我愛羅の海#7

、本当に、いいんだな‥‥?」
「ああ、海がアイツの生まれ育ったとこだから‥‥海に帰さなきゃ‥‥」
泣きすぎて、かすれた声しかでないものの、はきっぱりと告げた。
白い遺骸は海に放たれ、雨模様のどす黒い海原を波にもまれながらゆっくりと遠ざかって行く。
持ち帰って土に埋めようか、という我愛羅の提案を断ってのの決断だった。

泣きはらした目でじっと、その様子を見ていただったが、気を取り直したように我愛羅の方を向く。
「さっきはありがとう、我愛羅。
‥‥せっかく来てくれたのに、とんだ日になっちゃったな。」
「‥‥構わないさ、アイツの死に目にあえて、俺も良かったと思ってる‥‥
もともとと知り合えたのだって、‥‥‥アイツのおかげだったんだからな。」
我愛羅にとっても自分になついてくれていた動物の死を悼む心には変わりはなかった。
はふと、手に持っていた花束のことを思い出した。
さっきの騒ぎで地面に落とされてしまっていたものの、花屋でさんざん迷った挙げ句に選んだ花だ。
拾い上げて形を整えると、怪訝そうに自分を見ている我愛羅に差し出した。
「はい。これ、我愛羅に」
「‥‥俺に‥‥?」
「うん。普通はさ、花なんて男が女にあげるもんなんだろうけどさ、いいじゃない、別に逆でも。
どうせ、ピクニックに誘ったのだって、私だったんだから」
「まあ、そうだが‥‥」
「我愛羅は花なんて、嫌い?」
「そんなことは、ない」
‥‥もらったことがないから。
口には出さなかったものの、彼の戸惑いぶりがそれをはっきり物語っていた。
「我愛羅に似合う花、と思ってさ、だいぶん花屋で迷ったんだから、受け取ってよね!」
照れくさくなってきたが我愛羅にぐいっと花束を押し付ける。
「‥‥紅いバラが、俺に似合う花なのか‥‥?」
「そ。きれいで、華があって、そのくせトゲだらけで、ツンツンしてる。」
もそうじゃないのか、と口には出さなかったが我愛羅は思っていた。
「色は‥‥よくわかんないけど、一番バラらしい色にしてってたのんだら、こうなったんだ」
「‥‥そうか、じゃあ、もらおう」
「紅ってどんな色なのかよく分らなかったけど、イメージではなんとなく掴めるんだ。
激しくって、きれいで‥‥こないだの夕焼けみたいな色だろうなって」
さっきまでの沈黙の反動なのかはやたらよくしゃべる。
我愛羅は黙ってそれを聞いてやっていた。
彼女にとって胸のつかえを取り除くにはそれが一番なのだろうと思って。
の紅い瞳をじっと見つめながら。
お前は自分の瞳もこのバラと同じ色だという事を知らないのだろうな、と思いつつ。

