カンクロウは焼き芋が地面に落ちる前に拾うと目の前で同じようにもふもふと焼き芋を頬張る少女を見た。
「何でいい年をしてそんな呼ばれ方さなきゃなんねーんだよ、意味わかんないじゃん」
食べかけの焼き芋にゴミが付いてないか確認するとカンクロウは再び食べはじめる。
少女は首を傾げ、ごくんと口の中の焼き芋を飲み込むとだって、と喋り始める。
「だってカンクロウってどっかいつもよそよそしいじゃない」
「誤解されるような事を言うな。大体お前はただの知り合いじゃん」
「うわ、冷たいなあ」
少女―――
は口を尖らせ、カンクロウの足元に横たわる傀儡に視線を向けた。
カンクロウがいつも大事に扱うそれは、
が焼き芋を持ってくるまで綺麗に磨かれていた。
任務の合間のたまの休みにはこうしてカンクロウは使っている傀儡の手入れを欠かさなかった。
砂隠れの里はその名が示す通り街中を少し外れれば広がるのはだたっ広い砂漠ばかりで傀儡の中に自然と砂が入り込んでしまい動きが鈍くなったりする事もある。
最も一流の傀儡師ともなればそんな事が無いように工夫をしているが、どうしても調子が悪くなる事もある。
カンクロウはそんな事態が起きないように常に時間が空いては傀儡のメンテナンスをしていた。
彼曰く、大事に扱った物はやはりそれ相応に腕に馴染んでくるのだと言う。
はいつもそんなカンクロウを見るのが好きで、時間が空けば彼を探しては傍でそれを眺めるのが日課になっていた。
「カンクロウは自分の傀儡作らないの?」
は忍では無いのでその辺の事は良く分からない。
ただ、中忍試験が終わった後カンクロウが以前使っていたカラスとは違う傀儡を扱えるようになる為に必死になっていたのは見ていた。
傀儡師のランクは扱える傀儡の数で決まる―――らしい。
カンクロウはまだ修行の身らしいのだが筋は悪くない、とも聞いている。
「簡単に言うよな、お前」
カンクロウは水筒―――やはりこれも
が持参した―――の水を飲むと息を吐いた。
「大体そんなに簡単に出来るものじゃないじゃん」
「ふうん……そうなんだ」
はカンクロウの傀儡を見つめながら考えてるのと作るのとでは確かに違うのかもしれないと考えた。
カンクロウが何気なく傀儡を操っているように見えてもやはりそれまでにはそれなりの修行の結果があるのだし、
今こうして普通にメンテナンスをしているが最初は慣れない手付きだったに違いない。
経験もないし、この先も経験することはないのだが
はカンクロウも苦労しているのをなんと無しに感じた。
苦労と言えば彼の弟の我愛羅も前は雰囲気が険悪だったのだが最近はそうでもないな、と思い立つ。
「ねえカンクロウの弟ってがあくんだよね」
「……そんな名前の弟はいないじゃん」
の付けた謎のあだ名にそう返すとカンクロウは頭痛がする思いだった。
何かと言えば
は人に変なあだ名を付ける。
何が楽しくてそんな名前を付けるのか、そもそもきちんとした名前があるのにあだ名を付ける理由も分からない。
「いるじゃない、我愛羅くん」
きちんとした名前に言い換えると
は自分の弟の名前もわからないの、とカンクロウを見る。
反論しようかと思ったが何か言うだけ無駄だと考えてカンクロウは喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
「我愛羅がどうかしたか」
「最近があくん明るくなったよねー」
「……まあな」
があくん、と言う単語を無視しカンクロウは少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。
長い間我愛羅との中にあった溝。それが最近は少しずつ埋まっていくのを感じていた。
中忍試験以降、変わり始めた我愛羅の態度。
何も出来ずに我愛羅が一人苦しむのを見ているしか出来なかった自分に対し悔やんだ事は何度もある。
我愛羅の雰囲気が変わってきていることは他の人間にも感じてもらえているのだと思うと正直嬉しかった。
「何があったのかなー、カンちゃんなら知ってるよね」
興味があるのかワクワクとした顔で
が聞いてくる。
「その言い方を止めれば考えてやってもいいじゃん」
何が悲しくてカンちゃんと呼ばれなければならないのか。
この年になってそのあだ名は幾らなんでもないだろう。
そう言いたいのを堪え、何を言ってもわざとかそれとも天然か
は聞こうとしない。
「え、ダメだよ、今日からカンクロウはカンちゃんになったんだから」
「そんなのに改名した覚えはないじゃん」
砂隠れの傀儡部隊においてもカンクロウと言えばそれなりに名が知られているのに何がカンちゃんだ。
ここで怒っては自分の負けだと言い聞かせつつカンクロウは深く息を吐いた。
「大体なんで変なあだ名つけるのか本当にわけわかんねーじゃん」
「え、だってカンちゃんよそよそしいんだもん」
さっきも言ったでしょ、と
は何故か威張って言う。
何か言いたいが、ぐぐっと堪えつつカンクロウは無視しようと傀儡に向き直る。
「あだ名と他人行儀の関係を分かるように説明するとですねー」
無視されると気付いたのか
は傀儡をはさみカンクロウの向かいに回った。
「あだ名をつけることで距離を詰めたいってことなんですね。
つーまーり私はカンちゃんと近付きたいってこと。OK?」
