大掃除

チチチチ

は小鳥のさえずりで目が覚めた。
気温は低そうだが天気は上々だ。
仕事納めも無事すんで、土日は寝不足解消にしっかり費やしたし、今日こそは大掃除よ!
キリリと後ろで束ねた髪、バケツにぞうきん、新聞紙に掃除機、ワイパーに洗剤。
準備万端、いざ出陣、掃除機スイッチオン!
ブオ〜ン

ピンポーン♪

誰だろう、こんな朝っぱらから。
宅配でお歳暮をもらうような結構な身分でなし、通販も申し込み損ねて届くのはお正月明けだと思うんだけど....。
はいぶかりながらも掃除機のスイッチを切る。

ピンポン、ピンポン、ピンポン・・・・・・

うるっさいわね!どんだけ急いでるのよ、今出るわよっ!

「は〜い、ただいま」

ガシャ

開けましておめでとうございました。
そこには師走の多忙な時期には最も役に立たない部類の のカレシ、飛段がニマニマしながら立っていた。

「えええっ、飛段、どうしたのよ??クリスマスにも全然音沙汰なかったくせに」
「どうしたって遊びに来たんだよ。
カノジョんちに来るのにいちいち断んなきゃなんねーのか、アア?
さては 、お前誰か連れ込んでんのか」
「ばっか!何いってんのよ・・・・」
こんなややこしい時に、よりによってアンタですか。
ゾクの侵入を阻もうとしたがあっさりかわされてしまう、悲しいかな一般人。
「もちっと嬉しそうなリアクション期待してたんだけどな〜。
きゃ〜、飛段v とかってさ〜あ」
しゃべりながらずかずかと部屋に入り込む大男。
「なんだよ、このクソ寒いのに窓全開かァ?
ああ、あのチビモンスターの小屋がにおうのか、だからペットなんか飼うなっていってんのによ〜」
「モンスターじゃないわよ、ハムスター!
馬鹿言わないでよ、ちゃんとまめに掃除してるからにおいなんかしないわよ。
だいたいそんなにシャツの前はだけてるから寒いのよ!
あ、なんならハムちゃんのにおい嗅ぐ?手にのせたげよっか」
「そいつは遠慮しとくわ」
動物が苦手な飛段はぶんぶんと手を横に振って遮る。
「ああ、そっち行かないで!」
「なんで?」

がっしゃ〜ん!!

さっそくバケツに長い(だけで役に立たない)足をひっかける。

「きゃ〜っ、ゾウキン雑巾!!」
大慌てて床を拭き回る を尻目に、のんきにほざく犯人。
「あ〜あ、なんだよ、フロの浸水かぁ」
「もうっ、忍者のくせにもちっと慎重に歩けないの?!」
「心配しなくても俺は濡れてないぜ」
「あんたが濡れてなくっても床はびしょびしょだっての!」
「きれいになってい〜じゃねえか、ほらあっという間にぴかぴかになったぜ」
「もう!」
一理ないこともないが。

「普通掃除ってのは、天井とか照明とかのホコリとりから始めて、順番に下へとしていくもんなの、床は最後!」
実際はそんな風にやったこともないが、ちょっとウンチクを足れてみる。
ややこしい話が嫌いな飛段へのイヤミである。
が。
「んじゃ〜、俺が上を手伝ってやるよ」
えええっ?!
はチビだから俺みたいに背が高いヤツがいた方が助かるだろ?
俺って気が利くなあ、ゲハハハ」
「ちょ・・・・」
「ほれ、その掃除機貸せ」

止める隙もあらば。
飛段の手にはすでにノズルが握られている。
・・・・・なかなかレアな眺めではある、三連鎌の代わりに掃除機装備。
ま、カレシといっしょに大掃除もいいか。
今時女子の 、家事をやってもらえて嬉しくない訳もなく。

「じゃあ、上の方お願いねv」
上目遣いでちょっと可愛く。
「おう、任せとけよ」
すぐに目尻をさげる飛段。
「んじゃ奥からやるぜ」
ノリノリである。
「いいの、ケダモノがいるわよ」
「けっ、ハムスターだろ、あんなもん」
「脅かさないであげてよ」
「わかってるって!お前は俺とあのケモノとどっちが大事なんだよ、え?」
「・・・・ばっかじゃないの」
言いつつも不安になってケージを自分のいるところへ持って来る。
ハムちゃん相手に本気でヤキモチを焼きかねない男、それが飛段だ。

掃除機の音が聞こえて来た。
ふ〜ん、ちゃんと使えるじゃない、別に鎌専門じゃないのね。
じゃあ私はガラスでも、と思ったとたん

がっしゃ〜ん!

