流星 後
我愛羅が
の住む家のドアを叩いたのは、それから数日後だった。
隣りに住居をあてがわれている付き人
が上部の調べに呼び出されて
留守になる機会をまっていたせいもある。
なるべく早い時間に、とは思ったがやはり夜半になってしまった。
が出てくるものとばかり思っていたら勢いよく戸をあけたのはジン。
向こうも
が帰ってくると持っていたのだろう、戸口で我愛羅を見て固まってしまった。
「・・・こんばんは」
まぬけだと自分でも思ったが、とりあえず相手がジンである以上、こうでも言うしかない。
「おかあさんは?」
まったく、どこのセールスだ。
「オカーサン、イナイ」
なんでこんな時に外出しているんだ。
勝手に腹を立てる。
しかし早く家の中へ入るか、さっさと立ち去るかしないと、
誰かの目に留まる危険がある。
・・・出直すか。
「これを渡してくれるか」
持って来た手みやげを渡す。
もっともジンのよろこびそうなスナック菓子とかパズルの類いなのだが。
バリバリバリ
ジンはその場で包みをあけてしまい、中身が玄関口にばらばらと落ちてしまった。
「こら!こういうものは家の中に持って入って、客が見てない時にあけるもんだぞ!」
思わず注意してしまう。
内心子供の頃の自分と同じだ、と思ったのだが。
ジンがまたしてもびっくりした目で我愛羅を見つめる。
・・・しまった、泣くか?
が、予想に反してジンは素直に謝った。
「ゴメンナサイ、ガーラサマ」
「・・・わかればいい」
散らかったままにしておくわけにもいくまい。
「ちょっと邪魔するぞ」
念のためささっと印を結んで結界を張っておく。
落ちた物を拾い集めて持って入った。
こどもがいるので以前より多少は広い家を支給されているようだ。
前よりごちゃごちゃしているのはジンがいるせいだろう。
しかしそれがかえって家庭的な雰囲気にさせていて、なんとも居心地のいい部屋だった。
立ち去りがたい気持ちを抑えて、出て行こうとしたとたん、ジンにぐっと袖を掴まれた。
「なんだ?」
困惑して尋ねるがジンは言葉で説明しようとせず、我愛羅を引っ張って行く。
無理に振り払う訳にもいかない。
ついた先は洗面所だった。
「コレ、ドーゾ」
そして差し出されたのは・・・・雑巾とバケツ。
「・・・・・」
目が点になりながらも受け取ると、また袖を持って部屋へ引っ張って行かれる。
「マド、マド」
ジンの目線をたどると薄汚れた高窓があった。
高すぎて自分では届かないので掃除してほしいらしい。
・・・こんな任務の依頼は初めてだな。
思わず笑い出しそうになりながらも、あの窓ははめ殺しなので
内側からは掃除しようがないことを説明する。
しかしジンは納得しない。
「ソージ、ドーゾ!」
「だから、普通のやり方では無理だと言っているだろう」
「ダメ、ソージ!」
「掃除しても、すぐ砂嵐で曇ってしまうから無駄だ」
「ダメ〜!!!」
ついにかんしゃくを起こして我愛羅をたたき出す。
戦闘に比べたらなんともないとはいえ、今まで経験した事のない非常事態に
どうすればいいか途方に暮れる我愛羅。
ぎゃーぎゃーしばらく叫んでいたジンだったが、夜遅くだったせいもあって、
じきに勢いが弱ったかと思うと、その場にへなへなと座り込んでしまった。
そのまま動こうとしない。
どうしたものか、と覗き込むと・・・すーすーと寝息を立てている。
呆れてしばらく見ていたが、このままでは放っておくわけにもいかない。
よいしょ、と持ち上げると布団がしいてあった部屋へ運び込んでそっと寝かせてやった。
寝言が聞こえた。
「・・・ガーラサマ・・・マド」
苦笑いしてふすまをそっとしめる。
ガシャ、と鍵を開けようとする音。
さっと気配を探ると
のものだ。
急いで結界を緩めて入れるようにしてやる。
「ジン、ごめんね、遅くなって・・・・我愛羅様!」
