バイク


昼下がりの街角で人待ちの私の目の前にとまったボルドーのロードバイク。
あ〜、いいなあ、バイクってやっぱりかっこいいよねえ、絵になるわ。
後ろの座席にぶらさがったヘルメットがいかにもカップル用って感じでわけもなく妬ける。
Tシャツに黒い革手袋、なんかぐっときちゃう。
ちょっと丸め加減の広い背中や、袖と手袋の間に覗く腕や肘が「男」って感じで‥‥
カンクロウが乗ったら、きっとこんな感じだろうな
などと妄想してたらメットから見知った顔が、正確には瞳が笑ってる。
「よ、おじょうさん、後ろ乗んない?」
声にはっとしてその男をよく見れば私の待ち人、カンクロウだ!

目をしばたいた。
うそみたい、なんで?

「何目をぱちくりさせてんだよ、バカ丸出しだぜ」
「だ、だって、バイクなんて‥‥」
「いつも乗ってないって?
フン、 が二輪フェチなのは一度でも一緒に街に出りゃすぐわかるじゃん。
ガンとばしまくりだもんな。
まあ、本日はサービスデイということで。
ほら、メットつけろよ」

フルフェイスが後部座席にぶら下がっていたヘルメットを私に差し出す。
なんか相手はカンクロウなのに、目の部分しか見えないから知らない人みたいで、
でも、メットから聞こえるちょっぴりくぐもった声はやっぱりカンクロウで、‥‥‥
新しい彼と出会ったみたいでドキドキする。

「へったくそだな、二輪フェチのくせにメットの付け方もわかんねえのかよ」
「う、うるさいな、慣れてないだけじゃないのよっ」

半分本当で半分嘘。
だってメットから覗く三白眼がじっと私を見てるから、わけもなく緊張しちゃってるんだ。
見えてるのがそこだけだから彼のキツめの瞳がよけいに強調されててどぎまぎする。

「ああ、もう、こうやんだよ、じれったい」

革手袋をはめた手がぐいっと私のメットのひもをひっぱって手際よく金具に通して行く。
手袋から覗いている指先があごに触れる度そこが熱く感じる。

「ほれ、できたぞ」
「あ、ありがと」

突然緑の瞳が笑う。
「ドキドキしてんだろ」
「なっ、なにうぬぼれてんのよっ、このナル!」
ばこっ、とメット越しにはたかれる。
「素直じゃねえなあ、 は!ま、いいや、早く乗れよ、日が暮れちまうぜ」
ううう、ヘルメットかぶった上からたたかれると痛くはないけど、頭が重いからぐらぐらするよ。
どっかのケータイのへんな踊るキノコになった気分。
よいしょっとバイクにまたがり、カンクロウの腰に腕をまわす。

「おい、もっとしっかり掴まんなきゃ振り落とされるぞ」
「だって‥‥」
「だってが多いな、 は〜、もっと密着しろよ、二輪借りて来た意味がねえじゃん」
は?
考える間もなく、カンクロウが思いっきりバイクを吹かして乱暴にスタートさせる。
「ひゃっ」
思わず背中にぎゅっとしがみつく。
「そ、そんなに飛ばしたら危ないって!ねえ!?」
聞こえてるのか聞こえてないのか、メット越しだからわかんない。
当然、彼も後ろを振りむいたりなんかしないし。
景色が流れるように後ろへ飛んで行き、カーブが来る度に体が大きく傾く。
ひやひやしながらも、カンクロウに掴まってたら大丈夫だと言う妙な安心感。
ぴったりひっついてるから彼の体の動きが手に取るようにわかる。
ゴツいけど、しなやかな黒豹。
‥‥まあ、ドラネコみたいな気もしないでもないけど。

急に海を見に行こうと言うお誘い。
夏だし、日焼けは気になるけど、ま、もともと色白でもないしいいか、なんつっても海よ、海!
ちょっと恋人って感じじゃない?!
でもよく聞けば遅い午後しか空いてないらしい。
なんだ、とちょっとガッカリしながらもなんとはなしにウキウキと弾む心で待ち合わせたらこのサプライズ!
‥‥知ってたんだ〜、私がなんかわかんないけど、やたらバイクに憧れてた事。
こんな風に思いがけなく夢を形にしてくれるなんてめっちゃ嬉しい。

メット越しにも風に塩の香りがまじってきたのがわかる。
坂を上り切ったら‥‥海が見えた!
空には真っ白な入道雲がもくもくとわきたち、空の青さが余計に際立つ。
海と空の境目が分らないぐらいどちらも真っ青でいかにも夏。
「きっれいだね〜っ」
思わず大声で怒鳴る。
カンクロウが黙って頷く。
‥‥なんか渋いわ。
メットにネコミミとかついてなくてよかった。

