後編

「ごちそうさまでした!」
ちゃん、ごちそうさま!」
「ごっそさん!」
きちんと食後の挨拶をしていくあたりなかなかしつけが厳しいらしい。
「ほら〜、おいしく作りすぎなんスよ、何も残ってないじゃないですか」
「なんでそれで怒られるのよっ、いいじゃない別に」
「一生懸命作った俺たちは昼飯なしなんですか〜」
悲しげなトビの声。
「なんだ、そんなこと心配してたの、時間ずれるけどちゃんとあとで食べられるわよ、バカね」
情けない声に笑いそうになるのをこらえながら が返事する。
「な〜んだ、良かった」
トビと机を一緒に片付けながら は思う。
この仮面の男、トビはどうも不思議な奴だ。
まるで表情なんかないはずなのに、やたら感情表現が豊かで、黒尽くめの服装といい、オレンジ色のお面といい、引く要素だらけなのになぜか親近感がわいてしまうのだ。
が、 がトビに親しみを持っていると感づいたのは彼女だけではなかったらしい。

さん」
出た。
熱血リーダーの登場だ。
別に彼も熱血だから激眉とかいうわけではなく、まあ普通の海の男である。
やけてちょっとマッチョではあるがちゃんと眉も整えられた今風の青年だ。
しかし好きになるとまわりが見えなくなる辺りは充分困ったチャンである。
「なんでしょう」
机を拭きながら気のない返事をする
「いったい彼とはどういう仲なんですか」
「は?彼?」
「ほら、あの新入りですよ、ふざけた仮面をした男だ」
トビのことらしい。
「仲って‥‥人出が足りないから手伝ってもらってるだけですよ」
「‥‥気に入らない、馴れ馴れしすぎる!
さん、あなたは皆に親切すぎるんだ!
あんなやつと仲良くなるなんてどうかしてる!」

ぶち

がキレた。
「いい加減にして下さい!
彼は単なるバイトですよ、同僚じゃないですか!
なんでいちいち私が誰といっしょかとか聞かれなきゃならないんです??
あなたいったい私の何なんですか?
私のことなんか、放っといて下さいっ!」
人気のない食堂に の声が響き渡った。
片隅でオレンジ色の仮面が、にらみ合う とリーダーの方を見ている。
もちろん顔色はオレンジのままだから何を考えているか不明だ。
しかし。
リーダーには十分ジェラシーの対象らしい。
「やっぱり怪しい!」
「だから同僚だっていってるでしょう!」
さん、あなたは私の事をどう思ってるんだ!」
「だから、どうとも思ってないってずっと言い続けてるじゃないですか!」
「それじゃわからん!」
「なんでわかんないのよっ!」

「お取り込み中のとこすいませんが‥‥」
「何よっ!」
が凄い形相でトビを睨む。
リーダーも声こそださないがトビを見る目は異様にキツい。
「そ〜んなに睨まないでよ、俺だって生身の人間だよ、一応さ〜」
情けない声を出しながら、 を部屋の片隅に連れて行くトビ。
さん、あのね、男にはなんとも思ってない、なんてのは返事になんないの。
好きか、嫌いか、どっちか」
「なによ、それ?!
何とも思ってない相手に好きも嫌いもないわよ?!」
「それじゃわかんないんだよ、彼にはさ。
白か、黒か。
それ言わない限り、彼は さんにつきまとうよ」
「ええ〜っ‥‥‥」

まるで何とも思っていない相手とはいえ、「嫌い」とはいいにくい。
自分が誰かを好きで、その人に告白して、「嫌い」と言われたら死にそうに悲しいだろう。
過去にふられて何キロもやせた経験もある にしてみれば、そんなことは口がさけても言いたくない。
「悪いけど、つきあうとか考えられない」
と言われただけでソレだったのだ。

「言える分けないじゃない‥‥」
「言わないと好きだと思われますよ」
「そんなむちゃくちゃな」
「だって、現に さんの気持ち誤解してるじゃないっすか。
どんだけつれなくしたってムダムダ、ちゃんと嫌いって言わなきゃ」
「‥‥‥‥」
「変に気を持たせたら余計うるさいですよ」
「気なんて持たせてないわよっ」
「嫌いって言わなきゃ同じことすよ」