思いがけない客に
の目がまんまるになる。
さっきのジンの表情とそっくりだ。
吹き出しそうになるのをこらえながら、
「俺が言うのも変だが、まあ入れ」
「あ、はい!」
「すまん、成り行き上勝手に上がらせてもらった」
「いえ、でも知っていたらちゃんと片付けておいたのに、すいません」
恥ずかしそうにぱたぱたと散らかったものを片付け始める
。
「
、ジンが起きるからやめとけ」
「え、寝かせて下さったんですか?」
「まあ・・・・そうだ」
あまり詳しい話をしてもしょうがない、と曖昧に答える。
しかし
は目ざとくスナック菓子と掃除用のバケツを見つけて、状況を察したらしい。
「す、すいません!!もう、ジンったら、
我愛羅様が風影様だとどう説明してもわからないみたいで・・・」
「かまわん、面白かった。
俺をここまでただの人扱いしてくれたのはジンが初めてだ」
が苦笑いする。
「ジンは、私がしょっちゅう話していたせいでしょうか、
我愛羅様を私の友達みたいに感じているようです」
「友達、か・・・」
きっと向こうでは自分の敵か味方か、しかなかったのだろう。
「お茶でもお入れします」
立ち上がろうとする
。
「ちょっと様子を見に来ただけだ。
もう戻るから、構うことはない」
我愛羅も立ち上がる。
「でも、せっかくですから・・・」
引き止めようと慌てた
が何かにつまずいてこけそうになった。
素早く我愛羅が腕を掴んで支える。
「あ、ありがとうございます」
「・・・・・」
我愛羅は黙って
を引き寄せ、口づけした。
始めは戸惑っていた
だったが、すぐ目を閉じて我愛羅に応えた。
「俺は友達ではないぞ」
「・・・はい」
「引き止めたのは
だな」
「・・・はい」
我愛羅はひょいっと
を抱き上げるともう一つの部屋へ消えた。
**********
少しでも一緒にいたい、しかし周囲に関係を知られるわけにはいかないジレンマ。
そんな2人は図書館でもわざと書架をはさみ、さらに目立たないように背中合わせに立っていた。
の所へ伝令がやって来て、ご主人からの手紙です、と手渡した。
「・・・ありがとう」
言葉とは裏腹に全く嬉しそうではない
の声。
一向に開こうとしないので、我愛羅が本に目を落としたまま声をかける。
「読まないのか」
「・・・」
「今はここには俺たち以外誰もいないから心配することはない」
「・・・」
「どっちにせよ、一度検閲ずみだからたいした内容ではない」
確かに封が一旦切られており、再度閉じた痕跡があった。
不承不承手紙を開いて読む
。
大きなため息をついて顔を上げる。
「・・・ばかばかしい。ジンのアレルギーだとか、偏食だとか・・・
しかも私宛だけど、
に渡すように指示があるし、いったい何なのかしら」
内容はジンについての指南書らしい。
「・・・ちょっと見せてもらえるか」
我愛羅が言うと、
はびっくりした顔を書架の本の間から覗かせながら手紙を差し出した。
「本当に何も書いていませんが」
「・・・わかっている」
さっと目を通す。
検閲で不問にされただけあって、確かに
の言う通りどうということのない内容。
だが、なぜかひっかかる。
には既知の内容をわざわざ書いてよこすことがまずおかしい。
難しい顔をした我愛羅が、とりあえず
に返すため書架越しに差し出した手紙を、
ジンがひょいっと取った。
「ジン、返しなさい!」
さっと手紙を一瞥すると
の声等聞こえていないかのように、機械的に音読を始めた。
「・・・・マデニレンラククレタシオッテサタスル」
我愛羅は耳を疑った。
「・・・ジン、どこにそんな文章が書いてある?」
「・・・ドコニカイテアル?」
我愛羅の言葉をおうむ返しにするだけで、ジンからの返答はない。
しかし一度聞けばそれが抜け忍を案内する文章だということは素人にもわかる。
