17歳のリーダーシップ

「何やってんだよ、 ?!」
ぐっと噛み締められた下唇。
きれいな眉が眉間にしわを刻む。
そして‥‥氷のように冷たい薄緑の瞳。
射すくめられたように動けない。
なんで?なんで、そんな怖い顔して睨むの?
もういい、忍者なんかやめろって言ったのはアンタじゃない?!
どうせ足手まといなんでしょ?
しょせん、レベルが違うんだもの‥‥
‥‥‥‥
怒られてるのは私なのに、なのに、なぜかカンクロウの瞳の中に寂しさが垣間見える。
そんな、悲しい目で見ないで!

はっと目が覚めた。
夢?
でも、あんな恐い顔のカンクロウは見た事なかった。
少なくとも、私に向けられた事はなかった‥‥今までは。

カーテンを開けると陰鬱な曇り空の下、雨に濡れた秋の景色が見えた。
天気まで私を責めてるような気がしてくる。

‥‥簡単な任務のはずだった。
カンクロウが小隊長として指揮をとった、その任務でへぼをしたのは‥‥私。
誰も怪我もせず無事戻れたのは奇跡に近かった。
彼がリーダーでなければ‥‥どうなっていたか、考えるだけでもぞっとした。
解散時、彼の顔は隈取りと宵闇のせいでほとんど見えなかった。
、お前に言う事がある」
カンクロウの冷たい声に、自分のした失敗を悔いた、が、後の祭り。
皆が見る前、カンクロウと向き合う。
「‥‥お前、自信ないなら忍びなんか辞めちまえ、誰かが死ぬ前にな。
お遊びじゃねえんだ。」
一言一言が心臓に氷の刃となって突き刺さる。
言い訳のしょうがなかった。
ごめん、と謝って済む事でもなかった。
私に出来たのはうつむく事だけ。
いつもみたいなフォローは、もうなかった。
彼は指揮官なのだ。

はどんくせえなあ。マジ忍びでやってく気か〜?
巻き添え食って死ぬのはごめんじゃん」
とかいって、人を小馬鹿にしたような、でも優しい目で私を見てくれる彼はいなかった。
ここにいる彼は部隊長なのだと思い知らされる。

心におもりを抱えたまま、帰路につく。
道すがら、自分の適性というものをつらつら考える。
ここんところずっと迷い続けている。
同期の仲間が次々中忍に昇格いていく中、私はいつまでたっても下忍のまま。
年下でも私を追い越していく子達も多い。
本当に‥‥忍びとして、やっていけるのか。
この里に生まれ、まわりの人間皆が忍びをやっているから、何の迷いもなくこの道に入った。
大きくなったらそうするのが当然だと思い込んでいた。
きっと父や母のようなりっぱな忍びになるのだと、心に希望を持っていた。
‥‥けれど、気がつけば失敗ばかり。
自分の夢を追う前に、能力にふさわしい、身の程というものを考えるべきではないのか。
目標が揺らぎ出す。

灰色の空、ふさぎ込む気持ち。
はっと思い出す。
ずっと前に、今日時間が空いてるから私の苦手な修行につきあってくれるって、約束してたんだ‥‥
でも、あんな事の後だ。
‥‥‥きっと、彼は来ない。
カンクロウは部隊長なんだもの。
こんな役に立たない下っ端のことなんか、見捨てて当然だ。
もういい。
やめちゃえ、できないものはできないんだから。
‥‥‥逃げるの?
自分を責めるもう一人の自分の声を聞こえないふりして、部屋から飛び出す。

普段なかなか来れたくても来れない繁華街を、傘さしてうろつく。
華やかなショーウインドー、楽しそうにさんざめく少女達、あいあいがさのカップル。
みなさん、天気は雨でも心は晴天って感じ。
心の中にも雨が巣食ってる私は、そこに馴染めないまま。
でも、だからといって、回れ右して今放り投げてきた世界に戻る決心もつかない。
うだうだ考えながらも時計が気になってる。
約束の時間からもう2時間。
‥‥‥どうせ、来ないに決まってるのに、なんでこんなに気が揉めるんだろ。
約束したのだって、もうずいぶん前の事だし‥‥‥‥

ぼんやり立ちすくんでショーウインドーに飾られた装飾を見るでもなく、自分を見るでもなく。
ガラスにうつる自分の情けない、生気のない顔を見た。
と、その顔の後ろにもう一つの顔。
怒気をはらんだ、きつい眼差しにはっとする。
振り返るとそこにいたのは雨に濡れたカンクロウ。
夢で見たのと寸分違わない、氷のような瞳。
一文字に結ばれた口元は何も言わないけれど、耳元で彼の言葉が、夢で聞いた言葉がこだまする。
「何やってんだよ、 ?」
そして、その厳しい表情の下に見え隠れする、悲しい目。
わかってる、逃げ出したんだ、私は。
自分には能力が足りない、と言い訳しながらしっぽをまいて、目前の険しい壁から。
できっこないと嘆く前に、精一杯の努力はしたのか。
必ず出来ると、自分を信じたのか。

自信、自分を信じる力。
カンクロウはあの時も「やる気あるのか」とか「できるのか」とかは言わなかった。
「自信がないならやめちまえ」そう言った。
任務でミスした時も、一瞬、できるかな、と自分を疑った時だった。
能力がどうのこうのという前に私に一番欠けているもの。
どこへ逃げてもついてまわる。
こちらが追いかけなければ、背中を見せた瞬間から追われる側に変わるのだ。

