死神とカラス姫

河原一面のすすきがようやく涼しくなり始めた秋風になびく。
空には河原におなじみのカラスの群れ。
すすきを横切って行く一筋の線。

飛段は3連の鎌を担いだ姿で丈の長い草をかきわけながら進んでいた。
「早く行かねーと時間に遅れちまうだろ〜が、忌々しい!」
ジャシン教に入信してまだ日が浅く、17歳になったばかりの飛段は集会に出席すべくあせっていた。
歩を速めようにも彼の背より高いすすきがじゃまをして、なかなか進めない。
いい加減イラッときた時、いきなりぽかんと空間がひらいた。
「なんだぁ、こりゃ?」
すすきを意図的にかりとった、いや、むしりとったほんの一畳ほどの小さな空間。
「‥‥まるで祈りの間だな‥‥フン、ま、ここでもいいか」
どっかと座り込み、集会へ行くのはやめにして、この場所で勝手に祈らせてもらおうとペンダントを取り出したその時。
誰かがここへくる気配がする。
追っ手ではなさそうだ、あまりにも気配が弱々しすぎる。
しかし油断は禁物、手元へ鎌を引き寄せていざという時にそなえる。

ガサッ

すすきのカーテンが開いて、ひとり少女が姿を現した。
どんな凶暴なツラ構えの輩が覗くかと身構えていた飛段は、かわいい顔に拍子抜け。
相手を無視して祈り始めようとする。

「あんた、死神よね?」
その少女が開口一番素っ頓狂な声を出した。
「ざっけんなよ、なんで俺が死神なんだよ!」
「だって、その鎌!」
「は?鎌持ってりゃ死神なのかよ、それじゃ畑仕事のバーサンも死神じゃねえか」
「なんだ、つまんないの」
少女はずかずかと小部屋に入り込み、飛段の鎌をぐいっと奥へおしやるとちょこんと座り込んでしまった。
「オイオイオイ、なんだよおめーは!
せっかくこれから祈り始めようって時にじゃますんなよ!」
「うるさいなあ、死神でもないくせにあたしの秘密基地へ入り込んでご挨拶ね!
あんたこそ出て行ってよ!」
「なんだとぉ?」
「ここはね、あたしのつくった秘密の場所なの!
自然にこんな場所が出来る訳ないでしょ、わかんなかったの?
頭悪い〜」
顔に似合わず生意気な彼女の態度に思わず手に鎌を取る飛段。
少女の目が輝く。
「やっぱり死神なんじゃない!
はやくその鎌、振り上げてみてよ!」
死神、死神と連呼されて出ばなをくじかれる。
「オマエ、一体なんなんだ?あ?
そんなに死神が好きなのかよ?」
「だって同じ連れてかれるなら、かっこいい系の方がいいじゃない」
『かっこいい』の言葉に飛段の顔がちょっと緩む。
よく見れば少女はねまきにカーデガンを羽織っただけ、足はつっかけというスタイル。
顔色もいいとはいいがたい。
すすきの向こうの方に病院がみえた。
おそらくそこから抜け出して来たのだろう。
「フン、おまえみたいなのを殺したって、ジャシン様は喜びゃ〜しないね。
お断りだ」
少女はあからさまにがっかりした顔をした。
憎たらしい口をきくわりに素直な反応に、ちょっと拍子抜けする飛段。

ちゃ〜ん、どこ〜? ちゃ〜ん、戻ってらっしゃい、薬の時間よ〜」
少女がはっと顔をあげて、声のした方を振り返る。
「もう来ちゃった‥‥あたしがここにいたこと、絶対に内緒よ!」
「誰がばらすかよ、それより、お前こそ俺がいたってチクるなよ、あぶねえ仕事してんだからよ」
ぽかんとした顔で少女ーどうやら という名前らしいーは飛段の顔を見つめ‥‥
「やっぱ、死神なんだ」
とつぶやいた。
「違うって言ってんだろ〜が!!
大体俺にはちゃんと飛段ってりっぱな名前がある!」
飛段が額に青筋をたててどなるものの、 の中では飛段=死神、の図式ができてしまったらしい。
怒れば怒るほど少女の顔に嬉しそうな色が広がり、飛段もばからしくなってきた。
「フン、死神と思いたきゃ勝手にそうしろ」
「また来てね!飛段死神!約束だよ!」
少女は名残惜しそうに飛段をふり返りふり返りしながら姿を消した。