「何事?」
飛び込むとそこには散らばった電球のガラスと棒立ちの飛段。
掃除機のホースとノズルをいつもの三連鎌の調子で振り回したのは明らか。

「あの・・・・」
「いや〜、こう長くてヒモがついたもの持つとついさ、悪い・・・・」

やっぱり飛段は飛段なのだ、彼もバカだが安易に任せた私もバカだった。
はため息とともに粛々と割れガラスを拾い集める。

「ごめん、 、なあ〜怒ってる?」
やはり悪いとは思っているのだろう、ねこなで声だ。
「・・・・まあ、ね」
「そう怒んなよ〜、俺さ、こういうのやったことねえんだわ」
「そ、それで手伝うって言い出す?普通?」
「だってよ〜、アジトでも年末になるとはみごだしさ、つまんねーよ」
「・・・・・」

推測するに片付けのじゃま、ってことで追い出されるのだろう。
・・・・わかる、わかりやすすぎる。
子供が年末の大掃除で家の外へ放り出されるのと同じ原理だ。
といっしょにしゃがみこんでガラス拾いをする飛段。
でかい図体が何となく寂しそうだ。
あ〜あ、結局貧乏くじを引くのはカノジョなのよね。

「大丈夫よ、この電球もう切れかかってたし」
あたしってなんて優しいの、と自分で気分を鼓舞するも
「だろ〜?なんかさ、チカチカしてたもんなあ」
潜水艦飛段号は非常に浮力が強いらしい。
でかい口で嬉しそうにニカニカと笑われると言い返す気も萎えてしまう。
もう、勝手にして。

とりあえずガラスを片付け終わると、う〜んと伸びをしている飛段に買い物をいいつける。
「電球の替えがないから買って来てよ」
「ちっ、パシリか」
「いいじゃない、狭苦しい家でごちゃごちゃやるよりいいでしょ」
「はいはい、んじゃいってくるぜ」
「あ、待ってよ、どの型かわかんないでしょ、今空き箱渡すから・・・・」
「んなモンいらねーよ、俺をバカにすんなよ」
「いや、別にそういう問題じゃなくって・・・・」
「あばよ、すぐ戻るから心配すんなって」

ばたん。

出現も消え去るのも唐突な奴だ。
まあ彼の不在のこの隙にややこしい事を済ませてしまうに限る。
超特急で掃除を敢行する
小さい部屋だ、たいした作業量ではない。
えらそうに上から、とか言った手前、天井のほこりをはたくとことから始め、棚をからぶき、ガラスを磨き、再び掃除機を手に床を吸いまくる。
飛段がこのノズルを勢い良く振り回していた光景を思い浮かべると自然と笑いがこみ上げて来る。
百戦錬磨の暁の不死男がねえ。

ドンドンドンドンドン

またしてもドアをしつこく連打する音で妄想は中断された。

「ええ、もう帰って来たの?
何律儀にノックしてんのよ、入ればいいじゃない・・・・」

ドアを開けたとたんに後悔、押し入ってきたのは先日来しつこく勧誘にきている宗教団体のメンバーだった。

「ああ、やっと入れてくれたんですね!
あなたもついに神の真意を理解してくれた」
「ちょ、何誤解してるんですかっ、人違いしただけです!
はやく出て行って下さい!
年末で忙しいんだから・・・・」
「そんなこと言わないで、やっと神の言葉をあなたも耳にできるチャンスなんだ。
そうじなんていつでもできるでしょう」
ドアを締めようにも足の先をさっとはさみ入れてこられ、閉じられない。
「いい加減にして下さい、さんざん断ったじゃないですか!
さっさと出て行ってくれないと大声出しますよ!」
「物騒だなあ、ただ神のことを理解していただきたいだけなのに。
まあそこまでおっしゃるなら志をいただけるだけでも結構ですよ。
神様は寛大ですから」

もみあっていると。

「どこの神だってぇ、あ〜ァ?!」

よりによってこんな時に。
スーパーの袋をさげたもう一人の狂信的宗教信者登場。

「おや、相方さんですか、ちょうどいい、たくさんの方に寄付を頂ける方がこちらも能率がいいってもんですよ」
「いや、やめた方が・・・・」

の声は飛段の怒号にかき消された。

「神の名を語って金集めかよ、オイ!!
てめェみたいなウジ虫野郎はジャシン様がほっときゃしねえ!!」


「は?ジャシン様?なんですか、それ・・・」

「貴様みてえな野郎に本当の神のなんたるかを話す必要はねえな!
ジャシン様に代わってオレが裁きを下す!!」


今にも白黒日の丸が額に浮きださんばかりの剣幕だ。
「ちょ、飛段、やめなさいって・・・・」
どうやら勧誘員にも、突然登場した飛段が(自分よりはるかに)たちの悪い宗教に染まっている事が理解できて来たようだ。