やっと彼女の話が一段落した時、ふっと我愛羅が尋ねた。
‥‥さっきは何を祈ってたんだ?」
イルカの野辺送りの最中、一時が目を閉じて手を合わせていたのに気がついていた我愛羅が尋ねる。
「見てたのか。
今度生まれてくるときは‥‥普通に、アルビノじゃなく生まれて来いよって‥。
その方がヤツも楽だったろうから」
「‥‥そうか」
自らの経験がそう思わせたのだろうな、と我愛羅は思う。
「でもね、こんなこと言いながら、自分じゃ同じ事の繰り返しもいいかもなんて思ってるんだ。
勝手だろ?
私も同じままでさ‥‥
そしたら、またアイツに会えるし‥‥我愛羅にも出会えるし。」
「‥‥いいのか、同じままで?
に取って、自分の容姿は、その、‥‥重荷じゃないのか」
彼女が昼と夜とで姿を偽り続けている事を知っているので、遠慮がちながらも率直に尋ねる。
それには直接返事をせず、が我愛羅に質問を投げかける。
「我愛羅は輪廻って信じる?」
「繰り返し姿を変えて生まれ変わるって言うあれか?」
「うん」
「‥‥わからん」
生まれ変わり等非現実的だ、そんなことが出来るなら苦労はしない、とも思う一方で
その考えもあながちでたらめとも言い切れない我愛羅は思っている通りを答えた。
「そうだよね、私も半信半疑。
でもさ、‥‥今の自分を受け入れられない限り、輪廻って同じ事を繰り返すんだって聞いた。
今のままの私なら自動的に同じように生まれ変わるって寸法さ。
それってなんとなくわかるんだ。
迷いから自力で抜け出せない限り同じとこをさまようって。」
何も言わない我愛羅に話すというより、自分に言い聞かせるように言葉を続ける
「‥‥我愛羅の言う通り、私は、まだまだ自分を受け入れきれてない。
どっかで、自分は自分じゃないと思ってるとこがある。
ある朝目が覚めたら違う自分がいるんじゃないかって‥‥」
「‥‥それは、誰しもそうかもしれないな。
重荷を背負う者に取っては尚更‥‥なかなか現実は‥‥受け入れがたいものだからな」
我愛羅はにあいづちをうちつつ、知らず知らず自分の本心も語っている。
が続ける。
「でも、私もいつかはありのままを受け入れられると思う‥‥それがいつかは、まだ分らないけど。
そしたら、2重人格も直るかもね。
‥‥以前はそんな可能性さえ考えられなかったんだから、これでも進歩したんだと思うよ。
‥‥‥我愛羅と会えたから、かな」
「俺と?」
「うん‥‥。
誰かが自分に優しくしてくれたら‥‥こんな私にも価値があるのかな、と思えるだろ。
だから。」

夜は、雨は、不思議だ。
普段決して言えないような事も、口に出せる。
共通の喪失と言う痛みが二人を余計に近づけたのかもしれない。
「俺も、お前とまた会えるなら‥‥‥」
でも、我愛羅は同じでもいい、とは口が裂けても言えなかった。
も今ではその原因をもう知っていた。
だから、我愛羅の方を向いて微笑む。
「大丈夫、きっと変われるから、私さ。
ふふふ、変だね、何の根拠もないのに。
でも、そう信じられるんだ、今はね」
信じるというこの不確かな行為。
だが信じなければ何も始まりはしない。

波が二人の立つ浜に繰り返し寄せては、戻って行く。
一瞬も同じ姿を保ってはいないのに、永遠に不変な海。
「‥‥アイツは海に返るんだね‥‥又、会えるといいな‥‥」
「‥‥きっと、また会えるさ。
姿は変わっていても、きっと、な」

いつの間にか雨はやんで、東の方の空がすこしずつだが明るくなってきた。
ひょっとしたら、朝焼けが見れるかもしれない。
そう思った時、我愛羅ははっとした。
「‥‥、お前コンタクトは?」
「あっ、しまった!
晴れるわけないと思ってたし、夜にはいっつも外すから忘れてた‥‥」
この様子だと、満点の朝焼けではないものの、そこそこきれいな朝焼けにはなりそうな感じだ。
雲がたくさんあるだけ反射するものが多く、かえって印象的な光景になるだろう。
がっくりと肩を落とすを見ているのがしのびなくて、我愛羅は慰めるように言う。
「‥‥気にするな、朝焼けは逃げはしない。
また見に来ればいい」
「でも、我愛羅が忙しいのはもう知ってるから、そんなに何回もわがまま言えないよ‥‥」
いくら目が強くなってきているとはいえ、の裸眼では弱い日光であろうとも直接見るのは無理だろう。
どうしたものか‥‥
腕組みをしつつ、無意識に花束をかるく二の腕に打ち付けていると、 が不満げに言う。
「あ〜あ、花びらが散っちゃうよ、我愛羅。
私も散らしたけど‥」
顔を上げたの目と、我愛羅の目が合う。
「あ‥‥」
「‥‥なんだ、?」
「‥‥今さ、我愛羅の瞳に散った花びらが映ったんだ。
ひょっとしたら‥‥瞳に映った朝焼けなら見えるかもしれない‥‥」
直接空を見ないで、間接的に朝焼けを見ようというのだ。
「‥‥だが俺の瞳なんぞ、知れた大きさだ。
空のほんの一部分しか見えんぞ」
「でも、このまま帰ったらきっと後悔する。
いいから、やらせて。
うまくいかなくったっていいから、お願い!」
思いがけないイルカの死のあと、朝焼けまであきらめるのはどうしてもいやな
‥‥‥死は不可抗力。
だが、自分の力でなんとかなるかもしれないことまで投げたくはない。
我愛羅と次いつ会えるかも分らないのだ。
のいつになく必死なものいいに我愛羅が折れた。
「‥‥やってみるか」
「うん!」

