菜の花の君 #2


それからというもの、デイはちょくちょく私の前に出没するようになった。
嬉しくない訳ないけど‥‥
自由気まま、超マイペース、勝手が服を来て歩いてるようなヤツ!
影のあるのが忍者だと言う私の認識はしっかり崩されたわ。
‥‥もちろん、任務の事とかは意識して聞くの避けてるんだけど‥‥。
それにしても、彼には約束なんてなんの意味もなさないらしく、すっぽかされるのなんか日常茶飯事。
その一方で予期せぬところでびっくり箱のように「バア!」。
私はそんな彼に翻弄されては、つい怒ってばかり。
‥‥‥私が怒った所で、全然堪えてやしないんだけどね。

今日も彼は来ると約束はしてくれた。
一年前のこの日に私たち出会ったんだよね、と言って、デイにカレンダーの印を見せたから。
でも、あてにしちゃだめだ、きっとがっかりさせられちゃうもん。
‥‥そんなこと思いながら鍋物用の材料を買い出しに行く自分が情けない。
どうせ来ないに決まってるのに。
今までだってさんざんすっぽかされたくせに、 、アンタって懲りない女ね!
自分のふがいなさを呪いながらスーパー内を行ったり来たり。
あのときの「味覚音痴」発言に発奮して、だいぶ料理の腕はあがったけど。
あれだって、実は計算された言葉だったんだ。
ずっと後で
、料理上手になったね、オイラのあの一言がこんなにきくとはね、うん!」
なんてしゃあしゃあと言ってくれて!
食器棚もなんやかんやいって、2人分の食器でギュウギュウよ、めったに来ないのに。
鍋も買っちゃって、バカみたい!
「あ〜、オイラが来た時専用?
嬉しいなあ、 ちゃん、愛してるよ、うん!」
‥‥鮮明に覚えてる当たり、嬉しかったのよね‥‥ミエミエの言葉でもさ‥‥。

ぼ〜っと歩いてると黄色いものばっかり目に飛び込んでくる。
もう、末期症状かもね‥‥悔しい‥‥
あ、このマンゴー、色がよく似てるな‥‥
ぽいっ
あ、バナナもなんか‥‥
ぽいっ
たくあんか‥‥似てるっていったら怒るだろうな‥‥
ぽいっ
オレンジジュース‥‥朝にはいい‥‥かな‥‥///
ぽいっ
レトルトの卵焼きかあ、こんなもんぐらい作ればいいのに‥‥
ぽいっ

「‥‥それさあ、全部鍋に入れるの、 ちゃん?
おいら、普通の鍋の方が好きなんだけどなあ、うん」
上から振って来た声にはっと顔を上げると、ニコニコ、ちょっと困惑顔の普段着のデイがそこにいた。
「デイ!」
本当にデイなのか確かめたくて、逃げないように思いっきり抱きついてしまった。
取り落としたかごの中身がごろごろ床に転がる。
私たちのまわりはさながら黄色の花畑。
「‥‥あ〜あ、嬉しいけど、昼間っからこんなとこでいいのかい、 、うん?」
げっ、そうだった、スーパーなんだ、ここ!
真っ赤になってぱっと離れる‥‥離れたつもりだったけど、今度はデイが私をしっかり抱き締めて離さない。
「は、離してよ、みんなが見てるよ」
「いいじゃない、オイラ達の仲のいいとこ見せつけちゃおうよ〜」
「もう〜っ!」

しゃがんでかごの中身をいそいでかき集める。
一緒になって拾い集める横で、デイが楽しそうに話し掛けてくる。
ってばさあ、そんなに恋しかったんだ?
オイラの髪の色のものばっかだもんねェ」
「‥‥//////」
言い訳のしょうがない、そうですよ、その通りですよ、だって、いつ会えるか全く予測つかないんだもん。
別に冷蔵庫にデイを保存しとくつもりはないんだけど‥‥
「さ、そんな顔しないで、今日はちゃんと約束まもっただろ、うん?
さっさと帰って鍋でもしようよ」
荷物を持ったデイが振り返る。
そ、そうよね。
今日は、今、この時間は、一緒に過ごせるんだもん。
先の事なんて考えても仕方ない。

