そもそも、我愛羅が生還してしばらくの間、療養と称して自由な時間を持たせたことがきっかけだった。
なにもすることがない我愛羅は里をあちらこちら散歩するだけの生活を送っていた。
そのとき、ゴミ捨て場で最愛の相手との再会を果たしたことが、きっかけとなった……。
A boy meets a bear....
「……不可、ダメ、…論外、………………………………………、…………ボツ、………………、クズ。」
「おい、これはもうここまでが限界じゃん。元々の姿からしたら、十分よくなってるって」
「元からどのくらいよくなったかじゃない、個々がきちんとレベルを満たしているかどうかが判定の基準だ。」
俺は我愛羅の厳しい基準をクリアできず、「不可」と大きく書かれた箱に
どんどん積み上げられていくクマのぬいぐるみ達をうんざりした気持ちで眺めた。
「…ああ、忘れていた。こっちは新しい追加分だ。」
そういって、足下から大きな段ボール箱を二つ取り出して、ドンと机の上に置いた。
風影執務室の大きな机の上は、さながらおもちゃ会社の倉庫のような状態だ。
とてもシビアな任務を扱う砂隠れの首領の仕事部屋には見えない。
「我愛羅、いいかげん新しいのは拾ってくるなよ! 俺だってボランティアばっかりはやってらんないじゃん。
だいたい風影の仕事が忙しくてフラフラ出歩くこともできないハズだろ? 誰にやらせてんだよ?」
俺の言葉に翡翠の目がキラリと光った。
「他人になどに任せられるか!この地図と、これで収集している。」
俺を一喝し、我愛羅が抽出からごそごそと取り出したのは、砂隠れ里の地図をブロックごとに色分けしたものだった。
そしてブロックの側に我愛羅の字で「毎週水曜」とか、「第一・第三 火曜のみ」などと書かれている。
さらに、我愛羅の肩の上にフワフワと浮いている第三の………いや、第四、第五の眼も現れた。
コイツには、自由になる眼と手があるわけだ……。会議室で長老達の前にまじめに座っていると思わせて、
机の下でこの眼を操りながら組織的にクマぬいぐるみを収集してたわけだ。
俺も傀儡を使ってクマを大量リメイクしたいじゃん……。
誰か裁縫傀儡作ってくれよ!10体くらい!
傀儡術の発達した砂隠れでも、それはあくまでも戦闘のための技術で、裁縫用の傀儡などあるわけがない。
俺はガックリと肩を落とした。
その様子を見て、我愛羅はなにか思い違いをしたようだ。
「ボランティアだが、Sランク任務だ。報酬はないが、お前の経歴にはちゃんとSランクとして記録している。」
さらに、俺はうなだれた。
風影としての我愛羅の役に立てるようテマリとともに上忍になったというのに、Sランク任務はあくまでも我愛羅にとってのSランクだ。
「俺はもっと里の役に立つ任務がしたいじゃん。」
「任務は任務。俺の命令がきけないのか?」
角がとれて丸くなったとはいえ、すごんだ我愛羅からは相変わらずゾッとするような殺気が漂ってくる。
「あさっての三時までに全部仕上げて持ってこい。その時間は十五分間空いている。」
「無理言うなよ……」
たったの二日で、大きな段ボール三箱分のぬいぐるみを、どうやって新品同然にリメイクできるって言うんだ。
俺は二本の腕しか持ってないじゃんよ!
「この前、くノ一達をヘルプに送ってやっただろ。」
確かに、風影ファンクラブ『我愛羅様に虐げられ隊』を名乗るくノ一達がわんさかと来て、
俺の言うことなんか一つも聞かずに風影さまについての質問をわめき立てた。
ヘルプに来たはずの女たちに俺が『風影様ゲットのヘルプ技』を授けるはめになった。
俺の作業を邪魔しただけの役立たずの女達は、今頃、我愛羅の誕生日目指して必死に風影様大好物の"マロングラッセ"作りに精を出していることだろう。
さらに、来年の一月その大量のマロングラッセがここに届くことを想像したら………。
―――――ククッ。
思わず笑いがこみ上げてしまった。
我愛羅が怪訝な顔で見ている。
「女に囲まれたことでも思い出したのか、下品だな――。」
吐き捨てるように言った。
誰のせいで俺が役立たずのくノ一達にもみくちゃにされたと思ってるんだ!
