お下がり

気力がガタンと落ちる正月明け。
ガリガリになった落葉樹の並木にひびくのはけたたましいカラスの鳴き声ばかり。
ああ、冬将軍の本領発揮だなあ‥‥と思ったとたん、なんか目の辺りがずっしり重たくなった。
しまった、カゼ?
病は気から、とはよく言ったもので、休みになったとたんこれだ。
気が張ってないからへんに体の声ばっかきこえてきて、どんどんしんどくなる。
ううう、しそびれた年末の大掃除をやろうと思ってたんだけど、それどころじゃないや‥‥
ああ、きったない部屋だなあ‥‥
しまった、洗い物もためてたんだ‥‥
洗濯はかろうじて済んでるものの、まだ干せてないし‥‥
でも、とりあえずは少し、少しだけ寝よ‥‥10分だけ‥‥

ガタン、ゴソゴソ‥‥‥
なあに?泥棒?
ふん‥‥何も金目のものなんてないよ、入るうちを間違えたんじゃないの。
下忍の家になんかありがたい巻物一つないわよ‥‥
夢うつつで考える。
まぶたが重たくて目を開けるのも面倒。
どうせ気のせいよ、幻聴幻聴。
一応結界張ってるもんね‥‥
ジャーッ‥‥カチャ、カチャ‥‥
あれ‥水音?
水飲むならついでに洗い物もやって行ってよ、行きがけの駄賃にさ‥‥
どうせ夢だけど‥‥

ガッシャ〜ン!!!

ハッと正気に戻る。
夢じゃない!
ワンルームの我が城では台所のようすなんか布団からちょっと首をもたげれば丸見え。
そこにいたのは割ったお皿をいまさら合わせてひっつかないかな、と思案顔の男。

「カンクロウ?!」
「お、 目さめた?っつ〜か、起こしちゃったな、わりいじゃん」
「‥‥何やってたの?」
もぞもぞと重い体を布団から引きはがす。
「見るに見かねて家事手伝い。
一人で住んでるから仕方ないとはいえ、この散らかりようは異様じゃん。
おれでもびっくりするぜ。
2週間前はここまでひどくなかったじゃんよ」

フンだ。
カンクロウの部屋だって結構いい勝負なんじゃないのさ。
きれいにしてたって、押し入れ開けたら大変な事になるんでしょ、知ってんだから。

「なんか言いたげな顔じゃん、
まあいいや、熱ってどれぐらいあるんだよ」
「え〜、なんで熱あるってわかんの‥‥」
「バカかよ、顔みりゃわかるじゃんよ」
あ、そう?そんなにひどい顔してんのかしら。
「‥‥測ったってへらないから知らない」
「アバウトな奴!ホレ」

でかい手のひらが私のおでこにすっと当てられる。
あれ〜、カンクロウの手ってさ、いつもあったかいのがウリなはずなのに、なんか今はひんやりしてて気持イイ‥‥
水仕事してたからかなあ‥‥

「うへっ、結構あるじゃん。
薬とかねえの?」
「ん〜、あったような、なかったような‥‥」
風邪なんてご無沙汰だから‥‥
「仕方ねえな、寝てろよ、ここらへん片付けたら俺がつくってやるよ」
え?作るって、薬を?
「何びっくりしてんだよ、薬の知識ぐらいなきゃカラスに塗る毒の調合もできねえじゃん」
なんか、毒盛られそう‥‥
「バ〜カ、 殺して何の得になんだよ。
大名の大奥じゃあるまいし。
ね・て・ろ」
その手のひらでぐいっと押し倒されて布団の中にもどされる。
なんか、惜しいような気がするな、いつまでもあのがっしりした手をおでこに感じていたかったような。

でも、ここはありがたくご好意を受けておこう。
ぼんやりした意識の向こうで誰かがごそごそ、かなり騒音を立てて掃除をしたり、ものを片付けたりしてる。
潔癖性の人なら他人に自分の城を引っ掻き回されるなんていやなんだろうけど‥‥
いちおう、私、元潔癖性だったんだけど‥‥だんだんつきあってる相手に染まって来たのか‥‥
なんかどうでもいいや、っていうか、今はひたすらありがたい‥‥

小一時間も眠ったらしい。
ゆさゆさと揺さぶられて目が覚める。
「ナニ‥‥」
「ほれ、薬。
苦いけど飲めよな」
じ〜っ。
「なんだよ、妖しいものは入ってねえよ」
「ホント‥‥?」
だってさ、この色。
見るからに妖しいド緑じゃん。
「外見で判断しちゃいけねえぜ、薬は中身で勝負じゃん」
「味も、超B級なんでしょ‥‥?」
「うるせえな、ごたごたと、効けば文句ねえだろ、ほら、ハナつまんで飲めよ」
ふ〜んだ、自分だって苦いもの超苦手なくせに、ひとには厳しいじゃない。
眼を閉じてハナつまんでぐいっと、その妖しげな液体を飲み下す。
「げ〜、まっず〜っ」
「予告済みだから苦情は受け付けねえぜ。
ま、コレ飲んだらすぐ元気になるさ」
わたしに水を渡しながらニヤニヤするカンクロウ。

また布団に潜り込んでうとうと。

「おい 、起きろよ、飯」
え、素早いな、っていうか、また寝てたんだ私。
ご飯まで作ってくれるなんて感激‥‥なんか、馴染みのにおいがするな‥‥
って、これ病人食ですか?
カレーだよ??
しかも肉ごろごろ入ってるし?!
普通おかゆとか出ない?