*****

風がつめたくなってきたある日。
またしても飛段はすすきの海をぷんぷんしながら進んでいた。
どうも今日もお目当ての集会に遅れているらしい。
がさがさと進もうとするが、前と同じ事でなかなか前進しない。
ちっ、と舌打ちした所で以前の事を思い出した。
「そ〜いやこのあたりに手頃な場所があったな‥‥」
5分もしないうちに例の空間にたどり着く。
首尾よくいったとほくそ笑んだのもつかの間、その空間に例の少女がしゃがみ込んでいるのに気がついた。

「おい、ま〜たお前かよ?!」
は顔をあげて声の主の飛段を認めると一瞬嬉しそうな表情を浮かべたものの、すぐ顔をいがめてうつむいてしまった。
「おい、どうしたんだってんだよ」
「‥‥なんでもない‥‥ちょっと調子が悪いだけ‥‥」
言葉とは裏腹にかなり具合が悪そうだ。
「すぐ治るようなツラでもないぞ」
「‥‥」
「お前さ」
よ‥‥」
「わ〜ったよ、 、お前なんか病気なんだろ、ちゃんと寝てなきゃ治んねーぞ」
飛段の言葉を待つことなく、 はその場に崩れ落ちてしまった。
「おい?!」
自分が狙ったターゲットならともかく、全く関係ない人間に食指は動かない。
「チッ」
飛段は少女を担ぎ上げ、その軽さに驚く。

が目を覚ますと自分の病室だ。
確かさっき、すすき野原で死神と出会ったはずだが‥‥
「気がついたか。
まったくピースカ寝やがって、こちとらごまかすのに往生したぜ」
声のする方をみれば、見慣れない若い看護士見習いが付き添いの椅子に座っている。
慌てて着たのか、それとも詰め襟がいやなのか、おそらくその両方だろう、白衣の胸元がだらしなく開いている。
「‥‥飛段死神?」
「死神死神いうなよ!飛段だけでいいっつってるだろ〜が!」
「助けてくれたの?」
「目のまえで病人にぶっ倒れられて、病院が見えてたらフツー届けるだろうが」
「飛段死神は普通じゃないもん、どう見ても。
だいたい、その格好‥‥」
「お尋ね者だっていってんだろ、ちょっと拝借しただけじゃねーか」
「その着方じゃその服でも怪しまれるよ‥‥ボタン掛け違えてるし」
「うるせえな、人間中身で勝負だろ」
「中身って‥‥飛段の言う中身は服の中身じゃない」
「そうだろうが」
「マジでバカなのね‥‥」
「なにぃ?!」
「なんでもな〜い、運んでくれてありがと」
「フン、最初から素直にそう言えってんだよ、ガキはかわいげがなくちゃな」
「どっちがガキよ‥‥」
「なんか言ったか?!」
「気のせい、気のせい」
「元気になったんならもう俺は行くぜ。
ちっとは自分の体の事考えろよ、はた迷惑だ」
「ごめん‥‥」

『アンタに言われたくない』とかなんとか言う生意気な返事を待っていた飛段はあっさり が謝った事に拍子抜けした。

と、 が誰に言うともなくつぶやく。
「でも‥‥いい子で後悔する位なら、悪い子で後悔しないほうがいい」
「なんだって?」
「なんでもないよ〜だ」
「チッ、まったく生意気な娘だぜ!」
「あ、飛段、その服で正解だったね、看護士見習いだもん。
お医者さんの格好だったら絶対怪しまれてたよ」
「うっせえ!」
「また来てね!」
「誰が!」

