休日 前編
天高く馬肥ゆる秋。
  雲一つない澄んだ青空のもと、恒例の市が開催中。
  ぎっしりと並んだ屋台には季節の恵みが所狭しと積み上げられている。
  大根、白菜、りんごに柿、みかんなどの農作物はもちろん、山の幸である栗やキノコ、新鮮な牛乳やチーズ、地鶏に卵なども販売されている。
  露店前はお得なものに弱いオバちゃんでいっぱいだ。
  農産物だけではなく、市場と言えば蚤の市、さすが忍びの里だけあって、放出品のクナイや旧モデルの中忍ベストなども並んでいる。
  隅っこの方にはよく言えばアンティーク、悪く言えばガラクタも売られていて、けれどよく探せばよさげな巻物なんかもあるらしく、けっこう人だかりがしている。
  時々お祭りで設置されているワンコイン乗り物はここでは、なんと本物のラクダだ。
  さすが砂の里、というか、単にアナログなだけなのかもしれない。
  
  「お、ここのヨーヨーつり安いじゃん」
  我らがヒーロー、カンクロウ君の声。
  お子様向けコーナーになぜか出現だ。
  「あ、忍びの方は(特に大人は)申し訳ないですが、ご遠慮下さい」
  すまなさそうに店主が言う。
  それもそのはず、忍者にかかったらあっという間に品物がかっさらわれて商売上がったりだからだ。
  「ちっ、つまんねえな」
  口を尖らせてその場を去るカンクロウにテマリの声がかかる。
  「何ひやかしてんだよ、さっさと持ち場につけ」
  そう、皆は秋の休日をお祭り気分で過ごせても、彼らは今日も任務なのである。
  ご苦労様。
  といっても本日の任務はお察しの通り実に庶民的な販促補助、早い話が店番だ。
  「い〜けどさ、なんで俺は毎年ここが持ち場なんだよ。
  下忍の時から全然かわんねえじゃん」
  「カンクロウはバザール系だからな、声もでかいし。
  それにこれは誰にでも出来る事じゃない」
  ほめているのか、けなしているのか。
  「風影の肉親なら品質に疑い持つ奴はいないし、高額商品を任せるにはそれなりの信用がないとな」
  「なら、テマリがやったっていいじゃんかよ」
  「オンナはこんな商品うらないんだよ」
  (なんだよ、こんなときだけオンナだ、オトコだと持ち出しやがって)
  不満げなカンクロウの前にはじゅうたんの山。
  まさにバザールだ。
  実は砂のかくれた特産品だったりする(のか?)。
  「ま、昼からはこの前でアトラクションもあるらしいし、ひまな売り場なら十分見学できるからいいだろ、頼んだぞ」
  テマリは自分の持ち場、放出品売り場の方へ向かった。
  不正なルートで倉庫から忍びの必需品や武器が流れていないか、また買いにくるメンツを監視するのだ。
  
  「お〜、兄ちゃん、また今年も店番かい」
  腰の曲がった爺さんが声をかける。
  「ああ、またあんたか。
  爺さんも達者だな、俺が下忍の頃からずっとここへ来ては油売ってくじゃん」
  「そういうない、いつも結局は売値で買ってやってるじゃないか」
  「俺はかわりに爺さんの油買ってんじゃん」
  なにやら親しげ(?)な会話、どうやらこの方、毎年カンクロウにちょっかいを出しにくる様子。
  「まあ、茶でも出さんか」
  「ったく、本式バザールかよ‥‥」
  ブツクサいいつつ、お茶を入れるカンクロウ。
  この爺さん、砂の古老ということで結構いろんな話を知っており、こんな態度をとりつつ実はカンクロウも彼に会えるのをひそかに楽しみにしていたりするのだ。
  しかし、お年頃のカンクロウとしては、爺さんの相手もいいがちょっとは華やかさが欲しい。
  テマリは放出品売り場などという一見色気のない場所を担当しているが、これがどうして、お金のあまりない若い忍びの掘り出し者がわんさか来るのである。
  ちらりとそちらを見ると、彼女にはその気はなくても、美人で有名なテマリがいるのでやたら賑わっている。
  
  「それに引き換え、こっちはなあ‥‥」
  「なんじゃ、じじいじゃつまらん、てか」
  爺さんがニヤニヤ笑いながら言う。
  「そうはいってねえけどよ‥‥」
  「顔に出とるわ、この青二才。
  心配せんでもじき始まるアトラクションで十分若い娘っこの姿をおがめるわい」
  「何なんだよ、そのアトラクションってさ」
  確かテマリもそんなことを言っていたが、去年までは何もなかったじゃん、と思うカンクロウ。
  「フン、忍びのくせにそんな情報ぐらい仕入れとけ。
  よさこいじゃ。
  ちょうどお前さんみたいな化粧した輩が踊るのよ」
  そういえば、今日はなんだか親近感のわく姿をした人間が多いと感じたのはそのせいだったのか。
  気がつけば、売り場前の広場にいろいろ機材が運び込まれてきている。
  「まるでロックコンサートの準備じゃん」
  「バカタレこの世間知らずが、よさこいはな、どんな曲でも振り付けでも構わんのじゃ。
  鳴子もって踊ることと、曲に「ソーラン節」の一節が入いっとることが唯一のルールで、あとは全く自由なのがウリだわな 」
  「‥‥じいさん、えらく詳しいじゃん。
  さては、自分でもやってんだろ」
  「‥‥ばれたか。
  じゃがなあ、今日の今日に限って、ホレ、足首をねんざしてのう」
  よく見ればご老人、足をひきずっている。
  「今日もせっかく日頃の練習の成果を見せようと張り切っとったんじゃがな」
  
