渋皮煮

「なんだろ、この小包」

木の葉から届いたテマリあての荷物。
開けてみると山のような栗。

「今年は裏山のクリが豊作でよ、めんどくせえけど、どうしてもかーちゃんが送れってうるさくてさ」

そんなメモはなかったけれど、だいたい想像はついた。
大粒ぞろいで、それこそ栗色につやつやと光った栗。
ちょっぴり、秋の森の香がした。

・・・・あたしは甘栗は好きだけど、生の栗なんてどうすりゃいいんだろ。
自分ちで甘栗なんてつくれないし、栗ごはんにしたら我愛羅が仏頂面になるだろうし。

思案の末、風影邸にあるレシピブックをのぞいてみる。
砂ではめったにおめにかかれない生の栗。
コイツを使った料理なんて載ってるかな。
パラパラとページを繰る手が止まった。

「栗の渋皮煮」

あちこちシミがついているぐらいだから、誰かが繰り返し見たんだろう。
ならば外れってこともないか。
今日は非番だし、たまには台所にこもるのもいいかな。

大鍋に湯を沸かし、栗を煮はじめる。
料理とは違う、お菓子をつくる、という女の子めいた行為がなんとなくくすぐったい。
かあさんが作っていた記憶がぼんやり蘇って来た。

甘いものの嫌いなとうさんだけど、これだけは食べるのよ

きれいな形のものは親父用だったから、失敗した形のくずれたものだけ味見させてもらえたんだっけ。
お酒が入ってるから、ちょっとだけ、って。

なべが吹きこぼれそうになり、あわてて火を弱める。
作る人がいなくなってからも、時々親父が市販のものを買っていたのを覚えてる。
でも最後まで食べきったためしはなくて、結局おじゃんにしてたな。

・・・かあさんのとは味が違ったんだろうな。

しみだらけになったレシピをもう一度眺める。
ひょっとして、親父もためしてみたんだろうか。

火を止めて栗を取り出し、固い栗の外皮を剥く。
レシピにはいとも簡単に、『渋皮を残して鬼皮を剥く』とだけあったけど、なかなかどうして手間がかかる。
ああ、めんどくさい、がっさり渋皮までむいちゃえば簡単なのに!
そんなことを思ってるとうっかり削りすぎて中の薄黄色の身が覗く。

チッ
まあ、いいさ、実験じゃあるまいし、クリはクリさ。

「テマリ何やってんだよ」
飛んで火にいる夏の虫、台所に一番出没する率の高いカンクロウだ。
「だ〜、こんなにあるのかよ?覗くんじゃなかった」
「うるさいな、つべこべいわずに鬼皮だけ剥きな」
「あれ、栗ごはんにするんじゃねえの」
「違う、渋皮煮にする」
「へえ〜っ、どういう風の吹き回し?鬼のかく乱、テマリの菓子作り・・・
オイっ、あっぶねえな、包丁の柄でたたくなよ!」
「黙って剥く!」

ぶつくさいいながら皮を剥くカンクロウ。
残りは彼にまかせて、テマリは台所中の引き出しをひっくり返して重曹を探す。
ようやく棚の奥の方から見つけ出して弟を見ると、もうおおかた皮が剥いてある。

「へ〜っ、器用だね〜、さすが傀儡師」
「へん、わけわかんねえことでほめられても嬉しくねーじゃん」

だが一概にお世辞ともいえない。
テマリの剥いたいびつな栗と違い、きれいに渋皮を残して仕上がっている。

・・・・ちょっとしゃくにさわるな。

「あとはお前がやれよ、俺は覗いただけなんだから、じゃあな」
「あ、こら!」

カンクロウ、菓子袋片手に隙をついて逃走。
まあ、いい。
全部鬼皮をとってしまった栗を、今度は重曹のはいった水で煮る。
じきにぐつぐつと色水が沸き立ち、灰汁がどんどん出てきた。

うわ、こんなに色がでるもんなのか。
・・・まるで毒薬を煮てるみたいだな。

火を弱めて灰汁をすくい取りながら、自分の想像におかしくなる。
小さい頃のあたしも、きっとかあさんにそんなことをいったんじゃないだろうか。

まあ、テマリったら、私を魔女扱いする気?

笑顔が湯気の向こうに見えた気がした。

しばらくして栗をとりだし、のこった筋やごみを取り除く。
・・・こういう細かい作業は苦手なんだけどな。

テマリ!野菜の皮はきれいに残さず剥くんだ
カレーだからってごまかすんじゃない!

神経質だった親父の小言が耳によみがえり思わすしかめっ面になる。

はいはい、ちゃんと筋もとりますよ、とうさんの好物なんでしょ。

きれいにした栗をもう一度重曹入りの水で煮る。
まだまだ色がでるが、さきほどよりは灰汁は少ない。

は〜、しっかし何度煮ればいいんだ、くそ面倒くさい。
なになに、最初丸ごと水で煮て、皮剥いて重曹入りの水で最低でも2度煮て、それからやっと砂糖の出番か。
・・・栗ごはんにしちゃえばよかったかな、なんか時間がもったいない。
火の前でぼんやりと鍋を見つめる。

・・・ゆっくり時間と手間をかけると、それだけ心がこもっておいしくなるものよ

はっとしてあたりを見回すが、もちろん台所にいるのはテマリひとり。
鍋がふつふつと静かに煮える音がするだけ。

ふふ、でもいかにも、かあさんがいいそうなことだ。

ほんの子どものころに亡くなった母親だけれど、テマリは結構ついてまわっていたらしい。
ふとした拍子に彼女の言葉の断片や表情を思い出すのだ。

2度目の灰汁取り終了のタイマーが鳴る。
あたらしい水へ栗をうつし、今度は砂糖を加え煮始める。

コトコトコト

じきに甘い香りが台所に立ちこめ、なんだか幸せな気持ちになる。
・・・大切な誰かに料理を作るって、こんな感じなんだろうか。
いつもと同じ時間が流れているはずなのに、何かが違う。

さて、そろそろ煮上がるかな、と言う時、レシピの下の方に脚注があるのが目に入った。
重曹を入れて煮るのは、粒が大きい場合3回〜4回でも、それ以上でもいいって?!
とんでもない、もういいだろ!
見ないふり、見ないふり!
火を止めて、ブランデーを入れる。
もう大人なんだから、いいでしょ、かあさん?