だいたい役に立つからこその"ヘルプ"なんだろ!
針も持ったことのない奴らを集めて、一体何をさせるつもりだったんだ?
お前の方こそ適材適所っていう言葉を知ってるのか?
「だからカンクロウにこの任務を与えているんじゃないか。」
何を今更と、呆れたように言い返す我愛羅に、俺は全身の力が抜けた。
我愛羅にヘルプを依頼してもダメだということは前回のくノ一の一件で身にしみてわかった。
そこで俺は俺なりにすでに手を打っておいた。
テマリが伝書鳩を一羽所有していることは、とっくに知っている。
木ノ葉の里と頻繁に手紙をやりとりしているのだ。
この前その鳩に
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風影より緊急事態!
◆手先の器用なもの
◆頭の切れるもの
◆影分身の得意なもの
の三人組で砂隠れに来られたし!
--------------------------------------
という手紙をくくりつけて飛ばしてやった。
時間的にそろそろだと思うんだけどな…。
我愛羅は会議のために部屋を出て行った。
クマが山積みされた段ボールを前に、おっきなため息をついていると、ノックの音が耳に入った。
「どうぞ!」
と答えると、ドアを開けて入ってきたのは、待ってました! 木ノ葉の連中だった。
「なにがあったんだってばよ!」
「またなんか、めんどくせーことになってんのか?」
「………」
見覚えのある三人だ。
最後の虫ヤローが"手先の器用なヤツ"にあたるわけだが、本当か……?
まあいいや。
キャーキャー騒ぐばかりで何一つ作業しなかった女達に比べれば、こいつらの方が10倍は使えるだろう。
俺は極秘任務だということを口が酸っぱくなるくらい繰り返し、それぞれに段ボールを持たせると、屋敷の地下の作業場に連れて行った。
まずはシカマルに現状を説明し、さっき追加されたばかりのクマの山を見せた。
あさってまでにこのクマ達を洗濯し、ほつれたりもげた手足を直さなければならない。
シカマルは少し考えた後、ぬいぐるみの構造を俺に説明するように言った。
実物を見せながら、手足、身体のパーツの一つ一つがいくつかの布を縫い合わせて立体的になっていること、
特に頭の部分はぬいぐるみの命ともいえる"かわいらしさ"に直結するため、眼や鼻、口の位置の作り方で様々な表情が作り出せることを教えた。
ついでに我愛羅が一番気に入っているクマの写真を見せる。
これに似通ったクマはすべて一発で、厳しい我愛羅のチェックをくぐり抜けている。
「ふーん、これに近づければいいってわけだな…。」
洗濯の終わったクマの側にシノを連れて行き、シカマルは作業の指示をした。
さらに、ナルトに向かって、俺に影分身の術を教えるように指示した。
最低でも一人作り出せるように言う。
三十分程の講義で俺は三人の分身を作り出せるようになった。
おおっ!作業効率が一気に三倍に上がったぜ!