手をつないで、いかにもカップルって顔で家に向かう帰り道。
「‥‥‥食べたらさ、あの菜の花畑に行ける?」
おずおずと聞いてみる。
だって、食べ終わるやいなやいなくなっちゃうってことも、可能性としては大有りだから‥‥
「大丈夫、今日はちゃんと のために時間とってるからさ。
心配しなくてもいいよ、うん」
良かった!
握る手にも力がこもる。
同じように握り返してもらえる、この当たり前のことが無性に嬉しい。

帰宅して開口一番。
「今日はオイラも手伝うよ、いっつも にお任せだからね、うん」
えっ、マジ?
まあ、一緒に料理するってのも結構いいかもねvv
器用そうだし。
「じゃあ野菜切ってもらっていい?」
「任せときなよ」
奥へしまい込んだ鍋をごそごそ取り出す。
まな板の方をみると、おお、なんとも芸術的な野菜達よ。
「ねえ、デイはさ‥‥同じ大きさに切るの、嫌い?」
「うん、キライ、面白くないよ、皆同じってのはさ、うん」
そう言う問題ではないのですが‥煮える時間がめちゃくちゃになるじゃない‥‥
「もういいわ、じゃあ、コンロあっちに運んでくれる?」
「オッケー」
野菜と具を下ごしらえしてこたつへ運んで行くと‥‥
「な、何してんの?」
「ちょっと、爆発物の研究、うん」
あわてて、コンロのガスをデイからひったくる。
「家を吹き飛ばさないでよ〜」
「ハハハ、冗談だよ」
そうかしら、かなり真剣だったけど?!
「え〜と、鳥団子なべなので、こうやって、肉団子作ってお鍋に落とすの」
「へえ、面白いねェ、粘土みたいだな」
やった、ビンゴ!
これなら喜んでやってくれるかなって思ったんだ〜。
こねこねこね‥
「‥‥何やってるの?」
「え、こねてんだよ」
「違うよ〜、デイ、スプーンですくっておとせばいいんだよ」
「つまんねえよ、こうやって自ら形作ってこそ醍醐味が有るってもんだぜ、うん」
鍋に醍醐味も何もないよ〜、あ〜あ、手がミンチだらけじゃない。
なんか、子供が粘土で遊んでるみたい‥‥
「なんだよ、 、何笑ってんだよ」
「だって、なんか、子供みたいでさ‥‥ぷっ」
「失敬な、なく子も黙る爆弾魔をなんだと思ってんだ、うん!」
と、そのとたん、デイがしこんだ爆弾ならぬ肉団子が空気が抜けてなかったのか、鍋の中で破裂!
「うわっ、はねたっ」
「ほ〜ら、なめると怖い目に遭うぞ」
「何言ってんのよ〜っ!」

ちょっと早い夕ご飯のあと、2人でのんびり散歩がてら、日の暮れた菜の花畑へ向かう。
一年前と同じように揺れる黄色い花。
デイと肩を組んで黙ったまま、幸せな気持ちで眺める。
「あ」
デイが上を指差す。
「何‥‥」
見上げた先には優しい猛禽類の瞳。
「流れ星、なんちゃってね」
すっと顔が近づいて、やさしいキス。
「乗る?」
「‥‥うん」
デイの呼んだ鳥にふわりと乗って、春爛漫の遊覧飛行。
このまま時が止まればいいのに。
夜があけて朝になっても、デイが帰ってしまわないで隣にいてくれればどんなにいいか!

数日後の夜。
何だか寝付けないのはきっと春雷のせい。
春の夜の真っ暗闇にはなんだか底知れない力を感じる。
冬や秋と違って、これからありとあらゆるものが目覚めるから、闇になんだか得体の知れない生命力がうごめいているような‥‥
ピカッ
漆黒の空に稲妻が走り、数秒遅れで轟音が轟わたる。
雨はほとんど降らず、ただただ、闇と光の響宴が延々と続く。
窓からその光景を眺めていたら、なんだか胸騒ぎがした。

