動物園めぐり
秋本番、もうすっかり涼しくなったというのに、公園へむかってひた走るの額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
しまった、またやっちゃった!
いつもなら3秒で爆睡なのに、夕べに限ってなかなか寝付けず目が覚めたら枕元には止められた目覚まし時計。
今日は以前から懸案になっていた重吾との動物園デート敢行の日だというのに!
5分で用意して家を飛びだし、脅威のスタートダッシュ。
落ち葉を蹴散らして重吾の定位置である噴水のほとりに来たけれど・・・いない。
いつも待っていてくれたのに・・・とはいえ、今日の遅刻はレコード更新の丸々4時間おくれだ。
太陽もあるべき位置よりずっと高く昇っていて・・・・どころか南中はるかかなた、である。
だけど、だけど・・・涙目でその場にへたりこむ。
クルックルッ〜
クルックルッ〜
ハトの鳴き声がして、のすぐそばに舞い降りた。
ハトはの方を向きながら小首をかしげる。
「慰めてくれてるの?」
クックッ
クルックルッ〜
「そんな声だしたって、私にはわかんないのよ、ごめんね。
重吾じゃなきゃ・・・」
言いながらふとハトのおりてきた木を見上げると、そこにはでかいスニーカーの裏が。
「重吾!」
は嬉しくてついものすごい大声を出してしまった。
「ごめんね、ごめんね、ごめん・・・」
「そんなに謝る必要ないよ、、大丈夫だって。
落ち葉がいっぱい下にあったし、たいして痛くないよ」
早い話が重吾は木の上で待ちくたびれてうたた寝をしてしまい、突然のの大声にバランスを崩して落ちてしまったのだった。
忍者にあるまじき油断?
そういうなかれ、彼だって好きな子には結界をはったりしないのだ。
「背中とか打ったんじゃないの、見せて」
「い、いや、大丈夫」
そういうものの何か動きが不自然である。
を中心にして、まるでコンパスで描く円弧のように動く重吾。
背中をみせまいとしているのがバレバレだ。
やっぱり打撲したんだ、ちゃんと見なくちゃ!意を決する。
「あ、あんなとこにハトが!」
「え?」
は古典的なトラップにあっさりひっかかった重吾の後ろに回り込む。
はたして、シャツのうしろにはかぎ裂き。
よりによって、こないだがプレゼントしたシャツだ。
「・・・」
今度は重吾が謝る番だ。
「ごめんよ、落ちる時にどっかにひっかけちゃったらしくて」
は焦る重吾ににっこりと微笑んで、もってきた紙バッグを差し出す。
「気にしないで、今日は上着持ってきたの」
「え・・・」
どうもはこないだ重吾に服を買ってあげて、その成果の素晴らしさにすっかり味をしめてしまったらしい。
かぎ裂きができたことより、このチャンスを生かせる事の方が嬉しいようだ。
「いいよ、そんな、もったいない」
もったいないのはどっちよ、と言いたい衝動をこらえ、はもたもたする重吾からシャツをはぎとりにかかる。
「いいから、かぎ裂きなんかあとで私が縫うから、貸して!」
「え、そうはいかないよ、俺が作ったんだから、俺がやるよ」
「でも今裁縫セットなんか持ってないでしょ」
いいながら、ひょっとして持ってたりしたらどうしよう、と一抹の不安がの脳裏を横切る。
なにせ動物と話ができるという不思議な能力の持ち主、裁縫セットぐらい携帯していも・・・いや、しかし・・・
クナイは忍者だから仕方ないとしても、裁縫セットは・・・
「・・・もってないよ」
(よかった)
「んじゃ、決まりv」
しっかり寝たせいか、やけに強気の。
あっという間に重吾はおなじみのTシャツ姿に剥かれてしまい、はそこへすかさずスエードのジャンパーを羽織らせる。
心の中でガッツポーズ、もうかっこいいなんて言葉じゃ足りない、決まり過ぎ。
一方の重吾はごそごそと袖を通しながら、
「これって・・・皮じゃないのか」
いぶかしげにの顔を見る。
あせる。
「違う、違う、違うの!ちゃんとフェイクスエードだから!
