夏の終わり

「つかまえて〜っ!」
通りを凄い勢いで走ってくるオトコのうしろから、女の必死な叫び声。
ひったくりか!
すかさず体当たりを食わせると、オトコは雑作もなくふらついて、あきらめたようにバッグを放り出して逃げて行った。
「あ、ありがとう!」
荒い息でようやく追いついた女が言う。
「どーいたしまして」
ハイ、と渡したつもりがうまく手渡しできず、バッグが落っこちて、その拍子に中身がごっそり道路に散らばっちまった。
「きゃ!」
「わ、悪い!」
慌てて俺も拾い集めるのを手伝う。
女のバッグの中ってのはなんでこう、こまこましたものが一杯入ってんのかねえ。
ケータイとかサイフとかハンカチとかティッシュとか化粧ポーチとか手帳とかピルボックスとかわけわかんないチラシとかMDプレーヤーとかスカーフとか‥‥
別に盗み見る訳じゃないけど、職業柄さっと見りゃ何があるか把握しちまう。
これだけのものが、この一見ちっこいショルダーにはいってんだから、驚きだな。
ドラエモンのポケット並みじゃん。
彼女は落っこちたものを全部戻しちまうと、俺の方に向いてもう一度深々と頭を下げて礼を言った。
「本当にありがとうございました!
どうなるかと思ったけど、あなたみたいな親切な若い人がいてよかった」
スーツにハイヒールのこの格好じゃ、ひったくられても追いつけねえだろうな。
しかし、若い人って‥‥まあ、彼女がおれよりかは年上なのは明らかだけど、こいういう物言いをされると自分がすげえ、ヒヨッコみたいな気がしちまうじゃん。
「いいえ、でも気をつけた方がいいですよ、しっかり抱えてないとまた狙われちまいますよ」
ちょっと八つ当たり気味に警告。
「そうね、気をつけるようにするわ。
子供の学校行事でなれないカッコしたから注意がそれちゃった、アハハハハ。」
言葉のトゲに気がついてるのかいないのか、彼女は屈託なく笑う。
なんだよ、あんただって子供みたいじゃんか。
さっき拾う時にあわててバッグにつっこんだケータイのストラップに子供の好きそうなキャラもんがじゃらじゃらついてんのしっかり見たぞ。
おまけにこの笑い方。
女子高生みたいじゃん。
そんな俺の心中を知るはずもなく、彼女は時計を見ると急に慌てて、
「ごめんなさい、待ち合わせなの。
本当ならちゃんとお礼しないといけないんだけど。
連絡先教えてくれない?」
「当然のことしただけだから、気にしないで下さい。
もう行かないと遅れますよ」
「‥‥本当にありがとう。
この国もまだまだ捨てたもんじゃないわね」
と、また、じじむさいセリフを残して立ち去って行った。

ふん、と俺もその場を立ち去りかけたら、ありゃ、道のはしっこに定期入れが。
派手に落ちたからこんな遠くまでものが飛んじまったらしい。
きっと彼女のだな。
拾い上げてくるっと表に返すと定期に書かれた情報を走り読みする。
え〜と、ああ、このすぐ近くを走ってるバスの定期みたいだな。
めんどうだけど、バスの定期って高いし、俺にはこんなもの必要もないから、ま、乗りかかった船ってことでバスの営業所にでも届けとくか。
歩きながら思ったんだが、この定期入れ、やけに分厚くない?
ちょっと失敬。
定期を引き抜くと、うわあ、出たっ!
さっきのケータイをまざまざと思い出させるようなカードの山!
ラミカあり、おまけカードあり、カードゲームありで、どう考えてもさっきのちょっと気取った彼女の姿形とはむすびつかないシロモノがざくざく。
いわゆる萌えキャラのオンパレード!
だんだんおかしくなって来た。
なんだって、こんなとこへ入れてんだ?
まるで、俺ぐらいのオトコが本棚の裏とかへエロ本隠しとくみたいじゃん。
子供の手前まずいのかね?
でも、あれだけケータイにそれ系のストラップつけてたら、いくら相手が子供でももう分かってると思うけどねえ。
旦那に隠してんのか?
子供にもバレてんのに、大人に知れない訳ねえじゃん。

