やさしいひと
「あれ、こんなとこに公園があったんだ」
は引っ越しが一段落して、ようやく段ボール山積みの生活から解放され、こうして近所を散策する余裕等出てきたところ。
普段は夜型の生活なので、こんな朝早い時間の公園なんて珍しい。
なんだか宝探しのようで子供みたいにワクワクする。
「ちょっと寄って見ようかな」
少し肌寒い秋の朝、公園の木々もそろそろ色づき始めて、どこかからキンモクセイのいい香りが漂ってきている。
大きな木もたくさん植えてあって結構大きな公園らしい。
わざわざ道案内の看板なんかが立ててある。
「へえ、動物園が隣にあるのね〜、だからこんなに大きいんだ。
今度いってみよう」
動物好きなはひとりごとをつぶやいて、それから相手がいないか、と自虐的に笑う。
気を取り直してさらに地図を見ると、噴水がある。
今時噴水なんてなかなかしゃれてる、きっとこの夏は長かったから子供とかで大にぎわいだったんじゃないかな。
ちょっと見ていく事にする。
さすがにこの季節、それもこの時間だと犬の散歩の人がちらほら通りかかるぐらいで、噴水には誰もいない。
「噴水ってマイナスイオンでてるのよね〜」
よいしょ、と噴水の縁にある彫刻の隣に腰をおろす。
彫刻の回りにも肩にも頭にも小鳥がいっぱいあつまってきている。
もとよりは小動物のたぐいが好きなので、ポケットを探り、なにかあげるものがないか探す。
あいにくガムぐらいしかない。
小さくちぎったら食べないかな。
引っ張りだして指先で細かくちぎって撒きだしたら
「おい、アンタ」
といきなり声が上の方から降ってきた。
誰もいないのに、と、ぎょっとしてあたりを見回す。
「おい」
えええ、誰?どこから声がしてるの?
「ガムなんかやるな、鳥にしたらいい迷惑だ」
ようやく隣からの声だと気づく。
さっきまで微動だにしていなかった彫像の目が開いてこっちを見ている。
コンタクトをいれてなかったのでよく見えてなかったらしい。
彫像なんかじゃなく人間だったのだ。
なんて大きいんだ。
「ご、ごめんなさい」
反射的に謝ってから、相手の肩にあいかわらず小鳥が満載なのが目に入り、思わず言い返す。
「そういうアナタだって鳥にえさやってるからそんなになついてるんでしょ」
は、という顔をされる。
「俺はえさなんかやらない」
むっとして言い返す。
「じゃあなんでそんなに鳥がいるのよ?」
しばらく相手は考えて
「鳥は‥‥‥俺の仲間だから」
目が点になる。
早起きは三文のトクとかいうけど、今は慣れない事はするもんじゃない、という方に軍配があがりそうだ。
「そ、そうなんですか」
さっきまでのタメ口は影をひそめ、敬語登場。
この場合は敬遠する意味の敬語だが。
しかしこんなことぐらいで走って逃げるようなお子様な年齢ではない、自称鳥さんのお仲間を逆に観察する。
とにかく大きい。
そして多分より若い。
しかしおしゃれの季節だというのに、いかにも夏の名残の着古したTシャツに半パン。
足には量販店で山積みになっていそうなつっかけ(決してサンダルではない)。
どう考えても頂けないスタイル。
しかし‥‥‥それを補ってあまりある端正な顔にモデルも真っ青な背丈、ガタイ。
なんなの、このヒト。
その思考を読み取ったのかどうだか不明だが鳥男が声を出す。
「無節操に鳥にえさをやるな。
鳥があてにして自分でえさをとらなくなる。
どうせアンタたちは鳥が寒さで震えてようが飢えてようが、飽きてしまえば知らんぷりだろ」
むっかあ〜
「何よ、何よ、見てきたような事いっちゃって!
あたしは今日初めてこの公園に来たの!
これからも来ないなんてアナタに決めつけてほしくないわね!」
慣れない早起きでやや寝不足気味の、テンション高し。
「俺はいままで何度もそういうのを見てきたから」
「ここに住んででもいるっての?ここの主?」
「俺は‥‥‥いや、どうでもいい、アンタなんかに言ってもしょうがない」
何よ、何よ、何よ〜っ!!
