帰郷 上

床に突っ伏したまま微動だに出来ない。
もうこれまでだ‥‥‥悔し涙がこぼれる。
こいつが赤砂のサソリ。
‥‥両親を殺した男。


形だけの葬儀が終わり、がらんどうになった家で一人、 はさきほどの参列客のやり取りを思い返す。

 裏切り者の結末はこんなものさ。
 暁のスパイだったなんて、私たちを裏切っていたのよね、いい気味だわ。
 しかし、この娘をどうしたもんかねえ。
 しっ、声が大きい。
 かまうもんか、こんなろくでなしどもの残した子供なんざ、どうせろくな大人になりゃしないよ‥‥
 いったい誰が引き取るんだ‥‥
 うちはごめんだよ。
 あら、うちだって‥‥
 いっそのこと一緒に始末しといてくれたら良かったのに
 しっ

耳をふさぐ気もしなかった。
黙ったまま、飼っている子犬をぎゅっと抱き締めた。
キューン、キューン。
の気持ちをくんだかのように犬が鳴く。
昨日までにこにこ両親と談笑していた隣人、親戚、友人達のあからさまな侮蔑。
あの笑顔は仮面だったのか。
そして、私をかわいがってくれた両親は暁と言うテロリストの犬だったのか。

波が引くように皆が帰り、一人真っ暗な家に取り残された
子犬がううっと唸った。
「だれっ!」
そこに立っていたのは、まだ少年と言ってもいい青年。
「‥‥お前が か」
「‥‥あんた、いったい、誰なの?何で私の名前を知ってるの?」
「俺は赤砂のサソリだ‥‥‥お前の両親を殺した男だ」
突然すぎて何が何だかわからないまま、 は今まで両親に教えてもらった技術のありったけを駆使して敵を討とうと立ち向かった。


倒れたまま、涙でかすむ目を閉じる。
犬も傍らで気を失ったまま倒れている。
もういい。
どうせ生きていたって、裏切り者の子供と呼ばれ、蔑まれるだけ。
いっそ、両親と同じところへ、同じものの手にかかって行く方が‥‥
、お前の両親が裏切ったのは、暁だ、砂じゃない」
何?何を言っているの、この男は?!
「だから俺が手にかけた。
俺はお前を殺す気はないし、その必要もない。
生きながら死人になるか、死んだ気で生きるか、 、お前が選べ」
訳が分からない。
混乱する頭を必死で整理しようとする。
はっきり分ったのは両親は裏切り者なんかじゃなかったという事。
‥‥‥生きながら死人になる?
死んだ気で生きる?
どういう意味?
「里へ残って蔑まれながら生きるか、里と決別して俺についてくるか、どっちを選ぶかと聞いている」
何を言っているんだ、だれがお前なんかと?!
動こうとしたけれど、いとも簡単に指一本で抑えられてしまう。
正確にはその指から放たれたチャクラで。

昼間見てしまった皆の仮面の裏側が浮かんでくる。
両親は暁のスパイという事で片付けられるだろう。
これは直感だった。
その方が里としては面倒なく片が付く。
暁に対する結束も強まるだろう‥‥そして、犠牲者は闇へと葬り去られる。
いやだ!許せない、両親は里を誰よりも愛していたからこそ、この危険な任務を買って出たに違いない。
なのに、私がここで死んだら誰もそれを証明するものはいなくなる!
けど、今私がここに残ってその事を言い立てても、耳を貸してくれるものはいるのだろうか‥‥
否。
あまりにも は無力だった。

「俺はもう行く。
お前の人生だ、お前が決めろ」
静かにサソリが出て行く。
は痛む体を引きずるようにしながら外へ足を踏み出した。
たった一人の身内である子犬をなんとか抱きかかえて。
いつか、敵を取ってやる、それまで、それまでの辛抱だ。
こいつから技を全て盗み取るまでの。

**********

「あのさ、その犬、なんとかなんねえの」
カンクロウは に苦情を言う。
大型のシェパードぐらいある問題の犬は彼を見る度、歯を剥き出してうなる。
はヘタレてるわね、と冷たい目でカンクロウを見て合図し、犬はそのそぶりで唸るのを辞める。
「なんだって、こいつは俺を見る度唸るんだよ。
いい加減慣れてもいい頃じゃん、もう二週間以上経つんだぜ」
はカンクロウを見て肩をすくめた。