ニヤニヤしながら歩いてたら、じきに営業所。
ありゃ、彼女じゃん。
「あ!やっぱり持って来てくれたのね、ありがとう!」
俺に気がついたとたん、にっこり笑って駆け寄って来た。
「やっぱりって‥‥、来ると思ってたんですか?」
「うん、落としたって気がついたとたん、多分あなたが拾ってくれてるんじゃないかなって、そんな気がしたから。」
そんなに安易に人を信用していいのかよ‥‥
俺が悪いヤローだったら定期に載ってる情報使ってなにされるかわかんねえじゃんか。
「2回も助けてもらったから、今度こそお礼ぐらいさせてね!
なにせ‥‥その‥‥すごく大事なもの持って来てくれたんだし」
定期入れを受け取りながら、言いにくそうに話す。
思わず吹き出す。
「なによ、あ、見たのね!
もう〜、参ったな。」
赤くなりながらさっさとバッグの中に定期入れをしまい込む。
「急いでたんじゃなかったの?」
つい、彼女が口調を換えたのにつられて俺もくだけた口調になる。
「もう間に合わないから断っちゃった。
だから、ちょっとつきあいなさいね、え〜と‥‥」
「カンクロウだよ、 さん」
「あらやだ、なんで私の名前知ってるの?」
「定期に載ってるじゃん」
「あ、そっか」
んじゃ、行きましょう、カンクロウくん、ときた。
くん、ねえ、いかにも年下扱いだな、実際そうなんだけど、この萌えキャラコレクターの彼女に言われるとちょっとカチンとくるな。
げ、腕組んで引っ張って行くかよ、普通?
ほぼ初対面のオトコだぜ‥‥そうか、俺はつまり、子供扱いされてるわけだな。
「どうしたの、カンクロウくん。
急に黙っちゃって。
何か用事でもあったのかな。
あ、ひょっとして、彼女とデートだったりして?!」
「んなもん、ありません!」
むっとしてると敬語が出できた。
「あら〜、なんか怒らせちゃったみたいね、ごめんなさい。
‥‥あなたみたいな若い男の子と話すの久しぶりだから、どうも勝手が分かんなくてさ。
もっと若い子なら自信あるんだけど、小学生ぐらいの。
ごめんね、機嫌直してよ、おごるから。
あ、ここ、ここ!
この店結構ケーキおいしいのよ、さ、入ろ!」
俺に一言の相談もなく、 は強引に俺の腕を引っ張って街角のカフェに入ってしまった。