突然、玄関の戸が乱暴にノックされる。
慌てて覗き穴をみると、やっぱり、デイ!
急いで彼を中へ招き入れる。
‥‥マントに額当て姿。
怪我は‥‥ない‥‥良かった‥‥。
けれど、彼の様子がいつもと違う。
目がらんらんとして、そう、猛禽類を思わせる瞳が野生の獰猛な光を帯びている。
「‥‥どうしたの?」
、あの菜の花畑はもうおしまいだ。
来い、最後の姿を見に行こう」
「えっ、これから‥‥?」
躊躇する私をひったてるように鳥の背中に追いやると、デイは猛スピードで目的地へ向かう。

生温く湿った空気の中を黙ったまま飛んで行く。
春雷が激しさを増す。
時折雨が顔に当たる。
沈黙が苦しい。
でも私の背中にいるデイの気配はついこないだの彼とはまるで違っていて、とても話しかけられない。

たどり着いた菜の花畑はいつもと同じ。
そのかわらない光景に勇気を得て、思い切って声をかけようとした時、デイが口火を切る。
「明日にはここは整地されて、あとは住宅になっちまうんだ、うん。
黙ってようかと思ったけど、オイラのいない時に、何も知らないまま
が一人でその様子を見たらひでえショック受けるだろ。
だから、どうせなら‥‥‥ と一緒に終わらせようと思ったんだ」
一気にまくしたてるデイ。
‥‥どういえばいいのだろう。
私を気遣う気持ちが感じられる一方で、彼の狂気とも言える違う顔が透けて見える。
終わらせるって‥‥
「明日オイラは任務でここから離れる。
いつ帰ってこられるかわからない。
だから‥‥ がいつ帰るのかも分らないオイラを本気で待ってくれるんなら‥‥
違うオイラも見せないとフェアじゃないと思ったんだ。
は、待ってる男の両面を知っとく権利が有るからな、うん。
これを見て、オイラを嫌いになったら忘れちまえばいい」
言い終わるや否や、今までの優しい乗り方とはまるで違う飛び方で鳥が空を舞う。
急上昇しては急降下、今にも木立に突っ込むかと思うと、突然方向転換をする。
吐き気を覚えながら、振り落とされないように必死でデイにしがみつく。
デイも私をしっかりと捕まえながらも、一向に手綱は緩めない。
一時やんでいた春雷がまた始まった。
轟音が闇にこだまし、閃光が私たちのすぐそばで何度も光る。
「‥‥やめてっ!無茶しないでっ、雷に打たれたらどうするのよっ!」
「‥‥そんなヘマしねェよ」
感情のまるで感じられない声。
これがあのデイなの、こたつで丸くなってくつろいでいたデイと本当に同じ人物なの?!
すぐそばで稲妻が光り、彼の顔がはっきり見えた。
‥‥見た事のない、別人がそこにはいた。
「さあ、終わりにするぞ」
デイがつぶやくと、花畑へ突っ込んで行く。
地面に衝突するぎりぎりまで菜の花の群生へ突っ込んでは上昇することを繰り返す。
黄色い花がなぎ倒され、引きちぎられた花びらが私達のまわりに舞い上がる。
やめて、花が可愛そう、とのど元まででかかるけれど、彼がなぜこんなことをするのかわかっているから言葉にできない。
‥‥他のだれかに思い出をめちゃくちゃにされるぐらいなら、いっそ自らの手で始末してしまいたいのだ。
大粒の雨が顔にあたり、まるで何かに殴られているよう。
‥‥なんだかしょっぱいのは、雨に涙が混じってるから。
いったい何回同じ動作を繰り返したかもう分らなくなった時、デイが鳥をうんと空高くへ舞い上げて停止した。
「ハイ、おしまい」
そう言うと、手のひらから何かを空中にはなった。
クモの子?
それらは花のなぎ倒された畑のあちこちへ散り散りに飛んでゆき‥‥
爆音の後は菜の花は跡形もなく消え去り、真っ黒な地面が横たわっていた。

