暖炉

パチン、パチッ
暖炉の中で薪のはぜる音がして、小枝が炎に包まれて行く。

今日テマリは珍しく高熱を出して寝込んでいた。
心配なのだろう、いつもならわざわざ声をかけていったりしない弟がドアをちょっと開けて覗く。
「鬼の攪乱じゃん」
じろっと睨むつもりだったのだが、顔の向きを変えるのすら億劫だ。
「大丈夫かよ‥‥」
反応のなさに戸惑う声が遠くから聞こえた。
「‥‥時間がたてばなおるはずだ」
その場からもう一人の弟の声もする。
何なんだ、2人揃って。
さっさと任務に行けよ。
テマリの思いは声にならないまま、静かにドアが閉められた。

いったい何年ぶりだろう。
熱出してぶったおれるなんて、みっともない。
いつもちゃんと気を張ってれば体調を崩す事なんかない、というのが彼女のポリシーだ。
だから余計にここまでへばってしまったことが口惜しくもあり、情けなくもあった。

「忍者だって人間なんだ、怪我もすりゃ熱も出して当たり前だ。
今回の任務からお前は外す。
ちゃんと直さないと他の人間にも移ってかえって迷惑だからな」
これはバキ。
とっくに担当教官からは外れているのに、やはり昔の教え子の事は気になるらしい。
‥‥だんごなんか置いていかれても食べられやしない。

熱でぼやけた頭に昔の記憶が浮かぶ。
幼い頃時折こんな風に高熱が出た。
今ではすっかりなりを潜めてしまったけれど、子供にありがちなぜんそくがテマリを苦しめた。
咳で眠れない夜。
誰かが彼女の背中をさすってくれたっけ。
我愛羅を宿してから安眠する事の出来なかった母親だったり、遅くまで執務をしていた父親だったり。
甘えられる安心感と、彼らだって大変なんだからもたれかかっちゃいけないという思いと。

‥‥なんでこんな事を思い出すんだろう。
もう2人ともここにはいないのに。
時折出る咳のせい?

うつらうつらしながら目をやると暗い室内でそこだけ明るい暖炉が目に入る。
砂の里の寒暖差は激しい。
頑丈な塀と分厚い壁で覆われたこの屋敷でも、この季節、特に夜間には火の気がかかせない。
炎が右に左にゆらゆらと揺れている。
まるで今の彼女の記憶のようだ。
思いがあちこちに飛んで定まらない。

テマリは暖炉の炎を見ているのも、薪をくべるのも好きだった。
「テマリは焚き火奉行だな」
めんどくさがりのカンクロウが呆れながら言っていた。
いきなり大きな木に火をつけようとしても燃えやしない。
まず細い薪を入れて、そこへ燃えやすい紙やなんかを差し込んですこしずつ炎の勢いを強めていくのだ。
太い薪はその後。
炎が安定してからも常に気を配る必要がある。
時折空気を混ぜ来んでやらないと。
面倒といえば面倒な作業だが、テマリには別に苦でもなんでもなかった。
生き物のように動き、瞬時にして色を変える炎は見ていて飽きない。
カンクロウも我愛羅もガスに替えてしまっていたが、テマリは昔ながらのこの暖炉にこだわっていた。

窓の外は相変わらずの砂嵐、らしい。
なぜかガラスが曇ってよく見えない。
熱で目がかすむのだろうか。
「乾燥すると喉によくないですからね」
そういって夜叉丸が、寝込んでいるテマリの部屋に濡れたタオルをかけていってくれたっけ。
あのときも、こんな風にガラスが曇ったような記憶がある。

ああ、今日の任務は私なしでなんとかうまくいったのだろうか。
現在テマリが率いているのは彼女以外は下忍だけの構成。
代わりに誰かついてくれたのなら問題はないだろうけれど。
初めて里の外で行われる任務だったから気になってしょうがない。
ため息ついて目を閉じる。

『4代目里長の長子』と言う目に見えない重責をいつも背中に感じて生きてきた。
風影の名に恥を塗る事はできない。
‥‥もちろんそんなこと、口が裂けたって親にいったことはなかったけれど。
そんなテマリは絶対に人に弱みなんか見せない。
‥‥見せたくない。
忌々しい風邪だ、早くどっか出て行ってくれ!

そろそろ暖炉に薪を足さないといけないと思いながらも体が動く訳もない。
しかし、こんなことで人を呼ぶのはいやだ。
テマリは熱っぽい体をどうにか動かして寝返りを打った。

人影!!
さすがにここまで体調を崩すと結界を張るのも困難だろう、と我愛羅がさっきかわりにしておいてくれたはずなのに?!
しかし暗闇に目を凝らせばそれはおなじみの2人だ。

「‥‥ったく、ガスにすりゃいいのに」
ぶつくさ言いながらカンクロウが薪をくべて暖炉の火を調節している。
「‥‥仕方ないだろう、テマリはこれが好きなんだから」
我愛羅はタオルをかけた洗面器に水を継ぎ足している。
「‥‥バキは?」
「テマリの代理で遠征じゃん」
「久々の下忍相手で若がえるかもな」
「言うねえ、風影殿!」
「‥‥しっ、テマリが目を覚ますだろ‥‥」

二人がこちらを伺う前に目を閉じて寝た振り。

「大丈夫、よく寝てるじゃん」
「‥‥ならいいが、ほら、火が消えかかってるぞ」
「ああ、もう、お前がやれよ、俺はこんなローテクやってらんねえよ」
「ほう、傀儡がハイテクか」
「うるせえな」

二人は暖炉の火の方を向いた。

「ここまでこじらせる前に気がつけば良かったんだが」
「テマリが言うわけねえだろ」
「‥‥まあ、な」
「ま、こういうのもたまにはいいじゃん」

こういうの=弱ったテマリ、だろ、と内心つっこむ。
否定しない辺り我愛羅も同意しているらしい。
フン。
元気になったらただじゃおかないからね。
弟にいたわられるなんてアタシの柄じゃないんだから。
‥‥しょうがない、今日の所は大人しく世話されといてやるか‥‥

炎がパチパチと小気味よい音を立て、二つの影を伸ばしたり縮めたりする。
暖かく居心地のよい空気につつまれてテマリは深い眠りに落ちていった。

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蛇足的後書:弊サイト44,000HITキリリクでございました。
リクエストは『テマリ』ものを、ということで多笹音裟羽賀さんから頂きました。
砂メインのうちのサイトですが、テマリのお話って凄く少ないのです(汗)。
多笹音さんは現在受験勉強中ということ、こんなお話ですが少しでも応援になれば、と思います。
リクエストありがとうございました!!多笹音さんのみお持ち帰り自由です。