お盆過ぎ

ザザーッ、ザザーッ
寄せては返す波の音が響く。
盆を過ぎた海には人影もまばらだ。
台風一過で洗われたような青空がまぶしい。
川や湖で泳ぐのは慣れていたが、海は初めてだ。
どうしようかとも思ったが、あまりにも青くてきれいな水と空に誘われて、なんとなく出てきてしまった。
カモメとトンビが高い空を気持ちよさそうに飛び回っている。
「ふぁ〜、まあ、とりあえず、木陰で昼寝じゃん」
今回は単独の任務で気が張りっぱなしだったから、苦手な報告書を伝書鳩に託した後の休日は、ちょっとのんびりすごそうと決めていた。
まあ、念のためにカラスは持参したが、木の上に隠すようにおいて、スイッチ・オフ。
Tシャツに海パン姿で適当な木にもたれて眼を閉じた。

‥‥「カンクロウさん?」
誰だよ、せっかく気持ち良く人が寝てんのに‥‥しかし、おれの名前を「さん」付けで呼ぶヤツなんて‥‥
薄目をあけると、はたして。
「げっ、 じゃん」
「げ、はないでしょう〜。こんなとこで、昼寝なんて、珍しいのね。」
コイツとここで会うとは夢にも思わなかったじゃん。
は俺のお気に入りの定食屋の看板娘で、休みの時にはちょくちょく会いにいったりする仲だ。
ちょっとくせのある髪をショートカットにした、くりくりした目がかわいい娘だ。
お気に入りは、定食屋なのか、この子なのか、正直なところ最近はどうも境目があやしくなってきている。
こそ、こんなとこで、何してんだよ。今日は休みか」
「うん、お盆中は休みなしだったから。
何してるって、海なんだから、遊びにきてるにきまってるじゃない。
カンクロウさんは、任務明け?」
「まあな。」
返事をしてから、気が付いたんだが、 の服装がどうもかわってる、俺の忍び装束ほどじゃねえけど。
くろっぽいぴったりしたウェットスーツみたいなのを着てやがる。
ちぇっ、水着じゃねえのか、って、これは内緒だけどよ。
「なんなんだよ、そのカッコ。ここは潜ったって、熱帯魚もなんもいないんじゃねえのかよ」
「あ、これね。や〜だ、ダイビングじゃなくて、サーフィンするのよ」
「サーフィン?あの、でかい板をつかって波に乗るって、あれかよ。」
「そう。けっこう上手なんだから、ひまなら見にくる?」

眠かったけど、好奇心の方が勝った。
盆を過ぎた海の波は結構荒く、かえってそれが少しでも高い波を求めるサーファーたちを引き寄せているらしい。
は少し沖の方へサーフボードへうつぶせになって泳いでいったかと思うと、最初に来たでかい波をつかまえてボードに立ち上がると、滑るように波にのりだした。
他のサーファーたちも大勢いる中で、まるで遜色ない、ほー、やるじゃん。
初めて会った時にけっこう日に焼けてるな、と思ったのは、こういうことだったのか。
あんだけできるってことは、結構サーファーしてるのかもな、と考えてたら、誰だ、馴れ馴れしく に話しかけてる男がいる。
同じようなスーツきて、ボード持って、ってことはサーファー仲間か。
ちぇっ、面白くねーの。
寝直すか‥‥
と、おもって立ち上がりかけたら、クソ、気付かれた、 が手を振ってこっちにもどってきた。
その男も一緒かよ‥‥
よく焼けた肌の ンサム、とまあ定番だな。