カンクロウの目をまっすぐ見返す。
相変わらず無言で私をねめつける緑の瞳。
どれぐらい時間が経ったのか、一分、10分、それともたった数秒だったかもしれない。
ふっと氷が溶ける。
アシンメトリーに口が歪む。
「ったく、大遅刻じゃんよ、お迎えサービスまで要請か?
無料じゃないぜ、あとでおごれよな、
でもまずは修行じゃん、行くぞ!」
手加減ゼロのフルスピードで目的地まで追いかけっこ。
ついたらついたで、息を整える間もなく傀儡でバトル。
「そんなんじゃまた同じように失敗すんぞ、ほら!」
「だから、そこで一旦糸を切らなきゃだめじゃん!」
「バカヤロー、先に手を動かすんだよ、頭じゃねえよ!」
ガンガン言われても平気だ、私は絶対、コイツに追いついてみせる!
もう能力なんて考えない、関係ない、今の私に必要なのは自分を信じることだから!

「もうやめだ、今日のとこは十分じゃん」
カンクロウが提案するけど、まだ辞める気にならない私。
「まだまだ!」
フン、と笑うカンクロウ。
「焦るなよ、 、心配しなくても明日からも修行は続くんだからな。
だいたい、傀儡をちゃんと手入れする時間も計算にいれなきゃ傀儡師としては失格だぜ」
あ、そうか、いっけない。
ここで全力使い切ったらだめなんだ、忍具の手入れ忘れるなんて、どうかしてる。
はすぐ熱くなるからな、ちょっとは冷静になれよ」
「‥‥‥ごめん」
「別に謝る必要なんかねえよ」
黙って二人で傀儡の手入れを続ける。
「‥‥今日は、ごめん」
気になってた事を思い切って告げる。
「なんか、もういいやって思っちゃってさ‥‥自信なくしちゃって‥‥
カンクロウの足引っ張っちゃったしさ‥‥」
カンクロウの手が止まる。
「俺の指示がまずかったんだ。
メンバーの適性考えて役を割りふらなきゃいけないんだからな。
‥‥でも、指揮者があそこで謝る訳にはいかなかった、なめられたら誰もついてこない。
‥‥謝るのは俺のほうじゃん、 、ごめんな」
びっくりしてカンクロウをみた。

自分の事だけ考えてたらいい私と違って、カンクロウは全体の事も一人で背負わなきゃならないんだ。
黙ってまた傀儡をいじり出す彼の表情はいつもと変わらない。
でも、夢の中で、そしてさっき私を睨んでた瞳の中に宿る悲しいような寂しいような光は、
自分を押し殺してでもリーダーとしてみんなを引率していかなきゃならないその重責のせい?

それ以上彼は何も言わず、私も何も聞かずに手入れを終わった。
「明日からの任務さぼんなよ!」
「さぼらないわよ、見てなさいよ、じきにカンクロウなんて追い抜かしてやるから!」
「ヘッ、その意気じゃん、頼んだぜ、次期幹部候補さんよ」
「まかしといて!」
いつもの不敵な笑いを浮かべていたカンクロウがふっと目をそらすと言った。
「‥‥ちゃんと‥‥俺に、ついてこいよな、
私には彼の重荷を一緒に背負う実力はない。
‥‥でも、部下として彼の役に立つ事はできる。
もちろんついていきますよ、嫌がられたって地獄の果てまでね。
それで少しでもアナタの役に立てるなら。
「部下あっての、指揮官だもんね」

「‥‥‥ 、お前も、鈍い女だな。
言葉の裏の意味もよめっつ〜の」
あきれ顔のカンクロウ。
え‥‥だって、さ、そういう流れだったじゃない。
「そりゃな、部下も大事だけどさ。
だけど単なる部下の修行なんかに休みの日だってのにここまでつきあうかよ。
だいたい雨の中2時間も待つわけねえじゃん!
まったく、このタコ!」
いつものカンクロウになった彼がくしゃくしゃっと私の頭をなでる。
「オラ、帰るぞ!」
「う、うん!」
景色が流れるようなハイスピードで飛ばすカンクロウの後を必死でついていく。
しゅ、修行後にこのスピードを出せるとは、さすがだわ。
バテバテで私の家にたどりつく。
肩で息をする私をニヤニヤ見て、
「んじゃ、次の休みはちゃんとおごれよ、 、この貸しは高くついたぜ」
「ふ、ふんだ、安月給の下忍にたかるなんて、上忍の風上にも置けないわね」
「へっ、任務外なんだから、上忍も下忍も関係あるもんか。
あくまでもプライベートでのオツキアイなんだからな!あばよっ」
照れ隠しか、いつもよりもさらに鮮やかに瞬時に姿をくらましたカンクロウ。
この金欠時に、この約束はつらい&野郎は大食いだから‥‥でも、弱みを見せてくれたってことは、
それだけ心を許してくれてるってことだもんね。

自分に自信を持てるように、あの彼の寂しい瞳をもう見なくていいように‥‥‥‥
明日からも頑張ろう!


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蛇足的後書:ちきんさんから頂いていた素敵なアニキのイラストに合う話を、
とネタが降臨するのをまっていたら、こんなに遅くなってしまいました。
クラブとか何かでリーダーシップ取る経験をお持ちの方なら、指導者の孤独はお分かりだと思います。
そんな、カンクロウのつらさも書きたかったのですが、うまく言えたかどうかは限りなくハテナです。
このような作品ですが、ちきんさんにプレゼントいたします、いつも構って下さってありがとうございます。<(_ _)>