採寸
静かな空間で、一心に針だけを動かすお針子達。
時折カタカタと足踏みミシンの音がするが、またすぐ静寂がとってかわる。
忍びの衣装にはいろいろ制約が多い。
それでいて忍者は自分好みへのこだわりが強く、結局同じような服を着ていても、
その実誰もが特注品を身にまとっている。
私たちのような影の立役者が必要になる理由だ。
サイズが本人にぴったりであること、動きを妨げないこと、あまり目立たないこと
(まあこれは好みによる所が大きいが)、丈夫でかつしなやかであること‥‥
条件を挙げ出したらきりがない。
その難問をなんとかクリアーすべく、私たちは頭を悩ませ、腕を駆使する。
「わあ、きれいな生地ねえ」
「本当、こういう素敵な緋色だと縫う方も楽しいわ」
派手だと噂の風影様の衣装も、案外、
私たち作る者のことを念頭においての選択ではないのかって気になる。
あの人はああ見えて気配りの人だから。
彼のお姉様の衣装も、最近こそしぶめになっちゃったけど、
以前の薄紫の衣装は縫子の間では異様に人気が高かったっけ。
‥‥‥そこにくると‥‥お兄様の方は‥‥
「あああ、また黒よ、つまんないわ」
「縫いにくいのよね、黒ってさ、目が疲れる〜」
「生地が柔らかいだけに針が滑るし、やりにくいったら」
「ハイ、
、これはあんた」
「え〜、なんで‥‥」
「何よ今更、幼なじみなんでしょ」
問答無用で私の前におなじみの生地が積まれる。
ため息ついて、仕事に取りかかる。
この黒い生地、気持ちよくって大好きなんだけど、毎回だとさすがに飽きるわ。
この衣装の主となるお方は肌触りに異様にうるさい。
丈夫さとそれを兼ね備えた生地なんてそうざらにはなく、
特注になるため、結局見かけよりはずっと高くつく。
デザインは、おそらく初めて忍び装束を選ばされたときから変えてないんじゃないかしら。
全く‥‥見た目より、実を取ってると言えば聞こえがいいけど。
この生地であのネコミミを彼の好みの形に作れるのはわたしだけだったものだから、それ以来専属扱い。
‥‥まあ、いいんだけどさ。
「あ、
、ちゃんとサイズ取らなきゃだめよ。
あの人何だか知らないけど、毎回やたら伸びてるから、縦も横も」
忍び笑い。
‥‥‥ふんだ、いいじゃない、いかつい方が頼りがいあってさ。
もちろん、これは皆が私の気持ちを知っててからかってるだけ。
軽く同僚を睨みつけて、採寸の手はずを整える。
以前なら呼びつけりゃすぐに来てもらえたんだけど、上忍になってからは結構多忙になっちゃて、
いちいち予約入れないと採寸もままならなくなっちゃった。
前回の衣装はその前に使った型紙にかなりゆとりを入れて作ったんだけど、すぐにクレームが来たっけ。
仕方ないから、徹夜の応急処置で上下ばらしたんだけど、結局すぐに戦闘でだめになってしまった。
以前着てたなつかしい衣装を取りあえず着てる彼、はやく新しいの作ってあげないと!
それにしても今度はちゃんと寸法はからせて頂くわよ。
もう徹夜はごめんだわ!
「よ、久しぶりじゃん、
」
「おひさしぶり、って、こないだ道で会ったじゃない?」
「だ・か・ら、ここでは、ってことじゃん」
なるほど。
更衣室のようなこの空間へは、確かにずいぶん長い事来てもらってないな。
任務の合間に来たのか、クマドリも衣装もそのまんま。
「任務中なの?」
「ん、ああ、これからな」
そっか‥‥忙しいんだね‥‥
会話が続かない。
調子狂うな、二人っきりだからかな。
「ハイ、じゃ、脱いで」
言ってからなんか気恥ずかしくなる。
他の人なら全然機械的にしちゃうのに、やっぱ、彼だとそうもいかないわ///
「めんどくせえなあ、これから任務行くから鎖帷子着ちまってるし。
これって外しにくいんだよな‥‥まあどうせ上に着るからつけたままでいいだろ」
ぶつくさ文句を言う彼。
ああ、あのアミアミのやつね、防弾チョッキみたいな役割をする代物だから、
任務に向かうなら必需品よね‥‥
がさがさっ
男らしく一気に上着を脱ぐ彼。
ドキン
以前寸法を採った時よりずっと逞しくなってる背中が、鎖の編み目からはっきり見える。
さして背のない私じゃ、立ったままではうまく計れないぐらい伸びてる上背。
首まわりも、もうとっくに少年を卒業して、男の色香さえ漂う。
ドキンドキン
聞こえやしないかと思うくらい大きな音で心臓がなる
後ろから踏み台にのっかって、メジャーを当てながらも、手が背中に触れる度高鳴る鼓動。
もたもたしちゃって、なかなかうまく計れない。
コラ、落ち着け、
!