病院を後にする飛段。
曇り始めた空にカラスの群れが旋回する。
カラスの苦手な飛段は露骨に顔をしかめた。

*****

「まーさか、今日はいねーよな‥‥」
どうも飛段はあの場所が気に入ったらしい。
自称『戒律が厳しい』ジャシン教はしょっちゅう祈りが必要で、そのための場所探しにいつも腐心していたのだ。
そして言葉とは裏腹に、実際は の姿を期待しないでもない飛段。
職業に関係なく、可愛い女の子とおしゃべりするのがいやな男もいまい。
カァ、カァ、とカラスが騒がしく飛び回っている。
「なんなんだよ、死体でもあるのか」
言っておいて自分でふと不安になり、例の場所へ急ぐ。

「「でた〜っ!」」
お互いに相手を指差し叫ぶ。
「また来てくれたのね、飛段死神!」
なんだか、コイツ、会う度に大人びてくような気がするな、と飛段は心の中で思う。
ごほん、とわざとらしい咳払いを一つ。
「違〜う、俺はお前じゃなくて、この場所が気に入ったって言ってるだろ!」
「フ〜ンだ、なんでもいいよ。
さ、お祈りするんならしなよ」
「祈りは一人でするもんだ、お前がいなくなったらする」
「いいじゃん、なんで」
「うるせえ、ホント戒律厳し〜んだからな。
‥‥にしても、ここはカラスが多いな」
「あれえ、死神のくせにカラス嫌いなの?」
「だっから死神じゃねえよ!!」
「いいじゃない、カラスって、ふてぶてしくって、適応能力が高くて、賢くって‥‥」
、お前変わってんな〜。
カラスってのは嫌われ者って相場が決まってるぜ」
「何よ、私みたいなかごの鳥からすれば憧れの対象よ」
見れば、 はどうもエサらしきものを持っている。
「おまえ、ひょっとしてエサやってんのかあ?」
「そうだよ、悪い?」
「いいわけねえだろ?!
なんだ、病院抜け出して何してんのかと思ったらカラスのエサやりだったのかよ?」
「黙っててよ、怒られちゃうから‥病院でもさ、やっぱり嫌う人多いから‥‥」
「ふつ〜そうだろ?! がおかしいんだよ」
「なによ、飛段死神のジャシン教だってたいがい嫌われ者でしょ!」
「うっせえな、ジャシン教は入信自体難しいんだからそんなこたあどーでもいいんだよ。
一般人には関係ねーこった」
「ふ〜んだ、カラスはおりこうなのよ、ジャシン教信者と違って」
「んだと〜っ!!」
「だって、私が来るの分かるのよ。
時間も一定じゃないし、間隔だって調子次第だからめちゃくちゃなのに、病院抜け出すとすぐ飛んでくるもの」

2人が話している間にもカラスがまわりに集まってくる。
、お前、おっかなくねえのかよ、このツラだぜ」
「あれ、飛段びびってんだ〜、死神のくせに」
「死神じゃねえって言ってんだろーが!」
「いいよ、無理しなくてもさ〜」
は空へ向けて持っていたエサらしきものを力一杯投げ飛ばす。
するとカラスがさ〜っと飛んで来て空中キャッチ。
「‥‥やっぱ、キショいぜ‥‥」
「こうやってさ〜、鳥にエサやったりして親切にしてるとなんだか死んだ後自分も翼を持てそうな気がするのよね〜」
「真っ黒な翼でもいいのかよ。
それに 、お前、やったら死に憧れてねえか」
「そんなことないよ‥‥やっぱこわいし‥‥でも、病院にず〜っといるとさ、結構身近なのよ、死って」
「ふ〜ん、ま、俺には関係ないけどな」
「なんで」
「俺は死なないからな」
「‥‥やっぱり死神なんだ」
飛段がギョロ目をむいて口を不満げに尖らせる。