「さあ降りなよ‥‥‥ んちだぜ、うん」
デイが家の玄関先でやさしく私を促す。
‥‥いつもの彼に戻っている。
けれどついさっき見た彼の姿は決して私の脳裏から消え去る事はないだろう。
優しい微笑みを目にしながら、これからはその裏側のもう一つのデイの顔も同時に見るのだ。
「‥‥デイは?降りないの?」
私はぐしょぐしょになった顔で彼を見る。
「‥‥さあ、ね、 次第」
じっと私を見るデイの瞳。
優しさと獰猛さの同居した不思議なフクロウの瞳。
‥‥手の方が勝手に動いた。
ぐいっと彼を引っ張って無言で口づけた。
デイの瞳が一瞬戸惑いの色を見せた。
「‥‥待っててくれんのか、
だまって頷いた。
誰も乗っていない鳥が闇夜に飛び去り、ドアが静かに閉まった。

デイがあの夜私に散らせた桜の花びらが消えてしまった頃、春は終わりを告げた。
日差しが日増しにきつくなり緑の葉が道に濃い影を落とす。
やがて、あれだけうるさかった蝉の鳴き声がやんだかと思うと、木々が色とりどりに燃え、その炎が燃え尽きた後には骨のような枝だけが残った。
町が沈黙に白くそまり、その静けさが濁った水となって流れ去って‥‥また春が巡って来た。

もうあの土地には家々が立ち並び、そこに菜の花畑が広がっていたなんて誰も思いもつかない。
待っているしかないとわかってはいても、あまりに長い不在。
正直この季節になるのが怖かった。
だって、出会ったのも、最後に別れたのもこの季節。
いやでも彼の事を鮮明に思い出さずにはいられないから。

リッチブラックの闇に轟音が響く。
ああ、また春雷だ。
カーテンを閉め切って家に籠ったって、音は消えてくれない。
耳を塞いで目をつぶってもあの光景が蘇る。
今頃デイはどこにいるのだろうか、無事でいるだろうか。
私の事、まだ覚えてるかな‥‥
ため息ついて、いっそ、と、大きくカーテンを開く。
稲妻が走った瞬間、見覚えのある鳥の輪郭が暗闇にくっきりと映し出される。

ドアを開け放って外へ走り出る。
「デイ!」
「やあ、 、まだ寝てなかったのかい。
美容に悪いぜ、うん」
にやりと笑う彼は何にもかわっちゃいない。
薄汚れたマントに傷の入った額当て。
憎たらしくて、勝手で、ご都合主義で、冷血漢で、そのくせ猫のように人の心に入り込んでしまう魅力を持った男。
残酷で優しい猛禽類。
でも帰って来てくれた‥‥それだけでいい、もう何も言わない。
「あ〜あ、そんなに泣かないの、ほら、いいもの見せてやるよ」
「‥‥ど、どうせ‥‥あっかんべー三重奏でしょ」
涙を拭いながらこっちも憎まれ口。
「フフン、どうだかな〜、バア!」
一旦背中を向けたデイがこっちを向く。
口と両手の口に‥‥菜の花をくわえて。
目を見開く私に、その花を差し出しながら言う。
「ちゃんと違うとこ見つけといたから。
新しい一年には新しい記念の場所を探せばすむ事だからな、うん」
デイ‥‥!
ちゃ〜ん、鍋でも作ってくんないかなあ、オイラ腹ぺこ」
「う、うん!」
「ちゃんと土鍋使えよ、小鍋はだめだぜ、うん」
「わかってるよっ」
「たくあん入りも勘弁な」
「もう〜っ!」

春雷とともに菜の花の君が帰って来た。
‥‥‥瞳に月と太陽を、闇と光を、狂気と優しさを宿して。
私はありのままの彼を待ち続けて包み込もう。
暖かく無限の可能性を秘めた春の宵闇のように。



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蛇足的後書:弊サイト25,000HIT木離陸(おお、芸術的変換)もといキリリクでございます。
お題は「かわいいデイ」‥‥あ〜、部分的にはかわいいかも、ということで勘弁して下さい、リキマルさん!
どうしても彼の持つ暗い側面も書きたかったのですよ〜、といいつつ、あまり出てないか。
また無駄に長いし‥‥現在の私の能力ではこれが限界、でもデイを捏造するのはとても楽しかったです!
リクエストありがとうございました!
リキマルさんのみ、お持ち帰り自由です。