「どうしたんだよ、なんか変じゃん」
振り向く彼。
ドッキーン
心臓が破裂したかと思った。
低くて落ち着いた彼の声が頭の中でこだまする。
やばい、真っ赤っかになってるよ、私。
メジャーがぽろっと手から落っこちた。
「あ〜あ、何やってんだよ、ほれ」
落ちたメジャーを掴んだ彼の手が、私の前に差し出される。
いやでも目に入るゴツイ男の手。
緑の目が私の目と合う。
どどどど、どうしよ、そらしたいけど、吸い込まれるみたいになっちゃって動けない。
「ほら」
私の手がぐいっと掴まれて、メジャーを握らされる。
ああ、もうだめ。
と、彼が目をそらした。
あれっ、隈取りしてるけど赤くなってるのがはっきり分る。
「そんなにじろじろ見られたら、こっちまで気恥ずかしくなるじゃんか」
「ご、ごめんっ」
慌てて手を引っ込めようと引っ張ったもんだから、踏み台が傾いてバランスが崩れる。
「「うわ〜っ」」
突然の事で何が何だかわかんない。
意図せず彼の腕の中‥‥‥床の上で。
「ご、ごめっ‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
返事がないまま、私を抱いた腕に力がこもる。
「‥‥カ、カンクロウ‥‥?」
「‥‥ずっと、こうしたかった」
「‥‥‥‥」
床に転がって、私は抱きしめられたままじっとしている。
ああ、彼の心臓の音が聞こえる。
トク、トク、トク、トク、トク、トク‥‥
目を閉じる。
私もそっと、彼の背中に腕を回す。
「‥‥
?」
「好き‥‥ずっと‥‥前から‥‥」
「‥‥本当かよ‥‥」
黙って頷く。
彼の腕にさらに力がはいり、ぐいっとカンクロウの胸に押しつけられるみたいになる。
ああ、なんて力強いんだろう‥‥
「柔らかいなあ、
は‥‥
装束の生地なんて目じゃねえじゃん‥‥」
ハッ、思い出した。
「カンクロウ‥‥嬉しいけど‥‥すぐ任務なんでしょ‥‥」
「分ってるじゃん‥‥クソ、しかたねえな」
むくっと2人しておき上がる。
黙って採寸を終える。
「え、えへん、2日後に仮縫いに来ること!
でないとまたサイズあわないかもよ」
照れくさくて、ちょっと咳払い。
「ふ〜ん、こんだけ実感してもだめなのかよ」
口を歪めてカンクロウがうそぶく。
「なっ、何言ってんのよっ、胸囲だけが寸法じゃないわよっ」
「へいへい、わかったじゃん」
ぶつくさいいながら服を整えるカンクロウ。
出て行こうとしてドアに手をかけたまま、カンクロウが言う。
「なあ、
、知ってた?
‥‥‥顔に編み目ついてるじゃん」
人の顔指差して馬鹿笑い、失礼な!
さっきの鎖帷子が顔に残したのね!
「なによ〜っ、あんたなんか、体中でしょっ、この、ボンレスハム〜っ!」
ぼかすか、背中をパンチ。
またぐいっと手を掴まれる。
緑の目がまっすぐに私を捕らえる。
「任務から帰ったら、どんだけ跡がついてるか、上下で見せてやるよ」
「え‥‥」
真っ赤になる私。
カンクロウは振り返り様にニンマリ私を見て、部屋を出て行った。
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蛇足的後書:キリリクでGETした逞しいカンクロウ君にお話をひっつけてしまいました〜。
こういうのを自己満足っていうのよね、でもいいのvvv
始めの名前選びに困った人は迷わず、「Keiko」と御入力くださいませ(うそです)!
管理人の妄想におつきあい下さってありがとうございます。