何か言い返そうとしたけれど、相手は目をつぶってしまった。
小鳥はあいかわらず鳥男の肩に止まってくびをかしげたり、チュンチュンさえずったりしている。
‥‥‥なんだか一人カッカッしてるみたいで、情けなくなってしまった。
動物は正直だ。
世話をしてくれる人にはなつく。
心根のいい人とかを瞬時に見分ける。
認めたくないけど、きっとこの大男はいい人なんだ。
‥‥‥そのいい人がなんであたしにだけ、こんなやなものいいするんだろ。
そう思ったらさっきの
『アンタなんかに言ってもしょうがない』
がクローズアップされてしまった。
実はこの台詞、ついこないだ別れたカレシからの言葉でもあったのだ。
チュンチュン、チュンチュン
平和な鳥のさえずりが朝の公園に響く。
ぽた。
さっき迄の高揚した気分が急降下、目の前がぼやける。
せっかく引っ越して気分一新、がんばろうと思ったのに。
チュンチュン、チュンチュン
急に鳥男が目を開けて、の顔を見て、顔色を変えた。
「どうした」
返事をしないできびすを返す。
声なんか出したら最後、ようやく閉じかけた傷がひらいちゃう。
いい年してこんな顔さらしたくない。
どんどんスピードをあげてその場を走り去った。
**********
秋の天気は気まぐれだ。
こないだ迄はいい天気続きだったのに、今度は雨ばかり。
また降り始めた。
ちぇっ、ついてないな。
駅からの帰り道、傘を開いてボヤく。
あれから公園には行ってない。
本当は自分が飽きっぽい一般人とは違うのだ、というところをあの鳥男に見せつけてやりたい気もしたけど、
泣きべそ顔を見られたことを思うと、気後れしてつい足が遠のいた。
バシッ
傘に衝撃が降ってきた。
なになに?
びっくりして足を止めたの目の前にころん、と何かが落ちてきた。
傷ついた雀だ。
カラスにでも追いかけられて傷を負わされたらしい、羽根がむしられ、傷口から血が出ている。
思わず手に取るとまだかすかに動く。
獣医さんに見せなきゃ!
でもこのあたりで獣医さんって‥‥‥まだまだスーパーとコンビニぐらいしか発見できていない。
まさか人間の診療所につれていくわけにもいかないだろう。
ふと脳裏にあの大男のことが浮かんだ。
迷ったけれど、彼ぐらいしか思いつかない。
この雨だし、いるかどうかもわからなかったけど、ともかく公園へ向かう。
鳥は細かく震え続けている。
知らず知らず足が早まる。
バシャッ
すれ違い様に車に水たまりの泥水をたっぷりひっかけられ、なんだってこんなことしてるんだろう、と情けなくなりながらも公園にたどり着く。
いるだろうか、もう暗くなってきてるし、なによりこの雨‥‥‥
いた!
鳥もいないのに?
思わず大きな声で呼びかける。
「あの‥‥‥!」
よく考えたら名前をしらないのだ。
でも、彼はすぐこっちを向いた。
「この鳥なんだけど」
みなまで言う必要はなかった。
すぐに腰をあげての手の中の鳥を覗き込んで顔をしかめる。
「だいぶやられたな」
「獣医さんしらない?」
「俺が看る、大丈夫だ、行こう」
行こうって、どこに?