動物じゃないのよ!だから安心して!
ほら、これから寒くなるでしょ、どうせ重吾は上着なんてロクなのもってないだろうし、だから・・・」
う、しまった、言い過ぎた、と口を押さえる。
ふっと重吾の表情が緩む。
「ありがとう」
この笑顔とありがとうの言葉だけではメンズショップまるごと一件でも買いしめかねない。
でも当人はあっさり
「でも、本当にもういいよ、もったいないから。
俺なんかいいから、自分に買いなよ。
はかわいいんだし、それに・・・」
かわいい!アタシが?!
背中に羽が生えて舞い上がる。
続ける重吾。
「馬子にも衣装っていうし」
翼がもげて地面に激突。
どーゆー意味よ、と重吾の方を困惑して見るものの、ニコニコ、ニコニコ。
悪意か、善意か、無知か、ジョークか。
結論:天然。
「あ・・・ありがと・・・」
礼を言うのもおかしいが流れ的にそんな言葉が口をついて出た。
当然のように笑顔がかえってくる。
「どういたしまして」
ハトが重吾の肩に舞い降りる。
色鮮やかな落ち葉が木の下にいる二人に時折はらり、はらりと降り掛かる。
重吾の微笑みと木漏れ日がに降り注ぐ。
ま、いいや。
こういうとこが重吾のいいところだもん。
チャイムが鳴り響いて、公園の時計が2時を知らせる。
「じゃあ、行こうか?」
落ち葉を払いながら重吾が立ち上がる。
「うん!案内してね」
「ああ」
**********
案内する等というと大げさに聞こえるが、この動物園なかなかどうして大きい。
そして困った事に歴史あるがゆえにけっこう道順説明がおおざっぱ。
だから懇切丁寧な指示を与えられる事に慣れているマニュアル世代には、看板にあるおすすめコースを回るだけでも結構な難題なのだ。
しかも経費削減と環境にやさしい動物園をめざすという旗印のもと、案内用のチラシが、な・い。
まあ今時めずらしいぐらいの入場料を考えればそれも仕方ないのかもしれないが。
「何から見ようか」
「え、オレはよく知ってるから、逆には何が見たい?」
「そうねえ、まあベーシックにおすすめコースいってみようかな」
さっそく足を踏み出すと後ろで重吾が忍び笑い。
「え、どうしたの」
「だって、いきなり正反対に進むから」
そう、は実は方向音痴に近い。
片や重吾はチーム蛇で暁のアジトを見つける役をおおせつかるぐらいだから場所探しならお任せ。
ぷっとふくれる。
「だって、初めてなんだもん」
「ごめん、ごめん。
俺が案内するんだったよね、さ、行こう」
重吾はすっとの半歩前に出て歩き始めた。
は、早い!
大きいってことは足が長いってことで、そうなるとおのずと歩幅も歩くペースも違う。
小走りになったは重吾の背中を追っかけるのに気を取られていきなり歩道のでかい穴に足をすくわれた。
「きゃっ」
こける!