「どうだった?」
、うまいじゃん。サーファー歴長いのかよ」
「まあまあ、かな。いいコーチに教わってるから」
は?
「あ、紹介するね、このひと、わたしのサーフィン見てくれてる‥‥」
「テツヤだ。あんたのことは聞いてるよ」
へっ、何聞いてんだか。
「よう、カンクロウだ」
絡み合う視線と飛び散る火花、気が付いてないのは ぐらいか。
「サーフィンはやらないのか」
「やったこともないし、やる気もないね」
「まあ色も白いし、あんまりマリンスポーツとは縁なさそうだしな」
「スポーツなんてわざわざやんなくても運動は足りてるもんでね」
険悪な空気。
「そーだ、カンクロウさんも、やってみたらいいじゃない、運動神経なら人並みどころじゃないんだし、試してみようよ〜」
おまえは空気を読むってことをしらねえのかよ、
「やらないっていってるじゃん」
「彼女の前でかっこわるいとこ、見せたくないってわけか」
なめんなよ、このキザ男。おれの性分として、なめられると、あっさり引き下がれねえってのがある。
「わーったよ、やってみるじゃん。」
「まあ、まったくの初心者なら、まずボードから落ちないことから始めるんだな」
えっらそーに、お前にもカラスの使い方教えてやろうか、テープほどく段階で脱落しそうだがよ。
「じゃあさ、スーツ借りに行こうよ、カンクロウさん」
「いらねえよ、そんな動きにくそうなもん。
それに最初はボードにのるだけなんだろ、そこまでするほど上達するわけないじゃん」
こういいながら、内心ではこんなもん、今日一日でモノにしてやる、と闘志を燃やしてたりする。
「そうじゃなくて、これは怪我しないためでもあるし、もう水が冷たいから、体冷やさないためにも必要なのよ〜」
とかなんとかいいながら、俺をひっぱっていく
「へいへい、分かったじゃん」

しかし。
あいにく俺にあうサイズがなかった。
店番のおっさんいわく、
「にいちゃん、見た目よりゴツいなあ。色白いからめだたないけど。
その身長でその胸囲にあうスーツなんてうちではないね」
はよくわからなかったようだが、テツヤにはちょっとショックだったみたいじゃん、ざまみろ。
忍者家業長いオレ様をなめんなよ、このニヤケサーファーめ。
焼けてりゃいいってもんじゃねえんだよ、パンじゃねえんだからよ。
‥‥何むきになってるんだ、俺は‥‥
とにかく、普通の海パンで挑戦することに落ち着いた。
借りてきたサーフボードにうつぶせになって、手で水をかいて、波のあるところまでいくことから始めた。
見るとやるとじゃ大違いってやつだな、けっこう力がいるし、思う方向にボードが向かっていかない。
それでも何度か流されたあとには、なんとかボードをコントロールできるようになってきた。
「さあすが〜、上達はやいなあ、ずる〜いの、私そこまでできるのにもすごく時間かかったのに」
の声は聞こえないふり、聞こえないふり、と。
褒め言葉聞くととたんに力が抜けるからな。
「‥‥ほんとに上達早いな。じゃあ、次のステップにいこう、立ってみろよ」
いらいらした調子でテツヤが言う。
砂忍の大きな特徴の一つは忍具を使いこなすことにある。
この、でかい板も、忍具だと思えば、やってやれないこともねえだろうっ、て、クソ、やっぱ、初めてだとカンが狂う〜っ
バッシャ〜ン
波が一つ来ただけで、頭っから海に落っこちた。
その拍子にうっかり海水を飲んじまう。
「ゲー、まずいー」
「あらら、飲んじゃったのね、まってて、飴かなにか、もってくる!」
があわてて、岸へ向かった。