どれにしよっかな〜、と楽しげにメニューを覗き込む
まあ、ね、俺も甘いものは嫌いじゃないから、結果論的にはいいんだけどさ、なんか釈然としねえよ。
お礼とか言っといて、実は単にダシに使われてるっぽいからな。
「意外と無口なのね、カンクロウくんって。
さっきはそんな感じじゃなかったのに」
‥‥また、このクン、か。
「あのさ、その、クン付けやめてくれません?
なんか、バカにされてるみたいじゃん」
今度は が黙る番。
「‥‥ああ、ごめんなさい。
子供扱いするとか、そんなつもりなかったのよ。
ただ、実際‥‥あなた、ティーンでしょ、私とはまあ、ぶっちゃけ、かな〜り年はなれてるから、どう呼べばいいか分かんなくて」
「カンクロウ、でいい」
「ええ〜っ、呼び捨て?
そりゃやっぱ、まずいわ。
んじゃ、カンクロウさん、ね。」
まあ、いいけどさ。
さんはさ、学校の用事って、PTAかなにかだったの?」
俺も差し出されたメニューに目を落としながら聞く。
「そう、今年は役員に当たっちゃって、けっこう出ずっぱりよ。
やっと子供の手が離れたと思って喜んでたら大当たりよ。
まあ、偉い人がたくさんいるから、刺激にはなっていいんだけど。
PTA通じてお友達もできるしね」
あ、これがお勧めよ、と話の合間に俺のメニューに顔を突っ込んで来て指差したりする
おせっかいというか、やっぱ、ガキ扱いされてんな。
カノジョとのデートでこういうシチュエーションはあり得ないからな。
「カンクロウく‥‥さん、は、夏休み?」
あいまいに生返事。
俺の職業までばらす必要もないだろ。
「いいわねえ、青春まっさかりね!
ふふふ。」
な、なんだよ、気色悪い。
「何笑ってんだよ、 さんにだってそういう時期があったんだろ」
「やあねえ、だから笑っちゃったんじゃない。
その最中は、こんな風に大人にうらやましがられても、何言ってんのよ、ぐらいにしか思わなかったけど。
青春とかいっても全然まんがみたいな華やかな色恋沙汰もなきゃ、勉強もうまく行かないし、文句ばっかり言ってたけど。
でもそれでもね、今思うと青春してたなあってさ、思い出し笑い」
何わかんないこと言ってんだろ、このヒト。
と、顔にでてたに違いない。
「フン、いいわよ、別にカンクロウさんに分かってもらおうなんて、思ってないから!」
ありゃ、ふくれちまったよ、いい大人、なんだろ?
まるきりガキのリアクションじゃん。
さんはさ、子供みたいだ、とか言われんじゃないの」
つい、突っ込みたくなる。
「あら、そんなこと、ないわよ〜。
ちゃんと大人してますよ、これでも一応小学生のハハなんだし!」
ハア、さいですか。
「でもさ、さっきのオタクグッズはなんだよ、隠すことないじゃん」
案の定赤くなりながら言い訳がましくいろいろ言い出す
「あ、あれはさ、子供につられてみてるうちに、まあ、そんなに欲しがるなら買ってあげるわ、みたいにしてたら、どんどん溜まっちゃって。
子供が飽きて来たけど、捨てるのももったいないじゃない、だから‥‥」
「定期入れに大事にしまって、肌身離さず携帯するわけね」
「もう!からかわないでよ!」
ひゃはは、おもしれ〜。
注文したケーキが運ばれて来て、一時休戦。
確かにうまいな、こりゃ定期とどけた値打ちあったじゃん。
「おいしいでしょ!?」
「うん、うまい」
「よかった!私だけで食べたって面白くないもんね、連れがいたほうがいいもの」
やっぱ、ダシかよ。
「なかなかね、空き時間ってありそうでないから、友達と待ち合わせて何かするとかってしにくいもんなのよ、私ぐらいの年ってさ。
だから今日はデートの相手ができてよかったわ」
ぶっ、と思わず吹き出しそうになる。
それをおかしそうにみながら、 が言う。
「ハハハ、冗談よ、こんなおばちゃん相手じゃカンクロウさんがかわいそうだもんね。
‥‥でも、半分、本気かもね」
な、何?
「あ、そんなマジにとらないで!
だから、こう、なんてか、ちょっと素敵な人とお茶する、みたいなこと、今の私の状況じゃあり得ないでしょ。
でもさ、男でも、女でも、やっぱ、素敵な人とお茶ぐらいしたいわけよ、年に関係なくね。
気分が華やぐじゃない、な〜んていっても、あなたにはわかんないわね、それが日常だもの。」
わからなくもないけど、やっぱり実感としてはよくわからない、というのが本音だ。
それを見透かしたように、 が言う。
「わかんなくて当たり前だし、それでいいのよ、聞き流しといて。
ふふふ。
でもさ、そうね、アナタの年なら、さしずめ子供が羨ましいってこと、ない?
小学生ぐらいの子が、一生懸命虫取りしてたり、サッカーしてたりして、時間なんか忘れて遊んでるのみて、いいなあ、とか思わない?」
小学生ぐらいの子供‥‥
確かにそういわれれば、あれぐらいのガキは気楽でいいよな、とか思うことはあるな。
「まあ、羨ましいってか、なんか戻りたいな、とか思うことはあるじゃん。
でも、それと さんの思う俺たちに対する羨ましさってのは同じなのかね」
「同じ、よ」
真面目な顔で断言する
「もう戻れないって分かってるでしょ、でもいいなあっていうかんじ。
ただ、カンクロウさん達が戻れないって思う感じと私たちがそう思うのでは切実感が違うでしょうね。
‥‥人生の季節が違うから、ね。」
「なんだよ、その人生の季節って」
「だから、カンクロウさんたちは、いわば春でしょ、でも私たちは夏の終わりだもの」
「えっらく寂しいこと言うんだねえ、そんなオタクしながらさ!」
ちょっとちゃかし気味に言ってみる。
からかう気持ちより、なんか聞いてて寂しくなったからかもしれない。
実は俺は夏の終わりが大の苦手だからだ。
あの、夏の果ての空しさったらない。
「もう〜、いいじゃない!
子供がオタクグッズ集めるのと、大人がやるのとでは違うんだから!」
また、 がむくれて言う。
「へえ、どう違うんだよ」
わざと突っかかってみる。
「子供は現実と空想の境目が分かってないでしょ。
大人は分かっててやってるのよ。
‥‥厳しい現実を乗り切る元気をもらうためにね。
一時避難みたいなものかしらね」
ふ〜ん‥‥
また、 がクスリと笑う。
「ずいぶん寂しいこと言うと思ってるんでしょ。
‥‥カンクロウさんは優しいのね。
大丈夫よ、これくらいの寂しさにはオトナは慣れっこになってるのよ」
またガキ扱いか!
「子供扱いすんなよ、そんなにガキじゃねえよ!」
「ごめん、ごめん!これだから、おばさんはいやね」
俺をガキ扱いするのも気に入らないんだけど、実は自分をおばさん、と呼ぶその感じがやなんだ。
まだ全然わかいくせに、運命をあきらめたようなふりして。
「本当は自分のこと、おばさんだなんて思っちゃいないくせに!」
黙る
ややあって が口を開く。
「でも、子供ができたらそうなっちゃうんだもの。
今までの さん、から、急に『○○ちゃんのおばちゃん』でしかなくなるのよ。
こうやって、自分で自分を納得させていくしかないじゃない!」
思わぬ強い口調に、今度は俺が口をつぐんだ。

