助っ人

世の中には、どう考えても俺には縁のない世界があるもんだと、タカをくくって17年間。
が、ある朝突然言い渡される。
「今日からこの紙に書いてある住所の店で探りを入れろ」
何を偵察するかは他言無用ということにさせていただくことにして、
問題はそんなことじゃなく行く店だっつーの。
なんで俺がホストクラブなんて行かなきゃなんねえんだ?!
バーテン経験豊富な弟の方が向いてると文句を言うと、有名人過ぎるヤツはだめだという。
「年齢から言ってもお前の方が年上だし、だいたいそのデカイ態度からして
年を3歳ぐらいサバよんでも大丈夫だろうからな。」
つまり、俺は未成年ではないことにされてるわけじゃん。
つまり、俺は顔が割れてないということじゃん‥‥それはつまり、有名ではない、
それはつまり、‥‥
「ぐだぐだ考えてないで行く!」
まあいい、任務でもなきゃこんな世界覗くこともねえ、仕事ついでに観察させていただくぜ。

「お前が新入りか、ふん、なかなかいいツラ構えだな、せいぜい頑張って客を取るんだぞ」
店長が俺をじろじろ観察しながら好き放題言う。
ケッ、俺は必要な情報さえ手に入りゃ、お前んとこの店の経営がどうなろうと知ったことじゃないんだ。
「なかなかキモが座ってそうだが、ま、初日から客相手はキツイだろ、いろいろ雑用をこなしてもらおうか」
‥‥せっかく上忍になったっつ〜のに、また下忍任務じゃん、しょうがねえな。
モップを片手に開店前の店の中をうろちょろ、何かいい情報が耳に飛び込んでこないかと聞き耳をたてる。
「‥‥あの女はしぶちんだからな、なんとか今日こそは払わせろよ‥‥」
「‥‥B嬢はいいとこのコレだからあることないこと、ほめまくって取れるだけ取れ‥‥」
「‥‥ がじきくるぞ、財閥令嬢だからな、しっかりやれよ‥‥」
な〜んか、情けねえなあ‥‥
まあ人気ホストを抱えようと思うと給料弾まなきゃなんねえし、
そのためには半分ぼったくりみてえなこともやらざるを得ない事情もわからなくはない。
が、わざわざ騙されてること承知で通う女どもも女どもじゃん‥‥
おっと、もう開店時間か。

「ねえ店長さん、あの子新入りなの、かわいいわねえ」
店に一番入りした女どものリーダー格が店長にひそひそ聞いてる。
か、かわいいだと?!
失敬な!
ギロッと睨むと逆効果。
「あら、このコ怒ってるわ、かっわいい!」
キャーキャー黄色い声で大受け。
なんなんだよ、ちょっとオネエさまだからっていばるなよ、姉貴は本物だけで十分間に合ってるぜ。
「すれてないのねえ、ちょっとアナタ、こっちいらっしゃいよ、何か飲まない?」
冗談じゃねえ、と逃げようとしたが、店長にむんずと腕を掴まれ耳元で言い渡される。
「おい、チャンスだ、せいぜい飲ませて飲み代つり上げろ、いいな!」
‥‥しょうがねえな、モップをかかえたまま、やる気ゼロで手招きされた席へいく。
そこには一応センパイとよぶべきホストのお兄様がいるわけで、
向こうは当然新入りに割り込まれておもしろくないから、顔は笑ってるものの目がすわってやがる。
「さ、座って、座って!」
よりによって、真ん中あけることねえだろ‥‥渋々腰を下ろす。
「ギャハハ、モップ持って来たの〜、いやねえ、襲わないわよ〜!」
誰が‥‥
「ねえ、何飲む?ハタチそこそこよね、それともひょっとして未成年?」
「ニジュウ」
ぶっきらぼうに答える。
「じゃあ、チューハイにしよっか、えっと、名前は?」
「カンクロウ」
「カンクロウね、アタシ っての、よろしくねえ〜」
もう酔ってるのかやたらベタベタしてくる、うっとおしい!
「カンクロウは正直ねえ、ちょっとぐらい愛想良くすりゃいいのにさ、
さっきから仏頂面しちゃって、ギャハハハ」
‥‥ひょっとして、このうるさい とかいうのが、さっき小耳にはさんだ財閥令嬢かよ。

同席のホストはこの店の看板男、さっきから獲物を横取りされた逆恨みでデンパをぎんぎん飛ばしてきやがる。
うざいんだよ、俺のわるいクセで売られたケンカをついお買い上げ。
さん、さっきからアンタの横のイイオトコが『俺のオンナに手出すな』って睨んでくんですけど」
わっとわく女達。
「きゃあ〜っ、 ったら、モテモテねえ!羨ましい〜っ」
「やだあ、素直にコクればいいじゃないの、ナンバーワンさん!」
ふだんチヤホヤされてるせいか、このバーテンは一瞬言葉を失ったが、
そこはさすがNO1の余裕で、にっこりレディキラーな微笑みを浮かべて切り返す。
「おやおや、新入りのボーヤにまでバレちゃったかな、俺の気持ち」
く、くせえ‥‥
でも、案外こういうべたべたの甘いセリフを嘘承知で聞きたいから皆ホストクラブなんかに来るんだろうな。
ストレス社会だからみんな優しい言葉に飢えてんだ。