ジンの手を握ったまま、真っ青になってその場にたたずむ
。
人質への親書は、当然検閲ははいるものの、
別に暗号解読の専任班がするわけではない。
検閲されるリスクを承知で、まっこうから暗号を組み込んで送って来ることは
通常ありえないからだ。
逆に言えば最初の関門さえクリアすれば堂々と指令を流す事ができるわけだ。
万が一、まずい内容が露見しても真っ先に責任をかぶらされるのはこちらの手中にある人質。
・・・・彼らにとってはどちらにころんでも問題なし、というわけか。
人質の命を何とも思っていないからできる方法。
尾獣の入れ物として利用されるだけだったかつての自分を思い出す。
いい知れない怒りが込み上げてきた。
・・・そんな事はさせない、断じて。
もう十分利用された2人をこれ以上苦しめることは、許さない。
「
」
「は、はい」
「手紙を。
に流す」
「え?!でも・・・・」
あの青年は、と
の口が動きかけたのを遮る。
「手紙をあの男に渡せと指示してあるのだ、
残念ながら手先であることを疑う余地はない」
平然とこんな冷たい言葉を
に言える俺はやはり、
一人の男と言う前に風影なのだろうか。
「彼が・・・ジンはどう思うか・・・」
信頼しようとしていた人物が自分たちの敵だと知った悲しみと落胆が透けて見えた。
夜叉丸の事を思い出しそうになる自分を無理矢理に押さえる。
「ジンには話すな。俺があとは引き受ける。
お前達は安全な場所へ今夜中にへ移ってもらう」
「・・・そんな・・・せっかく我愛羅様と・・・
また一緒になれたのに・・・」
の瞳に絶望の色が浮かぶ。
「危険なんて・・・今まで何度もありました、
お願いですから追い出さないで下さい」
「追い出す訳ではない。しばらく身を隠してもらうだけだ」
「でも、人質が逃げたと思われたら、我愛羅様の立場にもよくありません」
「急病で、ここより医療体制の整った他の里へ移送したことにすればいい」
「でも・・・できません・・・今度いつお会いできるのかもわからないのに・・・」
「
、ここにいるのは危険すぎる。
砂は、お前達にとって、この手紙が来た時点でもう安全とはいえない。
事態を治めたら必ず迎えに行く」
「・・・いやです、もう、待つのはいやです・・・」
「・・・俺が・・・平気だと思うのか」
はっとして我愛羅の顔をみる
。
大きな緑の瞳に映し出された悲しみを、彼女が見逃すはずがなかった。
「いいえ・・・ごめんなさい・・・・」
を説得しながら内心口惜しさに歯噛みする我愛羅。
風影と言われる事に慣れてしまって、
足下をしっかり見るのを怠りはしなかったか。
「すまない、風影の俺がもっとしっかり統治していれば、こんなことには・・・」
「どうか、もうそれ以上おっしゃらないで。
我愛羅様が迎えに来て下さると約束して下さったのです。
私たち・・・・何年でも待てます」
俺は、もう待ちたくない、一瞬たりとも。
しかし二人の命を危険にさらして引き止める事はできない。
苦しげに目を閉じ、
に告げる。
「よし。ではすぐに簡単な身の回りのものだけを用意して待つんだ。
暗くなったら出発だ」
は黙って目を伏せると、手紙を我愛羅に渡し、
とまどうジンを促して図書室から姿を消した。
食いしばった口の中で苦い血の味がした。
月明かりに白く光る砂を踏みしめて歩く。
空には満天の星。
道すがら、次々と流れる星をゆびさすジン。
「向こうでは、室内でしか見たことがなかったので、
珍しいのだと思います」
おそらく、夜間に戸外へ出る事は許されなかったのだろう。
「星が見える方角の小窓をきれいにして、ジンと二人、
夜中眺めたこともありました・・・」
「・・・そうか」
あの日、一生懸命我愛羅に手伝わせて、
はめ殺しの窓をきれいにしようとした訳が、やっとわかった。
流星が見たかったんだな。
正確には
と俺に見せたかったのか。