と思ったらちゃんとがっちりとした手がの腕をつかんでいた。
「大丈夫?この動物園古いからあちこち舗装がめくれてて危ないんだ」
「だ、大丈夫よ」
「でもないだろ、ねん挫でもしたら困るから」
すっと手が差し出される。
「・・・あ、ありがと」
大きくて暖かい手のひら。
なんか引率なしじゃ迷子になっちゃうオチビさんみたいでしゃくにさわらないわけでもないが、ここは素直に喜んどくのが正解。
とはオトナな選択をして重吾と手をつなぐ。
「・・・小さいなあ」
「重吾が大きいのよ」
「そうか」
「ふふふ、そうだよ」
たわいもない会話をしながら目的地たる『動物ふれあい広場』へ到着する。
ここはウサギやモルモットなんかの小動物が解放されていて、じかに動物とふれあうことができる、というのがウリのコーナーだ。
動物好きの2人ならちょうどいい、とは思ったのだが、なぜか重吾が入り口で足を止める。
「どうしたの?」
「うん・・・やっぱりこの先のライオンとか虎とかのいるコーナーにしようよ」
「え〜、どうして?ほら、うさぎとかいてさ、かわいいじゃない。
それとも重吾は、小さい動物嫌い?」
「いや、そんなことない」
「じゃあ、いいじゃない」
「うん・・・」
渋る重吾をいぶかりながらも、目の前のピーターラビットワールドに目を奪われているはさっさと広場へ行く。
ふわふわの白ウサギもいれば、素朴な感じの茶色のうさぎもいて、人見知りもしないしモコモコとした動きがなんともかわいらしい。
えさ用の人参をやっていると周りにウサギが集まって来る。
重吾ってば早く来ればいいのに、鳥が好きなんだから小動物だって同じようなものじゃない。
白雪姫が小鳥やリスなんかの小動物に囲まれてるイラストが頭に浮かぶ。
絵の中心にいるモデルはお姫様じゃなく、王子様だともっといいんだけど・・・。
メルヘンな気分いっぱいになっていたは足下に急に衝撃を感じた。
「え、な、なに?」
見下ろせばウサギが一匹の足にしがみついて・・・・さかっている。
「え・・・・」
重吾がちょっと困ったような顔でそばに来る。
「ごめん、だからやめとこうっていったんだ」
なるほどね。
相手は足なんですけど。
などというの困惑した視線は子孫を残せと命令するウサギの遺伝子の前にはまったく無力だ。
「・・・もういいだろ」
むりやり重吾がウサギをひきはなし、そのすきにはさっと出口へ、づついて重吾が出てすばやく小さな木戸を閉める。
突然花嫁を奪われたウサギは不満そうだったが、人間と違って気分の切り替えも早いらしい。
あっさり向こうへ行ってしまった。
「・・・まいったな」
重吾が頭をかきながらあさっての方向を見てつぶやく。
「ま、まあ、別に何も危害はなかったんだし」
どうフォローしたらいいかわからないまま苦笑いする。
その時だ。
ポツン、ポツン
秋の天気は変わりやすい。
空が曇ってにわか雨が降り出した。
重吾にとってはある意味、救いの雨かもしれない。
「すぐやむよ、それまで屋内展示室に行こう」
さっとの手をとって走り出す。
今度は早く走りすぎないよう加減してくれているのがよくわかってちょっと嬉しい。
雨宿りに入ったもっとも近い建物はハ虫類館だった。
うすぐらい室内にとぐろを巻くニシキヘビが目に入る。
「ちょっと不気味ね」
雰囲気につられて小声でが言う。
「そう?はヘビは嫌い?」
「ん〜、そんなこともないけど」
「鳥ってヘビの親戚だよ」
「まあそうだけど、翼のついたヘビはいないじゃない」
「まあね」
「重吾は好きなの?」
「・・・好きでも嫌いでもない」
「え〜、何も感じないってこと?」
つかつかとケージの方へ近寄って、分厚いガラスに片手をおしつけて動かないヘビをじっと見つめる重吾。
「古い皮を脱ぎ捨てて生まれ変われるのはうらやましいよ」
「脱皮の事?」
黙って頷く重吾は、青っぽい室内照明を受けて近寄りがたい雰囲気を漂よわせている。
「確かにヘビって再生の象徴とかっていわれてるよね」
返事がない。
相変わらず蛇に見入っているだけ。
なんだか不安になってくる。
何か言わなきゃ、何か・・・
「鳥も毛が生え変わるけど?」
わざと明るい声で言ってみる。
返事なし。
どうしよ。