と、とたんに彼の影から鳥が一斉に飛び立った。
どうやら雨宿りさせていたらしい。
「あきれた。かぜひいちゃうじゃない」
「大丈夫、そんなに降ってないよ」
ザーッ
言った途端土砂降りにかわる。
が傘を差し出すとびっくりした顔をされる。
「?」
そんなハテナマーク飛ばされたらこっちが困る。
「少しはマシでしょ」
「‥‥‥ありがとう、でも俺が持つよ」
まあそうだ、がずっと腕を伸ばしてないと傘は彼の頭上に届きゃしない。
大きめの傘のはずなのに、彼が持つとなんだか子供用の傘みたいだ。
彼が傘と鳥を受け取ると2人は早歩きで歩き始めた。
「こないだはごめん」
いきなり切り出される。
「あ、ああ、もういいの。
こっちこそごめんなさい、いきなり泣いたりして」
「びっくりした」
「‥‥‥よね」
「俺の周りって図太いやつばっかで、本当ごめん」
そう素直に謝られるとどうも居心地が悪い。
「いいのよ。
それよりどこ行くの」
「俺のうち」
「え?!」
ちょっとそれはやばいのでは、さすがに、妙齢の男女じゃないですか。
と思うや否や、今日はどうも車にたたられているらしい。
バシャ〜ッ
またしても泥水浴び。
「これだけ濡れると傘も意味あるのかないのか微妙ね・・・」
「すぐつくから、そこで着替え貸すよ」
ええい、もうどうでもいいわ。
やけくそ、開き直りで導かれるままに彼の住まいへ向かう。
いわゆるボロアパート、というやつ。
でも中はこぎれいで、なによりずぶ濡れになった身には乾いた暖かさがありがたかった。
「え〜と、そのままだと風邪引くから服かえて。
着替えは、悪いけど、こんなのしかないけど」
差し出されたのは一枚の綿シャツ。
何度も水をくぐったらしい洗いざらし。
「ありがと、え〜と‥‥‥」
「俺は重吾。俺は先にこの鳥をみるから」
重吾はぽいっと濡れたTシャツを脱いでしまった。
まったく贅肉というものがついていないたくましい上半身。
目のやり場にとまどうに気がついて、しまった、という顔で言うには
「ご、ごめん、いつも一人だからつい」
「は‥‥はは、大丈夫よ、これでもいい年だから。
じゃ、シャ、シャツかりるね、あ、私です」
そそくさとバスルームというと聞こえはいいが、古くさいアパートの狭苦しい脱衣所でぬれた服を脱いでシャツを着る。
着替えながら彼の服の大きさに改めて驚いた。
腕をまくりあげてもまだまだ長いし、まるでワンピースだ。
ボタンを止めていると石けんの匂いがフッと鼻をかすめた。
誠実な彼の人柄をそのまま表したかのような清潔な香り。
心が揺らいだ。
頃合いを見計らって部屋へ戻る。
すでに小鳥は小さな箱に入れられて、傷口も消毒ずみのようだ。
重吾もちがうTシャツに着替えている。
「え〜と重吾サン‥‥‥お先に」
目をまんまるに見開かれて凝視された。
「サン、なんていらないよ、重吾でいい」
「え、あ、そ、そう?じゃあ、私もでいいよ」
沈黙。
「え〜と、あの雀もう大丈夫みたいね」
「ああ、こういうのは慣れてるから」
沈黙。
気詰まりになったが何でもいいからなにか言おうとすると急に重吾の顔がクシャッとなった。
「かわいい」
え?状況が把握できなくて激しくキョドる。
雀のこと?
でも微笑む彼の視線はまっすぐ自分を向いている。
真っ赤になる。
「ちょ、と、年上をからかうもんじゃないわよっ」
「からかってないよ。
は本当にかわいいよ」
「///////」
「ほら、俺のシャツがぶかぶかでさ、なんだかリスがクマの服借りてるみたい」
どういうメルヘンな発想よ、とあきれて重吾を見るとニコニコ、ニコニコ。
かわいいのは重吾じゃない‥‥‥。
やっぱり、鳥はうそついてない、いい人なんだ‥‥‥。
なんだかじわっと目頭が熱くなる。
「えっ、俺またなにか言った?」
「そ、そうじゃないの。
ごめん、ちょっと最近涙腺がおかしくて、ごめんなさい・・・」
じっとの様子を見ていた重吾だったが、ごそごそと部屋の隅に座る。
「こないだ、鳥にしかられた」
「え?」
「俺、動物の言葉がわかるんだ」
「‥‥‥」
「信じられないかもしれないけど。
で、にきつい事言ったとき、鳥に『バカ』って言われたんだ」
ぶっ
吹き出す。
「うそみたい」
「でもそうなんだ、で、『オマエノセイダ』って言われて目をあけたら・・・が泣いてた」
「‥‥‥そう」
「ごめん」
「もう、だからいいって!