「お前、 のなんなんだ」
テツヤが、今がチャンスときいてきた。
「なにって、友達じゃん。そういうお前は何なんだよ」
「一応、サーフィンのコーチ、ってことになってる。」
何言ってんだ、俺はこういうはっきりしないヤツがきらいじゃん。
「んなこと、きいてね〜よ、お前は のこと、どう思ってるんだよ」
あまりの単刀直入な質問にちょっと引いてやがる。
「‥‥ のボーイフレンドになりたいと、思ってる」
「じゃ、いっしょじゃん、せいぜい仲良くしよ〜ぜ」
「お断りだ」
「残念だな。俺のまわりに唯一いねえ、キザ男と友達になりそびれちまったじゃん」
陰険な会話を繰り広げようとしているところへ、 がもどってきた。
「カンクロウさん、これ、飴、なめてみてよ、随分ましになるから」
「サンキュー」
テツヤがフン、と鼻をならして、
「せっかくの休みだ、俺はむこうで一乗りしてくるよ。 も来いよ」
「え〜、だって、カンクロウさんに教えたげなくちゃ」
「大丈夫だよ、コイツ運動神経いいんだろ、基本を説明したら、あとは本人次第さ。
はたの人間が手伝えることなんて何もないよ。さ、行こう。」
なかば、むりやり連れ去っていった。
へん、まあ、半分は当たってるか、あとは練習次第ってのはよ。
よし、次は落ちねえぞ。

何度か立っては落ち、を繰り返しているうちにコツがわかってきて、立っていられる時間がどんどん伸びてきた。
まあ、チャクラで吸着という反則の助けをかりてもいいんだが、まずは正攻法でやってやる。
お、ちょうどいい波がきた、よっしゃ、のるぜ!
5メートル、10メートル、20メートル、回数が重なる度距離が長くなってきた。
どんなもんだ、こっちをちらちらみていたテツヤの顔に驚愕の表情が浮かぶ。
は純粋に喜んでるみたいだ。まあ、こいつは俺が忍者だって知ってるからな。
でも他言無用といってあるから、おそらくテツヤは知らないだろう。
なるほど、『波乗り』だな、へー、なかなか爽快な気分じゃん。
おっと、急に波がうねりやがったっ、くそ、またやり直しか、まあいい、次はもっと距離伸ばしてやる‥‥
ドボーン
ッ、海水飲まないようにだけは気をつけねえと、まじでしょっぺ〜
ちくっ
は?なんか今、ひざのあたりが痛かったが‥‥
ちくちくっ
いってって、なんだよ、コレ?
つ、バリッバリッ
いってえ〜っ!!電気ショックみたいな痛みが左腕に走った。
な、何かいんのかよっ
目を凝らして水を覗いてみても何も見えねえけど‥‥
いてっ、でも絶対なにかいる。
とりあえず、ちょっと休憩がてら、岸にあがることにする。

「カンクロウさん、見てたよ!すごい〜!!!まだ初日なのに!!!」
がこっちへ駆けてくる。
うしろからとろとろくるのは、ふてくされた表情のテツヤ。
「ねえ、本当にはじめてなの?‥‥‥って、あ〜あ、ずいぶんやられちゃったね」
「何が?」急になんだよ。
「ほら、腕も、足もいっぱいさされてる〜」
え、うわ、ホントだ、これがさっきのちくちくしてたやつの結果かよ、赤い斑点があちこち出てる。
「これ、なんなんだよ」
「クラゲにやられたか」と、テツヤ。
「クラゲ?あの、ぶにょぶにょした、半透明のやつか?」
「お盆すぎるとさ、けっこういっぱい出るのよね〜。
わあ、ここなんかすごく腫れちゃってる、カワイソ〜」
げ、本当だ、左ひじの内側がミミズ腫れになってやがる。
海水で泳ぐのは初めてだったからそんな野郎がいるとは予想外だった。
「来いよ、はやく薬塗った方がいい」
あれ、なんか友好的じゃん、さっきまで敵意むきだしだったくせによ。
「テっちゃんはねえ、救急隊員志望なんだよ。」と、
へえ、さようでございますか。
「かせよ、腕」
ぐりぐりとなんかのくすりを塗り込むテツヤ。
「虫さされの薬だ、どうせ、気休め程度だけど、なにもしないよりはマシだからな。
多分今日一日はかなり腫れて痛むだろうけど、冷やしとけばましになるから。
悪かったな、クラゲのこと、言い忘れてた。おまえはスーツ着てなかったんだよな。」
お、おい、なんか調子狂うぜ、随分と殊勝じゃん。
ま、礼の一言も言っとくべきだろうな。
「ありがとよ」
むこうにも、俺の一言は予想外だったらしく、ちょっとびっくりした顔でこっちを見やがった。
一旦休戦といくか。
お互い目をあわせて、ニヤリとする。
「な〜によ、さっきはすごい剣幕で言い合いしてたくせに、へんなの」
さっぱりわけがわからないといったかんじの
お前のせいでもめてたんじゃねえか、全く。

