつけられる。
「バカ野郎!
傀儡に助けてもらっただと?
運がよかっただけだろうが!
この傀儡は普通じゃねえ、俺も使ったからよく分る。
‥‥おっかねえほど、使い手に馴染みやがる。
だけどな、使うのは人間だ、使われてどうすんだよ!
それじゃ が傀儡だろうが!」

なによ、なによ、なによ〜っ!
ヘタクソなりに頑張って戦ったのに!
そりゃ、傀儡が良かったから助かったってことぐらい、当の本人が一番良くわかってるわよ!
でも、そもそも、カンクロウがあんなへんてこな竹林に連れて行ったからこんなことになったんじゃない!
‥‥私が竹に飲み込まれても良かったの?

言ってやりたい事が一気に頭に浮かんで、そのくせどれも言葉にできない。
悔しすぎて涙の方が先に出て来た。
そうよ、この傀儡は使い手の気持ちを読むのよ!
‥‥だからカンクロウの姿で私の前に出て来たりすんのよ、コイツは!
でも、だから何よ!
傀儡はただの道具じゃないんでしょ?
クセがあって当然じゃない!
だいたいあそこの竹は人食いで、その竹から作られた傀儡なんだから、半人植物でしょ、
人の気持ちが読めて何の不思議があるのよ!
チャクラで操られるだけじゃなく、少しは自分で動けるのもそのせいよ!
それでなんで、私が責められなきゃならないの?
なんでお前の方が傀儡だ、なんて言われなきゃならないのよっ!

「カンクロウの大バカ野郎っ!
出てって!」
思い切り背中を向けて叫ぶ。

カンクロウがしまった、と思ってる気配が伝わってくる。
でも、こっちも意固地になってるから素直に許す気になれない。
どっちも石みたいに黙りこくったまま、部屋に気まずい沈黙が流れる。

ガチャ。
「なにやってんだ、カンクロウ?
まだ は具合悪いんだから、お前は外出てろ!
ほら、そこの薄汚れた傀儡も持っていけ、ちゃんと手入れしてやれよ」
テマリさんが部屋に入ってくる。
「うるさいな、テマリは!
言われなくても出てくじゃん」
ガサガサっとカンクロウが傀儡を引っ掴むと、乱暴にドアを閉めて出て行った。

‥‥行っちゃった‥‥そう言えばお礼も言ってなかったよ、助けに来てくれたのに。
一気に後悔が押し寄せるが後の祭り。

、すすと泥で真っ黒だぞ、これで体拭くといい」
テマリさんが手ぬぐいと洗面器にお湯を入れて持ってきてくれていた。
うわ、今更気づいた、私すごく汚れてるよ‥‥
お礼を言って、体をきれいにする。
その間、テマリさんはくすくす思い出し笑いしながらこんなことを言った。
「まったく、カンクロウが を連れてかえって来たときの様子ったら!
あいついつも異様に傀儡を大事にしてるじゃないか。
それが今朝に限って、 をここへ運んだ後、憎々しげにあの傀儡を部屋の隅に放り出して、
手入れもしないから、どうしたのかと思ったら、
『この野郎が たぶらかしやがった!
 まったくあの竹林はとんでもねえとこじゃん!』
とかなんとかわけ分んない文句ぶつぶついってさ。
でも根が傀儡バカだろ、私が
『じゃ、そんな古くさくて縁起悪い傀儡捨てればいいだろ』
って言ってやったら、思い切り睨みやがって。
『それが出来たら苦労はしねえよ!』
だとさ。
‥‥ はもう少し休んだほうがいい。
着替えと食事、ここに置いとくぞ。
ここは女物が不足しててさ、これ、昔のカンクロウのだけどサイズは合うと思うから」

またひとり部屋に取り残される。
さっぱりしたところで、持って来てもらった部屋着を着る。
‥‥カンクロウの‥‥お古、か。
やっぱりでかい、胸囲とかウエストとかぶっかぶか。