また出会った時みたいに彫像化してもらっては困る。
「ねえ・・・」
動かない。
心配になってきてつつつっとそばに寄って、迷ったあげく顔を覗き込む。
重吾の目がうつろになっている。
「ね・・・」
「ばあっ」
目をまんまるに見開き口もぱっくりと全開状態。
すわ、呪印ご開眼かっ!?といえるほどの勢い。
トンネルのような室内に響き渡るの悲鳴。
「もうっ、重吾のバカ!!」
「ごめんごめん、あんまり真剣にが怖がるもんだからつい、面白くって」
「本当に心配したんだからっ」
「ごめんよ、ヘビって待ち伏せするよな〜、とか思ってたらが近づいてきたから悪のりしちゃって・・・」
外は通り雨があがって澄んだ青空が広がる。
はよりによって重吾に、あの天然重吾にだまされたことにご立腹だ。
しょうがない、男というものは好きな娘をからかうのが大好きな生き物なのだから。
「ごめんよ」
「・・・・」
必死で謝る重吾をすねた顔でちらっと伺うは、しかし、
(かっこいいカレシにこんな風に追っかけられ構図で一生懸命謝ってもらうってちょっといいカモ)
などと計算高く思っているのだから女はこわい。
「ま、いいわ、確か重吾のはいってるサークルも蛇っていうのよね」
「・・・サークルってのは違うけど」
「ともかく重吾が蛇がすきなのはわかったから次に行きましょ」
「・・・うん」
どっちがどう天然かわかったものではない。
さて、猛獣コーナーに到着。
こちらもガラス張りで、道案内にお金はかけていないが動物を見せる工夫にはお金をかけているらしい。
人気の方も上々らしく、結構な人だかりだ。
コンクリート作りの崖におなじみ怠け者ポーズで寝そべるメスライオン。
一方オスライオンはたてがみをゆらしながら落ち着きなく動き回っている。
「へえ、なんだか珍しいね、オスがこんなふうに動いてるのって」
が今度は喧噪にかき消されないようにやや大きな声で言う。
「そう?」
「うん、だっていつもオスがぐーたらしてて、メスがかいがいしく働くって構図じゃない、ライオンって」
「そうかな」
「そうよ、ハーレムみたいであんまし好きじゃないわ」
クスクスと重吾が笑う。
「え〜、何か変な事言った?」
「いや、らしい」
「でも笑った〜」
「だってそこまで擬人化しないよ、普通」
「そうかな」
と、急に観客がざわざわしだした。
見ればオスライオンがメスライオンにまたがっている。
「ちょっ////」by
「・・・・・」by重吾
どうも今日はそんな日らしい。
ウサギといい、ライオンといい。
ニシキヘビがつがいだったならあそこでも、だったのだろうか。
子供の素っ頓狂な声が響き渡る。
「交尾だ〜」
「「コラ!」」
これはおそらく連れてきている両親だろう。
さあ、どうなる、と成り行きに固唾を飲む群衆。
が。
「ガオッ」
メスライオンがオスの方を振り返り、牙をむき出しにして威嚇した。
情けなくおどおどと引き下がるオスライオン。
観客から(つれないなあ)というため息とも(公衆の面前でR-18はちょっと)という安堵ともとれるどよめきが漏れる。
おそらく前者は男性から、後者は女性だろう。
またしても子供の声。
「失敗〜」
「「コラ!」」
笑い声とともに群衆がばらけて動き出す。
同じように動く重吾と。
ちらっと重吾の顔をうかがってみるとなんだか、やっぱり残念そうにも見える。
「ねえ」
「ん?」
「かわいそうだった?」
はちょっと年上という特権を使って意地悪にも聞こえる質問をする。
「ん〜、まあね。
でもオスはこんなことぐらいじゃあきらめないだろ。
下手な鉄砲も数打ちゃあたる、さ」
あっさりと言う重吾。
オスライオンへの考察とはわかっているけど、なんだか男性一般論ぽい。
は自分でしかけた落とし穴にはまった気分。
一人顔を赤らめてしまう。
重吾はそれに気づいて違反技のニコニコ顔。
もうはどんな顔したらいいのかわからない。
天然勝負は重吾に軍配があがった。
**********
「疲れた?」
「うん、ちょっと」
というわけで2人は缶コーヒーを飲みながらベンチで一休み。
うしろで羽音がしたので、振り返ると猛禽類のケージがすぐそこにあった。
ハヤブサ、タカ、コンドル、ワシ・・・・
「どれも目つきが鋭いね」
