我愛羅の海#4

珍しく長い時間眠った我愛羅は、爽快な気分で目を覚ました。
部屋は閉め切っていたが、障子のすきまに何か手紙のようなものが挟んであるのが目に入った。
抜き取って開いてみる。
『我愛羅 様
きのうはありがとうございました。
お礼をしたいので、もし、よろしければ、今夜10時ごろに浜辺へいらして下さい。
夕飯は軽めにしておいていただけると助かります。

しばらく手紙をじっとみていた我愛羅だったが、もとのように手紙を折り畳むと、ふところへしまい込み、部屋を出た。
向かう先はこの宿の台所。
がそこで料理の手伝いをしていることは知っていた。
扉の前まで来て立ち止まり、せき払いをひとつすると、声をかけた。
「‥‥すまないが、 ‥‥はいるか」
「は〜い、ただ今」
夕べと同じ声がして、小走りにこちらへ向かってくる音がした。
カラカラカラ‥‥
戸が開かれ、そこから可憐な着物姿の少女が割烹着をきたまま、姿を現した。
「手紙をくれたのか」
「ええ、そうです。何かお気に障りましたか?」
「‥‥いや。では、10時に浜へ行けば、いいのだな?」
「来て下さるんですね!よかった〜。では、お待ちしてます!
どうしても昨日のお礼がしたくって。
あ、手紙に書いた通りに、夕飯は軽めにしておいて下さいね、お願いします」
「‥‥ああ。」
少女は台所へ再び姿を消し、あとには合点のいかない我愛羅が取り残された。
夜の10時に一体何をしようというのだろう。

10時。
時間きっかりに我愛羅は約束の浜辺へ来ていた。
初日のように、空にはまばゆいばかりの光を放つ大きな月がかかっていて、夜も遅いと言うのに浜辺はかなりの明るさだ。
腕組みをしたいつものポーズで立ちながら我愛羅は思案し続けていた。
はなぜ、あそこまで、昼と夜で態度が違うのだろうか。
ばかがつくほど丁寧ではかなげな昼間の彼女と、短気でズケズケものを言う夜の彼女。
確かに同一人物なのに‥‥

