誘い
買い物を手短に済ませた
は、新しい家の台所に立っていた。
布袋からうなぎの蒲焼きと赤ピーマンを取り出す。どちらも特売で思わず買ってしまった品である。
仕事で疲れて帰ってくるカンクロウのためにも、と、エプロンの紐を結ぶ
の腕に少しだけ力が入った。
新婚夫婦の家、といえば聞こえはいい。
しかしカンクロウの立場上、取り急ぎの借家というわけもいかなかった。
忍であり風影の兄である彼には常に危険が付きまとう。住まいは最善の注意を払わなくてはならなかった。
土地、構造、仕掛けに至る全ての条件を満たす屋敷というのはなかなかあるものではないし、建築するにしてもかなりの期間が必要である。
結婚した二人に仮の住まいとして提供されたのは、これまでカンクロウが過ごしてきた屋敷だった。
はそれに対しての不満は一切無い。
むしろ彼が育った屋敷は魅力に溢れていた。
時折話しかけてくれる風影様と、何かあったらすぐに私に言ってくれという頼もしいテマリ。
そして彼らを今まで見守ってきたバキに沢山の使用人。
カンクロウが使っていた自室や倉庫以外に連なった部屋を提供され、台所や風呂場などの水周りは共同のものではなく室内に完備されている。
屋敷内というのは言葉だけで、部屋に入れば完全にプライベートを守った環境だった。
借家ではなくとも二人だけの愛の巣には変わりない。
先に合わせ調味料を用意し、冷蔵庫のナスを一口大に切る。
パックから取り出したうなぎは1.5cm幅程に、赤ピーマンは一口大に切り、右のコンロに火をつけた。
水にさらしていたナスの水気を切り熱された油の中へ投入する。
バチチといい音が響き、左のコンロでは味噌汁の用意を進める。
「あ、常備菜、もう無かったっけ…。」
お肉や麺類を好む子ども思考のカンクロウに出来るだけ多食材を食べてほしいと、食事には注意していた。
カンクロウはというと、「野菜なんか食わなくたって俺は強いじゃん。」と言い訳していたが。
すり潰して入れられるものはひき肉に詰め込んで。
たっぷりのお野菜味噌汁は勿論のこと。
のお財布は食費にだけ費やされているようなものだった。
それを知っていて、カンクロウは時折服やアクセサリーをプレゼントしてくれた。
照れくさそうにプレゼントをずい、と差し出すカンクロウの姿を思い出し、優しいんだから、と、
は鍋の具材を返しながらクスリと笑った。
「なーに笑ってんだよ?」
「キャ!カンクロウ!!あっあっ、危ないじゃない!」
後ろから伸びたその手が、
の体を素早く抱きしめる。
ドアを開けたことにも入ってきたことにも気がつかなかった
だが、これまでにも何度かあったことだ。
最近では慌てふためかない
の様子が、少しばかり面白くないカンクロウだった。
屋敷に越してきた当初は爆笑するほど驚いてくれたのに。
を後ろから抱きしめたまま、何を思いついたのかカンクロウの口角が上がる。
「大丈夫じゃん、ちゃんと見てるから。」
「そういう問題じゃ、」
「ただいま、ただいま
。」
「おかえり…、カンクロウ。」
耳元で囁くように言われた、ただいま、という言葉。
のアパートで冗談交じりに言い交わした、ただいまと、おかえり、とは違う、言葉の重さ。
「今日も、無事だったね。」
「あたりまえじゃん、お前が待ってるんだからよ。」
「……うん、お疲れ様。」
カンクロウの
を抱きしめる力が強まる。
しかし、白ネギと赤ピーマンを足した鍋は休むことなく によって返される。
「……
。」
ふいに呼ばれた、名前。
艶めいたカンクロウの声に、
の手が一瞬だけ止まる。
「なぁ…、こっち向けって。」
カンクロウは意地悪く耳元でのささやきを繰り返す。
は体を強張らせて、くすくすと笑った。
「やだよ、焦げちゃう、じゃない。」
「火ぃ止めろよ。お前の顔見たいじゃん。」
「だーめよ、今止めちゃ美味しさが損なわれちゃうでしょ。」
「いいじゃんよ、
…。お前の顔見たら疲れも吹っ飛ぶって…。な?」
「ん…こらぁ、カンクロウったら、もぅ…ん。」
