Wデート 前編
そろそろ来る頃か。
カンクロウはじりじりしながら、彼が現れるのを待っていた。
正体がばれないように、いつも以上に念入りに違う姿に身をやつして。
ゲート付近には待ち合わせのカップルがいっぱいだ。
女の子は皆カレシに可愛いところを見せようと、カジュアルながらも身なりに気を使っているのがよくわかる。
中でもひときわ目を引く可憐な少女がいた。
白いブーツにミニスカの彼女は人形のような可愛らしさ。
実はカンクロウはさっきから、彼女にオトコが声をかけないように目を光らせている。
ちょっとでも少女に近づくそぶりを見せた野郎は、彼がチャクラ糸で文字通り足をひっぱりコケさせていた。
と、足もとに誰かの気配、というか、自分をくいくいと引っ張る奴がいる。
「ねえ〜、クマさ〜ん、一緒に写真とってよ〜」
クマの着ぐるみになっている都合上、視界が悪いのでよく見えないのだが、どうやら小さな子供の様だ。
「うるせえな、任務中じゃん」
‥‥‥と、はねつける訳にも行かず。
そばには母親らしき人物もいる。
渋々、2、3枚つきあってやる。
その間も、くだんの彼女のまわりに気を使う事は忘れない。
‥‥やっと待ち人、つまり彼の弟が来た。
15歳にしては小柄だが、彼女も小柄なので問題はない。
だいたい物腰はさすが砂の里のトップだけあって、十分威圧的だ。
今日は「せめて服は目立たないように」との兄貴の言葉に素直に従ったのだろう、赤い忍び装束ではなく
黒いベルベットジャケットにジーンズ、足下もサンダルではなく、コンバースだ。
カジュアルな靴なんてもってない、という彼に、カンクロウが自分のおとり置きをレンタルしてやったのだ。
「‥‥カンクロウのなんて大きすぎるんじゃないのか」
と文句を言っていたが、さほどブカブカでもない。
(サンダルでのびのびするのが当たり前のオブリークな足には、ちょっと大きめの靴の方がよろしいようで)。
心中カンクロウはせっかく取っておいた新品が我愛羅に流れた事をくやまないでもなかった。
が、可愛い弟のデートのためにそれぐらいの寄付は致し方ない、それに足が思ったより大きいという事は近々背がぐぐっと伸びる証拠だと、
クマどりならぬクマの着ぐるみの下で兄貴風をふかせて考えていた。
とりあえず我愛羅が登場したので、彼女の用心棒をする義務はなくなった。
さ、ではタノシイお仕事に戻るとするか。
バン、と今度は背中を叩かれる。
だれだよ、と振り返って相手をにらみつけるものの、相手も同じ衣装だから意味はない。
ついでに言うと着ぐるみの中だから、睨んでも意味がない、too。
「何こんなとこでうろうろしてんのよ、カンクロウ。
あたしたちの持ち場はあっちじゃない。
おやじみたいに目の保養してないで行くよ!」
まったく、このオンナは、どうしてこう、気に障る言い方をするのだろうか。
「ちょっと人待ちしてただけじゃん、まったくうるさいな、
は」
「ふ〜んだ、可愛い子いないかどうか見てたんでしょ、わかってんだから。
土日はカップル多いしさ‥‥あ、あれっ?」
と呼ばれた彼女が見る方向には、まぎれもないカンクロウの血族がさっきの少女を連れて歩いている。
「やだ〜、
じゃない、ふ〜ん、へ〜、かっこいいカレシなんか連れちゃって!」
「なんだよ、
の知り合いなのか」
「そう、あの子、イトコなんだ〜。
今日来るとは言ってたけど、まさかカレシと一緒とはね〜」
へえ、世の中狭いもんだな、と思う間もなく、
が
と呼ばれた少女の方へ行こうとしているのに気づき、あわてて止める。
「ま、待てよ」
「なんでよ、ちょっと挨拶するだけじゃない、お邪魔はしないわよ」
そうではない。
ポーカーフェースの下で、なれないシチュエーションに激しく混乱しているに違いない我愛羅を刺激するのはまずい、と判断したのだ。
「やめとけ、弟はああ見えて緊張してるに違いない‥‥」
みなまで言う隙をあたえず、
が驚いた声を出す。
「ええっ、弟?カンクロウの?あの、かっこいい子が?信じられない」
カチン。
「
のイトコだって、めちゃくちゃ可愛いじゃん、本当にイトコかよ」
にらみあうクマとクマ。
「ママ〜、クマさんが向かい合ってお話ししてるよ〜」
「本当ねえ、なんだかほのぼのしてていいわねえ」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
そうなのだ、にらみ合っていても、ハタからはそうとは見えない。
本人同士でも実は見えてはいないのだ。
しかもカンクロウと
とよばれている彼女は、この着ぐるみ姿でしかお互いを知らないと来ている。
まだこのバイトで2、3回ほどしかあったことがないのだ。
双方とも素顔を知らないくせに、物言いから、相手の容姿を作り上げているらしい。
ばかばかしくなって、二人はにらみ合いをやめ、持ち場へと向かう。
と、なぜか、我愛羅と
の二人もついてくる。
どうなってんだ、と思うカンクロウは足を速める。
けっこう大柄な
もカンクロウに遅れる事なく、同じく歩を速める。
それでも♪クマさんの、後から、ついてくる♪のだ、この美男美女、我愛羅と
は?!
