テマリとゴキちゃん

さっ、と視界の角を黒いものが横切った。
すかさずテマリの手から何かが飛ぶ。
効果音ひとつ。
スリッパをどけるとそこには昇天した黒いゴキブリが・・・
「よ〜、テマリ、いつもながらあざやかなお手並みじゃん」
「ふん」
どこの家庭にも姿の見える頻度はさておいて、どこかにいらっしゃるゴキブリ。
テマリはこいつらが大嫌いらしく、見つけるや否や薬なんか使わずに直接手を下す。
「きゃー」なんて言ってにげまわる可愛い子もいるのだが、彼女は憎しみをこめて叩き潰すのが普通だ。
「なんで、そこまで嫌うんだろうな」
「じゃあ、あんたはコイツらがかわいいっていうの」
「誰がそんな事言ったよ?
ただ、テマリは嫌いっていうよか、憎んでるみたいじゃん」
「そうかもしんない。」

テマリが先に席をたったあと、残されたカンクロウは、一人もくもくと食事をしている我愛羅に聞いた。
「よ〜、なんでテマリがあそこまでゴキブリを嫌ってるのか知ってるか」
「‥‥そんなこと聞いてどうする」
「いや、別に、でもおもしろいじゃん、あの冷静なテマリが、たかが虫一匹に憎しみをむきだしにしてるのがよ」
「‥‥人には色々事情がある」
「なんだおまえ、なんか知ってるっぽいじゃん、教えろよ」
「‥‥50両」
「‥‥この守銭奴め。金溜め込んで、何するつもりだよ」
「‥‥知りたくないなら、おれは別にいい」
「わ〜ったよ、払うから教えろよ」
「‥‥前払いだ」
「‥‥‥‥ちっ。ほらよ、さあ、話してもらうじゃん」

我愛羅がもらした情報によると、テマリがまだ幼かった頃。
昼寝をしていたら、顔になにかが触れた。
こしょこしょ‥‥
「誰よ、人が寝てんのに‥‥」
薄目をあけたところ、誰の気配もない。
幼いとは言えそこはクノイチの彼女、さっと体勢を整え、おそらくは彼女より腕が上であろう敵にそなえた‥‥
ポロ‥
地面に落ちたそれは‥‥俗にいう、チャバネゴキブリの一連隊だった‥‥そうな。
絶叫とともに彼等がどうなったかは、想像に難くない。

「マジかよ‥‥お前現場にいたのか」
「まさか。テマリが友達にしゃべってんの聞いただけだ」
「それで、テマリは俺が部屋でスナックとか食うとぼろくそに怒るんだな。
くずが落ちるからかと思ってたじゃん。」
「‥‥それはオレがいやだ」
「わ〜ってるじゃん、落とさねえように気をつけりゃいいんだろ」
「‥‥ってか、食うなよ、あちこちで」
「へいへい。
しかし、そりゃいいこと聞いたなあ」
「‥‥また、へんなこと企んでるんじゃないだろうな」
「図星。ま、ちょっとからかうだけじゃん」
「‥‥情報の出所は、言うなよ」
「わかるわけないじゃん」
「‥‥相手はテマリだぞ」
「ま、まあ、そうだけどよ」
さて、カンクロウは何を思いついたのだろうか。

カンクロウには非常に子供っぽいところがある。
あのテマリに思わぬ弱点を発見した、もうそれだけでわくわく、さあこれをエサにどんないたずらをしてやろうかということで頭がいっぱいである。
彼のその思考回路が手に取るようにわかっている我愛羅がため息をつく。
「‥‥お前、あとのことも、考えないのか」
「え、なんか言ったか」
「‥‥もう、いい」
『ガキは嫌いじゃん』と中忍試験でのたまっていた彼だが、要するに自分もガキなのだ。

さて。
テマリが前回ゴキブリを成敗してからだいぶ日も経ったある昼下がり。
「テマリ、悪いけど今日の食事当番変わってくれ。
なんか気分わりいから横になるじゃん」
「ええ〜っ、しょうがないなあ。
じゃあ、次の私の当番の日はあんたがやるんだよ」
「へ〜い」
(始まったか‥‥)我愛羅は二人の会話を後ろ姿で聞きながら思っていた。
いいことでもあったのか、鼻歌まじりで台所へ入るテマリ。
カンクロウは一旦自分の部屋へ入ったかと見せかけて、ささっと台所の入り口近くへ移動し、気配を消して中の様子をうかがう。
(‥‥今回はずいぶんと気合いがはいってるな)
冷蔵庫をのぞいてちょっと考えた後、テマリはメニューを決めたらしく、鍋や材料を調理台にのせてゆく。
「え〜と、お玉は‥‥」
テマリの手が引き出しに伸びる。
カンクロウの目が大きくなる。
(はは〜ん、そういうことか‥‥)
白眼さながら、後ろ向きのままでも我愛羅にはどういうことなのかお見通しのようだ。
テマリが引き出しを引いたとたん、中からうわっとゴキブリが一丸となって飛び出した!
「ギャアアアアアアアアッ!!!!!!」