海沿いの歩道にバイクを止める。
ヘルメットを取って、頭をぶるぶるっと振るカンクロウ。
「あち〜、二輪はこれだけがなあ」
あら、髪の毛が寝てるよ、珍しい眺めだ。
「なんだよ」
「ううん、毛がたってないから」
「あたりまえじゃん、俺はハリネズミじゃねえよ。
フルフェースのメットかぶってまだたってる髪の毛なんてありえねえだろ」
「ま、そうよね」
だってぺたぺただぜ、髪の毛」
「しょうがないじゃん!」
がしがしと髪の毛をほぐす私たち。

「ちょっと歩くか」
「うん!」
ヘルメットが2つ、ちょこんと並んでバイクに載っかってて、なんだか嬉しい。
「えへへ」
「ふ〜ん、 、珍しく素直じゃん、自分から手なんかつないじゃってさ」
「だって〜、なんか嬉しいんだもん」
「ラブラブ〜vvvってか」
「ふふふふっ」

サンダルを脱いで波打ち際を歩く。
「水着もってきたらよかったね〜」
「まあな、でもまだちょっと早いだろ、すぐ寒くなっちまうぜ」
「そうだね〜」
の水着って、どんなの?」
くると思った。
「え〜、別にふつうの‥‥」
「スクール水着かよ」
「さ、さすがにそれはないわよ」
「でもどうせ色気ない奴だろ」
「‥‥‥」
「勝手に買うなよ、今度一緒に買いに行こうぜ」
「え〜、いいけどさ‥‥」
前だってカンクロウがプレゼントくれるとか言って、何かと思ったら思い切り下着で、
それも自分じゃ絶対選ばないようなきわどいヤツだったりしたからちょっと困ったのよね。
嬉しいような気もしたけど。
‥‥‥実は今日つけてたりするんだけど。
「んじゃさ、カンクロウはどんな海パンなの」
「ふんどし」
「ええええっ」
「ばか、嘘に決まってるだろうが、俺を一体なんだと思ってるんだよ」
「あ〜、びっくりした」
「ビキニ」
「えええええ〜っ」
「嘘だよ、俺は締め付けるのは嫌いなんだよ、忍び装束見たらわかるだろ。
普通のサーフパンツに決まってんじゃん」
「あ、そ」
自分の水着姿なんか貧相だからどうでもいいけど、コイツのは見たかったりする私は問題児かも。

来た道をたどってバイクの方へ戻り出す。
「いつバイク免許取ったの」
「忍者は何でもあり」
「ふ〜ん、いいな〜、私も取りたいなあ」
が?へ〜、んじゃ教えてやろうか」
「えっ、ホント?」
「いいぜ、どうせまだ時間あるし、教えてやるよ」
‥‥‥って、いきなり大型かよっ!?
「‥‥浮きまくりだな、 が乗ると」
「う、うるさいな」
「それになんか足が今イチついてないような気がするな」
「しょ〜がないじゃない、自転車専門なんだもん」
「ま、基本はいっしょじゃん」
本当かね?!
「いいか、これがクラッチで、こうやってギア切り替えてスピードあげてくんだ」
「‥‥‥」
「お前、クラッチって何かわかってないだろ」
「‥‥‥うん」
「それでバイク乗る気だったのかよ」
「憧れと現実は違うだけよ!」
「何いばってんだよ、しょうがねえな、なら最初は俺が後ろについてやるから が前にのれよ、ほら」

‥‥なんか保護者付きの教習って感じ?
私が前に座って、後ろにカンクロウ教官。
足の方も結局カンクロウが操作して、私は足をのっけてるだけみたい。
「ホラ、ここでこうやって変速するんだよ、コラ、クラッチ切れよ!それはブレーキ!」
「うわっ、急にスロットルあげんなよっ、まだローにしか入れられないんだから!」
どうのこうの言われつつ、何となく基本はわかったような‥‥
「あ、そう?
なら俺は手を出さないからお前操作しろよ」
すっと手と足を引っ込めてしまったカンクロウ。
しょうがないな、と自分でやるべく片足をペダルにのせたとたん、
「ひゃあっ」
「なんだよ、つかまんなきゃ落ちるじゃん」
カンクロウが後ろから掴まってきやがった。
‥‥背中って鈍いみたいでこんなに感じるんだ。
‥‥ヤバ‥‥さっきひっつきまくってたよ、アタシ。
「ほら、雑念が頭の上で入道雲みたいになってるぜ、 チャン」
「な、なに言ってんのよっ」
「カンクロウくんのムナイタ感じてヤバいと思ってんだろ」
「そ、そんなこと‥‥」
「あら〜そうですか、俺はさっきたっぷり楽しませてもらったけどねえ」
「コ、コノヤロ〜っ」
「ば、ばかっ、たおれるだろ」
「あ、ごめん」
カンクロウが足で支えてくれてたんだった、でなきゃまともに立ててもいらんないわ。
「まあ、初心者にいきなり無理は禁物だな、今は足と手の連携プレーをおぼえな、まねだけしてさ」
「うん‥‥」
がしゃがしゃとギアチェンジのまねごと。