「そうだな」
パタパタとハトが近くへやって来る。
重吾の気配を感じるのだろうか。
それなら猛禽類もこちらを見てたりするのかな。
でもが目をこらして彼らの目線をさぐるものの、どうもこちらを見ている気配はない。
「あつらは単独行動が基本だからね」
何も言わなかったのに重吾がはの考えを見透かしたように言う。
ハトが二羽重吾のすぐそばにやってくる。
クルックル〜
クルックル〜
「なんて?」
はあれ以来どうもハトや小鳥の噂が気になる。
重吾がくすっと笑って一言。
「教えない」
「ええ〜っ、ずるい〜っ」
「冗談だよ、別に俺に話しかけたんじゃないから言わないだけ」
「あ、そう」
もうじき夕暮れだけど、雲一つない空はさっきの雨に洗われたせいか本当に青い。
「きれいな空だねえ〜」
「本当だ」
空を眺めているとふと不安になった。
隣に重吾がいるか急いで確かめる。
もちろんいた。
同じように空を仰いでいる。
重吾は・・・鳥になりたかったんじゃないのかな。
「いや・・・そんなことはない」
「え?あたし口に出して言ったっけ?」
困惑顔のをじっと見た後、重吾が破顔する。
「は、わかりやすい」
「もうっ!」
ぶーたれてコーヒーをすするを見た後、重吾はまた空を見上げる。
「でも、飛べたら気持ちはいいだろうな。
しょせん俺は蛇に憧れるだけのやつだけど」
謎掛けのような言葉にますます困惑が広がる。
「重吾はわかりにくいよ」
「俺が?」
「うん、予測不可能」
「そうかな」
「そう!」
わかりやすいと言われた腹いせに、八つ当たり気味に言ってしまう。
でも別に重吾は気にしてはいないようだ。
同じ顔でコーヒーを飲んでる。
拍子抜けすると同時に安心もする勝手なオトメゴコロ。
重吾になら安心して本音をいえるんだ、と。
もうひとつ、知りたい事があったのでこの際聞いてみる。
「ねえ?」
「うん」
「あのタカとか、気の毒じゃない?
あんな狭いところに閉じ込められちゃってさ。
ほら、ケージの目が粗いから、雀とか平気で入っちゃってるよ」
確かにの言う通りで、猛禽類の檻の中になぜか雀が同居している。
もちろん主の腹が減っていないかどうか確かめての時間限定同居ではあるが。
「でも食べ物はもらえるだろ。
悪い暮らしじゃない。
自然界で生きて行くのは、あの大型の鳥にはかなり難しいはずだ」
「まあそうだけど」
意外な答えに戸惑う。
重吾は続ける。
「もちろん自由はないさ。
でも、いい場所にいるのかもしれない。
・・・・誰も傷つけなくていいんだから」
普通なら適当に「かわいそうだから自然に帰した方がいい」とかいいそうなものなのに。
特に最後の一言はよくわからなかったけど、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
自分には見せない何かがあるんだ、この人、とは強く感じた。
誰にだって人に見せられない一面はあるもの。
踏み込むべきじゃない。
あなたのことなら何でもわかってる、なんて顔はできない。
でも、できたら、一緒にいたい。
わからない事はわからないままでいいから。
すこしずつ空気が黄色みを帯びて、夕暮れがせまってきた。
空気も冷えてきて、は思わず二の腕をさする。
冷たい風に二人の髪が揺れる。
彫りの深い顔に影が落ちているせいもあって、心なしか暗い重吾の表情。
何か、言わなきゃ。
「えっと・・・今朝は長々と待たせちゃってほんとごめんね。
あたしどうも遅刻する癖があって。
でも、よくあんなに長い間まっててくれたね。
帰っちゃってても不思議じゃないくらいないのに」
不自然なくらいいきなり別の話を振った。
なぜかはわからないけど、さっきの話で重吾を傷つけてしまったような気がしたから。
じっとを見る重吾。
困ったな、そのハテナマーク飛ばしやめてよね、ごまかしが顔にでちゃうよ。
ふっと空気が緩んで重吾が微笑む。
「待ってるさ。
俺なんかが待ってる事をあてにしてくれてる人がいる限りね。
ならいつまでだって待つよ」
じ〜ん
まるごと受け止めてもらえる嬉しさをこれほど感じたことってない。
涙腺が緩んで涙がこぼれそうになる。
いけない、いけない、私が彼を慰めようと思ってたのに!