そこに、シノが繕ったぬいぐるみを持ってきた。
「俺は全力をつくした……。」
相変わらず陰気なしゃべりだ。
手渡されたぬいぐるみを見る。パッと見は悪くない仕上がりだ………。
「うわわわわ―――!」
思わず俺は大声を上げてぬいぐるみを放りだした。
ぬいぐるみは糸ではなく、虫によって縫い合わされていた。
ほつれた箇所に虫が取り付き、一匹一匹が縫い目にかみついて布が離れないように押さえている。
ご丁寧に、取れた目の部分にもミッシリと虫が詰まっていた。
ざわざわとうごめくぬいぐるみに、全身を虫に覆われた忌まわしい過去が甦る。
「おいっっっ!!! なんだよこれは!」
「シカマルに言われたように成形したが…。うまくできているだろう。色も布に合わせて擬態するように指示している。」
「虫が付いてるぬいぐるみなんて、我愛羅が認めるわけねーじゃん! バカか!?」
それまで分身したナルト達に洗濯の要領を指示していたシカマルが、騒ぎを聞きつけ頭を抱えながらやって来た。
「シノよー、大昔の手術じゃねーんだから、虫の頭で縫い合わせるのはなしだ。
お前の虫なら針なしで糸で縫い合わせるくらいのこと、できるだろ?」
「確かに。俺の寄壊蟲に不可能はない……。なぜなら一寸の虫にも五分の魂だからだ。」
まあ、虫の目から見たら布の折り目に糸を通すなんてのは、金網にホースを通すような感覚だろう。
「意味はよくわかんねーけどよ、俺の言ったようによろしく頼むわ。」
ちょっと眼を離したスキに大騒ぎをするナルト達の方を振り返ると、シカマルは盛大なため息をついた。
ナルトの分身達は水をばしゃばしゃやったり、あちこちを泡だらけにして、
クマを洗ってんだか、自分をあらってるんだかわからない状況になっている。
「影真似の術!」
総勢10人のナルトは一斉にその動きを制限された。
「お前達一人一人に指示すんのはめんどくせーから、今から俺と同じようにやってもらうからな。」
そう言って、10人のナルト + シカマルの11人は一列に並んで、一糸乱れぬ動きでぬいぐるみの洗濯作業を始めた。
俺の分身も、さすがに俺だからちゃっちゃっとぬいぐるみの修復を仕上げていく。
すげーーーーッ!!!!
さすが木ノ葉、人材にはことかかねーぜ!
俺は自分の計画がうまくいったことに、大満足だった。
「なあ、ちょっとカンクロウ」
呼ばれて振り返れば、洗濯作業にナルトを集中させることに成功したシカマルが、今度は不可の箱のクマを取り上げてしげしげと眺めている。
「これだけど、眼の位置をあと五ミリ下にしろよ。鼻もあと二度右に傾けてみろよ。」
言われたとおりにやり直すと俺の眼から見ても我愛羅基準に格段に近付いたことがわかる。
「こっちは、眼をこのパーツに付け替えた方がいいな。」
シカマルが一つ一つ不可のクマの修正ポイントを指示してくれた。
俺は言われたとおりに直す。
すると明らかにクマレベルがアップする。
今更かもしれないがこのシカマルって男はすげー使える!
今日初めて知ったクマぬいぐるみの構造をすぐさま理解し、我愛羅好みのクマの特徴をしっかりと捉えて
そこに近づける方法をこれほどまで的確に指示できるなんて並の頭じゃない。
テマリは扇をぶんまわしてカマイタチの術を磨くより、自分自身を磨き上げて、このシカマルを陥落させて、婿養子に迎えた方がいいじゃん!
テマリもいつか結婚するんだったらこのくらい使える人間を一族にしたいじゃん
頭の堅い長老対策にも、こいつを我愛羅の側近にするのはナイスアイデアじゃん!
手は針と糸を使いながら頭の中ではテマリの婿養子プロジェクトの骨組みを考えていた。
そんな俺の思惑に気づくはずもなく、シカマルはシノにもポイント指示に余念がない。
今でこそ、俺の方が上忍でシカマルは中忍と追い抜いてしまったが、誰よりも先に中忍に抜擢されたのはシカマルだ。
木ノ葉の上部は見る目があるんだな。
まあ、そういう意味じゃテマリにも同じことが言えるが……。
俺は一人ニヤニヤしながら作業の手を動かし続けた。
この木ノ葉への特別依頼の請求先が風影になっていることは、言わずもがなだけどな。
二日後、執務室に運び込んだクマはすべて我愛羅のチェックをクリアした。
「俺の目に狂いはないな。カンクロウに任せたのは正解だった。」
そこは、俺に『ご苦労様』っていうところじゃねーの?
なんで自分を褒めてんだよ?