「・・・あの、どんな神様を信じてらっしゃるのか存じませんが、暴力はいけませんよ・・・・」
形勢逆転、しどろもどろの彼に覆いかぶさるように怒声が降る。

「バカ言ってんじゃねえよ、ジャシン教は殺戮がモットー、暴力なんてチンケなレベルじゃね〜っての!!」

玄関先にあった帚を三連鎌さながらに振り上げて、すっかりできあがっている飛段。
勧誘員の顔色が変わる。
そりゃそうだ、いきなりサイコキラーに出くわしたら誰だってそうだろう。
「あ、あの、何か誤解なさっているようですね、私は別にそんなつもりはないんです。
ただ・・・」
「ただぁ??」

今にも泣き出さんばかりの顔で に助けを求めて来る勧誘員。
何の因果でこんな奴に助け舟を出さなきゃなんないのかしら。
げんなりしつつも、飛段のボルテージを放っておいて損をするのは自分だ。
すでに同じ階の住人がみんなドアをうすく開けて聞き耳をたてているのが痛いほどわかる。

「あのね、この人は新聞の勧誘にきたの!
今帰ってもらうところだから大声出さないでよ」
「しんぶん〜?でもよォ、神がどーのこーの、寄付がどーのこーのいってたじゃね〜かよ」
「歳末助け合いよ、あんたのとこの団体じゃやんないだろうけど」
「へっ、助け合いなんてするわけねーだろ、みんな必要なものは奪い取ってくるような野郎ばっかだぜ」

バタン、バタン
ドアが次々閉まっていく、ああ、これでまた件所付き合いが難しくなるわ。
心の中で天をあおぐ
飛段の攻撃がやんだ隙ににわか新聞勧誘員はひきつった薄ら笑いを浮かべ、
「そ、そうなんですよ、新聞の勧誘におじゃましてたんですよ。
年末のお忙しい時に申し訳ありませんでした!失礼いたします!」
脱兎のごとく階段を駆け下りていく。
「お〜い、もう金輪際来るなよ!
次顔見たらバラバラにすんぞぉ!」
帚を振り回して追い打ちをかける飛段。
「黙っててよ!!」
は嬉しそうに高笑いする彼を中に押し込んで後ろ手でドアを締めた。

「もう、疲れた〜」
「あんな変な奴につけ込まれちゃだめだぞォ、 、最近は物騒なんだからな」
あんたが一番物騒よ、と思いつつも口にだすとややこしいので控えておく。
ここは話題を切り替えるに限る。
「ずいぶん早かったわね」
「おう、なんせ角都に遅せえ、遅せえってい〜っつもイヤミ言われてるからな。
これでもできる事は早くするように頑張ってんだぜぇ?!」
はあ、そうですか。
「でもちゃんと合う電球わかったの?」
「バッチリだって♪」
勝手知ったる、という調子で部屋へずかずかはいりこむとささっと電球を取り替える飛段。
いいな、背が高いと踏み台いらないんだ。
などとちょっと彼の男っぷりに見とれていたら・・・・意外や意外、ちゃんと規格どおりの製品を買って来たようだ。
「へえ〜っ、見直しちゃった」
「フフン」
見え見えに鼻高々で嬉しそうな表情の飛段。
「ありがとv」
ニマニマ、ニマニマあっという間に崩れる相好。
単純なんだから〜。

「な〜・・・・腹減った」
顔をみれば一目瞭然、字幕付きの画面のような飛段の顔。
「ふふふ、みたいね、朝ご飯ちゃんと食べたの?」
「んなもん、食うわけねーだろ」
「何威張ってんのよ、食べないとだめじゃない」
「んじゃ昼で食うから」
要するにお昼食べさせてくれってことね、ハイハイ。
「じゃあ一人じゃできないお鍋でもしようか」
「お〜、いいね〜、じゃあコタツで待ってる」
「なんでそうなるのよ、掃除は手伝ってくれたじゃない」
「フン、調子いい事言ってさ、ど〜せ邪魔だったんだろォ」
拗ねてるんだ、ぶぶっ。
「そんなことないよ、電球だってばっちりだったじゃない。
助かるから手伝ってよ」
「わ〜ったよ」
「はい、じゃあ野菜切って」
包丁を手渡す。
じ〜っとその包丁を見ていた飛段だったが
「おい、砥石ねぇのか?こんななまくらじゃあ切れるもんも切れねえぜ」
引き出しをひっくり返して探すも砥石などあるわけもなく。
止める間もなく包丁を手に(!)無言でまた外へ消えてものの3分で戻って来た。
手には砥石。
「えええ、どこで手に入れたの」
「上の大家ンとこ、すぐ貸してくれたぜェ、オレって社交的だからな、フフン」