カンクロウは後ろから
を抱きしめたまま、唇を耳から首へと這わせる。
が弱いことをよく知っているのだ。
「くっ!くすぐったいって!」
「いい匂い…。」
「まっだ味付けしてない、よ…。」
くすぐったさに身じろぎながら
が笑う。
「そうじゃねぇよ、
の匂い。」
「えぇ…?ヤダもう、いたずらばっかりしてると焦げちゃうってこら!」
笑いながら合わせ調味料に伸ばした の細い腕を掴んで、カンクロウが
を振り向かせる。
「食いてぇ、
…、いいだろ?」
「カンクロウってば…こらぁ…。」
「お前のことだぜ?わかってんのか?」
カンクロウは少し鈍い
に言い聞かせるように、瞳をじっと見つめて言った。
隈取と頭巾スタイルのカンクロウの顔が近づいて、
の唇を遊ぶようについばむ。
「料理、続けてもいいからよ、な?」
「いいかげ……。」
言葉を発した瞬間に、すぐさま
の口内にカンクロウの舌が進入する。
無意識の行動か、
はカンクロウの服をぎゅ、と握った。
「んふ…、珈琲の味す、る…。」
「…我愛羅のとこ寄ったら出てきたんだよ…。」
わざとらしいほどに体を密着させて自分をアピールするカンクロウを感じると、
は困りながらも受け入れてしまいそうになる。
の膝の間にカンクロウの足がするりと割りんで、ぐいぐいと押し上げる。
阻止しようと内股に力を入れるが、
の力では到底止められない。
熱い舌が絡み合い、やがて
の鼻から甘い吐息が漏れ出すと、カンクロウはうっすらと目を開け左手を伸ばした。
カチ…、カチ。
「んむぅ!!」
その瞬間に
がカンクロウの唇から逃げた。
「火消しちゃダメだって!!」
「なんだよ、のってきたんじゃないのかよ?」
ぶぅ、と下唇を出すカンクロウを他所に、
は火をつけなおす。
「そりゃ気持ちよく…ってダメダメ!おあずけ!いい子にしてなきゃご飯あげないわよ!まったく!」
「へぇへぇ……、わかったじゃん。じゃ、オレちょっとシャワー浴びてくる。」
「はぁい。」
が振り返ると、素直にシャワー室へ向かうカンクロウの後姿が見える。
「…バカ。」
女の事わかってないんだから、と、頬を赤くして
が呟いた。
気をしっかり持たなくちゃ、と、
は料理鍋に視線を戻す。
「焦げちゃう…手前…よね。」
合わせ調味料を流し込んで、味噌汁の味を確かめる。
「…ん、OK。」
味噌汁を奥のコンロへと移動させて新しい鍋を用意し、冷蔵庫から黒豆の甘煮を取り出した。
「あーー!
ーー!」
風呂場から、声を響かせてカンクロウが
を呼ぶ。
「なぁに〜?」
「シャンプー無いー!」
情けなく言うカンクロウに
は「ごめ〜ん」と、買い置きしていたシャンプーを持って行く。
「
、一緒に、」
「ダメよ。カンクロウの為に一生懸命準備してるんだから。」
少しだけ強い口調の
に、カンクロウがでれっと笑う。
「なによ。」
「いや…、飯、すぐ食えんのかよ?」
「うん、あがったらご飯にしようね。」
「俺はその前に
、」
はカンクロウが話してる最中に、ピシャリとお風呂のドアを閉めた。
「あー!ひでぇっ!」
「早くね、待ってるから。」
「……。」
風呂の向こう側で、カンクロウがニヤリと笑う。
の言葉は食事か秘め事か、実にはっきりしない。
しかしカンクロウは自分好みに解釈し、急いで風呂からあがろうと決意するのだった。
二人の押し問答は、まだしばらく続きそうである…。
蛇足的後書:『道草ロータス』メリさんからいただいちゃった、し、新婚もの!!!
超ウルトラかわいいと思いませんか、ヒロインもカンクロウも!!
まさにカンクロウならこんな感じでしつっこいぐらいに奥さんに甘えてきそうで頭の中は完全に裏状態です(笑)。
意味なく(?)貞操を(??)守ろうとする奥さんもいいよ〜。
本当の新婚さんがこんなだという保証はない(断言するのか?!)けど、カンクロウ邸ならありえるな、ととってもニヤけてしまう管理人です。
メリさん、可愛いお話をどうもありがとうございました!!