実はさ、つい最近別れたカレシにも『なんかに言ってもしかたない』って言われたの。
で、なんかだぶちゃって‥‥‥こっちこそごめんね」
「なんでが謝るのさ」
「ん〜、だって重吾が謝るから」
ふっと顔が和らぐ。
「は優しい」
な、なによ、突然。
さっきからかわいいだの、優しいだの、こっちがとまどうような直球ばかりでどう反応したらいいか混乱してしまう。
「あ、雨が上がったみたいだ」
重吾の言葉に窓の外を見ると、星が一つ、二つと見えてきている。
「この鳥は責任もって面倒みるから安心して。
さ、送ってくよ」
「う、うん」
一瞬この格好で外でるのまずいかも、という考えが頭をよぎる。
ミニワンピースみたいとはいえどう見ても室内着仕様だし。
ま、でも重吾の護衛付きの時につきまとう勇気のある痴漢もいないだろう。
一方の重吾はまったくそんなこと気にしてない感じでもう玄関でつっかけをひっかけている。
夜でよかった、と正直思う。
予想通り、誰にも構われる事なく(?)無事のアパートにつく。
「送ってくれてありがとね」
「どういたしまして」
「あの‥‥‥」
「ん?」
せっかく知り合いになれたのにここで終わらせてしまいたくはなかった。
「また‥‥‥噴水のところに行ってもいい?」
まじまじとを見る重吾。
「当たり前だよ、俺は別にあそこの主じゃない。
が来たい時にくればいいよ」
「よかった〜」
今度は重吾が口を開く。
「鳥がきっとよろこぶ」
「え」
「あれから来なかっただろ、えらく怒られたんだ。
『ジュウゴハキガキカナイ』って」
本当なんだかうそなんだか。
でも目の前の本人は至ってまじめな顔。
ふっと肩の力が抜けた。
「じゃ、また行くね」
「待ってる」
予想外の言葉が返ってきた。
しかもまぶしいほどの笑顔付きで。
ドギマギしながら別れをつげて、部屋のドアをしめる。
カーテンの隙間からかえっていく重吾をそっと見る。
やばい‥‥‥かも。
またシャツから石けんの香りがした。
なんだか彼に包まれているようなくすぐったいような気持ちがした。
**********
「えっ、これをオレに?」
「うん」
休みの日の公園。
は重吾に新しいシャツを差し出していた。
「どうして?」
相変わらず直球だ、素直というか、スレてないというか。
だって重吾ってば若い身空であまりにもダサい格好ばかりだから、とはさすがに言えない。
「まあ〜、前に借りたシャツのお礼、とでもいうか」
「ふ〜ん?」
すんなり受け取ってよ、やりにくいじゃないのよ。
というの視線の効果があったとは思えないが、重吾は追求をやめて
「ありがとう」
とにっこり微笑む。
顔が熱くなるのを感じながらは首をぶんぶんと振って「どういたしまして」とかろうじて意思表示。
「入るかなあ〜、オレでかいから‥‥‥」
そこがいいのに、バカね、と心の中でつぶやく。
ラベルをみている重吾の端正な横顔を盗み見る。
おそらく自分がどれほどかっこいいかなんて全くわかってないに違いない。
シャツは当たり前だが、重吾にぴったりだった。
黒っぽいストライプで今迄のくたびれたTシャツより数倍見栄えがする。
内心ほくそえむ。
やっぱりかっこいい、この人。
実はあれから何度か、鳥の様子を見るという口実で彼のアパートへ足を運んだが、どうみてもクローゼットなどというものがない。
カーテンレールにぶらぶらとTシャツがぶら下がっているだけ。
失礼を承知で聞くと、あっさり
「そんなものない」
「だって、じゃあ服はどこに入れとくの」
「洗濯してるのと、予備が二三枚と、今着てるの。
それだけで足りるから」
信じがたい答えが返ってきた。
借りたシャツは、彼いわく
「一張羅」
無頓着にもほどがある。
土台が悪いならともかく、こんなに恵まれた容姿をしていながら、彼は全くその価値をわかっていないようだった。
どうにかしなきゃ。
まさにダイヤの原石状態。
磨けば光る、それもとんでもなく。
‥‥‥だけど、自分以外に光っては欲しくない。
セコいと思いながらも、それがの本音だった。