「よう!何しけた顔してんのさ!?」
勢い良く背中をたたかれ、ぎょっとして、後ろを見ると が立っている。
いくら我愛羅が考え事をしていても後ろをとられるとは‥‥
(コイツ、なにものなんだ?)
夜の はあいかわらず口が悪く、態度も外見も昼間とは打って変わっている。
昼はまっすぐの黒髪に濃い鳶色の瞳の彼女。
今我愛羅の前に立つ彼女は、ショートの銀髪に薄紅の瞳をしている。
我愛羅は混乱してきつつあった。
はその心を見透かしたみたいにクスリと笑うと、すっと、目の前にピクニックバスケットを差し出した。
「晩飯、食わなかっただろうな。ピクニックやろうぜ」
「‥‥ピクニック?」
「やったことないだろ、夜の浜辺でなんてさ?案外これがいいんだ、さ、こっちにいい場所がある、行こう!」
ぐいぐい にひっぱられて、しかたなく着いて行く。
あいかわらず、ノースリーブに短パン、サンダルもはいていない。
白すぎる肌が月光の光を浴びてよけいに白く闇の中に浮かび上がる。
「さ、ここだよ、いい眺めだろ?」
に声を掛けられてはっと我に返った我愛羅は、思わず息を呑んだ。
すこし小高くなって丘の様になっているそこからは、海と空が果てしなく続いて見えた。
月の光の散る海面の道も、天上の満点の星も地平線まで続いている。
「‥‥ああ、絶景だな」
「ふふふ。さ、乾杯しよ!」
いつのまに用意したのか、もうそこにはピクニックの準備がちゃんとできている。
広げられた敷物の上には色とりどりのごちそう、そして、ワイン?
「‥‥おい、お前もおれも未成年だろうが。」
「心配すんなって、中に入ってんのはブドウジュースだよ。こう見えてもアルコールアレルギーなもんでね。気分だけ、だよ」
安心したような、ちょっと残念なような気分で、いわれるままに乾杯する。
「‥‥何に乾杯するんだ」
「オマエ、まじめだな、なんだっていいのにさ、じゃあ〜、満月に!カンパイ!」
「‥‥乾杯」
もぐもぐさっそくやりだした につられて我愛羅も箸を動かす。
さすが、いつも厨房をまかされてるだけあって、なかなかの腕前だ。
「‥‥うまい」
「そりゃそうさ、料理が専門だからな、一応。」
は‥‥寒くないのか、そんな薄着で‥‥」
海から風が吹き始めたのを気づかって問いかける我愛羅。
「大丈夫だよ、まだ、これでいける。‥‥本格的な冬にはさすがにつらいけどな。
今の時間しかこんな格好できないだろ、昼間は日光のせいで無理だし。
すこしでも外気に触れたいんだよ‥‥いっつも、着物着てるし、カツラだから、息がつまりそうなんだ」
息が詰まる‥‥我愛羅は自分のよく知っている感覚と何か似ている気がした。
かごの中の鳥のような、でも、外へ出たからと行って、それが解決にはならない。
自分が周りとあまりにも異質だから。
「‥‥おい、我愛羅、ヒトの話、きいてんのか?ほら、あそこ、見てみな」
の指差す方向をみると、海面を白い物体が飛び跳ねている。
今日も仲間のイルカと一緒だ。
「おまえのおかげで、すっかり元気になったみたいだよ。サンキューな。
あいつは、わたしの親友みたいなもんだからさ。
同じアルビノだろ、見つけた時は嬉しかったな、すぐ、意気投合しちゃったよ」
我愛羅も化け物を体内に宿したもの同士、ナルトに何か親しみを感じる‥‥それと似たような感じだろうか。
「わたしのこと、2重人格じゃないかとか、思ってたんだろうけど、ハズレだよ。
ちゃんと自分のしたことは覚えてる。ただ、昼間と夜の使い分けを長年してきたから、もう、別人みたいになっちゃったんだよ。
いまさら、変えらんない位にね。
ま、変える必要もないだろうし、こういう夜のわたしを知ってるのはあんたを含めたごく僅かの人間だけだし。
夜のわたしは毒舌家だろ。昼間のネコちゃんの溜め込んだ毒をはきだしてやってんのさ、バランスとるためにね。」
この機会に我愛羅は、 の気配を消したり、気配をすぐ感じる能力についても聞いてみようと思った。
「‥‥ は、気配を消したり、感じたりする能力を持っているようだな。
忍者の修行でもしたのか」
「気配?‥‥
まあ、いじめられやすかったから、なるべく目立たないようにはいつも努力してたし、相手の空気は読むようにしてたからじゃないのかな。
日中の私は単にねこかぶりしてるだけじゃなくて、そうせざるを得なかったから、そうなったんだ。
いじめられるから、ってのもあるけど、周りの助けなしじゃ生きていけなかったから。
色弱で、色もよくわからないし、日光には弱いし。病弱だったしね。だから、とにかく、まわりに従順な、害のない、助けたくなるような、かわいらしい女の子でなきゃならなかったんだよ。
もうすっかり、板につくどころじゃなく、昼間はそれで本物になっちゃったけど。
でも、夜は違う。
本当の私にもどれるんだ。暗いから、みなも、私と同じ、モノクロの世界しか見えなくなる。
太陽もないから自由に動くこともできる。
わたしが私に戻れる時間が、夜なんだ。
でも、損したとかは別に思わないよ。だって、私は私、だろ。
別にアルビノじゃなくても、いじめられてたかもしんないし。
生きてりゃいいことも沢山あるからな、きのうの夕焼けもすんごくよかったよ。」
はニッと笑った。
「我愛羅は無口なんだな、わたしばっかりしゃべってるじゃないか。
まあ、こっちのわたしは話し相手もいないから、別にしゃべりっぱなしでも平気だけどな、あんたさえいいならね」
「‥‥かまわない、俺は」
「あ、そう、ならいいんだけどさ。
‥‥なあ、砂山でトンネルほらないか」
我愛羅は耳をうたがった。砂山?トンネル?
「けっこう、おもしろいんだ、こいよ、もう食うだけ食ったんだろ、今度は遊ぼう!」
この年になって、しかも同じ年の相手と砂山を作ってトンネルをほることになるとは思わなかった。
しかし は熱心に山をどんどん高くしていく。
さぼっていると、すなつぶてが飛んできた。
「おい、まじめによれよ!」
そんなに真剣にやらねばならん仕事か?と心中複雑な我愛羅だったが、とりあえず従っておく。
それにやっているうちに結構、面白くもなってきたから不思議だ。
ふだんの砂は忍具のひとつだが、いまいじくっている砂はオートでもなんでもなく、自分の手で無心に積み上げて行く砂だ。
興にのった2人は高さ1メートルもあろうかという、巨大な砂山を素手で作り上げた。
「やった!じゃ次はトンネル掘ろう!」
「‥‥わかった」
何を言ってもむだなのはもう承知した我愛羅は、 に大人しく従った。
ひたすら掘る。何も考えず、何かのためとかじゃなく、とにかくトンネルを作るために。
あまり幸福とはいえない幼少時代を送った我愛羅だったが(だが、それはおそらく もそう)、それでも邪気のない子供に戻って行っているような、そんな楽しい錯覚を起こしていた。
ふたりとも砂まみれになって、肩まで砂の中に突っ込んで掘り進む。
と、突然、
「いたっ」
が小さく叫んで、あわてて、砂から腕をひっこぬいた。
人差し指が赤く腫れている。
おそらく、砂丘に時々いる、サソリのたぐいだろう。
「‥‥みせてみろ」
と、我愛羅。
「大丈夫だったら」
拒絶する の腕をむりやりつかみ、毒を吸い出すために傷付いた指を口にくわえる我愛羅。
「離してってば!」
こころなしか赤くなった が我愛羅をたたこうとした瞬間、砂のガードがそれをはねかえした。
目を見開いて驚きをかくせない
「な、なんなの、これ‥?」
「‥‥おれの意志に関係なく働く砂のガードだ。
めったなことでは、おれは怪我はしない‥できない。
さあ、もう、毒は抜けたぞ。」
「あ、ああ、ありがとう」
なにごともなかったかのように、砂山のトンネルつくりに戻る我愛羅。
も自分の持ち場にもどったものの、さっきの我愛羅の、言葉の裏に見えかくれしていた寂しさが頭から離れない。
無言で砂をかき出す作業を続ける。
「「あ!」」
二人同時に声を出す。
伸ばせるだけ伸ばした二人の手の先が触れたのだ。
「やったあ!」
思わずぐっと手を奥へおしこんで、むりやりに小さなつながったばかりの穴をこじ開け、我愛羅の手を握りしめる
とまどいながらも、握り返す我愛羅。
「つながったあ〜!!!!やっほ〜!!!!」
の声が、月明かりの夜の砂丘に響く。
「‥‥オレも嬉しいが、そう、大声でさわぐな」
「なんで?いいじゃない、誰もいないんだし!嬉しいんだから騒げばいいじゃない!
そうやって、年がら年中押さえてばっかりだと、ストレスたまって、頭おかしくなるよ!
ほら、我愛羅も、大声出してみなって、すっきりするよ!な!」
砂まみれの無邪気な笑顔で我愛羅に笑いかける
(コイツは、オレと似ているようで全然違う‥‥感情を贅沢にもっていて、それを隠さない‥‥
孤独を知らないわけじゃないのに‥‥深い溝が、埋め様のない深淵な溝の存在をみとめながら、他人と分かりあえる可能性を信じている‥‥ といることで、俺もなにか、変われるだろうか)
突然我愛羅も叫ぶ。たまっていた感情を吐き出すように、オオカミが月夜に吠えるように。

