仲直り

ストレス発散方法は人により様々。
健全なとこではテニスをするとか、音楽を友にジョギングするとか、他にもネカフェに行くとか、ライブに行く等というのもある。
ショッピングもその代表格だし、友達と会ってだべりまくるとか、おいしいものに舌鼓をうつとか、甘いもののバイキングに繰り出すとか言うのも一般的だ。
映画を見て大笑いするもよし、反対に泣ける映画でハンカチをびしょぬれにするのもよし。
そう、なにも俺の前でめそめそしなくても、映画館に行ってやってくれればいいのに。
ひたすら泣きまくる を見ながらカンクロウは思うのである。

「なあ、もういいだろ」
「ひっ、うるさいな、いいじゃん、まだ1分もたってないんだからっ」

時間数えてんのかよ、とさらにげんなりするカンクロウ。
制限時間はいったいどれだけなんだろう。

知り合って間もなく、彼女のこのストレス発散法を知った時の驚きを思い出す。
でも、そのときは、まあ、女の子が泣いてるってのもなんとなくかわいいかな、ぐらいにしか思わなかったからそんなに気にしなかった。
だいたいが砂忍は泣かないのがウリだから、新鮮だったというのもあった。
慰め役に回る事でなんだか自分がヒーローになったような気がしたりした時もあった。
しかし、ストレスがたまるたびに目の前でこうメソメソ、ならまだしも時によっては遠慮なく号泣されると、
人目もあるし、せっかくのデートという心弾むべき機会がそれこそ水に流されてしまうしで、ここのところ辟易気味なのだ。

「もういいじゃん」
「だめ、まだ足りない」

今日の は、バイト先で先輩と後輩の板挟みになって、結局自分がどっちからも悪者にされたことにお冠なのだ。
そんなの日常茶飯事じゃねえか、おれなんかいつも我愛羅や上役やテマリにぼろかすに言われてるぜ、と思うカンクロウ。
ついいらないことを言ってしまう。

「だいたい、 はみんなから好かれようなんて姑息なんだよ。
もっと割り切れよ」
「・・・・意地悪」

しまった、逆効果。
「火に油を注ぐ」じゃないが、涙入りのバケツの穴をよけいに増やしただけ。
細くなっていたはずの涙の筋がぶっとくなって、鼻まですすりだしてしまった。

「泣くなって!」
「止まんないんだもん、ひっ、だいたいカンクロウのせいよ!」

八つ当たりで吠えた後、ぐずぐずと鼻をかんで泣き続ける
カンクロウだってそれなりに対策は練ってはいた。
今日のデートの誘いがあった段階で、 はきっとストレス発散に俺をつきあわす気だな、と今までの電話での愚痴の回数等から状況判断したのだ。
カンクロウは公園のボートというセッティングで人目をさけるように仕組み、それはひとまず成功ではあった。
ボートはあまり接近しないようにこぐのが普通だし、夏でもないので人気がなかったから。
しかし、それがあだになって、カンクロウは目の前の雨降りから気をそらすことができない。
の涙が流れて、彼女がすっきりしていくにつれて、なんだか自分の中にストレスがたまっていくような気がしてきた。

「もういいだろ、いい加減泣き止めよ。
・・・・化粧が落ちるぜ」
「ひっく、ウォータープルーフ、だもん」

ムカ。
そこまで準備して俺を落ち込ます気かよ?ええ?
よし、お前がその気なら、こっちも受けて立つぜ。

何やら不穏なチャクラがカンクロウから立ち上った。

慰めてもむだなら泣かしてやる。
押してもだめなら引いてみな、だ。
いい加減ナイトの地位にあきたカンクロウが爆弾発言。

の今日のカッコ、ぜんっぜんらしくねえじゃん」

がびっくりして顔を上げる。
いつもはジーパンにスニーカーばかりの彼女、頑張ってスカートにパンプスをはいてきていたのに。

「・・・ひどい」

案の定顔がぐしゃっとなって口がへの字に曲がり大粒の涙があふれてきた。
しまった、ホントは似合ってるのに。
と思いつつ、いったんいじめっ子モードに陥ったカンクロウは方向修正の舵をきることができない。

「それにそんなにいやなら、そんな仕事やめりゃいいだろ」
「・・・仕事は、嫌いじゃないもん・・・・」
「なら、なにぐちぐち言ってんだよ。
そんなだから上からも下からもバカにされんじゃん」
「・・・・・」