迷った末、とりあえずこの機会を利用する事にしたのだ。
「ぴったりだ。俺のサイズよくわかったね」
いきなり振られてちょっと焦る。
自分の頭の中の邪念を読まれたかと。
けれど目の前の重吾はあくまでニコニコと屈託ない。
「あ、だってほら、シャツ貸してくれたでしょ」
「でもタグなんかもう取れてただろ」
「うん、でも着たらわかるよ」
「ふ〜ん。
俺はのサイズ、俺より小さいって事以外全然わかんないけど」
「いいの、わかんなくて!」
彼は、そのままでいい。
自分からおしゃれなんかしなくって。
に気の利いたプレゼントなんかしてくれなくっていいのだ。
遠赤外線なみの効果を持つ、邪気ゼロの微笑みをに投げかけてくれるだけで十分だ。
といる時の重吾と、一人で公園にいる時の彼の表情はまるで違う事に気がついたのはいつだったか。
一番最初の出会いで彼を彫像と間違えたのはあながち、コンタクトがはいっていなかったからだけではない。
表情がないのだ。
まるで石で作ったみたいに。
端正で堂々とした体躯だけにそうなると、本当に感情のない石像のようにすら見える。
それがが現れただけでニコニコとしてくれる。
こんなに嬉しい事ってそうない。
お天道様を独り占めした気分だ。
前つきあっていたカレシはそうじゃなかった。
は常に気を張って、がんばって、がんばって自分を最大限アピールしないとだめだった。
ほら、こんなにきれいにしてるのよ、あなたのために。
彼もそれを要求した。
いろいろと贈り物をくれたりもしたが、それに見あう自分を求めているのがわかるだけに最後の方は気も重かった。
重吾は何もから要求したりしない。
ありのままでいられる、それがこんなにほっとすることだとは。
が。
しかし。
やはり日常生活、同じ事ばかり続くと刺激が欲しくなるのは当然の事。
重吾のこのかっこよさをまるで発揮できなのはいかにも惜しい。
たまにはそういう場があってもいいのではないか。
しかし自分以外には‥‥‥
ならば。
二人一緒の時におしゃれさせればいいのだ。
「あのね、重吾‥‥‥」
「動物園行く?」
「え?」
「その、いつも噴水のとこばかりじゃつまんないだろ」
「う、うん」
チュンチュン、チチチチチ
はは〜ん。
小鳥の入れ知恵ね。
なかなかやるじゃない。
え、でもちょっと、これってチャンスかも!
「ね、その前にちょっと買い物つきあってくれない?」
「え?買い物?俺と?」
「そう」
「俺はいい、人の多いとこ苦手だから。
が行っておいで、待ってるよ」
「え〜、せっかくだし、一緒に行こうよ〜」
「‥‥‥」
「だって重吾の服を見たいの」
「俺の?今だって新品のシャツ着てるじゃないか」
「ま、まあ、そうなんだけど(でも下は短パンにつっかけだもの)‥‥‥
あ、だって今のままじゃ飼育係の人と間違われるよ」
「俺は別にいいよ」
(あたしがやなのよ!!)
「お願い、お願い、お願い!!たまには普通にしようよ、ね」
「‥‥‥わかったよ」
チッ、チッ、チッ(ガンバレ)
え?
なんか聞こえたような?
ま、いいや。
「じゃあ、出発!」
「‥‥‥‥」
渋る重吾を無理矢理引っぱり、ショッピングへいざ行かん!
じろじろ。
ショッピングセンターでは上下アンバランスな重吾はいやでも注目の的。
ふんだ、見てなさい、今変なカッコしてるこのヒトがどんだけ格好よくなるか!
まずはパンツね。
「え〜、窮屈だし、昼間はあったかいからこれでいいよ」
「まあまあ、そういわずに、試着するだけでいいから!」
「‥‥‥わかった」
はむりやり試着室に重吾を押し込む。
特大サイズの店はすでにチェック済みだったりする。
恋する心は用意周到だ。
「どう?」
「ん〜、さあ?はいったけど」
ああ、もう、重吾の判断基準は『入る』か『入らない』かしかないらしい。
「見せて〜」
「いいよ」
カーテンがひらく。
「うわ‥‥‥」
だけじゃなく店員さんもびっくりの変貌ぶり。
モデルも十分つとまりそうな迫力だ。
裾上げも全く必要なし。
しかし本人はいたって無欲。
「もう脱いでもいい?」
とんでもない!