‥‥‥‥
なんだかカンクロウに包まれてるようで、ささくれ立ってる心が慰められる。
同時に自分の取った態度が申し訳なくなってきて、情けなくなる。
きっと、カンクロウはもの凄く心配してくれてたんだ、だからあんなキツい言い方したんだろう。
もし、私が逆の立場で、家にいると思ってた人がいなくなってて、
火事現場で倒れてるの見つけたりしたら、あんな事件の後だけにめちゃくちゃ心配するだろう。
‥‥悪かったなあ‥‥

私ったら、実践経験がほとんどないから、なんか興奮しちゃったんだ‥‥
あの傀儡も‥‥カンクロウの姿してたから、なんだか、一緒に戦ってるような錯覚おこしちゃって‥‥
上忍の彼と下忍もはなはだしい私は一緒に任務に行く機会なんて絶対ない。
彼が教官ならともかく、カンクロウはそうじゃないから。
いつだっておいてけぼり。
背中ばっかり見てる。
そんな気持ちが、この事件とつながっちゃったのかも。
あ〜あ、なんかすごい自己嫌悪。
ふとんにもぐりこんで泣く前に目を閉じる。
やっぱり慣れない戦闘でかなり消耗してたらしく、すぐ睡魔に負けた。

*********

タケノコご飯にタケノコの煮付けにタケノコステーキ‥‥
「テマリ‥‥なんか俺たちに恨みあるのかよ‥‥」
カンクロウの姉弟と一緒に囲んだ夕食の席で、私たちは目の前に並んだごちそうにちょっと戸惑う。
「なにいってんだい、今はタケノコのシーズンだろ。
旬のものを食べるのが安上がりで健康的って、いつもバキに言われてるじゃないか。
このタケノコも御丁寧に自ら灰汁抜いてもってきてくれたよ。
だいたい、あんた達こそ昨日の昼間はさ、一日竹林にいたくせに、
タケノコ一本、傀儡の材料一つもって帰らないで、一体何してたんだろうねえ?!
風呂に入る前はドロドロだったしさ」
顔を見合わせる私たち。
そうだ、昼間の詳しい事は彼らには言ってなかったんだ。
火事に巻き込まれたことは当然知ってるけど。
「‥‥野暮な事を聞くな、テマリ。
‥‥‥時は春だ」
もぐもぐ食べながら、我愛羅くんが言う。
「待てよ、変な誤解すんなよ、俺たちは別に‥‥」
「ほう、どんな誤解だ」
ひっかかったな、という意地悪な笑みを浮かべて我愛羅くんが聞く。
横で同じようにニヤニヤするテマリさん。
説明しようとすればするほどうまく言えない。
ますます二人が面白がる。
早々に退室する。

「あの‥‥カンクロウ?」
「‥‥なんだよ」
「さっき、ごめんね‥‥」
ちろっと目の端でカンクロウが私を見る。
すぐにフン、という小憎らしいいつもの笑いを口の端に浮かべて
「気にすんなよ、俺も言い過ぎたんじゃん。
‥‥あの傀儡、きれいにしといたぜ、見に来るか」
よかった!怒ってない!
「うん!」
「‥‥ は、単純だな、そんな簡単にかわいらしくニコニコすんなよ。
そんなんだから、変な虫がつくんじゃん‥‥」
「なんか言った?」
「別に、さ、ここじゃん」

カンクロウに言われるまま、部屋に入る。
例の傀儡がきちんと整備されて置かれている。
「わ〜、こんなにきれいになったんだ。
きっとこの子も喜んでるね」
「‥‥この子、かよ」
「何?」
「‥‥別に」
「なによ、さっきからなんか変だよ、カンクロウってばさ」
「‥‥いや‥‥、なんで、 はそんなにこの傀儡にこだわるんだよ」
「え〜、だってさ、助けてもらった‥‥ごほん、違った、一緒に戦ったんだもん。
愛着もわくよ。
カンクロウだってさ、カラスとかクロアリとか、腹立つくらい大事にしてるじゃない」
「‥‥なんでそこで『腹立つ』がつくんだよ」
「だって!ひがむよ、私より大事みたいだもん!」
「‥‥俺だって同じじゃん」
「は?」
「わっかんねえのかよ、今度のことでお前助けたのはこの傀儡だろうが!
竹からも、火事からも!
おれの出番なんかねえじゃんか!」
「‥‥」