昼飯は お手製の弁当だった。
「いっぱいつくってきたから、遠慮なく食べてね〜」
10代の男二人が遠慮なく食ったらテーブル一杯のごちそうでも足んないぜ、と心中突っ込みながらも、
ありがたくいただく。へえ、また腕をあげたみたいだな。
は料理が上手だな。いい奥さんになれるよ」
ひえ〜、まじかよ、そんなクサイせりふ、さらっといえるとは、このテツヤって奴、俳優になれんじゃねえのか。
「ありがと〜////」
こころなしか、赤くなりながら顔をほころばす 。まいったね。
まあ、たしかにうまい、しかし、遅れをとったおれはただひたすら食うことでそれを暗黙に追認するしかなかった。
「ふふ、カンクロウさんって、食べるの早〜い」
げほっ、 、その、溶けそうな甘ったるい笑顔はまじいぜ、ヘタレ街道まっしぐらじゃん、あぶねえ、あぶねえ。
「今日はホウレン草はいってないから安心してね」
おいおい、つまんないことテツヤの前でばらすなよ。
「へえお前、ホウレン草だめなの。ガキみたいだな」
「ほっとけよ。そういうお前は好き嫌いねえのかよ」
すかさず がつっこんできた。
「テッちゃんはね、マヨネーズだめなんだよ」
「おい、いらないことしゃべらないでくれよ」
「へ〜、俺なんか、何にもないときは、飯にマヨネーズかけてたべることもあるぜ」
テツヤのやつ、顔を歪めて、まじにいやがってやがる。
ケケケ、こういうのをからかわない手はないなあ。
「食パンにのせて食べてもいけるじゃん」
おーおー、げんなりしてるぜ。
「もう、やめなよ〜、テッちゃん、いじめないでよ」
なんだよ、ばらしたのは じゃんか、ちぇっ。
「わたし、ホウレン草のマヨネーズ和え、大好きだけど」
「「おい!!」」
心ならずも、 モる俺とテツヤだった。

さて、一服したあとは、修行、じゃなかった、練習続行といくじゃん。
なんせ、おれにはそんなに悠長に上達してる暇はないんだからな、この一日を有効につかわない手はない。
「やる気まんまんだな」
ひやかすテツヤ。
「まあな、今日一日でモノにしてやるじゃん」
この台詞にはさすが驚きを隠せない。
「マジかよ、いくら運動神経いいったって、一日でマスターできるほどサーフィンはあまくないぞ」
「一般人ならな」
「え?なんの話だ?」
「なんでもねえよ、とにかく、できるとこまでやるじゃん」
「フン、まあ、お手並み拝見といかせてもらうよ」
おあつらえむきに、ちょっと風が強くなり、波が荒くなってきた。
「いくぜ!」
頃合いの沖につくと、バランスをとりながらボードに立ち、波を掴む。
一旦あるレベルまで到達したら、波が多少荒い方がやりがいがあるってもんじゃん。
うねりを足下に感じながらサーフボードでバランスをとり、波を横断していく。
波が高く荒いほど、ボードのスピードも上がり、それが俺をゾクゾクさせる。
まわり一面青い海と砕け散る白い波。
頭上には鱗雲をちりばめた抜けるような青空。
おれも青に染まってしまったかのような錯覚をおこしそうだ。
「あぶない!!!」
突然テツヤの大声が耳に響く、はっと前を見ると、 がボードにつかまってすぐそこにいる!
「よけろ!ぶつかる!」テツヤがこっちへ向かいながら叫んでる。
が後ろを振り向いて真っ青になった。
んなこといっても、よけきれるかよ。
違反だとかなんとかいってられねえ、チャクラ使って、ボードごと、 の上を飛びこえた。