「どうなってんだよっ」
「知らない、アンタの弟に聞いてよっ」
「
ちゃんは、
がクマの着ぐるみでバイトしてる事、知ってるのかよ?」
「知ってるけど、何も追っかけるほどの私のファンじゃないわよ?」
この女はどうもノリが俺に近いな、と、
とすたこら走り出しながらカンクロウは思った。
と、
が転びそうになる。
我愛羅がさっと腕を取り支える。
「お、いいじゃん、ナイスサポート!」
「縁結びできそうねvv」
楽しそうに
が相づち。
が、後ろから
「オイ、そこのクマ2匹、止まれ!」
「なんだって、俺たちと一緒にいたいんだよ?
デートの意味ないじゃん?!」
「そうよ、大体、私たちはこれで仕事してるんだから、
たちにひっついてるわけにはいかないわよ」
でかいクマ2匹がかわいいカップルに説教を垂れる、の図。
「‥‥わかってるけど‥‥」
うつむき加減の
。
「‥‥お前達の邪魔はしない」
いつものように腕組み&仁王立ち、それがヒトにものを頼む態度なの?の我愛羅。
「だっから、そうじゃなくてだな、せっかくのデートなのに、フガッ」
カンクロウの口、正確にはクマの口をもう一方のクマの手がふさぐ。
クマの耳打ち。
「ねえ、カンクロウ、きっと、二人きりじゃ恥ずかしいのよ、だって、デートってアンタが言う度に見てよ、二人とも目が泳いでるもん」
クマの面の皮の二人と違い、我愛羅も
も素顔だから、確かに恥ずかしそうではある。
「しっかし、仕事もあるしな」
「いいじゃない、私たちの持ち場の近くにいられれば、安心なんじゃないの」
まんま保護者だが、父兄と書くぐらいだからから仕方ないか。
クマの仕事はお子様とツーショットばかりではない。
11月の上天気の昼下がり、絶好の行楽日和。
親子連れをターゲットにした野外アトラクションは大にぎわいだ。
その観客の中に我愛羅と
の姿も見える。
と、いうことは、舞台に立っているクマは、連中な訳だ。
クマの着ぐるみを着ながらのバック転や逆立ちダンスはなかなか重労働であるに違いない。
内心、いや、クマの中でカンクロウは
「まったく、やってらんねえじゃん」
と大いに文句を足れていたが、観客に聞こえはしない。
クマダンサー役のスタントマンの都合がつかないとのことで、砂の里にこの依頼がきた時、風影=我愛羅は真っ先にカンクロウにこの任務を当てた。
「ええ〜っ、クマの着ぐるみぃ?俺がか?」
「‥‥まあ、そう言うな。
人助けだと思って、やってくれ」
「他にも候補はいるじゃん?
クマの中に入るんだから、別に年食っててもいいんだろ、バキとか」
「‥‥いまのせりふは聞かなかった事にしておく。
‥‥俺の頼みだ」
なにやら、いつもと様子が違う。
聞けば、カノジョとデートする約束をとりつけたものの、場所が決まらない。
迷った末人気デートスポットを検索すると、この遊園地がヒットしたというのだ。
しかも噂によると、その遊園地はカップルが行くと必ず恋が実ると言うジンクスがあるらしい、のだという。
‥‥もちろん、そんなことをすらすら、カンクロウに言う我愛羅ではない。
カンクロウがあとからいろいろ調べた結果、どうやらそうらしいと判明したのだ。
弟の頼みに弱いカンクロウ、しぶしぶながらも週末ごとにこの遊園地でクマに変化している所以だ。
なぜなら風影たる彼が、下見、及びボディガードなしでそのような場所に出没するわけにはいかないからだ。
実際そんなものはからきし必要なくても、きまりはきまりなのである。
割引券がどうのこうの、というのはあくまでも、おまけなのである。
ようやくショーが終わり、カンクロウと
は舞台から降りる。
と、
がカンクロウに話しかけた。
「カンクロウってすごい運動神経いいんだね〜、それだけは感心しちゃうわ」
だけ?