ちゃ〜ん」
「ほれ、お呼びだぜ」
「う〜、せっかくいいとこだったのになあ。
まあいいや、ここんとこ調子いいからまた会えるよね。
あたしがいなくても使っていいよ、ここ」
「なんで の許可がいるんだよ?!お前地主か?」
「フ〜ン、勝手に使うとカラスが見張ってるからどうなっても知らないよ」
ぎょっと周辺のカラスへ目をやる飛段。
「うふふふふ、気をつけてね〜、ヘタレ死神さん」
「このカラス女!」
言い捨てて、飛段もその場から離れる‥‥やはりカラスが気になるのだろう。

******

けれど次に飛段がそこを通った時、 はいなかった。
その次の時もそこに の姿はないまま、カラスばかりが群れをなしている。
調子がよかったんじゃねえのかよ、ケッ、と思いつつ、それが3度目になった今日、飛段は病院へ侵入する事にした。
けっして、自分が に好意を持ってるからだとは認めず、ただ、あの小生意気な娘がどうしてるのか見たいだけだと自分を言いくるめながら。

「おまたせしました〜」
病室に場違いな声が響く。
点滴の針をさしたまま、ぼんやり寝ていた は戸口を振り返ってベッドからずりおちそうになった。
「ひ、飛段死神!」
「し〜っ、その名前で呼ぶなっつ〜の!」
顔をしかめて後ろ手にドアを閉める。
「よお、元気‥‥なわけねえな」
飛段には、 が窓から差し込む弱々しい晩秋の光に今にも溶けてしまいそうにはかなげに見えた。

一方 はピザ配達の派手な赤いつなぎを着た飛段を穴の開きそうに眺めている。
その視線に気がついても飛段は別段悪びれる事もなく、手に持っていたピザ入りの箱を手近な台に置くと、帽子をとって髪をなでつけている。
「‥‥知らなかった、死神ってコスプレするんだ」
「ば、ばっかやろう!
誰がコスプレだよ?ちゃんと本物のピザはいってんだぜ?
なんなら食うか?」
「どこで手に入れたの?」
「まあ〜、そこらへんでな」
「可哀相に身ぐるみはいじゃったの?!」
「人聞きわりいな、ちゃんと合意の上だ」
「合意って、飛段がど〜せ一方的に押したに決まってるわよ、あんな鎌もった死神スタイルで服よこせっていわれて誰が断れるのよ?」
は断っただろ〜が、俺があの場所使おうとしたらよォ」
「‥‥」
初めて言い負かしてやったといわんばかりにニヤニヤしながら飛段はピザの箱の横の の食事に気がつく。
「うえっ、まずそう」
「ご挨拶ね、しょうがないじゃない、病人食なんてこんなもんよ」
「ど〜せ、食ってねえんだろ、えらそうに言う割に。
オマエ背ばっかの伸びてるくせに一向にボリュームでてこねえもんな」
「うるさ〜い!」

憎まれ口をききながらも飛段は正直彼女の変わり身のはやさに舌を巻いていた。
最初にあったころは子供子供していた だが、今ではりっぱなレディ。
年頃の女の子とは怖いものだ。
こないだまでは葉ばかりだったのに、気がつくとつぼみが今にも開かんばかりになっている。
これで健康さえ味方していればきっと‥‥

「こっちのがどー考えてもマシだぜ、まだ冷めてないしな」
もう一人の自分の声を無視しようと、箱からピザを取り出すと飛段はさっさと食べ始めた。
「ずる〜い、人がまずい病人食だってのに!」
「なら食えばいいだろうが、お前が言ってたんだろ、いい子で後悔するより、悪い子で好きな事した方がいいってナ」
なんか微妙に違うが、飛段流に言えばそういう事らしい。
ちょっとためらってから はピザに手を伸ばした。
「ん〜、すんごい久しぶり!
おいし〜」
「食え食え、うまいもの食った方が病気も治るってもんだぜ」
「ふふふ‥‥」

