新緑

雲一つない五月の空をツバメがスイスイ飛び交う。
どこかから、芝生を刈り取ったばかりのいい香りがしてくる。

「カンクロウはさ、素敵な季節に生まれたんだね」
私が言うと、彼はけげんそうな顔でこっちを見た。
「素敵な季節?」
「うん。梅雨にはまだ間があるからカラッとしてるし、新緑がまぶしくて、これから夏が始まるぞってなんだかうきうきするような、そんな感じじゃない」
「はあ、そうかね」
気の抜ける返事。
の育ったとこと、俺の里じゃ気候が違うからな」
あ、そうか。
「でも、砂漠でも四季はあるって聞いたし、春や秋はしのぎやすい季節なんでしょ。」
「ま、な」
反応がいまいちだなあ。
修行ばっかやってて、まわりの風景なんてどうでもよかったのかも。
「おい、俺だって季節の移り変わりぐらいわかってんじゃん」
「だって、リアクションがないんだもん」
「‥‥そういう話題を提供されたこと、なかったからな」

ごろんと芝生の上に寝転がって、目を閉じるカンクロウ。
さあっと気持ちのいい風が吹き抜ける。
カンクロウの髪が風を受けて揺れる。
ふんだ、誕生日なんてどうでもいいってクチなんでしょ、アンタってさ。
記念日だって全然、だもんね。
ま、そういうあっさりしたとこがいい点でもあるんだけど。

気を取り直し、ちょっと離れた池の方で咲き始めたあやめが風になびくのを見ながら言ってみる。
「でもさ、せっかくの誕生日なんだし……」
ん?なんか、寝息のようなものがきこえませんか。
お隣の男を見ると、ちょっ、ね、寝てるし!
おいっ、久しぶりのデートの最中に寝るなよっ、この野郎!
‥‥‥いびきかいてる‥‥
うたた寝とかじゃなく、熟睡じゃん。
ここんとこ全然休みなしだったから、疲れてんのね。
それだけ気を許してくれているのだ、どうでもいいから寝てるんじゃない、といいように取らせていただきますよ、フン、ったく。
あ〜あ、上向いて寝てるから日焼けするよ、ガングロに隈取りは頂けないんじゃないの。
ま、このチャンスに寝顔を観察させていただきますか。
何で隈取りなんかして隠しちゃうんだろ、かっこいいのに。
あれじゃ鼻のでかさと三白眼ばっかり目立つじゃない。
私は一緒に戦う訳じゃないからどうでもいいけどさ。
それに敵のクノイチに気に入られることもないからかえって安全かも、とひそかに思ってたりもする、実は。
高い鼻だなあ、上向いてるから鼻の穴までみえちゃうよ、くくく。
今なら遠慮なく観察できちゃうわ。
眉毛なんて女のわたしよか見事な天然描き眉じゃない、くそお。
いつも開く度ににくらしいこといってくれる口も今は寝息をたててるだけ。
‥‥まつげけっこう長いなあ‥‥
つんつんたった毛が風に揺れて、光が透けて見える‥‥きれい‥‥

かぐわしい若葉の色に染まってしまいそうな、そんなさわやかな風と光の中、カンクロウと一緒に芝生の上ってのもなんか嬉しい。

あっ、白髪発見!
‥‥苦労してんのかね、一応。
真ん中は憎まれっ子とかわけわかんないことも言ってたし。
一本しか見当たらないから余計気になるなあ。
おそるおそる手を伸ばして、そっと髪の毛に触れる‥‥
思った通り固い髪、ま、でなきゃここまでツンツンになりゃしないわよね。
毎朝苦労してヘアースタイルととのえるようなマメな男じゃないし。
どうしよ‥‥このシルバーヘア。
放っておくべきか、抜くべきか。
‥‥‥‥
ええい、抜いちゃえ!

がしっ
「こら!」
問題の白髪をつまむ前に腕つかまれちゃった、痛いなあ、このバカ力!
「え〜、起きてたの?」
「気配がありゃ起きるに決まってんじゃん、忍びをなめんなよ」
フンだ、犬といっしょね。
離された腕をさすりながらいやみったらしく言ってやる。
「あ、そ。失礼しました、お犬様」
ばしっ、背中をはたかれる、いって〜。
渋々といった感じでカンクロウが上半身を起こす。
「なんで起こすんだよ〜、ヒトが気持ちよく寝てたのによ」
「え〜、だってさ、白髪あったんだもん」
しばし、間。
「‥‥マジかよ」
「抜いて見せたげようか」
「いらねえよ、抜くとよけい増えるとかいうじゃん」
あわてて頭をがしがしと掻きむしるカンクロウ。
「苦労してんのねえ」
「ぬかせ、心にもないこと言いやがって」
「へへへ、ばれたか」

‥‥ぐ〜っ‥‥
「‥‥腹減ったじゃん‥‥」
ったく、ムードもへったくれもないなあ。
「お昼にしよっか」
「動くのめんどい‥‥」
知ってるわよ、アンタが休みになるとトコトンぐうたらかますの。
いつもならぎゃーぎゃー言うけど、今日は特別扱いしてあげよう。
「はい、お弁当持って来たよ、今日は」
「え、雨でも降るんじゃねえの、どうしたんだよ」
「失礼ねっ、カンクロウの誕生日のために、ちゃんとピクニックの用意したんだからっ!」
へえ〜っ、て感じの顔で口笛を短く吹くと、カンクロウはバスケットの中を覗き込む。
「ほ〜、 なかなかやるじゃん、うまそ〜」
そうよ、この日のために家族を犠牲にして、何度同じメニューを試食させたことか。
おかげでうちの家族は挽肉アレルギーになってるわ。
でも、おいしそうにぱくぱく食べてるのを見ると、それだけで苦労なんか忘れちゃうな。
って、え、もう食べ終わっちゃったの?うそ‥‥すんげ〜早食い‥‥
「ああ、うまかった、ごっそさん」
え、また寝転んでるよ、ちょっと、食べてすぐ寝たら牛ってか、豚になるよ、コラ!
「カンクロウ、食べてすぐ寝たら‥‥」
寝息その2。
ああ、もう。

さやさやさや。
そんな音をたてて、薫風が通って行くような気がする5月の昼下がり。

ため息つくものの、仕方ないか。
彼に取っては日常こそが非日常、こんな平凡な、なんでもない午後が一番いいプレゼントになるんだろう。
そんなカンクロウを見ていられるのは私にとっても喜びなわけで。
ま、いいや。
惰眠をむさぼって、牛さんにでもブタさんにでもなっちゃって下さい。
私にとっては、何に変化しようが、カンクロウが世界一ですよ。
出会えたことに感謝、生まれて来てくれたことに感謝、ハッピーバースデー、カンクロウ!


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蛇足的後書:5月15日のカンクロウB.D.のために書きました〜。
カンクロウのキャラはファンによってそれぞれでしょうが、私に取っての彼はこうです、というしろものデス。