お祭りは切ない

夜空に吸い込まれる風船
雑踏に踏みつけられたかわいいハンカチ
割れてしまったヨーヨー
そんな道ばたの現実から目をそむけて 明るい屋台の賑わいだけを追いかけようとする
夜の街頭に引き寄せられる蛾と同じ

人ごみの上の暗闇に浮かび上がる提灯
どうしてだろう
あの光を見るといたたまれない郷愁が胸に迫って来る

あの日へ 不安なんか知らなかったあの日へ
いつも守られていたあの日へ
世界が善と悪 好きと嫌い そんな風に割り切れていたあの日へ

本当にそんな日が今までにあったといいきれるかい うん

問われれば確証はなく 
わからないと目を伏せるしかなかったけど

戻れない昔は美化されるもんさ
その時だって嫌な事や悩みがなかったわけないだろ
タイムマシンができるのを座って待ってるよりか
何事も当たってくだけりゃ進む扉が見えるはずだぜ うん

そういって彼は笑った
そうね 私も微笑み返した

でも今年のお祭りは一人なんだけどな

笑い合った日は不安だらけで
いつこの人を失うかとそればかり猛烈に心配で
今はそんな気がかりはないけど
とてつもなく一人
あの日に帰りたい 
周囲にはこんなに人があふれていて 進むのもやっとなほどなのに
どうしようもなく一人な今

かわいいお嬢さん お一人ですか

そう ひとりぼっちなの
バカな恋人が置き去りにしたから

じゃあそんなエゴイストのことはきれいさっぱり忘れて
今夜はオイラとあそぼうぜ うん

金色の髪さらさら
空色の瞳はどこまでもまっすぐ
大きな口は相変わらずニヤけてる
なんで浴衣着てるのよ
カノジョに別れの挨拶ひとつしなかっためんどくさがりのくせに

拗ねてないでさ
ボロボロの格好で戻って来れるかよ この俺が
他の誰のところに行くでもなくまっすぐのとこに来たんだぜ
盆には地獄の釜のふたが開くっていうだろ うん

夏の宵の空気は淀んでいて
現実だか夢の中だかはっきりしない
握ればちゃんと感じる他の誰のものでもないデイの掌
この事実も明日になれば現実味を失うのだろうか

デイ デイ デイ

  

今だけは呼べば答えてくれるのに
どうして時間は一方通行なんだろう
なぜ巻き戻す事は許されないんだろう

心は時間にも空間にも縛られないさ うん
ほら 「前」って言葉
昨日の事も「前」だし
明日の事も「前」っていうだろ

うまい事言っちゃって
どうせまたいなくなっちゃうんでしょう
置いてきぼり食わすんでしょう

ああ でもまた帰って来るさ
この日しか来れないけどさ うん
もし来なかったら それはにオイラが必要なくなった ってこと

そんな日来る訳ないじゃない

そんときはそんとき
さあ 泣いてないで目を開けて
前に進むんだ うん

立ちすくむ私の背を見えないデイの掌が押す
でも
どっちの前に進めばいいんだろう
ねえ? デイ?

ふりかえってもそこには夏の闇があるだけ
決めかねる私は
また今年も祭りに吸い寄せられる蛾

目次へ戻る