「あ、そのままで次の店行くから」
「え?だって‥‥‥」
重吾が手にとろうとした半パンを目にも留まらぬ早さでかっさらい、自分の手荷物の中にいれてしまう。
「‥‥‥って一般人だよね?」
「何言ってるの?さ、次は靴よ!」
しゃべりながら社会人はさっさとカードで支払いを済ませてモデルを靴屋へひっぱっていく。
仕事しててよかった、とほくそえむ、すでに心境はかわいこちゃんに贈り物を買ってあげるオヤジだ。
しかし、ここで問題勃発。
革靴は頑として重吾が拒否するのだ。
根っからの動物好きとしては革靴なんか許せないらしい。
しょうがない。
だってその根拠はわかるし、そんな重吾が嬉しくないともいえない。
ため息ついてスニーカーで妥協する。
ベルトも同じ理由で却下されたから、シャツも裾出しだし、まあいいか。
来るのと同じ道を辿って公園へ戻ったのだが、明らかに注目されている。
シャツにジーンズにスニーカー。
いたって普通の青年スタイル。
だけどだけど、ものすごく素敵なのだ。
ひそひそ聞こえてくる声も
「わ、モデルさんかな」
「かっこいい〜」
「いいな〜」
そんなのばかり。
してやったり!!
はほおが緩んでどうしようもない。
重吾はさっぱりそんな声に気がついてないようだが。
公園につく。
興奮したせいかのどが乾いた。
普通ならお茶とかもするんだろうけど、そこまでうぶな重吾と一気にはできない。
いつもの場所に腰掛けて一服する。
「のどかわいたね〜」
「ジュース買ってくるよ」
と重吾。
「え〜、そこの水道で飲んでもいいよ」
軽くデコピンをくらう。
「今日は決めるんじゃなかったの、普通に」
「へへへ、そうでした〜、じゃあお願い」
重吾もなかなか適応能力あるじゃない、などとなんかいつもと違う展開に嬉しい。
それにしても、なれないことしたせいか、急に眠くなってきた。
ちょうど噴水のそばの大きな欅がいい感じの木陰をつくり、木漏れ日がちらちらと視界を踊る。
の腰掛けている噴水からは、きっと、マイナスイオンがガンガン出ているのだろう。
暑くもなく、寒くもなく、秋のアウトドアの心地よさ全開。
目の前がだんだんぼやけて体が斜めになっていく。
「重吾、まだかなあ・・・・」
白いもやがの視界を覆った。
はっと目を開けると、空は既に残照と闇が混ざり合っている。
「うそっ、動物園は!?」
は慌てて飛び起きる。
「イタッ」
同時に小さなうめき声がきこえて、横をみると重吾が顔をしかめて足をさすっている。
寝起きで頭が回らないは激しく混乱したまま彼の横顔を呆然と見る。
「よく寝てたね、気持ちよかった?」
言ってから、に向かって苦笑する。
「足が痺れちゃってね」
それって、ひょっとしないでも膝枕してくれてたから?
「ご、ご、ごめんなさいっ!
動物園も、せっかく誘ってくれたのに、寝過ごすなんて‥‥‥ごめんなさい!!」
大慌てで謝る。
重吾はそんな彼女の様子をいつも通りの穏やかな表情で見ていたが、何を思ったのかぐいっとの肩を抱き寄せ、ころんともとの体勢に戻してしまった。
「ど、どうしたの?」
「‥‥‥急に起き上がられるとよけい痺れるから、もう少しこのままでいて」
このままって‥‥‥
さっきまでは知らなかったから平気で寝てたけど、いったん事情がわかってしまうと意識するなという方が無理だ。
ほおが熱くなる。
え?そういえば、重吾がなんかいつもと違って見えたような。
あ、そうだ!服変えたんだった!