ぶざまに頭から着水。
ぷはっ、
「おい、 、ぶつかんなかったか?!」
「だ、大丈夫よ。カンクロウさんは、大丈夫?」
「あ〜、びっくりしたじゃん。あんまり調子良くいくもんだから、前方不注意だったな、わりい」
「おい、あれ、なんだったんだよ‥‥」
とテツヤ。
まあ、隠しててもしかたねぇ、もうばれてるようなもんだからな。
「俺さ、忍者やってんだよ。今回のは非常事態ということで、ちょっと、ズルさせてもらったんじゃん。」
「ニンジャ‥‥」
「てっちゃんはこの砂隠れ出身じゃないから、よく知らないのよ。」
あ、そうなの。なんか、テツヤのやつ、固まってるじゃん。
「まあ、そう、固まんなよ」
「違う、動くな!」
え?気が付くと、俺たちのすぐそばにへんな薄青いビニールぶくろみたいなものがプカプカ浮かんでる。
「誰よっ、こんなとこにゴミ捨てて!」
が怒った声で文句をいい、拾おうと手を伸ばしたとたん、テツヤがその手をひっつかんだ。
「触るな!じっとして!」
「な、なによ、テッちゃん?」
「なんなんだよ?」
「よく見ろよ、カツオノエボシだ‥‥なんでいまごろこんなとこに来やがったんだ‥‥。
とにかく触るな、死ぬ目を見るぞ、さっきのクラゲどころじゃない」
冗談じゃないぜ、さっきのでも十分痛かったというか、まだびりびり痛いってのに‥‥
「そっと、離れるぞ‥‥」
3人揃って後じさりする。
が。
「止まれ!!こっちにもいやがる!」
なんと、あっちにも、こっちにもプカプカ、例の透明のブヨブヨした袋みたいなもんが浮かんでる。
「まずいな、台風のあとで潮の流れが変わったのかな‥‥」
「おい、これにさされるとどうなんだよ?」
「最悪の場合は死んじゃうかも‥‥」と、青ざめた のありがたくない答え。
「やっつける方法はねえのかよ?」
「‥‥ない」
「だーっ、じゃあこのまま、ここでこのビニールがいなくなるのを待ってんのかよ?冗談じゃねえじゃん」
「死ぬよりいいだろうが。
とにかく刺激しないように、要するに触らないように気をつけて、流れていってくれるのを待つしか方法はないんだよ」
「追っ払うわけにはいかないってのか」
「さされるの覚悟ならいいが、なんせコイツらはでかいから、そう簡単には追っ払えないぜ。
いわばクラゲの集合体みたいなヤツだからな。
でかいヤツだと5メートル超えるぞ。」
しかし、話してる間にも気まぐれな一匹がおれたちの方へ接近してきやがったっ!
「きゃあ、どうすんの、テッちゃん!!」
「どうするって、どうしようもない、 はとにかく俺の後ろに隠れとけよ!」
あほ、お前だって不死身じゃねえじゃんか、ここはカラスしかねえ、かなり遠いからうまくいくかどうかわかんねえけど、
さされて死ぬ目を見る前に試すべきじゃん!
集中してから思いっきりチャクラの糸を遠くまで投げる。
「なにやってんだよ、こんな時に体操かよ?」
何も知らないテツヤがイライラした声でやじる。
「ちがうわ、テッちゃん、助けを呼んでるのよ、きっと」
と、まあ、あたらずとも遠からず、の答えをしてる
外野はどうでもいいが、問題はカラスをどうやって、この、海の真ん中へこさせるか、だな。
‥‥‥いちかばちか、やってみっか。
俺があんまりわけのわからない動きをするので、圧倒されてる2人。
俺だって、こんなとこで、何も知らねえ一般人の目の前で、この動きはつらいぜ、でも仕方ねえじゃん!?
「‥‥あ、あれって、もしかして‥‥カンクロウさんの‥‥」
が海岸の方からサーフボードにのってくるあやしげな物体を見つけてつぶやく。
「‥‥なんだ、あれ、へんなボロ布のかたまりみたいな‥‥」
悪かったな。
確かにサーファーになりたての俺が操縦するんだから、カラスもいまいち動きがぎこちない上に、このルックスだ。
間近でカラスを見たテツヤの顔はまさに目が点になっていた。