ごたごた言いあってる2人にしびれを切らしたリーダー氏がぬっと顔をだす。
トビを指差し、
「一体お前はなんなんだ、彼女は迷惑がってるじゃないか!
俺の さんに馴れ馴れしくするな!」
俺の、と言う言葉を聞いた瞬間、 の背中に悪寒が走った。
「やめてよっ、あんたなんか嫌いっ!
俺の、とかいい迷惑よ、やめて!!」
はっと自分の口を塞いだ だがもう遅い。
言葉で往復ビンタを浴びせてしまった。
リーダーはしばらく無言のままつったっていたが、何も言わずに食堂を出て行った。

「ばかばかばかっ、アンタのせいよっ!
傷つけちゃったじゃない!
悪い人じゃないのにっ」
トビに八つ当たりする
「何言ってんすか、ならつきあってあげたら良かったのに」
お手上げポーズのトビ。
「な、そう言う意味じゃないわよっ」
「そういう中途半端なことしてるからリーダーは誤解したんじゃないですか。
自分で蒔いた種でしょ。
俺が刈り取る手伝いしてあげたってのに、そりゃないなあ」
「蒔いてないわよ、向こうがかってに‥‥」
「熱あげたってんですか?
あのね、恋する男に『友達』っつ〜のはないんすよ。
それ一番残酷。
あれだけ好きだって言って、自分の気持ちぶつけて来てくれたんだから、 さんもちゃんとはっきりさせるのが礼儀ってもんでしょ。
好きじゃないなら、友達とかいう中途半端はなし。
今のでいいんですよ。
自分可愛さでずるずる彼の気持ちをいいかげんにしとくのは失礼っすよ」

トビに説教されてしまった。
言い返したい気持ちはやまやまなのだが、ちょうどいい言葉が見つからない。
それに心のどこかで彼が正しいような気もした。
そういえば、例のふられた相手に「友達でいよう」とか言われて余計傷ついたっけ。

しかし。
オレンジ仮面に素直に「あんたが正しい」とは言えない。
「ごほん、とにかく!
片付けすませるわよ」
「は〜い、はい」
こういう時、相手の表情が見えないのはいいんだか、悪いんだか。
いっそ、自分も仮面が欲しいわ、と思ったりしてしまう。

「やっと御飯だ〜、うれしいなあ〜」
片付けを終えてようやく彼らの食事の番だ。
「トビ、あんたって万年欠食児童みたいねえ。
そりゃ時間は遅いとはいえ、朝ご飯だってあれだけ食べて、おまけに結構遅くに食べたじゃない」
「すいませんねえ、あか‥‥ごほん、ウチはねえ〜なんか変人が多くて、飯なんてまともに出ないんすよ。
すべて自己調達。
で、新入りぺーぺーの俺はそんために時間割けないからいつもお腹減らして可哀相なんですよ」
「自分で可哀相って言うの〜」
「だって誰も言ってくれないんだもん、新歓パーティーもしてくんないしさ」
ぷっ
「トビ、あんたっておっかし〜」
「ほら、 さん、笑った方が可愛いっすよ。
俺が朝から笑かそうと努力してたのになっかなか笑わないんだから」
「////」
「膨れっ面もわるくはないすけどね」
「何よっ、バカにして!あんたみたいな年下にバカにされる筋合いはないわよっ」
「あれえ、なんで年下だなんて決めつけるんすか?
ひょっとしたらすごい年上かもしれないでしょ」
「ありえないわよ」
「顔はみえないでしょ」
「そりゃそうだけど‥‥」
こんなにバカできるのは若いからだと思い込んでいたのだが、そう言われると確信がもてない
「ふははははは、すぐはめられるんだから〜、おもしろいなあ〜」
「もうっ!」
「さ、食べましょう!いっただきます!」
トビにいいようにちゃかされてなんだか気恥ずかしい
いや、正確にはトビに『可愛い』発言をかまされた事がそうなのだろう。

