七夕

いつも通り守られなかった昨日の約束と今日のにわか雨。
憂鬱の二乗。

改札を出て、傘忘れて来ちゃったな、と顔を上げたらそこには予期せぬ迎え。
全てを陰鬱なブルーに染める雨の中、長い髪を雨に濡らし、手はポケット。
風景にすっぽりに溶け込んで佇んでいる彼。
こんなにも気配を消せる人だったことに今更ながら驚く。
‥‥そして‥‥そんな彼にも気づいてしまう自分にも。

「迎えに来たよ、うん」
「‥‥頼んでもないのに?」
「昨日のおわびさ」
「ふ〜ん‥‥傘は?」
「え、あ〜、持ってないな、うん」
「‥‥あ、そ‥‥」

降りしきる雨の中、並んで濡れて歩きながらふと思う。
私はデイにとってただの止まり木なんだろうか。
彼が翼を休めたくなった時にきまぐれに寄るだけの。

「‥‥今日は無口だねえ、
「そう?いつもと同じだよ」
「そうかなあ、なんか怒ってる?」
「‥‥まあ、ね」
「まあ、ね、か。
まあ、いいか、うん」
「よくないよ!」
「あ、そう?」
「当たり前じゃない!
‥‥一体デイにとって私って何なのよ‥‥」

つい口が滑る。
雨脚が強まって、口を開くと雨粒が口の中にまで入ってくる。
かすかに塩味がするのは目からも雨が降ってるせいだ。
空が真っ暗になり、本降り到来。

「オイラが をどう思ってるか、そんなに気になる?」

雷が遠くでなり始める。

「肝心なのは の気持ちだろ、うん。
の気持ちは のもので、他の誰のものでもないんだから」

横殴りの雨が私の顔を平手打ちに叩く。
残酷な私の神様。

誰かを好きになることと、その人に好かれたいと願う事は表裏一体じゃないんだろうか。
答えを彼に求めてもこちらを見ない横顔が返ってくるだけ。

「デイは冷たい」
「そうだな、うん」

本当はわかってる。
デイが安易に私を好き、とか言わないのは自分の事を知ってるからだって。
強いもの、美しいものを見たら挑まずにはいられないのがデイ。
負けず嫌いの芸術家。
私の隣にいる姿は彼のひとつの顔にすぎない。
わかってるけど‥‥

空が明るくなり、夕立が上がり始める。
やまなくてもいいのに。
この青い世界に、水底に彼を閉じ込めておきたい。
私だけを見ていてほしい。
でも、それは無理な相談。
濡れた翼を抱え込んだまま、デイは窒息してしまうだろう。

どうしてこんなやっかいな人を好きになってしまったんだろう。

大きなため息ひとつ。
デイがこちらを見る。
青い瞳が笑っている。
なんて奴!!

雨上がりの青い空が雲のきれまに覗く。
隼の手がゆっくりと動き、たたまれていた翼が待ちきれないとに羽ばたき始める。
私の肩を抱き寄せるデイ。
でもわかってる。
また手の届かない所にいってしまうんだ。
そのくせこんなことを言う。

は、オイラだけ見ていてくれるよな、うん」

忌々しいほどに狡い男。
まじりっけなし、100%のエゴイスト。
縛らない事で相手をがんじがらめにするすべを知る魔術師。
魅入られてしまった私は逃げ出せない。
かごなんかどこにもないのに。

「‥‥知らない」
「へへへ、顔に書いてあるさ、『うん』ってね」
「‥‥この、うぬぼれ屋!」
「そこがいいんだろ、 はさ、うん」
「もうっ、うんうんうんうん言ってないでさっさと任務に行きなさいよ!
気もそぞろなんでしょっ!」
「ははは、お見通しかあ」
「どうせアタシは止まり木よ‥‥」

へ、という顔で私を見るデイ。
膨れっ面で睨み返す、どうせ大して威力ないけど。

「止まり木ぃ?なんだよ、ソレ?」
「だって、そうじゃない。
自分の都合のいい、好きな時にちょっと来てさ、あとはまたいなくなっちゃうでしょ、デイってば」
「‥‥都合悪い時だって来てるぜ、うん」
「ウソばっか」
「オイラが来るのは充電するためだって知らなかったのかよ、 ちゃん、ねぇ?」

いうがいなやぐいっと正面から抱き締められる。
何よ、何よ、止まり木がチャージャーに変わっただけじゃないの?!
‥‥どこまでも、どこまでも「オイラ」な男だわねっ!!
でも振りほどけない自分がいる。
私だって、充電したいもん‥‥
彼の背中にそっと手を回す。

すっかり雨がやんで、澄んだ青空に夕焼けの紅が混ざり始める。
雨の名残の千切れ雲がその陰影を際立たせる。

「はっくしょん!」

「ありゃりゃ、風邪ひかせちまったかな」
「だって、デイったら傘ももってきてくれないんだもん、くしゅん!」
「そういう も持ってかなかったんだろ、梅雨の真っ最中だってのにさ、うん」
「私は、会社に忘れただけだもん!」
「何いばってんの。
さ、送ってくよ、どうせだから『風呂場』まで、うん!」
「このっ、ドスケベ!」
「こんなびしょぬれじゃオイラも風邪引くしね」
「ふ〜んだ、漏電して感電したらいいのよ!」
「止まり木の方がよかったかな、うん‥‥」

夕映えが空を茜色と金色に染め上げる。
つかの間の昼と夜の逢瀬。
濃紺の天蓋が空を覆っても、その心象は消える事は無い。

 

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