‥‥うそみたい。
カンクロウが妬いてんの?
いっつも私だけが彼の後ろ姿見て切ない思いしてるんだと思ってたのに。

「‥‥そんなこと、ないよ。
来てくれて嬉しかったもん‥‥火事現場まで来てくれたじゃない。
徹夜の任務明けで大変だったのにさ‥‥すごく安心したもん」
「‥‥本当かよ」
「こんなことで嘘ついても仕方ないじゃん!
なによ、いっつも置いてけぼりは私なのに、この事ぐらいでひがむなんてずるいよ!」
「‥‥カラスは、でも、 に化けたりしねえぜ。
この傀儡はあの化ケモノ竹から作ってあるだけあって、どうもうさんくさいじゃん。
‥‥そもそもの最初から俺の姿に変化しやがって、 襲うし」
「何よ〜、あれは竹が襲ったんだって、自分でそう言ってたじゃない!」
「うるさいな、言葉のあやじゃんか!
いい傀儡なのは認めるけど、腹立つんだよ!」

‥‥傀儡に操られてんのは、カンクロウも同じじゃないのさ〜!
でも、なんかカンクロウ、カワイイ‥‥

ぷんぷん怒るカンクロウにぎゅっと抱きついた。
「‥‥刺激すんなよ、これ以上」
「だって、嬉しいんだもん‥‥」
「何が?」
「妬いてくれてるから」
「違うじゃん!」
「へへへ、なんとでも言ってよ。
‥‥私はカンクロウが大好きだから、心配してもらえたら、それだけで嬉しいの」
「‥‥」

言葉はなかったけど、カンクロウもぎゅっと抱き返してくれた。
しばらくそうしていた後、カンクロウがいつものからかうような瞳で私を覗き込む。

「ここらで3度目の正直、っての、どう?」
「え?」
「傀儡が1回失敗、竹林で俺が 助けようと2回」
言わんとすることが分って赤面する私。
「ニアミスは2回で十分じゃん」

部屋の電気が消えて、窓から月明かりが差し込む中、優しく暖かい春の宵が私たちを包む。

「おっと、コイツはおじゃまだから、隣の納戸行き」
カンクロウが傀儡をカラスやクロアリを置いてる部屋へ押し込んだ。

「別にいいじゃない、何もしないよ、ただの傀儡じゃない」
「‥‥本当にそう思うか?ただの傀儡か、あれ?」
「‥‥思わない‥‥」
「だろ?逆恨みされんのやだからな、俺は。
あの傀儡は絶対に に気があるぜ!
戦闘時は頼れる味方ってことで勘弁してやるけど、プライベートは許さねえじゃん!」
「何言ってんのよ〜」
は、おれのもんだってこと」

あたたかい唇が私の唇を塞いだ。

*********

傀儡使いだからって、そうそういい傀儡をもらえるとは限ってない。
だから、私はすごくラッキーなんだそうだ。
カンクロウは私の背中の傀儡を見る度、面白くなさそうだけど。
一度なんか、傀儡は巻くもんじゃん、見本をみせてやるとかいって、
凄くキツく巻かれたから、ほどけなくてえらい目にあった。
実戦はあれ以来やってないけど、この傀儡があれば2人3脚さながらに、うまく行くと思う。
もちろん、私も傀儡にばっかり頼ってる訳じゃない。
ちゃんとさぼらず修行してます。
‥‥体術でどうしてもひけをとるから、幻術と傀儡のコンビ使い。
この傀儡もその気があるみたいだしナイスコンビよ!

少しでも早くカンクロウに追いつきたい。
後ろ姿ばかり見てないで、並んで歩きたい。
そのころには、この傀儡もカンクロウの姿を写し取ったりしなくなるだろう。
‥‥それはそれで、残念かも。 

傀儡は人が操るもの。
でも、時に人はその傀儡に翻弄される事だってありうるのだ。


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蛇足的後書:カンクロウといえばやっぱり傀儡、って事で書いてみました〜。
おつきあいありがとうございました!