我愛羅の海#2

同じ日の夜。
我愛羅はまた、浜辺で同じ作業を繰り返していた。
砂三姉弟がこの海水浴場に呼ばれたのは、海水浴客のためではなく、人が少なくなる波の荒いこのシーズンに集客ををねらって開かれるサーフィン大会の警備、および浜の整備などのためだった。
我愛羅のあたった浜の掃除は、確かに彼の手にかかれば、たいした作業ではなかったものの、 の文句を正当化させるだけのゴミが毎日残されていた。
が文句を言うのも無理はないかもな‥‥)
雑作もなく砂をきれいにしていきながら、我愛羅は考えていた。
今日も昼間、宿で何度か彼女と顔をあわせたが、コンタクトをつけた褐色の瞳からは何の表情も読み取れなかったし、彼女の方からも会釈が返ってくるだけで、言葉はかわされないままだった。

(彼女は今日もイルカを看病しにくるのだろうか‥‥)
整備がおわってしまうと、手持ち無沙汰な我愛羅は、きのうの岩場に向かった。
きょうはゆうべと一転して雲がたれ込め、月も隠れてしまっている。
暗い洞窟をのぞくと、白いイルカがそこでじっとしていた。
きのうよりは元気そうではあったが、まだ、本来の活気は感じられない。
我愛羅が近付いて行くと、昨日のことを覚えているらしく、嬉しそうに近寄ってきた。
我愛羅は動物など飼ったことがないので、とまどいもあったが、そっとなでてやるとかすかに甘えたような不思議な声を出して答える。
「きのうの怪我はどうなった‥‥もう少し、手助けしてやった方が直りが早まるだろうな、そら‥」
今一度、掌にチャクラを集め、怪我をした箇所に流し込んでやる。
イルカはおとなしく我愛羅に手当てされるままにじっとしている。
(かわいいものだな‥‥)

はじめは暗かった洞窟の中だが、目が慣れて来て辺りの様子が見えて来た。
ふと、気配を感じて振り返ると、そこには白髪の が立っていた。
「‥来ていたのか」
と、我愛羅。
「うん。驚いたな、このイルカがお前になつくなんてさ。
けっこう気性があらいヤツみたいで、それでしょっちゅうケンカしたりケガしては、ここへきて、体を休めてるみたいなんだ。
私にだって最初は警戒してなかなか近寄らせてくれなかったのにな。
フフフ、我愛羅の優しさを本能的に分かったのかも。」
心なしか赤くなる我愛羅。
「オレが、優しい?」
「そうさ、今朝だって、私を最後まで送って行ってくれたじゃないか。」
「当たり前のことをしただけだ」
「そうかな。」
「‥何が言いたいんだ‥」
「なんにも。コイツを見舞いに来てくれたんだろ。」
「‥ちょっと、気になっただけだ‥」
「意地っ張りだなあ。まあ、いいや」
きのうよりは の態度もずっと和らいでいて、表情も柔らかい。
暗いはずの洞窟の中でも、イルカと がいると、そうも感じられない。
「我愛羅は目がいいんだな、こんな暗いところでもよく見えてるんだろ?」
「‥‥ こそ」
「私にはこれくらい暗い方がいいんだ、まぶしくないから。
ゆうべくらいの明るさが昼間ならなんとかなるけど、本物の昼間じゃ、裸眼ではお手上げだな。」
「‥‥そうか」
自身が明るいと暗いところの方がいいなんて、なんだか皮肉な感じがした。
しばし黙って、イルカがゆっくり泳ぎ回る様子を見守る。
ポツポツポツ‥‥
海面を静かにたたく雨の音がきこえてきた。
「ついに泣き出したか‥‥まあ、今日は大会の決勝だから、大荒れぐらいの方が、波が高くってもりあがるんだろうけどな。
それに、天気が悪けりゃ、わたしも観戦できるし、ラッキー、かな。」
「‥‥太陽さえでてなければ、なんとかなるのか」
「そうだな、なるべく肌の出てない服を着て、日焼け止めしっかり塗って、サングラスか濃い色のコンタクトしてりゃ、な。」
きのうも思ったことだが、夜の の服装は、肌寒くなりつつあるこの季節にしてはかなり露出度が激しい。
ゆうべも今日もランニングとショートパンツという格好で、まるで真夏のようだ。
寒くないのかと、我愛羅が尋ねようとした時、 が口を開いた。
「朝焼けとか夕焼けとかも見てみたいけど、まだ試してないんだ。
子供のころよりは肌も目も強くなってるはずだから、できるとは思うんだけどな。
小さい頃、火ぶくれみたいな日焼けしてから、ちょっとこわくてさ、試すのが」
こんなおてんばでも、恐いことがあるんだな、と我愛羅はふっとおかしかった。
だが、この季節のきれいな夕焼けを堪能できないのは気の毒な気がした。
「‥‥今日は多分、夕方には晴れるだろうから、大会のあと、夕焼けを見てみたらどうだ。
昼間は雨だから問題ないだろうし。‥‥おれも一緒につきあうから」
が驚いた目で我愛羅を見た。
が、一番驚いたのは我愛羅自身だったかもしれない。
(‥オレは何を言ってるんだ?)
「いいのか?詮索するのもなんだから、聞かなかったけど、日中は出歩かない主義なんじゃなかったのか?
いつも、宿にこもりっぱなしだろ、だから‥‥」
がらしくない、おずおずとした声で問いかける。
こういうそぶりをすると、日中の大人しい彼女となんとなくかぶるところがある。
確かに は我愛羅のことを一切聞かなかった。
それが彼女なりの優しさなのだろうと、他人の冷たい視線に慣らされて来た我愛羅にはうれしかった。
こちらから話さない限り、我愛羅のことは探って来たりしないだろう、何か事情があるのはわかっていても。
「‥かまわない。今日は大会でうかれてて、みなの注意もそうひかないだろうし」
の表情がパッと明るくなった。
「本当に?やった!じゃあ、約束だぞ、決勝は2時からだから、その前に迎えにいくから!」
普通は男が迎えに行くんだがな、とちょっとおかしかった我愛羅だが、あえて口には出さなかった。
あんまり無邪気によろこんでいる がちょっとかわいらしかったから。

「‥さあ、雨脚がひどくなる前に戻ろう。
もうイルカも元気になってきたみたいだしな。」
我愛羅がうながすと、 はイルカに別れを告げた後、素直についてきた。
何か言いたそうにしているので、聞いてみた。
「‥どうした?」
「あ、あのさ、‥‥もう一度、きのうのヤツに乗せてくんない?」
おずおずと切り出す
こういう時の彼女は本当に別人のようだ。
少女らしいはにかみが前面にでていて、荒っぽい彼女を知っているだけに、その愛らしさがよけいに引き立った。
「‥ああ、構わないさ。」
我愛羅の表情は一見変わらなかったが、口元は微笑を浮かべていた。
そぼふるやさしい雨の中、ゆっくりとすすんでいく砂の船。
薄いグレーに明け行く曇り空の下、言葉なく、でもあたたかな雰囲気に包まれて2人は浜辺へと向かって行った。


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蛇足的後書:書いたのが秋で、夕焼けがとても美しかったのでこういう展開になってきてます。
我愛羅の彼女やるにはおしゃべりじゃないと厳しいものがあるかも。
彼の心の中ではモデル会話の嵐かもしれないですが、口から出てくるのはきわめて少ない言葉ですからね。
まあ、双方ともテレパシーで、ってのも面白いかもしれないです。