下を向いてしまった
スカートにつぎつぎできるしみが涙のピッチを物語る。
ああ、もうやめろよ、バカンクロウ!
しかし口が勝手に動く。

「自己憐憫にひたってんじゃねえよ」
「別に・・・そんなつもり・・・な、ない・・・」
「要するにお前に能力ねえんだよ、先輩が文句言うの当たり前だな」

罵詈雑言言いたい放題。
今度はカンクロウが悪口を言ってストレス発散するというパンドラの箱を開けてしまったらしい。
だいたい口の悪さとストレートなものいいには自信がある(そんな自信がなにになるのかは知らないが)。
それが裏目に出てしまった。
はぷいっとボートの外を向いてしまった。
苦い後悔が今更ながらカンクロウを苛むものの、まさに後悔先に立たず、どころか自分から後悔さんを優先ご招待。
俺ってどうしようもねえアホじゃん。

から目をそらして黙りこくるカンクロウ。
ボートは水が揺れるのにつれてゆっくり上下する。
あたりはしんと静まり返り、 の押し殺したすすり泣きが時折きこえるだけ。

ぽたん
ぽたん

の涙が水面に落ちた。
と、何かがふいっと水底から浮かび上がってきて・・・

パクッパクッ

池のコイだ。
水を尾ではねてまた暗い水底へと消えた。
波紋が残る水面を眺めてカンクロウが口を開く。

「・・・・食ってる」
「・・・・?」
の涙だよ」

え、という顔の
つ〜っとほおを伝った涙がまた水面に落ちると、再びコイが現れてはねた涙を大きな口で飲み込んだ。
なんだなんだと、池にいるコイが三々五々集まってきた。
水面に顔をのぞかせては口をパクパクさせて涙を飲み込むコイを眺める2人。

「・・・俺より偉いな、こいつら」
カンクロウがうっそりと言う。
「・・・なんで」
ウサギみたいな目で がカンクロウを見る。
「だってよ、こんな風に黙ってお前の悩みを聞いてくれるのが理想なんだろ?」
「・・・・」
「わりいな、オレってそんなに人間できてねえからさ」

お前のそんな悲しそうな顔、コイみてえに平気で見てらんねえし。

鼻をすすりあげながら、今度は が言う。
「あたしも甘えててごめん・・・・でもカンクロウは・・・・じゃあ、コイ以下ね」
「・・・・そこまで言うかよ。
魚類より人類の方が普通は高等生物ってことになってるじゃん」
にっと笑顔になる
まだ涙は止まってはいなかったけど。
片方の目を拭いて、指についた涙をはじいて池に飛ばす。
またコイが食いつく。
じっとその様子を見ている2人。

コイが消えてしまうと水面はまた静かになって、ボートが揺れてできた波紋が水面をひろがっていく。


突如何を思ったか、カンクロウがたら〜っとつばをたらした。

「ちょ、カンクロウ!な、なにやってんのよ?きったな〜い!!」
「だってこいつらバカだぜ、エサだと思ってくいついてきやがんの」
「それは、清い乙女の涙だからよ」
「言うじゃん、でも見てな、きっと食うぜ、ほら!」

だら〜
パシャン
だら〜
パシャン

「もうやだ〜、あたしの涙とアンタのきたないよだれがいっしょくたになっちゃうじゃない」
「フン、お前池のコイなんか食うつもりかよ」
「だれが〜」
「ならどうでもいいじゃん、ほれ、おもしれえぞ、お前もやれよ」
をあおるカンクロウ。
「ばっかみたい〜」
けたけた笑う 、さっき泣いたカラスが、はなにも子供の専売特許ではないらしい。

「でもさあ、聞いた事ない?」
急にまじめな顔になって がカンクロウの顔をまじまじと見る。
「なんだよ」
ちょっときまり悪くなって、口を拭ってカンクロウが聞く。
「ここの池にさあ、でっかいコイのお化けがいるんだって」
「ばっかばかしい。
日本昔話の見過ぎじゃん。
、お前、そんなの信じてんのかよ」
「だって、結構この池深いっていうし、潜っていったコイなんかすぐ見えなくなるし、なんか得体が知れない感じじゃない」
なるほど、今日は曇り空のせいか、どんよりとした空と同じような鉛色の池は一種不気味ですらある。
「やめろよ、せっかくボート借りてんのに、気味わりいじゃん」
さきまでは都合のよかった、あたりに他のボートがないシチュエーションが一転して禍々しく思えてきた。
「・・・・アンタ、つば吐いたよね、カンクロウ」
「・・・・だから、なんだよ」
「もしさ、主とかいたら、怒るんじゃないの・・・」
「・・・お前だって、涙食わせたじゃん」
「あたしのは清い涙よ、それにあっちが勝手に食べたんじゃない。
カンクロウは意図的にやったでしょ」
「・・・」
「ね、岸にもどろ?」