カラスをボードから落とさないように注意を払いつつ、自分もこのビニール野郎にさされないように気をつけるのは結構難しい。
意外なところでテツヤと の的確なフォローが役立った。
「だめだ、おい、右によけろ!」
「私の方にもっと寄って、カンクロウさん!」
即興のスリーマンセルで、カラスを操り、カツオノエボシとかいうばかでかいクラゲを遠ざける。
一度、カラスで引っぱりあげてから、投げようとして、そのスケールの大きさに言葉を失った。
とにかく長い、2メートルはありそうだ。
こんなもんにさされたら、命がいくつあっても足りねえじゃん、マジで。
「‥‥すごいながめだな、あの、なんだ、人形みたいなのにカツオノエボシがからみついてる様子は‥‥」
「傀儡だ、カラスってんだよ」
「‥‥なんだか、火星人に襲われてるみたい‥‥」
「「‥‥‥(無言の同意)‥‥‥」」
奮闘のかいあって、ヤツらはかなり数をへらし、ようやく吹き出した風が味方になって、とりあえず、すぐそばには、カツオノエボシらしき物体はいなくなった。

げんなりしながら、3人揃って海からあがる。
カラスは、クラゲの足が絡み付いたので、ボードにのせたままだ。
「うかつに素手で触ると、残った触手とはいえ危険すぎる」
というのがテツヤの意見だ。
まあ、海のことはよくわからないので、とりあえず奴の意見を聞いておくことにする。
「あ〜あ、疲れたあ〜。」と、
「‥‥お前のおかげでさされずにすんだな、礼を言うよ」
テツヤがどさっと座り込みながら言う。
「本当、ありがとう、カンクロウさん!
と、カラス、だっけ?まあ、あれは人形だから、カンクロウさんにやっぱりお礼いわなきゃね」
「いいじゃん、礼なんてどうでもさ。
あ〜、もうクラゲはごめんじゃん」
褒め言葉は俺のアキレス腱だ、素早く遮る。
「なあ、でも、昔のニンジャはクラゲの毒を武器に使ったって、きいたことあるぜ」
と、テツヤ。
「ほんとかよ、初耳じゃん。まあ、こんだけ腫れるんなら、つかえるかもな」
俺の左手の傷を見ながら答える。忘れてたけど、けっこう痛むなあ。
「じゃあさ、カラスについてる触手、とっといたら。乾かしてつかえるかもよ」
と、
「スルメみたいじゃん‥‥」
「もちろん、粉末にするんだぜ」
テツヤが口をはさむ。
「ねえ‥‥さっきの、カラスとクラゲの合体、おかしかったね」
確かに。
危険をやり過ごして、ほっとした俺たちは、その光景を思い出して誰からともなく笑い出した。
奇妙な友情みたいなものが3人の間に生まれた瞬間だった。