この女、 は、まだ小さい頃、赤砂のサソリに里から連れ去られ、つい最近暁追跡班がサソリのアジトを捜索中に投降してきたという。
謎の多い暁の貴重な情報源だという事ですぐに保護された。
だが、 がサソリと一緒にいたことがあるのは確かなのだが、この通り反応が今イチ。
サソリが死んだショックで少々おかしくなっているのかもしれない、そのうちにまともになるのではないかとこうしてぶらぶらさせているのだが、抜け忍のサソリと一緒にいた人間だから放りっぱなしという訳にもいかない。
運悪くサソリ→傀儡師→傀儡部隊→カンクロウ、とお鉢がまわって来た。
彼がサソリと実際に戦ったことも災いしたようだ。

さん、あんた無口だねえ」
カンクロウはしかたなく一人芝居覚悟で話かける。
始めは気を張って監視していたのだが、あまりに何事もおこらずでいい加減退屈してきた。
連日やることといったら犬の散歩だけ。
「サソリはそう無口って感じもしなかったけど」
『サソリ』と聞こえて珍しく が反応する、チャンス!
「俺があいつと戦った時なんかさ‥‥」
「カンクロウ、あんた‥‥‥サソリと戦ったの?」
苦節二週間、初めて会話らしい会話が成立しそうである。
が。
「どうせこてんぱんにやられたんでしょ」
ばっさり切り捨て。
「うるせえな、見てもいないくせ」
「見てなくてもわかる」
「なんで」
「‥‥何度もやられたから」
「あんたが?」
しまった、しゃべりすぎた、という表情が の顔に浮かんだ瞬間、犬がカンクロウに飛びかかって来た。
「うわっ!」
とっさによけると、 は犬に引っ張られるみたいに自分の宿舎へ走って行ってしまった。

今までいやな任務だと思ってろくに調べもしていなかったが、今一度 の資料を見直してみる。
がサソリと一緒にいた事は承知だったが新たな情報が手に入った。
彼女の両親は砂の傀儡師で暁のスパイだったのだが、実はそうと見せかけて里に情報を流しており、それがばれてサソリに始末されたらしい。
だがそこまで知っているのはほんの一握りの人間で、おおっぴらには暁のスパイだったものが用済みということで消されたことになっていた。
への、また の周囲への視線もどちらも冷たいように感じたのはそのせいだろう。

「人間不信か、サソリといいコンビじゃん」
書類に目を通しながらつぶやく。
任務を言い渡された日上役から言われた言葉を思い出す。
『彼女はひょっとしたらサソリ仕込みの凄腕傀儡師かもしれないぞ、利用価値大だ、しっかり見張れ』
‥‥我愛羅の力を利用しようとするくせに、その裏で彼を受け入れようとしない上層部の連中の顔が浮かんで消えた。