二人はならんで砂丘に腰をおろして、白々とした光を放つ月を眺めていた。
「気持ち良かっただろ?」
と、
「‥‥ああ」
うなずく我愛羅。
「しっかし、普段静かな分、我愛羅の声の大きさにはびっくりしたよ。地割れでも起きるかとおもった」
クスクス笑いながら がからかう。
「‥‥ がそそのかしたんだろう」
こころなしか、赤くなっているかのようにみえる我愛羅。
には我愛羅のうっすら朱に染まった頬はあいにく、見分けがつかなかったけれど、気配で彼が恥ずかしがっていることぐらいお見通しだった。
「恥ずかしがらなくてもいいじゃない、たまには、そうやって、自分を解放してやればいいんだ。
‥‥砂のガード以上に、我愛羅自身のガードが固すぎるんだから。」
黙って の言葉を聞いているだけの我愛羅。
しかし、 の思いやりは痛いほど感じていた。
「‥なあ、明日には、もう、帰っちゃうんだろ。
だって、サーフィンの大会の警護のために呼ばれてたんだし、あんたたちは」
「‥‥ああ」
「あ〜あ、残念。せっかく、不眠症仲間ができたのに。
な、また、来いよな、夜のピクニックは楽しいだろ?私も一人より、我愛羅がいた方が、楽しいもの。
待ってるよ」
なんだか、男と女が逆転したような会話だが、夜の なりの思いやりにあふれた申し出に、我愛羅は素直にうなずいていた。


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蛇足的後書:我愛羅が月にむかって吠えるって、どんなだろう‥‥彼には月が、それも満月が似合うように思えます。
孤高の人ですから。一生守鶴とはつきあって行くんでしょうが、それはともかく彼には人一倍幸せになってほしいと思います。
たった一人でも、心から愛し、愛される人がいればそれは彼にとって何にも勝る幸福でしょう。