はっ
トビが食べてる?!仮面は?
「え‥‥‥」
仮面はそのままである。
口があるとおぼしきあたりまでトビが箸で食べ物をもっていくと、すっと‥‥
消えるのである。
食べ物が。
「‥‥‥」
「なんですか。
人が食べてるとこじろじろ見るのは不躾だって教えてもらわなかったんすか?」
「そうじゃなくて、なんでお面つけたまま食べれんの‥‥」
「だって、俺はあかつ‥‥もにょもにょ、っすよ。
これぐらい朝飯、昼飯、晩飯前でも平気ですよ」
「な、何くだんないシャレ言ってるのよ、一体どうなってんの‥‥」
「ほら、朝見せたじゃないすか、俺ってマジシャンでしょ、だから」
言うが早いか、コップをひっくり返して見せる。
‥‥‥何もこぼれない。
「‥‥当たり前じゃない、空だもの!」
「ははは、バレたか」
「ったく!」
あまりしつこく聞くのは の性ではない。
まあ自称暁ならそれでいいか、どうせ聞いたって分んないし、いわないだろう、とあきらめた。
「‥‥あっさりひきさがるんすね」
「どうせ、教えてくれる気なんかないんでしょ」
「まあ、ね」
「ほら、やっぱり」
「でも仮面の秘密は教えてもいいっすよ」
「え?」
「だって、変だと思ってんでしょ、この仮面」
「‥‥思わない人がいるっての」
「反語で答えないで下さいよ。
あのね、チャドルと一緒」
「は?チャドル?あの、イスラム教の女の人がする奴?」
「そ。
貞節の証、なんすよ」
「‥‥‥」
「自分の一番大切な人にしか、顔を見せないの」
「‥‥マジ」
「見たいでしょ、素顔の俺」
「‥‥‥」
「実はかっこいいんすよ、こう見えてもさ〜、暁版キムタク」
「‥‥‥ホント?」
「うそに決まってるじゃないすか」
「‥‥っ、トビっ、この野郎!」
「信じたでしょ、一瞬さ、ははは」
ったく!
‥‥でも、本当にどんな素顔なんだろう?
朝よりもずっとそのことが気になった。

**********

短い昼休みのあとは夕飯の支度だ。
「晩ご飯は何するんですか〜、皿の数がすくないのがいいなあ〜」
皿洗いに辟易気味のトビがこぼす。
「バーベキューよ、お皿はこのときは使い捨てだから心配しなくてもいいわよ」
「あ〜良かった」
「いいじゃない、どうせトビは今日だけでしょ、あたしなんか明日も、あさっても皿洗いが待ってるんだから!」
「ははは、バイト代弾んでくれるならもっといてもいいっすよ〜」
「さあねえ、ここのオーナーはあまり太っ腹じゃないからね〜」
「ま、明日には御同僚も元気になるでしょ、ただの風邪ならね」
「そうね‥‥」
言いながら、なんとなく寂しい気がする
トビは今日だけの手伝いだったんだ‥‥
ええい、なに女々しい事いってるの、私らしくもない。
はじめは水死体と間違えたんでしょ。
いなくなったからって、どうってことないわよ。
「何ぶつぶつ言ってんすか、はやく机運び出さないと〜」
「ごめん、ごめん」
うんうんいいながら庭へ机を運び出しているトビのところへ、急いで向かう だった。