翌日もカンクロウは のところへ出向いた。
最初から思っていたことだが彼女は結界を張るのが非常にへただ。
サソリのおまけだったということで要注意人物にマークされてるのだから、もう少しハイレベルな代物を期待するではないか。
いつもは遠慮して玄関から散歩へ連れ出すのだが、今日は一歩踏み込み、挑発覚悟で居間へ忍び込む。
シャワーの音に気づいたとたん、例の犬に思い切り吠えられた。
「ワンワンワンワンワンッ」
「し〜っ、黙れよクソ犬め!」
「‥‥何なのよ、勝手に入り込んどいて犬にお説教?」
顔を上げたカンクロウは目のやり場に困る。
タオルを巻いただけの が濡れた髪のまま、そこに突っ立っている。
いつも色気のないぼさっとしたなりをしているものの、 が実は美人の部類に入るのは観察済みだった。
その美女がタオル以外なにも身につけていない姿を、間近で直視していろというのは、健康な青年には酷な話だ。
しらっとした顔の が、そんなカンクロウの心境を知って知らずか真向かいに座る。
「何の用」
「何って‥‥迎えに来たんじゃん、 一人じゃ勝手に里を出歩けないだろ。
犬の散歩が出来ないからこの時間に来いって、あんたが言ったんじゃねえか」
「な〜んだ、せっかく誰かが忍んで来てくれたと思ったのに」
「‥‥どういう意味だよ」
「わかんないの、お子様ね」
「‥‥////」
「冗談よ、ずっと思ってたけど、カンクロウって忍者のくせに感情丸出して面白いわ」
ほっとけよ、おれは誰かさんみたいに傀儡じゃねえんだからな、とお子様扱いされたカンクロウは膨れっ面の下で思う。
、あんた結界張るのへただな。
ここは忍び里だぜ、どんなやつがいるかわかんねえじゃん」
向こうも言いたい事を言うならこっちもである。
「いっつも旦那がやってたからへたなのよ」
昨日ひびが入った の仮面はそのほころびをどんどん広げ出している。
今の言葉も自嘲ともとれる言い方ながら、その裏側にある寂しさをカンクロウは感じ取った。
サソリが を連れ去ったのは彼女がまだ幼い頃だと言う。
彼女に取ってはサソリは親代わりだったのかもしれない。
しかしサソリは実の親の敵でもある‥‥もっとも幼かった彼女がその事実を知っていたかどうかはわからないが。

気がつけば犬がカンクロウの服の裾を引っ張る。
「やっと慣れたみたいね」
「まったく、永遠に慣れねえかと思ったぜ」
「先に出てて、すぐ着替えるから」

恒例となった犬の散歩。
始めの頃はじろじろみられたものだが、毎日見ているうちに皆の興味も失せたらしい。

「やっと野次馬がいなくなったな」
「飽きたんでしょ、別に見せるようなこともないしね、たかが出戻り忍者のひとりじゃない」
「‥‥ま、嫁入り先が普通じゃないからな」
「サソリのとこにいたから?
それよりも親がスパイだったからじゃないの、このとげとげしい空気はさ」
「‥‥」

彼女の言う事に一理はある、だが、そんな風に卑屈になるのはカンクロウには本当の所気に入らなかった。

今の所 の忍術の腕前は未確認ながら、カンクロウの検索コードで彼女は気の強い女に分類される事は間違いない。
年上のきれいで強気な女に弱いカンクロウは任務の枠を超えて次第に に惹かれ出していた。
そして にとっても、予想はしていたものの、久々に帰った里のとげとげしい雰囲気に疲れた中で、
お目付役としてつけられたカンクロウの飾らなさは救いだったに違いない。
彼へ話したことは上層部へ筒抜けになる可能性大だという思いは常にあったものの、少しずつ彼に心を開き出していた。

「カンクロウ、あんたさ、他に任務ないの?
いいの、いつも散歩なんかつきあっちゃってさ」
今日も判で押したように決まった時間に現れたカンクロウを がからかう。
「これも任務だっての。
仮にも、あのサソリのそばにいたお人を一人っきりにしとく分けにはいかねえだろ」
「ふふん、諜報活動も兼ねて、ってことね。
でもあんたみたいに顔にもろに出る人間はスパイには一番向かないわよ」
「ほっとけ、自分でもそれぐらい分ってるじゃん。
い〜んだよ、俺は、あわよくば傀儡部隊に一人まともそうなのが勧誘できるかもしれないんだからな」
「あら、私の腕前なんて誰も見てないじゃない」
「まあ、そうだけどさ、少なくとも年の功だけぐらいはできるだ‥‥いててっ」
「女性に年の話はタブーよっ、それぐらい知っときな!」
が自分から言ったんじゃん、おれより年上だって」
「もう忘れた」
「ケンボーショーでるほどのお年ならさぞかしの腕前だろうよ、チヨバアなみとはいかねえが」
「まったく!」

