砂漠でお茶を
砂嵐が過ぎた砂漠の夜は静寂に包まれる。
月が青白い光を放ち、数えきれないほどの星がさえざえとした群青の空にまたたく。
吐く息は白く凍え、銀色に光る砂丘は乾いた雪原のよう。
こんな明るく冷たい夜は砂漠でお茶を。
赤い髪した青年は黙ってにグラスを差し出す。
分厚いガラスの中で深い紅色が揺れる。
「冷めないうちに、」
ぼんやり見とれているを促す声。
口にしたグラスから、一筋の湯気とともになんとも言えない良い香りが立ち上った。
‥‥けれどがその芳香を愛でる間もなく、青年がじきに出立を告げるだろう。
灼熱の日中の砂漠はいたずらに体力を奪う。
だからこの時期の移動は月光の支配する夜と決まっている。
このお茶だって旅の鋭気を養うため。
だけど‥‥道中がつらいことには変わりはない。
はしばしの休息の後に待ち受ける試練を思い、グラスを前に深いため息。
彼女の向かいに座るサソリはそんな思いを知ってか知らずか、ガラス越しに薄笑い。
ねむたげな瞳は何も語らない。
いつだって一歩前、いや何歩も前を見ているサソリ。
そんな彼がしゃくに障って、ささやかな反抗心から熱い液体を一気にあおろうとする。
ひやりとした感触。
の手を抑える冷たい5本の指がそこにあった。
底なし沼の緑がを見つめている。
「やけどしても冷やすための水等ここにはない、」
自分の子供っぽい振る舞いが急に恥ずかしくなり、目を伏せて紅茶を口に含む。
その瞬間口にひろがる予想外の甘さにはっとする。
素知らぬ顔のサソリ。
香りも甘さもすべてのためのもの。
彼はそれらを感じる肉体をもう持たないのだから。
サソリはいつもこんな風。
突き放した彼の優しさはあとにならなければ分らない。
「、時間だ」
ほろ苦い甘さを飲み込んで二人の旅は続く。
目次へもどる
蛇足的後書:砂漠でお茶、というテーマはずっと昔からあって、サソリが一番似合うと思いながらお相手が見つからないままでした。
でも今回いただいたキリリクのヒロインが恋愛ともいえず、親愛ともいいきれない微妙な距離感で彼の相方をつとめてくれました。
いつもお世話になっているヨーコさんへ、慎んで差し上げたいと思います。