日が暮れて宿泊客達が練習から戻るのを見計らって、バーベキューが始まった。
日中の暑さがうそのように涼しくなっている。
やトビをはじめ、バイトの皆は客の求めに応じて肉や魚を焼くのに大忙しだ。
サザエをアミに載っけた が大笑いする。
「なんですか」
「だって、ほら、このふたの模様!
トビ、あんたの仮面そっくりよ!」
確かに、サザエの口を閉ざしている部分はぐるぐる渦巻き模様である。
「オレンジに色塗れば?小さなトビって感じよ、かわいいじゃん。
ほら、ここに穴をあけて、と」
@は貝の口をこじ開ける千枚通しを使ってサザエのふたにぐりぐりっと、トビの仮面と同じ位置に穴をあけた。
「はい、あげるわ」
「ひでえなあ〜」
「はっくしょん!」
「あれれ、 さん風邪引いたんじゃないっすか〜、人を呪わば穴二つ、ですよ〜」
肉をひっくり返しながらトビがくしゃみを聞いてつっこむ。
「大げさね、大丈夫よ」
いいながら、ちょっと頭痛いな、と思う
「だからもっと着なきゃだめですよ、ほら、おれなんか‥‥」
「あんたは着すぎよ、いくら秋口だからって真っ黒なタートルなんてまだ早すぎるわよ。
おまけにマフラーって‥‥くしょん!」
「スカーフと言って下さいよ。
ほら、貸したげますよ、これ一枚でずいぶん違うんだから」
ふわっと首まわりがあたたかくなる。
見た目よりずいぶん軽くてしなやかだ。
「ありがと‥‥それにしても、例のコートといい、このマフ‥‥じゃない、スカーフといい、ずいぶん軽いのね」
「ふふん、だって天下のあかつ、つ、つ‥‥‥月がきれいだなあ〜、今夜は」
「ぶっ、もう少しマシなだじゃれないの?
それに、どうせ無印良品でしょうけどね」
「いいんですよ、ブランドなんかに頼らない確かな目があるっつ〜証拠ですからね」
「目なんかあったっけ」
「キッツいなあ、 さんは〜」
「ごめんごめん」
「あるに決まってるっしょ、片目だけで十分なんすよ、おれにはね」
「え、どうして‥‥」
聞く間もなかった。

「おじゃまして申し訳ないが、どうしても納得が行かない」
いきなり二人の前に人影が立ちふさがった。
リーダーだ。
「‥‥なんでしょう」
が勇気を出して返事する。
「鳶に油揚げをさらわれると言うことわざがあるが、今の俺の心境はまさにそうだ。
お前、トビとかいったな、名前までふざけた奴だ。
いったい さんとどういう関係なんだ!」
の方を見もせずにトビにつめよるリーダー。
「だから、彼は関係ない‥‥」
が二人に割って入ろうとした時、
「どうって、こうですよ」
トビがいきなり の肩をぐいっと自分の方へ抱き寄せた。
固まる
素早く の耳にトビがささやく。
「コイツほんとうに手に負えないっすね、まあここからは俺に任せて」
「何いちゃいちゃしてるんだ!
そこから離れておれと勝負だ!このオレンジやろう!」
思わずかっとしたのかリーダーの声が大きくなった。
周囲の歓談がぴたりとやみ、3人に視線が集中する。
「なんですか、失礼だなあ〜。
負け犬ほどよく吠えるんスよね〜、まあいいでしょう。
で、何で勝負するんですか、今時レトロに決闘とか言う気ですかね」
こんな時でもトビはいつものひょうひょうとしたスタイルを一向にかえない。
「男はいざという時、力がないと好きな女性を守る事もできん!
お前の体力を見てやる!沖のブイのところまで行って帰ってくる競争だ!」
「え〜、俺泳ぎはあまりとくいじゃないんすけどね。
ま、いいや。
でもあんたのいうのだけじゃ不公平だから、俺の提案する方法でも勝負してよ。
それならやりますよ」
「よし、言ってみろ」
「早食い競争」
固唾をのんで成り行きを見守っていた観衆からくすくす声がもれる。
「‥‥‥」
「どうなんす?いやならこのばかばかしい闘いはやめですね」
「ふざけた奴からはふざけた提案というわけだな、わかった!
じゃあまず、競泳からだ!」
「はいはい」