と、 が真剣な顔で言う。
「ねえ、飛段、お願いがあるの」
「なんだよ、お前に頼まれるなんてブキミだな」
「あのね、カラスにエサあげてくれない?」
「じょ、冗談だろ?!俺がカラス嫌いなの知ってんだろ〜が!」
「知ってるけど、他に頼める人いないもん。
当分出られそうにないし。
ね、お願い!」
「やんなくたって、連中はてんで平気だろォ、逞しいもんだぜ」
「‥‥だって‥‥」
忘れられちゃいそうで‥‥
聞こえないほど小さな声で がつぶやいた。
「はァ〜、しょーがねえな、わ〜ったよ、やりゃいいんだろ、やりゃあ」
「えっ、本当?!」
の顔がぱっと明るくなり、飛段に抱きつく。
たじろぐ飛段。
「オイオイ、点滴の針が抜けるぞって!」
わざと乱暴に体を押し返す。
「あ、しまった、テヘヘ」
「さ、んじゃいくぜ、愛しのカラスちゃんにはこのピザの残りでもいいんだろ、あん?」
「ありがとう!」

飛段は帽子を目深にかぶり直して足早に病院から出る。
あれだけおいしいといいながら、 の口にしたのはたった一切れだけだった。
虚弱体質ってやつか。
会う度大人びてきれいになる反面、どんどん体力がなくなっていく をみているのは複雑な気持ちだった。
遠くでカラスの声が聞こえた。
「チッ」
約束は約束だ‥‥、柄にもねェがな。
例の空間に来ると、どうしてわかったのかカラスが三々五々集まって来た。
「はぁ〜、やっぱどうみてもホントかわいくねえな‥‥」
しかめ面でピザを箱から取り出す。
「ほら、食えよ、俺とカラス姫からのおごりだ」
空高く放り投げると、飛段は後も見ないでそこを立ち去った。

*****

この冬初めての雪がちらついた日。
飛段は病院の前にある河原に立ち尽くしていた。
もともとカラスがしょっちゅう飛び交っていたとはいえ、今日のカラスの集まり方は異様だった。
「なんだってんだ‥‥」
しばらく傍観していた飛段だったが意を決すると例の空間へ進む。
すすきはもう枯れてしまっているので以前より足は速い。
ただ自分を見つめているかのようなカラスの視線に落ち着かなさを覚える。

前回来たときは の病室にクリスマスツリーが飾ってあって、飛段は子供みたいにそれに見ほれたものだ。
「信者じゃないくせに」
ベッドから体を起こすことも出来ないまま、それでも はそういってくすくす笑った。
「うっせえな、お前だって信者じゃねーだろーが」
青白い笑顔が痛々しくて、わざと憎たらしい口をきいてみる。
「ふふふ、言えてる〜」
かわした会話はそれだけだった。
血相を変えた看護士が飛び込んで来て表の面会謝絶の札が見えないのかと息巻いたからだ。
「ハイハイ、部屋間違えただけだよ、ガミガミ言うなよ、白衣の天使さんよ〜。
それじゃただの白装束のおばはんだぜ。
あばよ」
笑いをかみ殺す と怒りで真っ赤になった看護士を後に部屋を出た。

