俺じゃない

テマリといえば男前、である。
姿形は美人というべきだが、いかんせん男兄弟二人の上に立つ身、しかも職業は忍者である。
いやがおうでも男勝りにならざるを得ない。
うじうじ言わない代わりにその一喝は威嚇効果絶大、大の男もびびるド迫力。
生きたカマイタチだと言っても過言ではない。
実は生前、あの先代さえも彼女の低気圧はおそれていたという噂があるほどだ。

爽やかな風が吹き抜ける夏の朝の台所。
休日の風影邸の台所はローテーションで主たる砂姉弟が使用する。
本日はテマリの順番だ。
家事は別段好きでもないが、とりたてて嫌いということもない。
まあさっさとやって時間を有効に使おうと流しに立つ。
‥‥‥臭う。
なんだ、この臭いは?
くんくん、と形のいい鼻がうごめく。
「‥‥誰か牛乳をこぼしやがったな」
目をこらせば冷蔵庫の前にかすかなシミが認められた。
「‥‥チッ」
盛大に舌打ちしてぞうきんで今一度その汚れをこする。
‥‥時間がたっているらしく、こびりついてなかなか取れない。
牛乳というモノはその白い色とクセのない味でテマリ自身も好きだったが、一旦こぼれると木から落ちたツバキの花にも似て、どうしようもない。
「こぼれてすぐに掃除すりゃ、こんな面倒な事にならないのに」
ごしごしこすりながらだんだん腹が立ってくる。
なんだってここまで放っておくんだ、よりによってアタシの当番の時に?!
牛乳がこの位置でこぼれているということは、ちゃんと冷蔵庫から出さないで注いだと考えられる。
どうせ庫内から流れ出る涼風で涼んでいたのだろう。
ひょっとしたらコップに注ぐ手間を省いてパックから直飲みしたという可能性も大だ。
となると犯人としてまず顔が浮かぶのは弟A。

「おい、カンクロウ!」
バンッと扉が開いた瞬間でかいはずの彼の背中が縮こまる。
おそるおそる振り返るとおそろしいテマリの形相。
「‥‥な、なんか用か」
用があるからここまで来ているに決まっているのだが、少しでも間合いをとって落雷からのがれようと17年の経験をフル稼働させる。
「お前、また風呂上がりに牛乳をパックから飲んだだろ!」
「え?」
「台所の冷蔵庫の前に牛乳がこぼれた跡があったんだ、臭くてかなわん!」
「ちょっと待てよ、なんでそれでオレなんだよ?」
「お前じゃないってのか?」
「きのうは家で風呂にはいってねえよ、任務の後宿直のシャワー借りたんじゃん。
だから俺じゃない!」
「ホントか」
じろりと弟の顔を凝視する。
万が一嘘等つこうものならどうなるかわかってんだろうな、という無言の圧力つきで。
「おれじゃねーって言ってんだろ!」
姉の迫力に気圧されながらもじろっとみかえしてくる。
なんてふてぶてしい、生意気な!
ガキの頃おやじにしかられたおまえの泣き顔なんか山ほど見たんだぞ‥‥などと思いながらも、ふと、コイツも成長したな‥‥というわけのわからない感傷がテマリの胸をちくりとさす。
「フン、ならいい。
ともかく、牛乳の直飲みは禁止だ、いいな!」
ばしん、とドアを後ろ手に閉める。

まずアイツだとあたりをつけたのに、違うのか。
ならば‥‥
テマリの足は躊躇する事無く弟Bの部屋たる風影執務室へ向かう。
ここは一応公の場でもあるのでノックする、が、いかにもおざなりなノックに部屋の主は誰がきたのかすぐ分ったらしい。
「‥‥テマリか、入れ」
入るなり用件を切り出すテマリ。
「我愛羅、お前夕べ‥‥」
「俺じゃない」
即答。
質問もしてないのに。
風影にもなると、ノックで用件まで分るってのか?
「‥‥ナニがオレじゃないんだ、ええ?」
「牛乳だ。
俺は直飲みなんかしないし、こぼすようなガキじゃない」
「なんで質問内容がわかるんだ?」
さてはカンクロウから?
報告はのらりくらりと引き延ばすくせになんだってこういう下らないことにはすばしっこいんだ?
「テマリが手に持ってるぞうきんから牛乳の臭いがする。
お前がそんなもの持ってここに乗り込んでくるということは、そういう用件としか考えられん。
違うか」
「‥‥その通りだ」
「もう一度言う、俺じゃない。以上だ」
『以上』とまで言われたら退室するしかない。
しぶしぶ廊下へでる。

と、そこに通りかかったのが上忍バキ。
まさかとおもいつつ、他に心当たりもないので声をかける。
「バキ先生、もしかして‥‥」
「俺ではないぞ」
は?
「‥‥何が、ですか?」
「‥‥すまん、部屋から声が聞こえてな。
牛乳は俺は苦手だから」
「ハア‥‥」

釈然としないまま台所へ向かう。
廊下の途中にある黒電話がなる。
「はい」
「‥‥もしもし」
「なんだ、奈良か。
テマリだ、どうした」
「今度の中忍試験の打ち合わせのことなんだけど‥‥」
もっともこれは口実。
珍しく無駄話なんかもしたり‥‥
しばし牛乳事件はテマリの意識から遠のく。
が。
電話の向こうで彼の母親の声がかすかに聞こえた。
(「シカマル!食べたら食器を運びなさいっていってるでしょっ!」)
ため息とともにシカマルが言う。
「わりぃ、ちょっとごめん」
一言テマリに断り、受話器を塞ぎながら母親に向かって叫ぶ声が聞こえた。
(「俺じゃねえよ!親父じゃねーのか?」)
ここでも『俺じゃねえ』発言。
自分に対するものではないとわかりつつも一気に気が萎えて、その後の電話はごく事務的におえてしまった。

勢いよく水を流しながら洗い物を片付けつつ思う。
何だって、皆口を開くなり異口同音に「俺じゃない」なんだ?
何なんだよ、ビビりやがって?!
‥‥アタシの言い方がそんなに怖いのか?
やはり年頃の女の子として少々ヘコむテマリ。

と、そこへコソコソ入って来たのはカンクロウ。
どうやら昼まで我慢できずに冷蔵庫の中身を物色しに来たらしい。
イヤミの一つも言ってやりたい気もしたが、さっきの件もあって今回は見逃してやる事にする。
背中を向けて家事続行の姿勢で知らん顔を決め込む。
パタン
冷蔵庫が開く。
がさがさがさ‥‥
またか、さっさと目指すものを取り出せよ。
うちの冷蔵庫はコンビニでも魔法の冷蔵庫でもないんだ、あるものしかないぞ。
‥‥まだ扉の閉じる音がしない。
「おい、中があったまっちまうだろ、取り出したら早く扉を閉めろ、カンクロ‥‥」
テマリが目にしたのは「飲むヨーグルト」をラッパ飲みするカンクロウの姿だった。

「ヨーグルトとは言わなかったじゃん」
とかなんとか、わけのわからない言い訳をするカンクロウが、このあと3倍分のカマイタチを喰らったであろうことは想像に難くない。

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蛇足的後書:テマリ姉さん、誕生日おめでとうございます<(_ _)>、って、どこが祝ってんのかわかんないお話ではありますが。
個人的にはやはり、テマリはこのように男どもにガンガンもの申せる美しくも強い姐御であってほしいと思っております。