扇風機

カチ、カチ、カチッ、カチッ!
うんともすんとも。

「は〜、やっぱだめか」

扇風機の調子がまた悪い。
いくらスイッチをいれても動かない。
は質素が売りの砂の下忍、つまりお金がない。
この扇風機もお古を「先輩」からただでもらっただけなので、いつ壊れても不思議はなかったのだが。

「まあ今時こんだけレトロってのも、ね」

要するに古いのだ。
の前で鎮座している扇風機は黒々として、見るからに無骨な『機械』。
製造メーカーのロゴだって軽く一世代前。
きょうびの軽量で白を基調とした爽やかなルックスのソレとはえらい違いである。

ミーン、ミーン、ジー、ジー・・・・

外では蝉の鳴き声が最高潮。
砂にも蝉がいるのか、という声が聞こえそうだが、オアシスのごとく点在する木々には、蝉がてんこもりになってたかっている模様。
近くに住む人間にとってはたまったものではない。

「あつ〜・・・・・」

容赦なく照りつける夏の日差しが気温をぐんぐん上昇させて行く。
いくら冷房が苦手な とはいえ、扇風機もなしで過ごすのはあまりに酷だ。

「思い切って新しいの買おっかな・・・・」

「何買うって」

・・・出た。
いつものごとく、下忍 が懸命に張る結界などモノともせず上がり込んで来たのは上忍カンクロウだ。
侵入経路が窓からというのも、バカにされた感を倍増させてシャクの種。

「もう、また窓から!カンクロウってば行儀悪い!
砂の上忍はなんのために玄関があるか知らないのかしらね」
「そうだな、バキからは習わなかったからな」

イヤミはスルー、そして他人に自分の素行の悪さの原因を平然となすりつける。
この神経のずぶとさも上忍の証なのだろうか。

「で、 は何買いにいくの」

カンクロウは部屋の鏡を覗き込んでクマドリの仕上がりをチェックしながら、三白眼でじろっと を見て、話を蒸し返す。

小さく舌打ちする
彼は所有する傀儡をみればわかるように、古いカラクリに弱い。
というか、メンテナンスできるんだから強い、と言うべきか。
・・・この『レトロ』な扇風機を買い替えるといえば絶対にいい顔はしないだろう。

「え〜・・・」
かわりに適当なものを、と思って言いよどむと
「扇風機は買うなよ」
「え〜?!?」
「フン、バレてないと思ったんだろ、甘いじゃん。
このクソ暑いのに、扇風機まわってないんだからすぐわかるぜ。
まかしとけ、俺がすぐ直してやるよ」

こういうのをありがた迷惑という。

「だからもういいって、今まで何回も直してるじゃない。
いい加減新しいの買うわ」
「何言ってんだ、まだまだ使えるじゃん。
だいたい今時同じ物買おうと思ってもこんな代物めったにお目にかかれないぜ?」
いつの間に取り出したのか、彼の手にはドライバー。
やる気まんまんである。
「風影邸じゃ全館空調完備なんでしょ、なんで私だけこんな古いので我慢しなきゃなんないのよ!」
が絡むのも一理ある。
この扇風機を『あっせん』してくれたのはほかならぬカンクロウだからだ。
「人聞きの悪い事言うなよ、そんなに買いたいなら買えばいいじゃん。
でも俺はこいつを直すからな。
新しいのと2台並べとけばいいだろ」

車じゃあるまいし、扇風機が2台並んでいたからといって何のステータスにもならない。
狭い の城では邪魔なだけだ。

「そんなに気に入ってるなら、これはカンクロウにあげる。
で、私は新しいの買うの。
それでいいでしょ?」
の提案にカンクロウが急に困った顔になる。
「そうもいかねえんだよ。
・・・家にも一台、あるしな」
「え?あるの?同じの?」
バツが悪そうにで頷く。

なんだ、お揃いなんだ・・・って、こんなもんがペアってどうなの・・・
普通は、ストラップとか、ミサンガとかじゃん。

複雑な心境の にカンクロウが続ける。

「今だって、傀儡のコレクションやら部品やらで場所とって文句言われてるし。
のとこはそんなに家具もないし、置いといてもいいだろ?」

傀儡は仕込みの為にいろいろコモノが必要だから、新旧問わずやたら部品がいる。
加えてレトロな家電まで何台も囲っていれば苦情もでるであろう。
そういえば、以前遊びに行ったときも、たまげるような時代物の機械、カンクロウにいわせればカラクリ、がごろごろあって驚かされたっけ。
などと考えていたら、もう作業に入ってる。

「ちょっと〜、本当にもういいから〜」
「そうもいかねえよ、動かないってわかっててほうっとけるかよ」

あきれる を尻目にちゃっちゃと扇風機を分解して、あちこちチェックしていくカンクロウ。
手慣れた鮮やかな手つきではある。
嬉々として修理を楽しんでいるカンクロウを見ると、 も強硬にはなれないのがつらい。

結局直しちゃうのよね、もう。

「ゴミ屋敷になっちゃう、カンクロウのせいよ」
苦情の一つも言って『預かってあげている』という恩義をアピールせねば。
「何?セミがうるさくて聞こえねえな」
明らかにしらばっくれている。
「ゴミ屋敷、よ!」
「真逆、お宝屋敷じゃん。
だいたい、使えるんだからゴミじゃねえよ。
それに俺は家でも集めるだけじゃなくてどこに何があるか、ちゃんと把握してるしな」
あ、そうですか、でもそんなこと自慢されたってさ。