あの日、ガラス細工さながらの の姿が気になったから、今日も来てみたのだが。
なんだか、このカラスの群れを目にするとまっすぐ病室に行く気にならない。
ガサッと例の空間にたどりつくと、 はそこにいた。
まるで飛段が来るのを予想していたかのように、彼の姿を認めても全く驚く事もなく、それがかえって飛段には不自然に思えた。
「‥‥ 。こんなクソ寒い日に外になんか出て来て大丈夫なのかよ?」
「全然寒くなんかないよ?」
ぺたりと地面に寝間着姿ですわりこんだ がにっこりする。
「気分もすごくいいんだ、さっきまで熱が高くて苦しかったんだけどな‥‥」
見慣れた彼女の笑顔のはずなのに、飛段の背筋にぞくっと悪寒が走った。
、お前‥‥」
「何?」
「なんでもねーよ‥‥」
「あたしさ、‥‥飛段が好きなの」
唐突に が言う。
「な、なんだよ、いきなり?」
「いきなり?ああ、飛段にしたらそうなのかな。
私は初めて飛段をみたときからもう何年も思い続けてたから‥‥」
何年も?
何言ってんだ、コイツ?
やっぱり高熱で頭がおかしくなってんだ。
こっちもつられて変なこと考えちまった。
「オラ、バカな事言ってねーで戻るぞ、 、今日のお前ホントおかしいぜ」
ひょいっと を抱き上げようとした飛段は、文字通り の体が透けてむこうが見えたことに愕然とする。
「お前‥‥」
「‥‥あたし、このままだとずっと片思いのまま、どこにもいけない。
だからどうしても飛段に思いを伝えたかったの‥‥
カラスに‥‥手伝ってもらって‥‥
‥‥でも、もう限界みたい‥‥
‥‥15歳より大きくはなれない‥‥本当の年は越えられない‥‥さかのぼることは出来ても‥‥
ねえ‥‥お願い‥‥最後だから‥‥
その鎌で送り出して‥‥飛段死神‥‥」
言葉が出てこない。
いやな汗が背中を流れる。
凍り付いたように動けない。

突然カラスの大群が めがけて襲いかかるように集まって来た。
「やめろ〜ッ!!」
飛段はとっさに大きく振りかぶって、あの大きな3連の鎌をカラスの群れめがけて投げ飛ばした。
ヒュンッ
虚空を切り裂く音とともに、カラスはちりじりに飛んでゆき飛段の鎌はぐさりと地面に突き刺さる。
そこにはまぼろしのような の姿がかろうじてあった。
「ありがと、飛段死神‥‥よかった‥‥飛段に好きって言えたから、もう後悔しないでいい‥‥
ねえ、待ってたら‥‥いつかあたしのいるこっちへ来てくれるよね?」

なんてこった、なんてこった、なんてこった‥‥
俺はいったい誰とこの数ヶ月話をしてたんだ?
頭の中をぐるぐる同じ言葉が巡る。

「ああ、それとも‥‥飛段は本当に死なないの?
死神だから?死ねないの?
じゃあ、‥‥もう会えないの?
他の人なら必ず来るのに?
‥‥これっきりなの?」

もう姿の見えなくなりつつ有る の顔がくしゃっと歪むのがわかった。
ありえねえ、幽霊だぜ、相手は?!
けれど思いとは裏腹に勝手に言葉が口から飛び出した。

‥‥輪廻って知ってるか?
‥‥‥生まれ変わるんだよ、成仏しない限りな。
この世に未練がある限り、繰り返し生まれ変わる。
俺の宗派じゃないが、お前はどうせ何も信仰してないんだろォ!
取りあえずそれにのっとけよ!!
聞こえてるかァ?!」
もう の姿も見えないのに、飛段は声のして来た方へ必死にさけぶ。

「あたし‥‥絶対女の子になって生まれ変わる!
‥‥待っててね!
‥‥飛段は死なないんなら‥‥暇は有り余るほどあるんでしょ?
‥‥私の事忘れないでね。
‥‥飛‥‥段!!‥‥」
とぎれとぎれに空から の声が聞こえたような気がした。

!」

飛段の声はカラスの大群の羽音にかき消された。
空一面を覆い尽くす黒い鳥。
ギャアギャアとしわがれた鳴き声が辺り一面にこだまする。

突然、閃光のように、河原ですれ違った少女の姿が飛段の記憶の片隅に鮮やかに蘇った。
すすきが太陽の光にまぶしいほど輝いていた秋の午後。
寝間着に突っかけ姿のか細い少女と、この河原を見下ろす橋の上ですれ違った。
あまりにじろじろ見るから「なんだぁ、オマェ!?」と睨みつけたら真っ赤になってアカンベーして走っていったっけ。
あれが‥‥初めてあった だった。
俺がまだ14かそこらのガキの頃。
彼女はよく見ても12。
この数ヶ月、会う度に一足飛びに大人びていった
いかに年頃の少女とはいえその変わりようは不自然すぎはしなかったか。
数年分の歳月を駆け足で成長していったのは飛段に会うため、打ち明けるチャンスのないまま持っていってしまった思いを飛段に伝えるため。