のど元どころか、舌の上にまで乗っかった言葉を無理矢理飲み込んで俺は兄の余裕の笑みを浮かべた。
「意味もなくニヤニヤするな。」
俺の顔を見るなり我愛羅が一刀両断に切る。
「じゃ、最後の仕上げだ…。」
我愛羅がその"仕上げ"の説明を始めた。
聞き終わったとき俺は本気で暁のアジトに、我愛羅の頭のネジを探しに行こうかと考えた。
あるいは、見かけこそ我愛羅だが、この中身は我愛羅のフリをしたチヨバアが入っているんじゃないかと疑ってしまった。
そのうちに"ギャハギャハ"って笑い出すんじゃないか……、まじでよ。
―――――12月24日――――――。
木ノ葉隠れの里にて。
赤鼻のトナカイ――ではなく、真っ赤な犬、赤丸にまたがったナルトとキバが里の家々を回って、
同盟国砂隠れの里から送られたクマのぬいぐるみを配って回っていた。
風影奪還への協力に対する砂隠れからのささやかな返礼だった。
砂隠れの里では、サンタクロースの代理にしてはずいぶんと不気味な傀儡達が同じように家々を回って、クマの配達をしていた。
当然ながら、傀儡を操っているのはカンクロウだ。
砂漠の里では滅多にないことだが、なぜだか今年は例年にない冷え込みで、クリスマスイブの今日は三十年ぶりの雪が砂隠れの里を覆っていた。
クマを配り終わり、盛大なくしゃみをしながら執務室に入って来たカンクロウを、我愛羅が迎えた。
雪の降る外と違って、執務室は快適な温度が保たれている。カンクロウの身体に降り積もった雪もあっという間に溶けていく。
「今回の任務もSランクとして登録しておいたからな。」
我愛羅のおかげで、上忍としての経歴にますますハクのついたカンクロウの前に、我愛羅は一つの巻物を差し出した。
「なんだよ?」
怪訝そうに聞くカンクロウに、少し頬を赤らめて照れくさそうに我愛羅は説明した。
我愛羅自らエビゾウに設計を依頼し、傀儡研究所に制作を依頼した特別製の傀儡の巻物だった。
我愛羅からプレゼントをもらうなど初めてのことだった。
「特別製の傀儡……。わりぃな。我愛羅、うれしいじゃん。」
思いがけないプレゼントにカンクロウが胸を躍らせて巻物を開くと、そこには文字ではなく、シンプルに○が3つ書かれていた。
世界でもっとも有名なネズミのシンボルによく似ているが、真ん中の○がずいぶんと大きい。
さっきまでの喜びはすっかり影を潜め、いやーな予感だけがカンクロウの胸をよぎる。
「早く口寄せてみろ。」
どこかニコニコとしているように見える我愛羅にせかされ、カンクロウは渋々傀儡を召喚した。
煙の中から現れたのは、ふかふかの高級カシミアを一針一針手縫いで仕上げた、ベアー型傀儡。
あっけにとられ、呆然とクマ傀儡を見つめるカンクロウに、我愛羅が嬉々として説明を始めた。
「これは特別なオプション機能だ。」
そう言って我愛羅は傀儡の背中のファスナーを開いた。
(ファスナーのついた傀儡ってなんだよ!)
声にならないつっこみをカンクロウは口の中でつぶやいた。
「ここから内部に入れる。カンクロウはよく自分と傀儡を入れ替えて敵を翻弄するからな。
傀儡と思わせて実は本体というときにこの機能を使うんだ。」
と、得意げな我愛羅。
どうやらエビゾウの設計に我愛羅の意見もかなり取り入れられているらしい。
そして、カンクロウは胸でもやもやしていたものが、我愛羅の言葉で形になったことに気付いた。
「これって傀儡じゃなくて、ただの着ぐるみじゃん!!!!!!!!!!!」
砂の道化師カンクロウは風影様からいただいたありがたい巻物を思いっきり床にたたきつけた。
Merry Chiristmas !
蛇足的後書:弊サイトの拍手小話『不燃ゴミ』を気に入って下さったヨーコさんが、さらにその話を膨らませてこんな素敵な作品に仕立てて下さいました!
我愛羅の壊れっぷりもさることながら、木の葉の連中ももれなく参加してる当たり、さすがです。
さらに、テマシカスキーさんならではの優秀なシカマルの描かれ方にニヤついてしまいました、でも本当に彼はこんな風にキレる男でしょうね〜。
サンタの傀儡、見たい!そして、高級カシミア製の着ぐるみグマにぜひ入って頂きたいです、カンクロウさん!
ヒルコも真っ青な素晴らしいヒトクグツになるでしょう〜(^^)!!
ヨーコさん、素敵なクリスマスプレゼントありがとうございました!