「お前はその格好で泳ぐというのか?」
「はあ、人前で肌をみせるのは俺のポリシーに反するもんで」
リーダーが呆れた声をだすのも当然、トビは真っ黒な衣装のままである。
「そんなのんきなことをいって、着衣水泳がどれだけ大変かわかってるのか?!」
「あんたが勝てるようにハンデをつけてあげてんですよ」
「なんだとっ」
「ああ、もう、どうでもいいでしょ、さ、スタートしましょうよ」
「よし、どうなっても知らんぞ!いくぞ!」
ザバ〜ン!
夜の海へ走り込んで泳ぎ始める2人。
着衣とそうでないものの勝負なんて始めから見えている。
いったいトビはどういうつもりなのか。
やきもきしながら成り行きを見守る
案の定、リーダーがブイを折り返した段階でトビはまだブイまで半分のところまでも来ていない。
じきにリーダーがトビとすれ違った。
と、トビは泳ぐのを辞めてしばらく浮かんでいたが、リーダーが岸に着く寸前に勝手に折り返して戻って来てしまった。
どっちにしろリーダーの圧勝である。
「いや〜、やっぱすごいっすねえ、海の男は違うよ」
冷たい水で泳いで体力を消耗したリーダーが唇を青くしているところへ、のっそりと水から出て来たトビがしゃあしゃあと言う。
「お前はっ、勝手に折り返し地点を変えたな!」
「どうせ俺が負けたんだからいいじゃないすか。
勝負を見極めるのも潔さの証拠でしょ。
あんたの圧勝を認めてるんだからうだうだ言わないでほしいなあ」
「‥‥‥」
「さ、第二ラウンドは焼肉の続きっすよ」

はこの時にトビが全く濡れていないことに気がついた。
「ちょっと、トビ、あんた全然濡れてないじゃない。
いったいどうなってんのよ」
ぐいっとトビを引き止める。
「どうもこうも、こんなばかばかしい決闘ごっこ、さっさと得意分野でカタつけたいですよ。
俺は泳ぐのは苦手なもんでね、上を走るのならともかく」
決闘ごっこ‥‥
なんとなく釈然としない。
わかっている、トビがリーダーをあしらうためにこのくだらない闘いを引き受けたのは。
でも面と向かって『ばかばかしい』といわれると、なんだかその原因たる自分もつまらないもののような気がしてしまったのだ。
「やめたらいいのに、なんで引き受けたのよ、こんなばかばかしいこと」
「あ、すねてんだ〜。
別に さんを巡る争いがばかばかしいなんてコレっぽっちも思ってないっすよ。
‥‥あんな男にはね、あんたはもったいない」
正直どきっとした。
同じ仮面なんだから表情なんて変わってないはずなのに、なんだかトビが真剣に見え、
耳障りなはずの『あんた』も『 さん』よりずっと近しい響きに聞こえた。
と、またちゃらけた雰囲気に戻ったトビは
「さ〜、んじゃ得意分野の大食いにいくとすっか!
適度な運動の後は腹が減るもんな〜、体力消耗した奴には負けねえっスよ!」
といいのこし、皆の集まる方へ走って行った。

そう。
大食い競争は体力を消耗する。
疲れていると食べられない。
夜間水泳、しかも競争(に彼が一方的にしているのだが)。
冷たい水で体力を消耗したリーダーはあっさりトビにまけてしまった。
トビが食べる様子には、しかし、皆一様に驚いた。
仮面男が仮面を付けたまま焼肉を大量消費しているのである、これを見物せずにどうしよう。
帽子をおけばけっこうなギャラが手に入り、暁も潤っただろうに。
しかしそこに注目が行ったのも、リーダーには気に入らなかったのだろう。
「このうそつき野郎め!」
いきなり拳を振り上げるとトビの胸ぐらを掴んで顔面に一発。
ミシ。
仮面が割れて‥‥
「ぎゃあああああっ」
リーダーは何を見たのか、絶叫して腰を抜かした。
なんだ、なんだとチームの他の面々も集まって来てトビをみるものの、お面の下にはまた同じお面がのぞいているだけ。
「食い過ぎで悪い幻想でもみたんじゃないですかね、はやいとこ寝かしてあげた方がいいと思いますよ。
ま、これでおあいこってことでいいっすね」
顔を見合わせる青年達。
顔面蒼白のリーダーを抱きかかえるようにして、皆部屋へ引き上げて行った。

「‥‥いったいどうなってんの」
「まあいいじゃないすか、 さんを巡る争いは一段落ついたんだし。
これであのリーダーもでかい面しなくなるでしょ」
「一体何見せたの」
「何って、何もしてないよ、俺は」
「うそ、ならなんであんなにショック受けてたのよ」
「ん〜、おれの顔が金太郎あめだと思ってショック受けたんじゃないすかね」
「ちゃかさないでよ、やっぱりへんよっ」
「‥‥ちょっと違反技、あまりに失礼な野郎だったからね」