「あの、傀儡ってさ、なんなんだよ」
「あれはよ、手裏剣や刀とかの忍具の一種で、まあ操り人形じゃん。
ナイフとか毒針とか仕込んであって、戦闘時におれのかわりに戦わせんのさ。
チャクラっていう精神エネルギーで作った糸であやつるんじゃん。」
「それで、さっき、やたら手をふりまわしたり、指をひらひらさせてたんだな」
「そういうコト」
「なんでお前は傀儡使うんだよ。直接敵と渡り合わねえのか」
「それがいやだから傀儡使いになったんじゃんか」
「へえ、そんだけ運動神経良けりゃ問題なさそうに思えるけどな」
「そういう問題じゃねえよ。お前だって、水泳よか、ボード使うサーフィンの方が気に入ってんだろ。
同じことじゃん」
「なるほどね」
「ねえ、カラス、もう一回動かしてみてよ〜。さっきは取り込んでてあんまりよく観察できなかったもん」
の声。
「そうだよ、見せてくれよ、カンクロウ」
テツヤも同調する。
まあ、いいけどよ。ちょうど、スルメもどきも払い落とさなきゃならないし、ちょっとファンサービスしてやっか。
手を一旦握りしめてからぱっとひらき、チャクラの糸をカラスめがけて放つ。
つながったのを見計らって、手のひらを自分にむけると指で操り出す。
「きゃあ〜、立ったあ!」
「すっごいな、自動カラクリで動いてるみたいだぜ。」
ごみを払い落とすため手足をぶらぶらゆさぶってやったら、ふたりとも大笑い。
「カ、カンクロウさん、忍者やめてもこれで食べいけるよ〜」
のやつ、冗談じゃねえじゃん。
「なあ、なんで『カラス』って名前なんだよ。」
「これは傀儡術おそわった師匠からもらった最初の傀儡で、そういう名前がついてたんだよ
でも、このなり、なんとなくカラスみたいだろ、黒っぽいしよ」
「へえ、なるほどね。お、じゃあほかにも傀儡持ってるのか」
「ああ、2つ目は『クロアリ』ってんだよ。今んとこ、この2体がおれの傀儡じゃん」
「へえっ、いっぺんに2体も操れんのかよ。よく絡まらないな」
「テッちゃん、カラスの収納法を知らないから、そんなこと言うのよ。
カンクロウさん、みせてあげたら。もう、カラスもきれいになったんでしょう」
あ〜あ、今日はなんだか傀儡ショーだな。
「ほら、こうすんだよ」
俺はカラスの衣装(?)の懐から、テーピングテープをとりだし、ささっとカラスを巻いてしまった。
なんか、いつもより、巻き具合が悪いような気がするけど、ま、とりあえずはこれでいいだろ。
「‥‥絶句、だな」
褒め言葉とも、あきれてるともとれるテツヤの微妙なセリフだが、まあ、気にしない。
「3体目は、使う予定ないのか」
「今のとこはな。もっと腕あげたらそれもありじゃん」
「なんか、傀儡サーカスになりそうよ、カンクロウさん」
ぶっ、まあ、本当の戦闘を見てないからな。
「名前、考えなくていいのか」
「そうだな、もし、3体目の傀儡を使うなら、名前は『クラゲ』にするじゃん。」
俺が冗談で言うと、
「『カラス』に『クロアリ』に『クラゲ』ぇ〜?だんだん原始的になっていってるよ〜」
と、
「どうせなら『エボシ』にしろよ」
テツヤ、お前いいノリしてんじゃん〜。
「やっぱ、『ミジンコ』!絶対かわいいよ、ね、これにしてよね!」
どういう根拠だ、原始的だって文句いってたのは じゃなかったのかよ。
「相手をおどかさなきゃいけないんだから、かわいくちゃ意味ねえじゃん。」
「じゃあ、『ナメクジ』か『デンデンムシ』は」
「‥‥‥」
テツヤは笑いを押し殺してる。
「あのな、 、『いけ、デンデンムシ!』とか言ってたら、ギャグにしかなんね〜じゃん」
「そっか‥‥じゃあ、節足動物とかの方が、それっぽさそうだから、『クモ』とかは?」
まあ、それなら、許容範囲だな。
「さながら、クモつかいのスパイダーマンってかんじだな、かっこいいじゃねえかよ」
冷やかすなよ、テツヤめ、このやろー。
「そうよね、カンクロウさんってばチャクラの糸出すんだし、本当にピッタリじゃない!」
、オレは摩天楼を、チャクラの糸をあちこち飛ばしながらターザンみたいに飛び回るのはごめんだぜ‥‥」