ゴキブリというのは人類よりずっと昔から地上にいるだけあって、どうも我々をバカにしているのではないか、と思われることがあるが、この「飛ぶ」という行為にもしばしば、そういう悪意が感じられる。
連中は目が合った瞬間、「コイツはやれる」と判断すると正面から向かってくるのだ、サイズの差等ものともせずに!
むこうにはハネがあるからたちが悪い。
いくら人間の方が大きくても飛び回られたらとてもかなわない‥‥
普通は。
しかし、今日の相手がテマリであったのが、連中には致命的だった。

扇子はもちあわせていなくても、この程度の戦闘なら新聞紙で十分、と判断したテマリはあっというまに蛇腹に新聞紙をおりあげ、扇子を作ってしまった。
「アタシに立ち向かおうなんて、百年早いよ!忍法カマイタチ!」
ごうううううううううっ!
ゴキブリたちは一匹残らず吹き飛ばされてしまった。
‥‥‥食材や鍋や皿なんかと一緒に。

こそこそと立ち去ろうとしたカンクロウにお声がかかる。
「待ちな」
いつも低音の彼女の声だが、今日のそれはいつもより1オクターブは低い。
「ちゃんと落とし前つけてもらおうか、弟クンよ」
「え、え、え、お、おれが?ハハハ、何言ってんだよ、テマリ、俺は何もしてねえじゃん?」
ひきつった顔で笑ってごまかすカンクロウ。
「あら、そう?」
一方のテマリも顔は笑っているが、声はあいかわらずすごんだままだ。
「ま、起きられるなら、食事当番を変わる必要はないな。
じゃ、あとはあんたがやりな。
まず片付けからだけどね。」
台所は見るも無惨な有様。
「メニューは決めてやったんだから、ちゃんとやってよね。
材料がどこ行ったかは知らないけどさ。
あ、罰として、つぎの私の当番はあんたに振替だよ。
じゃな」
捨て台詞を残し、テマリは立ち去った。

「‥‥だから、いっただろうが。
後のことを考えろ、と」
「うるせえじゃん」
憎まれ口を叩くカンクロウだが、いまいち威勢がない。
それもそのはず、これを片付けるのは容易ではない。
(これと似たような光景は前にも見たような気がするが‥‥)
デジャヴュではないだろう、と我愛羅はひとりごちた。

もうこりごりじゃん、とかなんとか、ぶつくさ言いながら散らかった台所をぼそぼそ片付けるカンクロウ。
その兄の姿を黙ってみていた我愛羅だったが、ついっと中に入ると自分もほうきを手にそれに参加しだした。
「‥‥カンクロウ一人じゃいつになったら昼飯になるかわからんからな」
「‥‥わりいじゃん」
あちこちに散らばった食器の破片やら、野菜やら、虫の死骸やらをもくもくと片付ける弟達。
一旦は部屋へ退散したテマリがいつのまにか戻って来てその様子を見ている。
なんとかそこそこ片付いたところで二人に声をかけた。
「ま、今日はそんなとこで勘弁してやるよ。
もう遅いし、昼はあたしがなんかおごってやるから、外に行こうよ」
顔を見合わせる男2人。
「「やった(ジャン)」」
すかさずテマリが付け加える。
「代わりに3回分振替な」
「ええ〜っ!?」これはカンクロウ。
「‥‥ま、仕方ないだろ、身から出たサビだ。」
案外冷たい我愛羅。
「さ、行くよっ」
テマリの声が合図となって、3姉弟はおそい休日のランチとしゃれこむのでした。

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蛇足的後書:拍手小話作ってて捏造もおもしろいかな、と味を占めて書いてみた砂三姉弟の二次創作です。
原作ではまだ日常生活は描いてもらってないので、自己充足してみました。
中忍試験の後しばらくしてぐらいって感じです、小さい頃こういう場面はなかったでしょうから、それを補うような感じで。
ゴキちゃんに顔をなでてもらったのは実話はいってます(ええっ)。
自宅でじゃないよ、名誉のためにいっときます!