例のごとく薄着でここへ来てしまったを日光から守るべく自分の布で覆ってやると、
我愛羅は砂の上にを引っ張り上げ、ゆっくり海の方へ移動しつつ上昇する。
浜は夕日を見るにはいいが、朝焼けは裏手の小山に遮られて見えないからだ。
少しずつ、少しずつ、空が赤く染まり出す。
夕焼けの空とは違う躍動感にあふれた赤、これから一日が始まることを告げるまばゆい光。
様々な赤を、紅を、朱色を載せた雲が、刻々と青く目覚めて行く朝に場所を譲りつつ、空を彩る。
我愛羅はまぶしさからうっかりまぶたを閉じてしまわないように目を見開き、を、朝焼けを見つめ続ける。
はその我愛羅の瞳から目をそらさず、すこしの変化も逃さぬよう紅の瞳で翡翠色の瞳を捕らえ続ける。
白い閃光が走り、朝日が登った。

、見えたか?」
さすがに朝日を見つめ続けるのは彼の目にも応えたようで、涙が勝手に出てくるのを拭いながら我愛羅が尋ねる。
「‥‥」
何も言わずにこくこくと頷き続けるも目を抑えている。
「‥‥よかったな」
意識する事なくそのを自分の方へ抱き寄せる我愛羅。
素直に彼に寄り添いながら、今見た光景を思い返すように目を閉じる
色は見えなくとも、我愛羅の瞳の中に見た朝焼けは、この上なく美しい眺めだった。
直接見たのでなくても、大切な人が見せてくれたこの夜明けはまぎれもない本物だった。

二人の思いを一緒に運びながら、砂はゆっくりと沖から浜へと戻る。
その時、我愛羅がさっきの花束を海に放った。
放物線を描いて海へと落ちてゆくバラの花。
深紅の花びらが海面に散る。
「‥‥どうして?」
が不満げに言う。
さっき我愛羅の瞳をじっと見つめ続けていたの紅い瞳が我愛羅の目に残像となって焼き付いている。
一瞬目を閉じて我愛羅が答える。
「俺は、別の花束をもらったから。
‥‥これはイルカへの弔いだ」
「‥‥そう?」
よくわからない、という顔のにすこし充血した優しい瞳を返す我愛羅。
「さあ、急ぐぞ。
お前にも、俺にも、今日やる事が待っているからな」
「‥‥うん。
‥‥‥ありがとう、我愛羅」

を宿へ送り届けると我愛羅はすぐに姿を消した。
次の約束はなかった。
けれど にも我愛羅にも分っていた。
離ればなれでも、違う存在でありつづけながらも、お互いに支えになれる関係であることが。
約束等なくてもまた会える事が。
存在の迷いからの出口の始まり。
夜が明ける。


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蛇足的後書:えんえん続いたお話ですが、これで一応終了でございます。
長い事引きずってしまって本当に、本当に申し訳ありませんでした<(_ _;)>。
最後まで読んで下さった方、ありがとうございました!