さくら

桜が咲いた。
今年はいつもより遅い。
そして、里のだれにも桜をめでてている気持ちの余裕なんてない。
だって里長がさらわれてしまう未曾有の事態の中、お祭りなんてできっこない。
それでも、この美しい桜を見れば誰だって心が安らぐはず。
病院でふてくされているカンクロウだって。

カンクロウとは幼なじみの私。
実力はあいにく雲泥の差で、むこうはあっという間に上忍で私は万年ヒラならぬ下忍だけど。
それでもこの時期はいつもどうにかしてお花見の機会を捻出してもらって二人で時間過ごしてたのに。

病院に運び込まれたって聞いた時には心臓が止まるかと思った。
木の葉から優秀な医療忍者がきてくれたおかげで、一命を取り留めた時は涙が止まんなかった。
アンタが死んだら絶対後追いしてたよ、私。
もちろん私みたいな下っ端は会うこともできないから、病院の警備につきまとってなんとか情報を断片で聞き出すのが精一杯。
それでも日を追うごとに体力を回復してきてることは伺い知れた。
ただ、弟を目の前で連れ去られたショックは相当深いらしく、面会謝絶のまんま。
そりゃね、弟に比べりゃ私なんてさ、ちょっと仲のいい幼なじみ程度だから忘れられてんのよね、きっと。
でもさ、カンクロウが我愛羅を思う気持ちに負けないくらい、実は私は彼が好きなんだ。
厳しい訓練でも痩せなかったのに、この1週間でどかんと体重も落ちちゃったよ。
そっとしておくべきだと友達はいうけど、そんなカンクロウはカンクロウじゃない、と私は思う。
自分で新型の傀儡作って、赤サソリだか黒マムシだかしんないけど、抜け忍の野郎をとっちめに行きなよ!
お下がりじゃ相手にかなうわけなかったけど、オリジナルならきっと、勝てるよ!

しかし。
落ち込んでるヤツを励まそうにも、会ってもくれない。
そこで一考、変化!ってか看護婦さんのかっこしただけだけど。
幸い看護婦さんがここのところの通いずめで顔を見知ってくれてたので笑って通してくれた。
カッコ悪いなあ、ばればれか、ま、仕方ないわ。
ノックする。
「カンクロウさん、薬の時間ですよ」
優しく声をかけてみる。
ちなみに看護婦さんからは非常に機嫌が悪いから覚悟するように、と釘をさされた。
案の定返事はなし。
ふん、そんなことでめげてて、万年ヒラがつとまるかっての。
「入りますよ」
素の私なら声なんかかけないでずかずか入るけど、さすがに今日は慎んで、いちおう礼儀正しく。
がちゃ。
ベッドに寝転んで窓から外を見てる。
包帯が痛々しい。
まあ、いつも傀儡に化けてるときはもっと巻いてんだけどさ。
「お薬の時間‥‥」
「出てけ」
へえ、本当に機嫌悪い。
でも失礼な野郎だ、看護婦さんがやさしいからって。
「ちゃんと飲まないと‥‥」
「うるせえじゃん、置いといてくれ」
ふん、聞いてんだからね、いつも残してるって。せっかくサクラさんが調合してくれてったのに。
「だめです!飲んだら出て行きます」
「うるっせえんだよっ」
こっちを振り向いた。
目があう。
カンクロウの目が点になる。
「‥‥‥なんで、 がいんだよ?」
「だって、アンタ出てこないし、面会謝絶のままだし、こっちがこなきゃ仕方ないじゃない」
「‥‥‥誰にも会いたくないんじゃん」
「なによ、カンクロウらしくもない」
「ほっとけよ、 に俺の気持ちなんかわかんね〜じゃん」
「‥‥わかんないわよ、あたしはカンクロウじゃないんだから。
聞けば薬だって残してるって言うじゃない。そんなんじゃ直んないわよ‥‥」
みなまで言えず。
「出てけよ、笑いにきたのか、情けねえ野郎だってよ!」
すごい剣幕、初めて見る‥‥
でも、ここで引き下がる訳にはいかない。
「笑う訳ないでしょっ、なによっ、自分一人可愛そうになっちゃって!
テマリさんだってつらい思いしてるのは一緒じゃない!
はやく元気になって、追っかけなくちゃだめじゃないのよっ!
カラスやクロアリやサンショウウオがだめだったからって凹んでるだけじゃ我愛羅は帰ってこないよ!
チヨバア一人に任せといていいの?
さっさと新しい傀儡つくんなさいよ!」
ばしっと枕が飛んで来た。
これぐらいは下忍の私でもよけられる。
「下忍の に言われたくねえよっ」
ええい、負けるもんか、誰もカンクロウに意見しないからこんなヘタレ野郎になっちゃったんだもん、嫌われるのなんか承知の上よ!
「なによ、なめられたら引かないのがカンクロウの信条でしょ、なめられっぱなしじゃない、このままじゃ!」
顔面に命中した、今度は。
手加減なしってことね。
ちょうどいい、こんな泣きっ面見られなくてすむ。
顔への当たり具合から察するにもうリハビリは十分できるわ。
枕ってやわらかいのに、鋼鉄に張り飛ばされたみたいよ。
「弱虫!」
枕を顔にのっけたまま捨て台詞を残して出て行く。
背中にも鋼鉄製の枕を背負ってドアを閉める。