背中に感じる気配。

「我愛羅!」
「・・・珍しい。何作ってるんだ」
「珍しいは余計だ。栗の渋皮煮だよ」
「ふ〜ん・・・酒の臭いがする」
「ああ、仕上げにちょっと入れるといいって」

ずずっと近寄って来て鍋の中を観察する我愛羅。

「コレはマロングラッセとは違うんだろうな」
「見りゃわかるだろ、あんなに乾いてないし、第一もっとあっさりしてるよ」
「・・・なら、いい」
「試してみるか?」
「ああ、あとでもらおう」

入れ替わりで再度カンクロウ登場。
「お、できたんじゃん。へ〜、うまそう」
「さましてから食べるんだよ」
「いいじゃん、ひとつぐらい、俺だって協力したんだし」
「まあな。じゃあ、はい」
「・・・ちぇ、くずれたやつかよ。まあいいや、どうせあとで盗み食いすればいい・・・」
「何?」
「何でもねえよ、じゃあいっただきます」

もぐもぐ

なんだかんだ言ってカンクロウの意見も気になるテマリ。
「どう?」
「ん?いいんじゃない?もっとでかいと俺はうれしい」
「は〜、冷めたらあとでやるから、今はそれで我慢しな」
「へ〜い」
「盗み食いすんなよ!」
「お〜、こわ」

消毒した瓶にいれて、少々煮詰めたシロップをかけ密封した。
そんなに長い間保存するとも思わないけど、これだけあったらいやでも残るだろうし。
形の悪いのや、煮くずれてしまって長期保存にむかないものは冷蔵庫にいれた。

「さ、これでいい。
そろそろ執務室へ持って行ってやるか」

我愛羅には、一応風影さまだし、形のいいものを選んだ。
「まあ、おやじのかわり、みたいなもんだし」
・・・・だれに言い訳いってんだろ。

「・・・・・」
差し出された渋皮煮をしげしげと眺めてなかなか食べない我愛羅。
だんだんじれったくなったテマリが催促する。
「毒なんか入ってないから早く食べなよ」
「そんなことはわかってる」
「じゃあ、なんなのさ」
「・・・いや、手間と時間がかかっているだけあって、美味しそうだな、と思って」
「え」
弟からの思いがけない言葉にびっくりする。
「じゃあ、もらうぞ」
「あ、ああ、どうぞ」

・・・楊枝をもつ骨張った手が親父に似てる。

もぐもぐ

「・・・甘いな」

ガク

「そりゃそうだろ、お菓子なんだから」
苦笑しつつ、やっぱり我愛羅だな、となぜかほっとする。
「マロングラッセと違ってうまかった」
「・・・どういたしまして」

なんとなく嬉しい気持ちで部屋をあとにする。
さっきの意外な言葉にどきっとしたのは、親父とだぶったからかな。
・・・いや、いつまでもガキだと思ってた弟が知らない間に成長してたからか。
いずれにせよ、初めての試みにしては上出来、上出来。

はずむ気持ちで台所へ戻ると、でかいゴキブリがいた。

「コラ!」
「ひゃ、もう戻って来たのかよ」
「あ〜カンクロウ!よりによって消毒したのを開けたのか?!冷蔵庫にもあっただろう?」
「だって、あれはつぶれたのばっかじゃん。
おれだってでかいの食いたいも〜ん」
「太ってもしらないぞ」
「んじゃ俺これから冬眠するし、あとはヨロシクな」
「ったく!」

・・・やっぱり時間と手間をかけると、ひと味違うものができるみたいだね、かあさん。
普段平気であたしの作ったやっつけ料理を残す野郎どもが、いかにもおいしそうに食べてる。
・・・親父も、ほめてくれたかな。

「あ、コレ筋残ってるぜ、テマリ」
「うるさいな!それぐらい食ったって死にゃしないよ!」
「こえ〜」

一応睨みつけるが、内心はおかしくて仕方ないテマリ。
文句を言うと思った我愛羅がほめてくれて、食い気だけだと思ったカンクロウが細かいことを気にして。
ま、あたしが渋皮煮なんてつくろう、と思い立つのも意外なことだしな。

「あれ、どこいくんだよ」
「デート」
「はあ?」

訳がわからない、といった顔のカンクロウを残して小皿片手に自分の部屋へ。
机の上の写真立て。
フレームからはこわもてがこちらを睨んでいる。
「あ〜あ、もうちょっと穏やかな顔の写真ってなかったのかね」
仏頂面を絵に描いたような四代目の顔。
「はい、かあさんの、とまではいかないけど、娘の渋皮煮もオツなもんでしょ」
ニッとわらって小皿を前に置く。
「さてと、バキ先生にもあげてこよ」

パタンとドアが閉じた。

・・・・4代目の感想はどっちの息子のに似ているんだろうか。

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*レシピはいろいろあるようで・・・これはあくまで管理人のやり方なので、うちと違う!と言う方もご容赦下さいネ(^^;)