ごそごそとハンカチをさがそうとして、手に覚えのない小さなものが触れた。
取り出してびっくり、『裁縫セット』。
神様がこっそりバックにいれといてくれたのか?!
(そんなわけない、忘れるほど入れっぱなしになっていただけに決まっているのだが)
よし、方向音痴だし、遅刻魔だけど待つだけの価値があるとこも見せよう!
「ね、少し待ってくれる?
すぐシャツ直すから」
「え?」
「ジャンパーの下、Tシャツだけだもん。
夜になったら寒いから」
もちろんそんなのは全部口実、単になにかしてあげたくてたまらなくなっただけのこと。
返事を待つ事もせず、いきなり繕い物を開始する。
そんな彼女を最初はびっくりした顔で見ていた重吾だったけれど、じきにしょうがないな、という笑顔にかわる。
一心不乱で針を動かす、ハトに肩を貸す重吾。
ベンチに座る二人の影がどんどんのびて、日は暮れて行く。
「できた!」
「・・・・・」
目を上げると重吾が寝てる。
ありゃりゃ、しまった。
どうも周りが見えてないな、私ってば。
反省しきりの。
「ごめんね、待たせて」
「・・・・・」
返事なし、まああまり大きな声もだしてないけど。
どうしよ。
寝かせといてあげたいけど、やっぱりこんなとこで寝たら風邪引くし・・・
迷いつつも、好きな人の寝顔というのはどうも引力が通常のものよりはかなり強いらしい。
早く起こさなきゃ、とおもいつつ、なんとなく、なんとなく寝顔を覗きににじり寄る。
かなり接近したところで急に目を開ける重吾。
「お、起きてたの?!」
クスッと笑って重吾が言う。
「狸寝入り」
「やだ〜っ////」
ニコニコ、ニコニコ。
が手に持っていたシャツを受け取ると礼を言う重吾。
「シャツ、ありがとう」
「・・・ど、どういたしまして」
ジャンパーをぬぐとすぐにそのシャツをはおって具合を確かめる。
「うまいもんだね、俺の仲間は破るのは上手だけどこんなふうには縫えないだろうな」
(きっと某Kさんだろうが、ここでは関係ないので省く)
忍者よりうまいといわれてなんとなく嬉しい。
「じゃあ、行こうか」
「うん・・・くしゅん!」
返事とくしゃみが同時に出た。
あれ、という顔をした重吾がすぐまた笑顔で着かかったジャンパーを脱いで、に羽織らせる。
「え、だめだよ、それじゃ重吾が風邪引くよ」
「オレは暑がりだから大丈夫、一枚で十分」
「え〜、でも(せっかくかっこいいのに)」
「またあとで返してもらうからいい、今はが使って」
「・・・ありがと」
重吾の大きな手がの肩におかれてさりげなく彼の方へと寄せられる。
恥ずかしいけど嬉しくて思い切って寄りかかる。
重吾の体温がそのまま残ったジャンパーはとても暖かだった。
一番星、2番星。
きらきらと星がまたたきほじめた空の下、2つの足音が動物園から遠ざかって行った。
結局借りっぱなしだったジャンパーをがハンガーにかけようとして、
あまりうれしくないハトのキスマークならぬ何かを見つけたのはまた別のお話。
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蛇足的後書き:重吾夢『やさしいひと』の続編です。
どうしてこう、長くなっちゃうんですかね(汗)。
彼がしゃべらないのでなんかいろいろ書き足したくなって、気分はヒロインさんです(笑)。
前回のお話では行けなかった動物園に舞台をしぼりました。
重吾スキーさんのお眼鏡にかなうといいのですが〜。