看護婦さんの詰め所から同情の視線が飛んでくる気配は感じるけど、枕を外したらすんげえ顔になってるからあえてそのまま。
「すみません、顔の枕このままお借りしていいですか」
背中の枕を差し出しながら言う。
「え、ええ、いいわよ」
「今度ちゃんと返しますから」
枕を顔に押し当てて病院を後にする。
ぐっしょりぬれて気持ち悪い。
でも心の中はこんなもんじゃない、集中豪雨、大雨洪水警報に河川氾濫、高潮警報発令で、鳴門の渦巻きも真っ青‥‥。
キラワレタ、キラワレチャッタ、スキナノニ、ダイスキナノニ。
てくてく、てくてく、機械になったようにただ歩く。
本当は、元気出してね、って言いたかった。
我愛羅のこときいたよ、つらかったよねって、やさしく言いたかった。
桜がさいたよ、早く外に出られるようになってねって‥‥
いいお天気が恨めしい。
満開の桜が空しい。
でも、これでよかったんだ。
私ひとり嫌われたって、これでカンクロウは確実に腹立てて元気になるから。
バキ先生が冷静に諭すよりこうやって勘に触ること言ってやる方が百倍効果的なのはよく知ってるもん。

今度は私がひきこもって1週間。
非常事態で下忍への訓練なんておろそかになってるのか、とくに誰からのおとがめもないまま。
桜も散っちゃった。
もうどうでもいいけどさ。
世捨て人になったみたい。
もう涙も枯れ果てたし。
どれ、カーテンでもあけるか、ここんとこ締め切りだったからどこかカビてるかもしんない、アタシ。
はれ?
もうとっくに散ってなくなったはずの桜が窓に広がってる。
なんで?
だいたい私の部屋の窓から桜なんて見えないんだけど?
ガラスをあけて手を伸ばすと、
「よお」
聞き覚えのある声が上から振って来た。
見上げれば、‥‥‥「カ」のつくヒト。
「悪かったな、今年は花見できなくってよ。
山の方にはまだ残ってたからかき集めて来たんじゃん、これでかんべんな」
照れくさそうに桜の枝を山ほど抱えたカンクロウがそこに立っていた。
言葉が出てこない。
泣きたいけど、もう出てこないよ、売り切れ御免。
ぼうぜんと桜を見つめてると、つーっと‥‥‥ケ、毛虫っ!!!!!
「ぎゃああーっ」
これだけはだめっ!!!!
「なんだよ、こんなモン、これから新緑になったら山盛りでてくるじゃんよ」
ひょいっとつまんで、ポイッと捨てるカンクロウ。
ムンクの彫像と化した私の頭を軽く小突くと
「ほい、やるよ」
桜の花束。
はらはら、はらはら、こぼれ落ちる花びら。
凝り固まってた心が溶かされて行く‥‥
「これからリハビリだから、悪いな。
‥‥新型傀儡完成したら一番にみせてやるじゃん」
じ〜ん
「お、これもやるよ」
差し出されたのは‥‥山盛りの‥‥だ、団子‥‥‥
「もうっ!」
「ははは、んじゃな!」
カンクロウはかき消すように姿を消した。
リハビリなんて必要ないじゃん、でも上忍のリハビリってレベルが違うのかもね‥‥
桜のいいにおい‥‥団子もいいにおい‥‥
そういや、最近ロクに食べてないわ‥‥
ぱく
おいしい‥‥‥
甘いけど、‥‥‥しょっぱい‥‥
のは、私の涙、でした。


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蛇足後書:9estのエカ様がカンクロウとのお花見の絵を描いてらっしゃいまして、但し書きに『当サイトはエカXカンクロウ推奨です」とあり大受け。それが契機となってこんな作品に化けました。よく考えると我愛羅救出にこんなに時間をかけてはいけないような‥‥でも、本誌を読まされているこちらとしては、これぐらいの時間は余裕でかかっているので、まあ、いいことにしておいて下さいませ。エカ様のみお持ち帰り自由です。