ふふん、とやはり威張りながら
は傀儡越しにカンクロウに笑いかけた。
その子供のような笑顔に一瞬だけ胸の鼓動が早くなったことに気付かない振りをし、
「……意味わかんねーじゃん」
と小さく返した。
こんな時顔に隈取していて良かったと思う。顔が熱い。らしくなく、熱くなってきている。
「カンちゃんが不満なら間をとってクロウとか」
「カンを抜いただけで中間でもなんでもないじゃん」
の言葉に間髪入れず突っ込む。
「じゃあ、ンクロとか」
「発音しにくくしてどうするかって話になるじゃん。大体それ人名か?」
「……カンちゃんだから問題ないよ、多分」
「問題大アリじゃん」
自分の身にもなってみろと言いながらこんな空気も悪くないとも思う。
毎日何かと言えば
はカンクロウの傍に寄ってこうして会話をする。
来ない日は何となく手持ち無沙汰な感じになる自分に気付いてもいた。
のペースに引き摺られて、それでいて不思議と居心地が悪くは無い。
そのペースもどこまで計算でどこまで天然なのか―――判断がつきかねる。
傀儡の向こうから笑いかける
のことは多分嫌いじゃない。
「じゃあカンちゃんから私にあだ名をつけてみてよ」
「……
は
じゃん」
どんな名前で呼んだとしても何一つ変わったりすることはない。
だから変なあだ名を付けずに呼んでくれてもいいじゃないか―――そう思いかけ、カンクロウは自分の思考に驚いた。
まるでその考えは普通に名前を呼んで欲しい以外の意味もこめられてるみたいでそれでは
と対して変わらないのではと気付く。
「そうだね、私は私だね」
は満足したようににんまりとしながら焼き芋を頬張る。
カンクロウは居心地が悪そうに誤魔化すように水筒の水を飲む。
気に入らない。これではまるで
のペースにまたはめられてずるずると彼女に引き摺られて自分まで変わっていくみたいだ。
「じゃあ今はカンクロウって呼ぶ事にするね」
「今は、じゃなく今後もそうしてくれ」
こめかみを押さえつつ、なんでこんな女なんかにと思う。
一緒にいると居心地が良くてまるでこれでは彼女に―――そこまでまた考えてるのに気付き、カンクロウは振り切るようにメンテナンスを再開する。
「だからカンちゃ……カンクロウも私のこと、いっぱい名前で呼んでね」
「そうする意味がわかんねーって言ってるじゃん」
「だって名前って呼び方一つで相手との距離わかるじゃない」
は笑って傀儡の細部まで念入りに調べ、手入れしていくカンクロウを見つめる。
多分いまカンクロウは
がどんな気分でこんな事を言ってるか分かっていないんだろうなあと苦笑した。
こうして真剣な顔で自分の道具を扱うカンクロウの顔を見ているだけでドキドキしていると言えばどう思うだろう?
構って欲しくて変な名前をついつい呼んでしまう理由にも気付いてくれているだろうか。
は明日は何をカンクロウに差し入れようかと考えながら傀儡を挟んだ向こうの彼を見つめ続ける。
そう遠くない内にカンクロウは上忍になり、ただの人間の自分とは距離が空いていく。
恐らくこうして会話できるのも下忍の今の内かも知れない。
「自分しかしない呼び方って結構いいと思うんだけどなあ」
素直に好きと言えず遠回しにこうやって表現するしか出来ない自分の臆病さに嫌になりながらも、話をするだけでも嬉しいと思う。
時間が空けばカンクロウを探し、自分の言葉に何だかんだ言いつつ話をしてくれるのがどれだけ幸せに感じているか。
恋人になれなくてもこれから先も友人でも、知人でもいい。傍に置いて欲しいと思う。
「あだ名なんか作らなくてもそのまま呼べばいい」
カンクロウは口癖のじゃん、を付けずに言うと
へと視線を向ける。
自然と二人の視線がぶつかり―――少し照れたようにカンクロウは顔をそらした。
「普通に呼んでても、自然と距離が近い関係も結構あるじゃん?」
照れ隠しにしかならない口癖を付けながらカンクロウは目の端で
が嬉しそうに笑うのを見た。
「……そうだね」
の笑顔に照れる自分に対してらしくねーじゃん、と一人ごちながらカンクロウは誤魔化すように頭巾の位置を直す。
らしくはないが、悪くもない。
「明日また来るんだろ?昼くらいにはここに居るから何か飯とか…持ってきて欲しいじゃん」
「ん、わかった」
カンクロウからの初めての催促に
は本当に嬉しそうに顔を崩す。
明日のことを口に出されたのも初めてなら彼から何かして欲しいと要望を出されるのも初めてで、
それは名前の呼び方を変えなくても二人の距離は近いと言ってくれてるようで嬉しかった。
「期待してて」
は腕を捲くって言うと後は黙ってカンクロウの作業を眺める。
カンクロウもそれ以上の会話をせずに、作業に戻った。
[終]
ともともさんから相互リンク記念にと頂いたカンクロウ夢ですvv
私がカンクロウ夢をもとめてネサフを繰り返していた頃に、初めて出会う事が出来たカンクロウらしいドリをかかれていたサイト様だけあって、すごく素敵な可愛らしい夢に仕上げてくださいました!!
私も彼が傀儡の手入れをする姿をじっと眺めていたい、こんな初々しい年頃が懐かしくなる、そういう意味でも実にドリームらしいドリームだと思います。
ともともさん、本当にありがとうございました!!!
<(_ _)>