カンクロウは が一流の傀儡師だと信じて疑っていない様だ。
上層部では既に、 がサソリの後継者だという説はデマだったということで片付けられようとしていたのだが。
だがカンクロウは自分の勘で、彼女が傀儡使いである事を確信していた。
実は傀儡師は常に不足している。
天才でもない限り術に通じるのに時間がかかるから、小さいときから強制的に練習を積み重ねないといけないのだ。
また、体術と違って地味な印象があり、あまり人気がない。
砂のお家芸とはいえ、伝統芸能の後継者探しが常に難航するのと同じ理論といえよう。

ところで、 の飼い犬についてカンクロウはずっと思っていた疑問を口にした。

「なあ、コイツはさ、あんたがサソリに連れ去られた時から一緒だったのかよ?」
「まあね」
「古傷に触れてわりいけど、‥‥サソリがあんたの両親を殺した時、あんただけじゃなく
犬も一緒に連れてったのか?」
「そういうことになるわね」
「逃げるときってのは少しでも足手まといは減らしたいのが普通じゃん。
チビのあんたに加えて犬もかよ?」
「‥‥‥だんなはさ、あんた達が思ってるほど人非人じゃないわよ」
「だけど抜け忍だろ」
「抜けないで中でこっそり裏切ってる人間よりいいんじゃないの」
「‥‥あんたの両親は裏切ってたわけじゃない、それは知ってるだろ」
「もちろん知ってるわよ。
でも里の人間は信じてくれなかった、多分その方が面倒が少なかったからでしょうけどね。
葬儀でもさんざんもめてたわよ、この厄介者のチビをどうするかって。
いっそ親と一緒に殺してくれりゃよかったんだって、聞こえよがしに言ってたわ」
「‥‥‥」
「だから‥‥‥サソリが戻って来て、私にどうするか聞いた時に‥‥自分から‥‥行くって言ったのよ」
「戻って来ただと?」
「そう、戻って来たのよ。
両親からサソリのことはよく聞いてて‥‥でも、顔を合わせたのはこのときが初めてで、まさかこの人がサソリとはわからなかったのに、向こうから名乗ったの。
かたきを取ろうと頑張ったけど、当然だけどレベルが違いすぎて、触る事も出来なかった。
‥‥殺されるんだと思った時に、来るか、このままここに残るか聞かれたのよ。
親を殺された相手よ、どうかしてると思うでしょうね‥‥‥でもここにいて生殺しになるぐらいなら‥‥ついて行こうと思ったのよ。
いつかチャンスが巡って来て、復讐できるかもしれない、と。
‥‥今だって、その事を後悔なんてしてない」

忍びの里は里長への絶対服従が要求されるだけに、裏切り者はとことん排除される運命にある。
だからサソリは、足手まとい承知で、まだチビだった を連れ出したのだろう。
裏切り者のレッテルを張られたものの残した子供の行く末なんて分り切っているから。
そして、 も、その事は承知していたに違いない。

「‥‥そうまでして生きたいのなら、とどめを刺すのはやめだ‥‥」
サソリの言葉がカンクロウの脳裏に蘇る。
簡単に殺せたはずだった、でもサソリはそうしなかった。
腹が立つ相手ではあるが、むやみやたらな殺戮者でないことは確かだ。

「ひょっとしたらチビだったあたしが、サソリが欲しがるだけの技術をもってたか、なんて考えてるんでしょ。
おあいにく様、そりゃ親が2人とも傀儡師だったから基礎ぐらいは知ってたけど、あたしが本気で傀儡術をものにすべく奮闘し出したのはもっとあとよ。
ちまたでうわさされてるような天才なんかじゃないわ」

風が砂を舞い上げはじめた。
砂嵐が来る気配がする。

「もう行くわ。
コイツは砂地の散歩になれてないから、そう長時間はあるかせられないの、年も年だし」
「待てよ、すぐそこに井戸がある、水ぐらいやらなくていいのか」
「いいの、私がやらなきゃ死にそうに喉が渇いたって飲みゃしないわ」
立ち去る のうしろ姿を見ながら、カンクロウは思った。
立派に忍犬じゃねえか、普通これだけ散歩したら喉が渇いて当たり前なのに?
「‥‥なるほどね。
やっぱ、 の傀儡の腕は確かだな」
ひとり頷くとカンクロウは姿を消した。

 

目次へ戻る  下へ