「よっし、これでオッケー、と。
ま、火とか吹いたら知らせろよな」
口もと歪めてニヤリと物騒な一言。
「ちょっ・・・!!!」
「うそに決まってるだろ、傀儡じゃあるまいし、そんなわけわかんねえ仕組みにするかよ」
「でもでもでも、古いメカって危ないんでしょ・・・テレビだってさ、古いのから出火したとか聞いた事あるし・・・」
「バ〜カ、そんなことになんねえように、俺がメンテしてんだろうが」
「・・・ホント?」
「あれはほこりとか、過度の摩擦とか、ちゃんと手入れできてないから起きるんじゃん」
「・・・そうなの?」
いまいち納得がいかない を横目で見ながら、カンクロウがあごで扇風機を指し示す。
「ほれ、回してみな」
「あ、うん」

カチッ

・・・ブ〜ン

「わあ、回った!」
「当たり前じゃん」
「カンクロウ、忍者失業してもエンジニアできそう」
「ば〜か」

並んで風にあたりながら、よみがえった扇風機をしげしげと眺める。
今時の存在感の薄い扇風機に比べてずいぶんと重々しい。

「・・・なんでカンクロウはこんな古いのが好きなの?」
「え〜、俺は最新式の機械も好きじゃん」
「そりゃ知ってるけどさ、あんたの傀儡は実際、古いのばっかでしょ」
「悪かったな」
「使いづらくないの?」
道具を片付けながら曖昧に返事するカンクロウ。
「・・・ん〜まあ、媚びないとこが、いいのかもな」

確かに、目の荒いカバーの後ろで回る金属製の羽根を見ても、媚びるどころか、使う側への配慮など一切感じられない。

リモコン?お前が動けよ。
うっかり羽根で指を怪我しようが、知った事かよ、あんたが悪い。

そんな偉そうな声がきこえてきそうである。
その一方で、ちゃんと手入れをすれば、何十年でもこの古色蒼然たるなりで、自分の職務を黙々とこなしていくんだろう。
あ〜あ、カンクロウの傀儡のラインナップそのものだわ。

「さて、と。じゃ、俺行くな」
背中に巻物を背負い直すカンクロウ。
「・・・やっぱ、今日も任務なの」
せっかくなんだから、お茶でも飲んでけばいいのに。
「そ、ちょっと寄っただけ、じゃな」

クマドリばっちり決めてるから分かってたけどね。
カンクロウは黒猫さながらの素早さであっという間に「窓」から姿をくらました。

は風を送っている扇風機に目をやる。

「ちょっと寄っただけ、だってさ・・・・バカ」

ヤツのかわりに小突いてやる。
黒っぽくて、愛想なし、傀儡どころか、主人とそっくり。
「渋くていいじゃん」
とかなんとか、今にもカンクロウにかわって返事をしそうだ。
・・・しょうがない、今日は野郎の分身みたいなコイツと過ごすか。
コロンと横になり、そよ風を感じながら目を閉じる。

「・・・・・おい」
・・・うるさいな。

「おいって、風邪ひくぜ」
何言ってんの、風出してるのはあんたでしょうが。

「おい、 ・・・」
「うるさいッ!扇風機のくせにガタガタいうなっ!」

がばっと起きると目の前にはクマドリの中の緑の瞳。

「うわ〜っ」
「何がうわ〜だよ、びっくりしたのはこっちじゃん。
だいたい、扇風機のくせにって、なに?!」
「いや、それは、その」
いい訳もしどろもどろである。
「風にあたりっぱなしで寝たら風邪ひくだろ」
気がつけば風があたらないように向こうに向けてある。
「すいません・・・・で、なんで戻って来たのよ?忘れ物?」
「まあな」
カンクロウはニヤニヤ を見ている。
「何よ?」
「ほれ、お礼のチューは?」
「なっ・・・・」
「だいたい、ありがとう、とかも聞かなかったしなあ」
「・・・ありがとうございます」
「よ〜しよし、でメインは?」
「・・・・もうっ」
真っ赤になって口をとがらせる を笑うカンクロウ。
「何照れてんだよ」
すばやく の顔を両手で挟んで花泥棒。
ちゃんが寂しそうだったから戻ってあげたのにつれないなあ。
じゃ、今度こそ退散」
「////」
「あ、もう一つあった。なー、
「・・・・はい?」
「ものは相談なんだけど、お前ってミキサーとかほしがってなかったっけ?」
「え、ほしい!・・・・って、いったいいつの?」
「いるんだな、じゃ、また持って来るからよ」
「ちょっと待ってよ、いったいどんな年代物よ〜っ?!?」
「見てのお楽しみ、いいじゃん、オレの保守つきってことで。じゃな」
「こら〜っ、待て〜っ!」

逃げ足も間違いなく早い、やっぱり砂の上忍。

「もう、どらネコめ!」
ほてった頬をおさえてつぶやく

あ〜あ。
このままアタシんちはカンクロウの骨董アイテムで埋め尽くされて行くのね。

『アンティーク』氏は首を左右に振って の嘆きを聞き流し職務遂行中。

 

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