カラスの姿がすっかり掻き消えた河原の向こうに陰気な病院の建物が見えた。
時を越え飛段に会うために がやって来たことを証明するかのように、そのまわりには以前はなかった建物がいくつも建っていた。

*****

季節が巡り、歳月は流れる。
あれから飛段は里を抜け、今では暁のメンバーになっていた。

暁に入る前、もうずっとずっと昔、ここで一人の少女と会ったっけ‥‥
わざと何年も避けていたのに、この場所へ偶然来てしまった。
河原を見下ろす橋の欄干にもたれ、すすきと同じ銀色の髪を秋風になぶられながら、飛段はぼんやりと思う。
犯人は現場へ戻るって言うけどなー‥‥まあ、犯人ってのもヘンか。
案の定、輪廻なんてうそっぱちだな。
ジャシン教以外はやっぱ、信じるに値しねーぜ。
それともどっかで はとっくに生まれ変わってんのかなァ‥‥
オレのことなんか記憶にねえだけなのかもな‥‥

「飛・段・死・神?」
忘れたことのないフレーズ。

はっとして振り返れば、見たことのない少女が立っていた。
けれど‥‥その目に宿る微笑みは懐かしい。
キラキラ光が彼女の長い髪に反射する。

「‥‥ ?」
「なかなかここへ来ないんだもん‥‥忘れられちゃったのかと思ったよ」

カァー、カァー

カラスの鳴き声がして少女のすぐそばの欄干に止まる。
ぎょっとして引く飛段。
「アハハ、ま〜だカラス苦手なんだ〜、ヘタレ死神さん。
暁なんて強面集団に入ってるくせに!」
「‥‥うっせ〜よ、お前こそ、生まれ変わってもカラス女のままかよ?!
進歩ね〜な!」
「ふ〜んだ、ちゃんと若返ったもんね、まだティーンエージャーばりばりだよ?!
飛段なんかもうオッサンじゃん、相変わらず露出度高いけど」
「余計なお世話だ!
はまたガキに逆戻りかよ‥‥これじゃロリコンじゃね〜か、ったく‥‥」
「浮気なんかしてなかったでしょうね?」
「さ、さあなあ、何回かはしたかもな、なんせ10年以上前のことだからな」
「ふ〜ん、2人位?」
「まあ、もうちょっとかな‥‥」
「ええ〜、じゃあ、3、4人?」
「もうちょと多かったかもな‥‥」
「んもうっ、このドスケベ!」
「なんだよ、しょーがねーだろ、俺だっていつまでも17のガキじゃねえんだからよっ!
だいたいこんな質問するあたり、オマエ中身は立派な大人じゃねーか!」
「フンだ、私だって好きでこんなに若い訳じゃないわよ〜だ。
ま、ストレスではげられても困るしね、浮気の件はチャラにしたげる」
「んなろー、好き勝手言いやがって!
どこがティーンエージャーバリバリだよっ」
「‥‥でも忘れないでくれたんだよね?
ね、飛段死神?」
「‥‥ああ‥‥気が長い方じゃねーから、一途に、とはいかなかったけどな」

がエサを空中に投げる。
どこからともなく現れたカラス達がそれを見事にダイビングキャッチ。

「‥‥よく戻ったな‥‥カラス姫」
「ただいま‥‥飛段死神」

飛段がもたれかかる の肩を抱く。
あの日と同じように日光を浴びて金と銀に輝くすすきの海を風が渡っていった。


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蛇足的後書:弊サイト初の飛段ドリームでございました。
飛段が暁に入るずっと前の若い頃、という強引な設定で、ちょっと純な(ありえない?)飛段にTRYしました。
いつも素敵なイラストやゲームで楽しませて下さるリキマルさんに謹んで差し上げたいと思います。