気まずい沈黙を破ったのは携帯の呼び出しの音だった。
二言、三言話して電話を切った後で が謝る。
「ごめんなさいね、お礼とか言っときながら、なんかへんな話になっちゃって。
でも、私は楽しかったわ、色々本音で話せてさ。
そういう機会もなかなか、貴重だもの。
ありがとうね、カンクロウさん」
なんて言ったらいいのか分かんなかった。
一体彼女が本当のところ、何歳かなんて俺には分からないが、小学生の子供がいるんだからそこそこいってるんだろう。
でも、おばさん、てな一言で片付けるには彼女は若すぎた。

店を出て、今一度お礼を言う彼女。
「もういいって、ケーキもおごってもらったし、これでちゃらですよ、 さん」
「ん〜、まあ、カンクロウさんがそういってくれてるんだから、そういうことにしとこうかな。
本当は私がラッキーしちゃった気分だけどね、ふふふ」
ほら、また、そんなふうに子供みたいに笑うとさっきの話とのギャップに頭が変になるじゃん。
「じゃ」
「じゃあね、また、どこかで会えると嬉しいわ。
すれ違ったら無視しないでね、カンクロウさん!」
「忘れようったって、忘れらんないですよ、 さんのその定期入れ!」
「もうっ!」
笑いながら別れたかったから、わざとふざけた。
きびすを返した後は振り向かないようにした。
でも、心は後ろ向きのままだ。
我慢できなくなって肩越しにちらっと後ろを向く。
彼女の姿は‥‥なんだ、男が店の前にいる彼女に話しかけてる。
やけに親しそうな‥‥ああ、携帯にかかって来たのは‥‥旦那か。
‥‥
夏の終わりだとか言ってたな。
‥‥
心配して損したぜ。
‥‥旦那と一緒だったんだな、アンタは。
秋をそいつと一緒に歩いて行けんじゃん。
‥‥
俺は、さしずめ、季節外れな春の風かよ。
ちっ、面白くねえ。
‥‥
ま、俺は俺で‥‥
‥‥小学生よりかは大人だってことだな。
地道に順序踏んで、季節を歩いて行かせてもらいますよ、フン。
‥‥
ちくしょう!


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蛇足的後書:5001打記念リク作品です。
「夫も子供もいるかなり年上の女性に惹かれてしまうカンクロウ君。ただし不倫は×。表置き可能な状況で」ということでした。
杵柄さん、お気に召しましたでしょうか、かなり不安です(ーー;)。
ヒロインのキャラは私を含めた微妙なお年頃の女性を寄せ集めさせていただきました(身に覚えのある方ご容赦を)。
ある意味、非常においしいリクでして、書いてる途中で私がすっかりヒロインさんになりきってしまいました(笑)。
こんな作品でよろしければ、杵柄さん、どうぞお持ち帰り下さいませvv
素敵なリクをありがとうございました!