ま、部分的にしろほめてくれたんだから、いいとこだけ聞いておけばいいのだ。
カンクロウも上忍になって、引くべきところは引く事を覚えた‥‥‥のか?
「
も着ぐるみきて一輪車に乗るなんて、たいしたもんじゃん」
「ははは、そう?
まあね、アタシの夢はサーカスに入る事だったからさ、いろいろ練習したのよ」
「それだけ運動神経いいなら、別に夢で終わらす必要もないんじゃねえの」
「うん‥‥まあ、ね」
言葉をにごす
。
なんだよ、と思ったところで要保護観察の二人が来る。
「
ちゃん、すご〜い、バック転なんかできるのね!」
頬を上気させて興奮気味にはなす
。
「‥‥カンクロウ、いったいいつ、一輪車の練習なんかしたんだ」
まじめに我愛羅が聞く。
顔を見合わせるクマとクマ。
「やだ〜、それはカンクロウよ、あんたのカレシの兄貴!」
「そ、俺がバック転したの、一輪車のりまわしたのはアンタのいとこじゃん」
はかなり背が高いので、クマの着ぐるみをきているとほとんど身長差がないように見えるのだ。
今度は我愛羅と
が顔を見合わせる番だ。
くすくすと
が笑う。
「だって、二人ともクマのかっこうで動き回ってたら、ほとんど身長差ないから。
どっちがどっちかなんてわからないし、てっきりそうかと。
我愛羅君もそんなこといってたし」
みれば我愛羅も苦笑いしている。
ほ〜、コイツも好きな女の前ではこういう顔も見せるのか、としげしげ弟を見つめるカンクロウ。
そんな遠慮のないことができるのも、クマの仮面をかぶっているからこそ。
一方、カンクロウは
がクマの顔の下でひそかに傷ついてる事がよくわかった。
身長の事を言われた瞬間、
の雰囲気がなんとなくこわばったのだ。
カンクロウ自身は自分が余裕ででかいので、女の子の背が多少高いからどうのこうのということはない。
女は小さい方がいい、という輩も多いが、彼は好きになった相手がミニサイズだろうが、ラージサイズだろうがあまり関係なかった。
でも、女の子としてはそうもいかないのだろう、と少なからず、この強気な の弱点を気の毒には思った。
さて、クマ組のメインのお仕事がおわったころには、そろそろ日が傾き始める。
この遊園地の売りの一つに、外国のきれいな町並みを忠実に再現しているという点があった。
黄昏のなかに、ロマンチックに街頭がともり出す。
「せっかくの夜景なんだから二人で楽しんでくりゃいいのによ」
「‥‥本当。なんか、完全に保護者よね、あたし達ってさ」
クマズがぼやきながら歩く後ろを、こじんまりと可愛い二人が歩いてくる。
「ところで、俺たちっていつまでこのカッコしてんの。
暗くなってきたら視界が狭くてあぶねえじゃん」
「さあ、もう着替えに行っていいと思うけど」
「じゃあ、着替えに行くじゃん」
「ん〜、でも」
「なんだよ」
「あったかいじゃない、これ着てたら?
あたしすごい寒がりだから、けっこうこのバイト気に入ってるのよね」
「夏場でもいいのかよ?」
「いや、それはないけど。
‥‥‥それにさ、この着ぐるみの中なら、身長がどうの、とか気にしなくてもいいでしょ」
ああ、やはり気にしてるのか。
「別にいいじゃん、大きいと便利な事多いじゃん」
「え〜、まあ、カンクロウは男だもんね、女の子は通りすがりのハゲおやじにデカイな〜とか言われるし、損よ」
「そりゃ親父は自分のハゲを見下ろされてやなんだろうよ。
だけど、高いと電車のつり革はどれだってつかめるし、混んでる場所でもいい空気吸えるし」
「ま、ね」
舞台をおりたとたん猫背気味になった彼女の背中をばしっとやるカンクロウ。
「いいじゃんよ、いっそヒールの靴でも履いて、そんなおっさんの頭なでてやれば」
「いてて、まあ、小さくはなれないもんね、今更。
でも、親父の頭なんかなでんのいやだよ。
ま、トラウマってても仕方ないか」
「そうそう、小さい子は大きくなりたいって思ってるもんじゃん。
だれでも自分のいいとこは見えにくいもんだろ」
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