  元気なじーさんだぜ、と内心舌を巻くカンクロウ。
  だが、もともと砂の里はご老体が元気な事でも有名な里だ、これぐらいのことで驚くには値しない。
  「残念だったじゃん、まあ、ここからならばっちり見えるとかいってたし、今日はおとなしく鑑賞にまわりなよ」
  「ははは、そうじゃな、だが、お前さんは見てられんぞ」
  「は?」
  「お前がわしの代わりに出るんじゃからな」
  目をテンにするカンクロウ。
  「な、何言ってんだよ、冗談キツいじゃん。
  だいたい、売り場をほっとく訳にはいかねえじゃんか」
  「皆まで言うな、何のためにワシが痛む足を引きずって出てきたと思っとる。
  毎年毎年無駄に通っとった訳ではない、お前さんの商売のやり方なんぞ、長年キャラバン組んで行商をしとったワシにはお見通しじゃ。
  まかせておけ、売上げもちゃんとあげといてやるから、心配せんとそこで待っとる連中と練習して来い。
  ただし、わしの顔に泥を塗るなよ!」
  「へっ、たかが踊りだろ、大げさなこと言うなよ!
  だいたい爺さんの仲間なんだから、ど〜せ爺さん婆さん連中‥‥」
  
  ご老人の言う方向を向いて、カンクロウは最後まで言葉を言えず。
  そこにいたのは額当てならぬバンダナをきりりと巻いた、まさしくカンクロウと同世代の若者達。
  色鮮やかな和風の衣装を身につけ、顔にはカンクロウ同様、派手な隈取りと言ってもいいほどのメイクをほどこしている。
  「ほれ、何しとる、本番まで時間がないんじゃ、さっさと行かんか」
  爺さんに押し出されるようにして彼らの前に立ったカンクロウ。
  「‥‥よう、カンクロウだ」
  最初が肝心、なめられたらおしまい主義の彼はぐっとあごをつきだし、えらそうに挨拶する。
  内心は一体こいつらとどんな踊りをするのかと、一抹の不安を抱きつつ。
  さっと彼らのうちの一人が握手の手を差し出す。
  「はじめまして。
  ジジイがいつも世話になってる、孫の
  
  だ。
  今日はジジイのかわり頼む」
  あまりの礼儀正しさに気後れしながらも、自分も手を差し出すカンクロウ。
  「ああ、こちらこそよろしく」
  握った手とふっと鼻腔をくすぐる香水の香りで相手が女だと改めて意識する。
  「カンクロウ、よさこいは踊った事あるんだろうな」
  「いや、踊るのも見るのも初めてじゃん」
  ざわっと動揺がグループの中に広がる。
  なんなんだよ、とちょっとびっくりするカンクロウ。
  
  が話し出す。
  「カンクロウ、うちのチームは結構レベルが高い方なんだ。
  ジジイはああ見えてヨサコイの名手で今回も私と2人、さびの部分でソロがある。
  ‥‥もし、今から2時間で踊る自信がないなら、いっそ棄権した方がい。
  チームの名前に泥を塗るくらいならやらない方がましだから」
  彼女のこのセリフがカンクロウの負けず嫌い魂に火をつけたのは確実だ。
  「やるじゃんよ、一度爺さんに頼まれたんだ、いまさら引けるか」
  「でも、全くの初めてなんだろ」
  「‥‥嘘ついてもしかたねえだろ。
  ともかく、見せろよ」
  「ジジイの野郎‥‥ちっ、仕方ない、一度通すぞ!」
  
  
  の声が合図になって全員がポジションを組む。
  MDプレーヤーから耳をつんざくようなロックの大音響が響き渡り、踊りが始まった。
  もともと路上をパレードしながらの踊りを会場用にアレンジしたものだから、HIPHOPダンスのように
  バック転をしたり逆立ちで回転するとかの単独での派手な動きはないものの、群舞ならではの統一感のある舞。
  大きく手を振りかざして鳴子を鳴らし、ステップを踏んで右に左に体を揺らす。
  動きに連れて色鮮やかな衣装の袖や裾がひるがえり、華をそえる。
  振り付け自体はさほど難しくないが、総勢20名ほどが見事に同じに動き、一瞬も止まっていない。
  そうこうするうちに曲調がかわり、
  