ジンがいじらしくて仕方なかった。
ジンを間にはさんで3人は黙々と歩く。
これがこんな状況でなければ、しあわせな一家にみえたかもしれない。
やがて、待ち合わせの場所へついた。
「おそかったじゃん」
「・・・急だったからな」
知らない男に戸惑いを隠せない
に説明する。
「俺が送って行く訳にはいかないが、兄のカンクロウだ、心配いらない。
向こうへ行けば姉のテマリがいる、火影にも連絡はついている。
安心しろ」
「・・・・いろいろと・・・本当にありがとうございます」
「ガーラサマ?」
「ジン・・・・我愛羅様とは・・・しばらく・・お別・・れよ・・・」
「オカーサン?」
厳しい表情の我愛羅と目を赤くしている
を交互に見て、困惑するジン。
「
?」
困った時にはいつもそばにいたのだろう。
空気がこわばる。
「ジン、・・・
は・・・」
「俺が話す」
我愛羅が
を遮り、ジンの背丈にしゃがむ。
「いいか、ジン、
は・・・・」
ジンは目をまんまるにして我愛羅を見つめる。
・・・だめだ、どういえばいい。
「ほれ、ジン、あそこに行ったんだよ、
のお兄ちゃんは」
いきなりカンクロウが割って入って空を指差した。
すうっと流れ星がまた滑った。
「オホシサマ?」
「そう」
「
、オホシサマ」
大好きな流星になったのだと思ったのだろうか。
ジンは騒ぐ事なく、素直に空を見つめた。
卑劣なスパイだったかもしれないが、ジンにとっては、大切な人だったのだ。
・・・大切な人のまま、きれいなまま、記憶に残しておいてやろう。
真実を知るのはもっと遅くなってからでいい。
みんな黙ったまま、しばらく星空を見上げた。
「・・・時間じゃん」
「わかっている」
もう出発しなければならない。
深呼吸すると我愛羅は今一度ジンに向かい合った。
ゆっくり、噛み含めるように話かける。
「ジン、誰かの便利な道具にされるな。
お前には暗号を解く天分がある。
木の葉へいったらしっかり勉強しろ。
お前自身が、その能力を使いこなせ。
その力はお前への・・・父親からの置き土産だ。
周りに負けるな。
そして今度はお前が母親を守るんだ」
ジンの目の奥でかすかに何かが揺れた。
「・・・がーらさ、ま」
聞いた事のない声だった。
は二人のやり取りを見守っていたが、やがて穏やかな声で言った。
「我愛羅様は・・・ジンのもう一つの世界を開ける鍵をお持ちなのかもしれません」
そして泣きはらした目でにっこり笑った。
「カンクロウ」
「まかせとけ、ちゃんと安全に送り届けるから。
さ、お二人さん、行くぜ」
「ガーラサマ、バイバイ」
「・・・・行って参ります・・・我愛羅様」
振り向き、振り向き出発する一行。
やがて砂丘の影に姿が隠れてしまった、と思った途端、
がかけ戻ってくるのが見えた。
思わず自分も走りよる我愛羅。
固く包容し合う2人。
「・・・・さあ、行け、
。
約束だ。必ず、俺が迎えに行く」
「・・・・・・・」
が何か返事をして、あとを振り返る事なく走り去った。
我愛羅の耳に
の声がこだまする。
待っています、我愛羅様。
白んで行く空に軌跡を描いて次々と流れ続ける星。
我愛羅の頬に一筋、光が流れた。
蛇足的後書き:青空様にキリリクを差し上げたところ、
ものいいたげに彼岸花を眺める素敵な我愛羅のイラストを頂きました。
彼岸花っていつ見ても不思議な花です、
人里に咲く身近な存在ながら、あきらかに他の花とは異質な雰囲気を漂わせています。
昔飢饉の時に備えて食用となる地下茎を目的に植えられたという説もあります。
その一方でその地下茎には毒もあるそうです。
名前の通り、突然彼岸からやってきてまたふっといないなくなるようなイメージ。
そんな不思議な花がナルト界で一番似合うのはやはり我愛羅だと思います。
青空様、素敵なイラストをどうもありがとうございました!