しばらくしたら、カンクロウが黙ってるのが気になって来た。
「どうしたの、なんか静かすぎて気持ち悪いよ」
「ちょっと考え事じゃん」
どうせ、ロクなこと考えてないでしょ。
「何考えてんのよ」
「これは危険なポジションだな、と」
「なんでよ、あたしがへたくそだから?」
「まあそれもあるけど」
「なによ、はっきり言いなさいよ、はっきり!カンクロウらしくもない!」
「オマエノパンツガ、スキマカラミエルノ」
がくっ
ローライズだから前屈みになるとどんな浅履きの下着だろうがすきまから見えるんだ!
おまけにもろ後ろの正面!
「こらっ、 っ、いくら俺でも倒れかかったバイクを2人乗りの体制で支えるのは楽じゃねえんだぞっ」
「あ、あんたが変なこと言うからじゃないっ!!」
「聞くからじゃん」
「ふつうはそんなこと言わないもんでしょっ」
「思ってるだけなわけだな」
「も〜」
「俺がこないだ押し付けた奴だろ、ふっふっふっ、かわいいとこあんじゃん、 ちゃ〜ん」
どう返事しろっつ〜のよっ!

気がつけば太陽が傾いて、空がオレンジに染まり出した。
「さ、そろそろ帰るか」
「うん‥‥」
まだまだ帰りたくなんかないんだけど、どうせ今日も任務なんだろうな、仕方ない。
カンクロウは遅れるのがいやなクチだから、こういうとこは変にきっちりしてる。
奴が帰るって言ったら帰るしかないんだ。
まだ時間あると思うんだけど。
‥‥つまんないな。
バイクからヘルメットをとって、頭にかぶる。
「‥‥カンクロウのバカ‥‥」
ひもを締めながらぼそっとつぶやく。
理不尽だと自分でもわかってるけど、せっかくの時間が打ち切られるのが腹立たしくてつい愚痴。
バイクのそばに立って、まだメットをかぶってないカンクロウが
耳聡くそれを聞いてこっちを振り向く。
「何だよ」
「何でもない」
「何だよ、 こそはっきり言えよ」
「もうっ、カンクロウのバカって言ったの!」
「ええ〜っ?メット越しじゃ聞こえねえなあ〜?」
「もうっ!」
ぐるっとカンクロウの背中にまわってでかでかと書く。
『バカ』
「ああ、『スキ』ってね、フンフン」
「もう〜っ!!!」
「さ、ごちゃごちゃ言ってねえで帰るじゃん、ほら、乗れよ」

さっさと自分一人バイクにまたがって革手袋をはめ出すカンクロウ。
‥‥‥夕日がその輪郭をくっきりと浮き出し、うつむき加減の彫りの深い顔に影が落ちる。
私は、男だからどうの、女だからどうのという区別が正直嫌いだ。
同じ人間じゃない、とか思ってしまうクチ。
‥‥‥でも、彼といると、女で良かったなって素直に思える。
男の彼に寄り添う自分がすごく自然で嬉しく思える。

ごそごそカンクロウの後ろに乗り込んで、体を預けて腰に手をまわす。
「いいか?出るぞ」
「うん」
ブルブルブルっとエンジンがかかる。
体ががくんと揺れて風を感じ始める。
どうせ聞こえないし、と、未練たらしく文句の続き。
「‥‥帰りたくない‥‥」
聞こえてないと思ってたらすぐに返事が返って来た。
「‥‥すんなり帰ると思ってたのか?
ちゃんと良い子は寄り道するもんだぜ」
「‥‥悪い子でしょ〜っ」
「あ、そうだった?」
なんか、同じ事考えてんだな、と嬉しくなってもっとぴったりひっつく。
「ああ、俺ってMだなあ〜」
「なんでよ」
「このポジションじゃ手出しできねえじゃん。
背中にお前をびしびし感じるのにさ〜。
でもその悶々としたとこがまたよかったりするからな」
「ス〜ケ〜ベ〜ッ〜」

「‥‥‥カンクロウ、大好き」
返事はなかったけど、革手袋が私の回した手を一瞬ぎゅっと握って、また、離れた。

薄暗くなった道をバイクは2人を乗せて進む。
ヘッドランプが薄暗がりに光のトンネルを作る。
これから先どうなるかなんてわかんない。
でも、今は、二人で一筋の明かりの中を進む。

目次へ戻る


蛇足的後書:突発的に書いてしまいました、バイクもの!
絶対乗せたかったし、乗せてもらいたかったので。
これからの季節、街はバイクであふれかえりますから、ひがむばっかりではイカンと。
自給自足バンザイ!
二人の寄り道先ですか?それはご想像にお任せします。