  が言っていたソロ部分が始まった。
  群舞でないのでかなり激しい踊りだ。
  「爺さん、よくこんな踊りやってるな‥‥」
  変なところに感心しているうちにデモが終わった。
  
  
  がこちらへすたすたと近づいてくる。
  「カンクロウどうだ、踊れそうか」
  「4分ほどだな、なんとかなるだろ」
  「見ただろうが私は先頭なんだ、つまりカンクロウもそうだ。
  絶対間違えてもらっちゃ困る」
  メイクのせいか、りりしい顔立ちのせいもあるのか、
  
  の言う事はかなり厳しく聞こえる。
  彼女のキツい物言いにかなりカチンときながらも初心者であることにはかわりないので珍しく謙虚に(彼にしては、である)返事するカンクロウ。
  「練習しかねえな」
  「時間がないから通し練習でみんなに混ざってやってもらうがいいな」
  「やってやるじゃんよ!」
  
  彼らの練習の様子を店番ついでにニヤニヤ笑いながら観察しているご老体一名。
  
  の祖父だ。
  (やっとる、やっとる、わしがいると
  
  もいつまでもわしに頼ってばかりで一向に後継者が育たんからのう。
  仮病を使ったかいがあったわい。
  外部の人間を入れると対抗意識で一致団結も計れるし、あのガキは見たとこスジがいいからすぐうまくなるだろ‥‥へたしたらメンバーに誘い込めるかもな。
  まったくわしって頭がいいのお)
  カンクロウおよび
  
  が聞いたら血相を変えそうな事を年輪を重ねた仮面の下でホクホクと考えている模様。
  
  そこへ白馬の騎士ならぬ、ラクダの騎士、風影つまり我愛羅がラクダに乗って登場。
  「‥‥お前は誰だ?
  ここはカンクロウの持ち場だったはずだが」
  ラクダの上から睥睨されさすがのじい様も青ざめた。
  「こっ、これは風影様。
  わしの代わりに昼のアトラクションに出て頂く事になりまして‥」
  「フン、お前の事は知ってる、毎年カンクロウにちょっかいだしてるだろう。
  まあ、祭りは気晴らしの場でもあるんだから別にかまわん。
  (奪回編で兄に活躍の場がなかった事をさしているのだろうか?)」
  我愛羅はラクダからおもむろに降りて店の前から舞台の方を眺める。
  
  「‥‥ここは舞台がよく見えるな。
  俺もアトラクションとやらを鑑賞させてもらおう」
  ひえ〜、という爺さんの声は音にならず。
  ラクダを手近の木につなぐと、どっかりと爺さんの横にあぐらをかいてしまった。
  「‥‥茶ぐらい出したらどうだ」
  さっき、自分がカンクロウに言ったセリフをそのまま言われてあたふたとお茶を入れに走る爺さん。
  
  「だめだ、時間がない、やっぱりカンクロウは群舞に入れ。
  おい、サトシ、お前がジジイの代わりだ」
  
  がカンクロウへの指導を急にやめ、別のグループで最終仕上げをしている青年に呼びかけた。
  サトシとよばれた青年は突然の指名に仰天、カンクロウのほうを指差し、
  「なんでだよ、カンクロウだって十分できてるじゃないか」
  そうだよ、とカンクロウは思いつつ、傍観者を決め込んだ方がこの場はいいと判断し、おとなしく様子見。
  「サトシ、お前よさこいを何年やってるんだ、ほんのちょとやっただけの人間に負けてくやしいと思わないのか?」
  「そ、そういうわけじゃないけど‥‥」
  「決まりだ、お前がやれ、私以外では一番長いんだからな」
  ざわつくメンバー達。
  どうも、
  
  も本番前に突然違うメンバーが入り、又、爺さんから急にリーダーをやれと言われどう指揮を執ったものか混乱している様だ。
  (チッ、しょうがねえな、本番前にごたごたしてどうすんだよ、まとめなきゃなんねえだろうが)
  クマドリの下で舌打ちをしつつ、乗りかかった船が沈没しないよう、ついおせっかいを焼いてしまうカンクロウ。
  「な〜んだよ、頼りねえな。
  こんな野郎に任せて大丈夫かよ、俺の方がいいんじゃねえの」
  カンクロウに敵意の視線が集中し、一気にみなの団結が固くなった。
  モチロン、こうなることは計算ずくだ。
  そして‥‥爺さんの思うつぼでもあったりした。
  「よし、じゃあサトシが入ってもう一回通す。
  これで最後だから気合い入れてくぞ!音楽頼む!」
万事うまく行ったかのように見えた‥‥その場では。
閉じてお戻り下さい
蛇足的後書:ちょっと季節がずれてしまいましたが秋祭りものです。
  よさこいで見たあのメイクがカンクロウとだぶってどうしても忘れられず、強引に形にしてしまいました(^^)。
  でも、似合うと思うのよね、お祭り男っぽいし。