はもう一度ガバッと起き上がってしげしげと重吾を見る。
やっぱりかっこいい‥‥‥
穴があくほど見つめるとはこういうことを言うのだろう。
無言で自分に見ほれるにしょうがないなあ、という顔で微笑んでいた重吾だったが、
「‥‥もういいだろ」
そう言うなり、またをぐいっと寝転ばせてしまった。
「え〜、もっと見たい〜!」
「だめ」
「なんでよ〜」
「‥‥照れくさいよ、ただでさえ自分じゃないみたいなのに」
「見たい、見たい!」
「はいはい、後でね、もうちょっと暗くなったら」
「それじゃ意味ないよ〜」
「だだこねないの」
いいながら、意識してるのかいないのか、なだめるようにゆっくりとの髪の毛を撫でている。
ネコになったみたい。
いつもなら私がお姉さんで、重吾は弟って感じなのに立場が逆転している。
こんな風に、いつもよりずっとかっこいい重吾に膝枕してもらって甘えてるのも悪くないな、などと思う。
なんだかふざけたくなって、
「ニャ〜ン」
と言ってみる。
重吾の手が止まり、くすくす笑う。
もくすくす。
「動物園にネコはいないよ」
「そうね、だから私がかわりになったげる」
「ネコは鳥を食べるからだめだよ」
「ネコだっていろいろよ、鳥の好きなネコだっているわよ」
「‥‥そうだな」
「そうよ、本当は食べたいかもしれないけど、ちゃんと我慢できるの。
ならいいでしょ」
「演技派だな」
「生きてくには必要だもん」
「俺にはできない」
「そんなことない。
今日だってすごくかっこいいよ。
飾らない重吾もいいけど、今日みたいな重吾も素敵だよ」
「‥‥‥」
重吾が何も言わないからしゃべらなくちゃいけないような気がして、ついつい饒舌になる。
「もちろんいつもの重吾もいいんだよ、だってすごく普通でいられるから。
飾らなくていいから、だから‥‥‥(私は重吾が大好き)」
困ってしまったをじっと見つめる重吾。
やおら、誰かが忘れていったグラサンを拾ってかけた。
「サンキュー、ベイビー」
今の彼の外観には似合い過ぎだが、あまりに現実の重吾とかけ離れた言葉。
沈黙する二人。
のち大笑い。
はあんまり笑いすぎて涙が出てきた。
と。
重吾がサングラスをとって、のあごにひょいっと手をそえて上向かせた。
え?
チュッ
「今日は楽しかった。こんなのは初めてだ。ありがとう」
は真っ赤になったけど、暗くてよく見えない事を祈った。
「‥‥‥私も、すごく楽しかった、ありがとう」
切ないような微笑みを浮かべた重吾の腕がの周りにまわされて、そっと抱きしめられる。
心臓がこれ以上ないぐらい高鳴る。
目を閉じても重吾の体に腕をまわす。
そのままどれぐらいそうしていたのか。
小さな、独り言とも思える重吾の声が聞こえた。
「と出会えてよかった。
‥‥‥生きててよかった」
にはなぜか重吾の声がふるえて、泣いてるみたいに思えた。
抱きしめられていながら、本当はが重吾を抱きしめているような、そんな気がした。
夜の動物園から獣の遠吠えがかすかに聞こえた。
星だけが二人を見ていた。
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蛇足的後書き:弊サイト68002番キリnear HITリク作品でございました。
リクエストは和湖さんからいただきました。
『重吾と年上ヒロインさん@動物園デート』だったのですが‥‥
そして、『重吾に放置プレイ(待ちぼうけ)』『すごくかっこよくおしゃれさせて連れ回したい』だったのですが‥‥
アララ、ギリギリじゃないっすか、keikoさん、ですね(滝汗)。
なんかどれも微妙にかすってるような、かすってないような仕上がりになっちゃいました。
出会いだけで力つきてしまったという‥‥
今迄いただいたリクエストの中でおそらく一番お待たせしたのに、ごめんなさい!!
続編では動物園へ行く予定がありますので、それでお許しを<(_ _;)>
こんな作品でよろしければ和湖さん、どうぞお持ち帰りくださいませ。
私自身はあらためて重吾を観察する機会をいただけて、とても楽しかったです、貴重なリクをありがとうございました!