くだらない話で盛り上がってたら、すっかり遅くなって、夕焼け空が海を染める。
「あ〜あ、お休み、終わりだね」
の言葉に大きなため息で同意する俺たち。
「さ、そろそろ帰るか。」
テツヤの声を合図にのろのろ帰り支度をはじめる。
まあ、俺はカラスも巻いてしまったし、もともと海パン姿だったから、ボードをレンタルの店に返したら特にすることもないんだが‥‥
ああ、あの、日干しクラゲがあったな。
まあ、記念にもってかえるか。
適当なビニールの袋につまみあげては放り込む。
「おい、記念にお前らもいらねえか」
と、振り返り様に呼びかけようとした時、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

テツヤはまあ、男だからどこで着替えようが勝手にしたらいいんだけど、 、お前自覚ないのかよ?
テツヤの横でスーツをいきなり脱ぎ出す に目が点のオレ。
眩しいのは夕日が目に直接差し込むせいだけじゃなく‥‥‥な、なに〜、ビキニ着てたのかよ〜!?
暮れなずんで行く浜辺を背景に、普段日の当たらない白い肌が浮かび上がる。
テツヤのやろ〜、いつもこの眺めを独占してんのかよッ!!
俺の視線に気が付いたテツヤが、いやみったらしくニタリと笑った。
俺は思わず、ずかずか近付いて に抗議する。
「おい、 !お前どこで着替えてんだよ、更衣室ぐらい近くにあるんだろ、一応ここも海水浴場なんだからよ。
こんなとこで、いきなり、脱ぐなよ!」
「え〜、何怒ってんの?
いいじゃない、別に裸になるわけじゃなし、スーツの下にちゃんと水着きてるんだもん。
更衣室、混むんだもん、めんどくさいよ。
どうせ誰もみてないわよ」
お前の隣のオトコが見てんだよ、この鈍感娘め。
「ま、 がいいって言ってるんだから、いいんじゃないの」
と、うそぶくテツヤ。
「おめえ、次会うときはクラゲの毒でその根性消毒してやるじゃん、覚悟しとけよ」
「フフン、なんだよ、そんなら、お前もサーフィンすりゃいいじゃないか。」
「休みごとにクラゲにさされるなんて、ごめんじゃん」
「スーツ買えばいいだろ、特注でさ!?」
「いつ使うかわかんねえものに、高い金はらえるかよ!」
「じゃあ、お預け食らっとくんだな」
「この野郎、ちょっとサーフィンがうまいからって、いい気になんなよ!」
「フン、ひがむなよ、みっともないぞ!」
「いい加減にしてよっ、二人とも!」
急に怒鳴りあい出したもんだから、びっくりした が俺たちの間に割って入った。
「どうしたっての、さっきまで、仲良くしてたじゃない〜、もう、男の人ってわけわかんない!」
「「わかってないのは だ!!」」
またしても モってしまったテツヤと俺。
当の はきょとんとしている。
「‥‥‥俺たちって‥‥‥」
と、テツヤ。
「‥‥‥すんげ〜苦労するじゃん、どっちにころんでも、な‥‥‥」
そのセリフを俺が引き取った。

さあて、次の休みはいつになるやら。
確実に言えるのは、当分は休みになる度にこの浜辺へ通わなくちゃならなくなりそうだってこと。
後、余談だけどよ、帰り道にカラスを巻いてたテーピングがほどけてえっらく難儀したんじゃん。
くそ、 とテツヤがぐるになって、俺をおだてたせいだな。
こんなとこでヘタレをみるとは思わなかったぜ。
どうしてもうまく巻けねえ。
‥‥仕方ないからカラスを、クラゲみたくおれにからませて帰ったのは、ヤツらには内緒じゃん。



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蛇足後書:いちおう、「はんばーぐ」の続編という設定です。
カンクロウが負けず嫌いなとこを書いてみたかったのと、これを書いていた時本当にクラゲにやられまして、そのリベンジというか、転んでもただでは起きたくなかったのでした。
一年経った今でも痕が薄くですが残ってます、ちっ。