頭を抱える
包丁をちらつかせた大男が砥石を貸せ、だ、誰が断れただろう。
新年早々引っ越しするはめになるかもしれない。

そんな彼女の悩み等どこ吹く風、なれた手つきで包丁を研ぎ、嬉しそうにスパスパ食材を切る飛段。
「ほれ、やっぱ刃物ってのは切れねぇとな〜、切られる方はたまったもんじゃねーよ」
切られた事あるの、といいかけて言葉を飲み込む
あまりこういう方面の話に深入りはやめたいところだ。
矛先を変える。
「・・・野菜が文句言うの」
「例えばの話だよ、例えばの!
でもよォ、肉だって野菜だってすぱっと切られた方がいいだろーよ、グリグリやられちゃたまんねーよ」
いいながら鶏肉をぐりぐりやっている。
「もう、やたら意味なくグサグサささないの!」
「へへへェ」
さっさと食事を始めないとまた、早々にへんなパンダ模様が浮きでてきそうだ。
「さ、食べよ!」
「おう、もうハラぺっこぺこだぜ、ホント!」

こたつにコンロをセットしてスタンバイ。
「いっただきま〜すv」
「いただきます」
一応ちゃんと挨拶はさせる。
非常識の塊のような彼とはいえ、こういう基本的なところはつきあっていく上で譲れないと が押し付けたのだ。
飛段がまじめくさった顔で、正座しておはしをもって手をあわせる動作がツボだというのもある。
・・・どうせすぐあぐらをかくのはわかっているけれど。

「お〜、うめ〜」
「もう、肉ばっか食べないの、ちゃんと青物も食べなさいよ」
「いちいちうるせ〜な、 は」
「飛段の健康を心配してるの!」
「フン、不死だぜ俺は、健康もクソもあるかよ」
「ヨボヨボの不死だってありよ、そんなのかっこ悪いじゃない」
「・・・・そうかな」
「そうよ!だからちゃんとバランスよく食べなさい」
「・・・・わ〜ったよ」

顔をしかめて野菜をごりごり噛む飛段。
・・・・なんとまあ歯並びのいいこと。
は彼の見事な歯を見るたび、たてがみをオールバックにしたライオンみたい、と思ってしまう。
じゃあ私は・・・・なんだろ。

カラカラカラ

後ろでハムちゃんが回し車をまわしている。
飛段ががつがつ食べながらもちらっとそっちを見る。
また嫌みでもいうのかな、と思いきや
ってあのチビハムみてーだな」
「は?」
「目がくりっとしてて、可愛いツラしてんだろ」

あら、ほめてくれてるのかしらv

「・・・・すぐ噛み付くしな〜」

そこかい!

ふと昔読んだイソップのお話を思い出す。
ネズミを食べずに見逃してやったライオンが、罠にかかった時、逆にネズミに助けてもらっていたっけ。
・・・私たちって一方的にネズミならぬハムスターの私がライオン飛段のフォローに回ってばかりな気がしますけどね。

「・・・ありがと、可愛い顔ってとこだけ採用しとくわ」
いいながらあっかんべーをする。
「ど〜いたしまして」
飛段もなれた物で平気でもぐもぐ食べ続ける。
「電気が新しいと、食べ物がおいしそうに見えるダロ」
はいはい、そうですね。
それにしても。
「電球さ、よくわかったね!
結構いろいろ種類あるのに」
「ん?ああ、売り場にあるの全種類買って来たから」
「ええええ?!?」
「当分電球は買う必要ねえぜ、安心しな、ゲハハハハ」
「・・・・・そうね」

どうりで電球一つのわりに袋がでかかったわけだ。
本当に、もう、この男は。
つん、とこたつの中の飛段の足を蹴る。
飛段がつん、とけり返して来る。
もう一度つん。
つんつん、と返事。

きれいになったガラスが鍋の湯気で白く曇る。
ふと気がつくとじ〜っと を見つめている飛段。
な、な、何よ、照れるじゃない。
と、飛段がニタ〜ッと笑って嬉しそうに言う。

、赤くなった」
「なってない!」
「いーや、なったね」
「なってないっていってるじゃない!」
「ほ〜お」

形勢逆転。
くそう、ライオン、ハムスターをいたぶるの図だ。
これって不公平じゃなくって?
惚れた弱み?

「イソップのライオンだってネズミがいなきゃ罠から逃げられなかったんだからね」
「はァ?」
「なんでもありませんよ〜だ」
「チッ、ウソップだかなんだか知らねーけど、わけわかんねー話すんなよ、飯がまずくなるぜ」
「イソップも知らないの、ホントバカね」
「なァにィ?」
「きゃ〜っ、こたつがひっくり返る、暴れないでよ〜!!」

きれいになったケージの中で、ライオンとハムスターの痴話喧嘩が勃発しそうだ。

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