自分は『暁』だと何度もいっていたトビだが、さっぱり信じられなかった
けれどあの屈強なリーダーがいとも簡単に腰を抜かすのを目の当たりにしたら、やはり何かあると勘ぐらずにはいられない。
しかし、一方でそれを認められてしまうと、今迄いっしょにふざけていた彼の姿は偽りだったのかと思えてくる。
頭痛がひどくなって来た。

「‥‥」
黙りこくってしまった の前でぽりぽりと頭をかくトビ。
「ん〜、俺はいつもこんな感じなんすよ。
‥‥ただ、その、俺の所属団体の目的に関係ない人間には普通でいるってのがポリシーなんだけど‥‥
今回はちょっとハメはずしちゃったかな」
「‥‥」
「んじゃ〜、もう行きますね」
「‥‥」
「またね、とか言ってくんないんすか〜、寂しいなあ‥‥」
「だって、もう会えないんでしょ、どうせ!」
「バイト代もらいに来ますよ」
「うそ!」
「ほら、そんな顔しないで」
トビが@の顔をやさしく手ではさんで上へ向けた。
トビを見上げた は、オレンジの仮面があるはずの場所に自分の泣き顔が映っていて度肝を抜かれた。
「何、これっ‥‥」
ぐらりと大きく地面が揺れたような気がした。

‥‥皆の記憶、消さなきゃね。
心配しなくても、もうリーダーは さんにつきまとわないっすよ、そこんとこは残しとくから。

おぼろげであやふやな光景の中で見覚えのない、でも懐かしいような昔から知っているような鳶色の瞳が に笑いかけた。

‥‥ちょっと残念だな、全部消すのは、正直。
さんの記憶はさ、特にね‥‥
でもね、俺は暁だから、仕方ないっすね。

は翌日から高熱でうなされた。
「‥‥夏風邪がうつっちゃったのかしらね‥‥‥」
そんな同僚の声が聞こえたりした。
ゆめうつつの中、トビの姿は の記憶から遠のいて行った。

数日後。
なんだか変な夢見たような気がするなあ。
はまだちょっとふらつく頭で外に出る。
「もう熱も下がったし、ゴミ拾い行ってくる」
「無理しないでね〜、

「ファイト、ファイト!お、 さん、おはよう!」
朝から海岸をランニング中の団体と出会う。
「おはようございます〜、こんな早朝から練習ですか〜」
「もちろん、強くなるために来たんですからね!
ほら、ぼさっとしてないで、行くぞ!」
「お〜」

遠ざかって行くカヤックチームの姿を見送る。
寄せては返す波の音が聞くともなく聞こえるともなく、彼女が砂を踏みしめる音と混ざりあう。
「もうさすがに花火のゴミはないわね‥‥」
たまに落ちている紙くずや、ビニールの切れ端をひろっていく。
と、なにかオレンジ色の小さなものが目に入った。
しゃがんで拾い上げてみる。

サザエのふたの部分がマジックかなにかでオレンジ色に塗られていた。
「誰がやったのかな、面白いけどさ‥‥」
バーベキューで食べたっけ‥‥サザエ‥‥
なんか、このぐるぐる見覚えあるな‥‥
なんだっけ‥‥すごく大事な事な気がするのに‥‥

浜風が吹いてくる。
もうかなり冷たい。
首にまいたスカーフをいじる

ピーヒョロロ‥‥
空から馴染みの鳥の声が聞こえて来る。

鳶かあ‥‥いつも思うけど、な〜んかあの声面白いわ‥‥ひょうきんというか‥‥
見た目もぼさぼさでまるで手入れしてない寝起きってかんじでさ‥‥
よくせっかくゲットした魚落っことしたりしてるしね‥‥
でも実は結構凶暴らしいけど‥‥

海風に乗り、グライダーのように自由に滑空する鳶をみていると、なぜか胸がぎゅっと締め付けられるような切ない気持ちがして目頭が熱くなった。

あれえ、なんで‥‥‥‥‥秋だから?
らしくもない‥‥
でも、何だかとても大事な事を忘れてる気がするんだけど‥‥思い出せないわ‥‥

は涙目で青い空に吸い込まれて行く鳶を見送った。


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