「うふふ、アリガト〜、ほら〜新入りのカンクロウ、トップ目指すなら
お客にはこんな風に優しくしなきゃだめよ、わかった〜?」
が俺を挑発するような目つきで見ながらバーテンのほうへべったりよりかかる。
あ〜あ、これだから酔っぱらいはみっともねえんだよ‥‥
「へっ、俺はトップなんか目指してねえよ」
「フン、器じゃないってわけね」
このオンナ、俺の弱点をつきやがる、チキン扱いされるのがダイッ嫌いな俺。
「うるせえ」
「うふふ、やっぱボーヤね、どうせお酒もだめなんでしょ」
「何言ってんだ、酒ぐらい飲めなくてこんなとこで働くかよ!」
「あ〜ら、そ、なら、このチューハイ、一気のみして見なさいよ」
くそっ、こんなもんぐらい飲めなくてどうすんだ、毒のことなら専門じゃん、
って、これが毒と言えるかどうかは微妙なとこだ、酒は量によって毒にも薬にもなるんだから。
チューハイか‥‥
実は好きだったりする(内緒)。
「フン、こんなもん、なんでもねえよ。
だけど、俺だけってのはフェアじゃねえな、 さん、アンタも飲めよ」
店長が消費量をもっと増やせとブロックサインを送ってくる。
「トップのアンタもどうだい」
例のバーテンが片方の眉を吊り上げるが、店長のサインに気がついたようだ、素直に頷く。
女どもがキャーキャー騒ぐ中、3人で一気飲み。
「ワン、ツー、スリー!」
俺たちは一斉にグラスをあおった。
ふん、なんてことねえじゃん‥‥
ドサッ
へ?げっ、 が俺の膝に倒れ込んできやがった!
「おいっ、なにふざけてんだよ、起きろよ!」
青い顔になったトップホスト。
「しまった、 は酒に弱いんだ‥‥」
おいっ、まじかよっ、なんでそんな大事なことなんで忘れてんだよっ!
「早く救急車をよべっ!」
「横向けにしろ、気道が詰まったら大変だ!」
言われなくても知ってるじゃん、仰向けのままの の肩をつかんで、横向けにしようと思ったら‥‥
な、なんだ、うわっ!
むんずと腕を逆に掴まれ、いやおうなく の上に多いかぶさる形にされたと思ったら、
俺の唇にキ、キスしやがったっ!
「ギャハハハ、ひっかかった〜、いっただき〜!」
大笑いの
この、クソオンナ〜!!!!
怒りのあまり頭が、あ、あれ、嘘だろ、酔っぱらったってのかよ、俺が、あれぐらいで‥‥
天井がぐるぐる回り出し、 の高笑いがこだまする中、
景色が2重にも3重にもなって‥‥渦を巻いて俺を取り囲む‥‥

「‥‥おい‥‥おいっ!カンクロウ!何ボンヤリしてんだ!?」
え、え、えっ
ハッと気がつけば、俺はモップをもったままの姿勢で突っ立ってる。
我愛羅のあきれ顔がすぐ目の前。
「‥‥何ぼんやりしてんだ、ボケッとしてないでしっかり手伝ってくれ。
あっちのお客の注文を頼むぞ」
まだいまいち状況がつかめてない俺の手からモップを取り上げると、
隅っこの席に座ったお客の方を指差す。
俺は、夢でも見てたのか‥‥?
合点の行かないまま指示された客の方へ足を運ぶ。
我愛羅はカウンター客の注文でなんか怪しげなカクテルを作るので忙しい。
「いらっしゃいませ、ご注文は‥‥」
客が顔を上げてにっこり微笑む。
言葉を失う。
「うふふ、さっきはどうだった?面白かった?」
ウィンクをして囁く
「幻術使いとデートするにはまだ早いわね、カンクロウは。
もう少し修行積んだらつきあったげるわvvv」
あっけにとられたままの俺の頬をつつくと、 は高笑いしながら店から出て行った。

いぶかしげにこっちを見る我愛羅。
「‥‥なんだったんだ、今の客は。
冷やかしか?」
くそう、こんなとこにもカラス持ってこなきゃなんねえのかよ、これだから忍びの里は‥‥!
「‥‥なってないぞ、カンクロウ、なぜ幻術返ししない」
げ、ってことは我愛羅の野郎はわかってたのか?
「おまえ〜っ、なんでさっさと解いてくんねえんだよっ、ヒトが幻術にかかってるの知りながら!」
「‥‥一応、客は客だからな」
‥‥なんつ〜せちがらい世の中だ‥‥
「‥‥それにお前も楽しそうだった」
な、何?
「‥‥これだから、カンクロウをからかうのはやめられないんだ」
「て、め、え〜っ!」

やっぱ、おれは水商売むきじゃねえ、一見逆に見えるけど我愛羅の方がこういう客商売にはむいてるのかも。
‥‥つっても、スターウォーズの酒場さながらの妙な奴ばかりがくるこの砂の里での話だけど、な。
里長も、マスターも似たようなもんかもな。
「‥‥なんか言ったか、カンクロウ」
「な〜んも」
さ、さっさと掃除済ませて退散じゃん。


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蛇足的後書:『遠』浅夜さんから頂いた素敵なイラスト!
実は絵からお話をつくりたいとわがままを言って、描いていただきました。
自分が言い出したくせに、このカンクロウにふさわしいお話になったかどうか、
ひっじょ〜に自信ないです(日本語を乱さないように)(ーー;)
背景の市松模様がすごく好きで、この模様のもつちょっと不思議な雰囲気を出せたら、と頑張ってみたのですが‥‥
ラジオがきっかけで頂いたイラストなので、どうしてもそれに引っ張られちゃいました。
浅夜さん、素敵なイラストをありがとうございました!
浅夜さんのみお持ち帰りフリーです。