「大丈夫、 食い意地張ってるし、俺のカレーはうまいぜ、肉ケチらねえからな。
ほら遠慮しないで食うじゃん」
いや、遠慮と言うか‥‥
でも、せっかく作ってくれたんだよね‥‥
「いただきます‥‥」
どうかなあ、といぶかりながらも覚悟を決めてひとさじ口へ運ぶ。
「あ、おいしい!」
「だろ?
あ〜うまい、俺って料理のセンス抜群じゃん」
自画自賛、まったく。
それでも胃にもたれるかと思ってたカレーもあんがいすんなりお腹へ収まって、元気が出て来た感じ。
「ま、ゆっくり食いな、俺はもうちっと仕事」
早食いのカンクロウはさっさと平らげると自称お仕事を再開。

心なしか、さっきより楽になってきた。
そしたら、まわりでごそごそやってる誰かさんが気になって来て、こっそり様子を伺う。

わ〜、なんか部屋が広くなって来たような‥‥
どこへ片付けたんだろ‥‥あれ、棚とか全然からっぽのままだよ‥‥
あ、押し入れ開けた、うわっ、何よ、床に散らばってたもの全部そこへ押し込んでんの??
あ〜あ、服とかもそのまま、しわになるよ‥‥
片付けてもらってる立場上文句言えた義理じゃないんだけどさ‥‥
あっ、同じゴミ入れに不燃と可燃と一緒に捨ててるよ!
どっちがアバウトよ‥‥
うわあ、お皿洗ってくれたのいいんだけど、すごい芸術的な積み上げ方、触ったら崩れ落ちそう。
あ、あ、あ、まだ載せるの、ちょっと、それ、私のお気に入りのマグカップだから、そんなとこへ‥‥

「待った!」

ささっと布団から抜け出して、カンクロウの手からマグカップを奪い取る。

「なんだよ、もう元気になったのか」
いきなりひったくられてちょっとビックリ顔のカンクロウ。
「おかげさまで。
ここからは私がやるわ、ありがとう」

スポンジに洗剤つけようと思ってびっくり、ほとんど洗剤がない!
これ、いっぱい入ってたと思ったんだけど?

「ああ、洗剤一杯つけた方がきれいになんじゃん。
こんなものケチんなよ」

ま、まあそうなんだけどさ、環境にもよくないじゃないのさ、別に単にケチなだけじゃございませんことよ?

「固いこと言うなよ、んじゃ、俺こっちやるぜ」
あ、洗濯物干してくれんの。
「さんきゅ〜」
ぼそぼそ、洗い終わった食器片付けて洗い物再開。
しばらくしてハタと気がつく。
げっ、洗濯物お?

はたして風呂場には平然と下着をピンチにとめてるカンクロウがいた。
「わわわっ、私がやるっ」
「なんだよ、何照れてんだよ。
人間誰だってパンツぐらい履くじゃん」
そういう問題じゃないって!
‥‥それとも、カンクロウって、不感症?
「バカ、余計な事考えさすなよ?!」
ちょっとムっとして、プラス赤くなってカンクロウが私を睨む。
が病気だって言うから、特別なおせっかい妬いてんじゃん。
‥‥‥いくら俺でもそれぐらいのデリカシーは持ってるぜ」
すいません‥‥

こざっぱりきれいに片付いた部屋で、カンクロウと私、お茶をすする。

「ありがとうカンクロウ、お陰ですっきりした」
細かいとこは眼をつぶって、ペコリと頭を下げる。
「ど〜いたしまして。
これに懲りてちょっとは片付けとけよ、
泥棒だって逃げ帰るじゃん」

一言多い野郎だ。

「んじゃ、まだ薬でむりやり熱下げてるだけだからちゃんと寝とけよ」
立ち上がるカンクロウ。
あら、えらく素直にお帰りになるのね‥‥
なんか物足りなくもない‥‥
さっきの手の感触を額に名残惜しく感じたりする。

そんな風に思ったとたん、こっちを振り向いてニヤリとするカンクロウ。
「なんだよ、 、動いてまた熱あげたいのかよ?」
ボボボボボッ
「なななな、何よ、何へんなこと想像してんのよっ」
「当然こ〜んなこと、じゃん」
ぐいっと私を布団へ押し付ける。
その上でしらっと
「この風邪はおれのお下がりだからな、ちょっと責任感じてんじゃん。
‥‥一週間前は俺がへばってたからな」
おでこをコツンとぶつけると、犬同士するみたいに鼻をこすりあわせてカンクロウは立ち上がった。
「ま、直った頃に様子見に来るから、それまでおとなしく俺を恋しがっててチョーダイvv
んじゃな」
ニカッと笑うと姿を消した。

お、お下がりだったのか‥‥
2週間前の‥‥/////
まいったな、また熱でてきたみたい。
寝よ。
布団に潜り込んだ。
でも、なんか、熱も嬉しいような、なんて言ったら変態ですかあ?
私は幸せな気分とちょっぴりくすぐったい高揚感にくるまれて眠りについた。

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蛇足的後書:でた〜っ、この季節定番のカゼ物!
病気のときって優しくしてもらえると嬉しいですよね〜
まして相手が意中の相手ならvvv、ってことで邪念てんこ盛りで創作いたしました、ありきたりで失礼!