同意するのもしゃくではあったが、なんだかしんと静まりかえった池にいるのが急に不気味に思われてきたのは確かだ。
しぶしぶオールをとる。
と。

「げっ、浸水してやがる!」
「え?やだ〜、ちょっと、このままじゃ沈んじゃう!急いで!カンクロウ!」

なんと、ボートには穴があいていたらしく、ひたひたと水が浸入してきている。
言われるまでもなく急いでこぎ始めるが、のんびり遊覧するのが目的のボートだ、全然スポードが出ない。

「お前もこげよ、ってオールがこれしかねえのか、クソッ」
「どうしよ、カンクロウ、このままじゃあたしたちが食われちゃう」

なんとも情けない顔で が言う。

「バカ言うなよ、人食いコイなんか聞いた事ねえじゃん。
だいたいどんなばかでかいサイズのコイなんだよ」

とかなんとかいいつつ、ピッチがあがったところを見るとカンクロウも焦っているのは明白。
折しも背後でバシャッ、と大きな水しぶきが上がった。

「きゃあっ」

すくみ上がる

「落ち着けって、んな危険生物のいる池なんかありえねえよ!」

しゃにむにこぎながら心の中で、岸についたら貸しボート屋のおっさんぶっとばしてやるぞ、と思うカンクロウ。
岸も近づいてきたが、ボートの中の水かさも上がってきた。
カンクロウの穴あきコンバースはすでに浸水状態である。

「ほら 、せっかくの靴が濡れるぞ、上にあげとけよ」
「だって・・・」
「俺のはいいから、こぐのに足を上に上げてちゃ力入らねえじゃん!」
「だって、ミニスカの中が見える・・・」
「あほう、食われてもいいのかよ?」
どうやら人食いコイの存在はすっかり既成事実になってしまっている。
「やだ」
「こんな非常事態にスカートの中なんか覗くかっての!」
しかしどんなときでもそういうスケベ本能は機能低下を来さないのがお約束。
ちらり。
忍法見て見ぬ振りの術。
スカートの奥のほんのり桃色の薄闇にカンクロウの闘志が奮い立ったのは間違いない。

足下はずぶぬれになったが、食われる事なく無事、カンクロウと の二人は岸にたどりつくことができた。

おっさんに文句を言おうにもすでに受付には人もいない。
ちっ、と舌打ちをして、ボートを杭にひっかけるとぐちゃぐちゃと濡れたスニーカーをならして、待っている のところへ戻った。

「おつかれさま」
何やら涼しい顔の
嫌な予感がカンクロウの頭をかすめる。
「・・・何がお疲れさまなんだよ」
「ボートこぎ」
「ふん」
「マジで食われると思った?」
「・・・口からでまかせかよ」
「そんなこともないけど、まさかこんなにきれいに引っかかるとは思ってなかったから〜」
「・・・・・」
「あ、でもホントに子供の頃は信じてたんだよ。
子供が水で遊ぶと溺れちゃいけないからってことでそういう作り話があったみたい」
「・・・・オレをだましたわけか」
「そんな事ないけど、アンタだって私に八つ当たりしたじゃない」
「元はと言えば、 が泣きすぎるからだろ!」
「悪かったわね!でもだからってあんな意地悪な言い方しなくてもいいじゃない!
ホントに悲しかったんだから!」
はまたまた目に涙がでてきそうな勢いだ。
ええい、くそ!

その時。

バシャッ、バシャッ!!!

大きな水音がして、びっくりした二人が振り返ると、池の中央に水しぶきがあがって藻にまみれた巨大なひれの残像が見えた。

言葉もなく顔を見合わせる二人。

「・・・嘘から出たまことってやつかよ。
ネッシーじゃあるまいし」
「知らない・・・行こう、カンクロウ・・・」

とカンクロウの二人はぴったり引っ付いて共通の敵に心を一つにしてそそくさと立ち去った。


二人は自分たちを仲直りさせたのが、池を掃除中の貸しボート屋のおっさんの足ひれだとはしらない。


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蛇足的後書き:弊サイト69,999(ロク、ククク)HITリク作品。
お題は『癒し系カンクロウ』でした、なんかただのバカにされてる男って感じがしないでもないですケド(汗)。
まあカンクロウは存在自体が癒しなので(私には)よしとしてくださいませ<(- -;)>
ロクさんがブログで書いてらした『つばを食べるコイ』をモデルにさせていただきました、事後承諾ですいません。
ウチのガキどもも同じ事してて、なかなか面白そうでしたので。
こんな作品ですがロクさん、よろしければお持ち帰りくださいませ、嬉しいリクエストありがとうございました!