休日 後編

カンクロウは着替えをすませ、いつもと違う多色使いのメイクに違和感を覚えつつも指定された場所へ現れた。
みなは軽く体を動かしたりしながら本番を待っている。
さっきの件であまり居心地がよくないので、ぎりぎりまでみんなの中に入るのは辞めておこうと思っていた矢先、 が彼の方へ来た。
「カンクロウ」
のそっけない口調は緊張しているからなのか、それとも元々彼女の話し方はこうなのか、判断しかねた。
多分その両方なのだろう、さっきは気づかなかったがなんとなく顔色が青い。
きっと本番前で緊張しているのだろう。
「なんだよ」
心配りはあっても態度はそれに反比例しがちなカンクロウは、今回も同じように腰に手を当ててえらそうなポーズを崩さない、いや、崩せない。
「‥‥さっきは悪かった、謝る。
いつまでもジジイに頼ってられないと分ってはいるんだが、なかなかきっかけがなくて。
皆をけしかけたくて、ついあんな言い方になってしまったのによくフォローしてくれたな‥‥カンクロウはぶっきらぼうだけど、優しいんだな。
‥‥ありがとう。」
こう、素直に下手に出られるとどうも居心地が悪くて、目があちこちへと泳ぐカンクロウ。
そして泳ぎついた目の先には‥‥
ニヤつくじいさんと、茶をすすりながら反対の手でサムアップ、『ガンバ』のブロックサインを出す我愛羅。
「ど、どうってことねえじゃん、さ、もうスタンバイだろ、行くじゃん」
カンクロウはがらにもなく赤面しながら、バザール担当の二人のぬるい目線から逃れるように をせき立て、舞台の方へそそくさと急いだ。

「お待たせしました、砂の誇るよさこいチーム『サンドサンド』によるパフォーマンスです!
本日はリーダーが負傷したため、若いお二人がリードを取ります、皆様盛大なご声援をどうぞ!」
待ってましたといわんばかりの大歓声。
が皆を見渡し、気合いの声を入れる。
「いくぞっ、みんな!」
「オー!」
これなら大丈夫じゃん、と思いつつ、サブリーダーたるサトシを見たとたんカンクロウは不安になった。
のさっきの様子どころではない、真っ青で鳴子を構える手がガタガタ震えている。
どうも、群舞でしか踊った事がなかったようで、この観衆を目前にして緊張が悪い方に作用しているらしい。
(まずいな、ソロなんかできるのかよ?)
しかしもう今となっては、彼を押しのけてカンクロウなり他の誰かが代わりになる事はできない。
イントロが始まり、空に突き出された鳴子が一斉に響き渡った。

前半はそれでもつつがなくいった。
群舞なので、多少もたつく人間がいてもさほど目立たない。
カンクロウも実はうろ覚えの箇所が何カ所もあったのだが、そこは傀儡師、バレないようにチャクラ糸をあちこちにとばして達人の動きをコピーさせてもらいながら、なんとかしのいだ。
長い着物の裾がきれいに弧を描くような回転舞踏のときは、糸がからまらないかとヒヤヒヤしたりもしたが、糸を切ったりつないだり要領よくごまかした。
‥‥もともと、一発勝負師的なところがあるのでこういう出たとこ勝負には強い男なのだ。
が、肝心のサトシの様子を伺うが、ますますやばいとしか思えない。
彼に取っては簡単なはずの群舞でも、目立たないとはいえミスの連続。
すぐそばで踊っている の顔も相当険しくなっている。
(どうすんだよ、もうすぐソロじゃん?)
と思う間もなく、サトシが逆回りに回転しそうになった!
とっさに糸を飛ばしてサトシを傀儡操作してしまうカンクロウ。
操られた本人は訳が分からないという顔だが、この際そんな事はどうでもいい。
爺さんに頼まれて引き受けた以上、それがSランク任務だろうがバザール任務だろうが関係ない。
やるしかねえ、と開き直ったところで曲調が変わる。
ソロだ!
自分が踊りをしっかり把握していればさほど難しくはないだろうが、カンクロウとて、今本番前に2、3度見ただけの踊りである。
しかもスピードが速い。
仕方ない、 にも糸をつなぎ、それを自分を介してサトシへ伝える。
2人だけのソロだから、カンクロウ自身は同じように動く訳にはいかずたちが悪い。
指先をつらせそうになりながらも、どうにか動きを伝えようと必死である。
複数の傀儡を扱えるとはいえ、自分でも動こうとする人間を操るのと、意志を持たない傀儡では勝手が違うのだ。
カラスやクロアリでやりなれたように勝手にばらかすわけにもいかない。
幸いサトシも途中から勘を取り戻したようで、カンクロウのフォローなしでなんとかソロを終えられそうに思えた。
もう大丈夫だろうと糸を切ったとたん、サトシがこともあろうに の長い着物の裾を踏んづけて2人揃って前のめりにこけそうになった。
ここでずっこけてしまっては今まで苦労した意味がゼロである。
なるようになれ、とカンクロウは思いっきり とサトシに糸を飛ばし、2人をつんのめった姿勢から大きくバック転させてしまった。
着物の裾や袖が大きく翻り、澄み切った秋空に鮮やかな色彩を描く。
予想外の動きに大歓声がわき上がる。
すぐさま群舞へと移り、ほどなくパフォーマンスは終了した。
割れんばかりの拍手を浴びながら、よさこいチーム『サンドサンド』は舞台を後にした。

もサトシもあんな踊りするなんて、言わなかったじゃない!」
「すごい、さすが若いリーダーだけあるね〜」
「メンバーに内緒で計画するなんて、憎いねえ!」
カンクロウは とサトシが他のメンバーに取り囲まれているのをいいことに、色々突っ込まれる前に退散しようとした。
が。
目の前に立ちはだかる‥‥ラクダの足。
見上げれば弟と爺さんだ。
「‥‥仲いいじゃん」
どうせろくな事を言われないなら、自分も好きな事を言っておこうと思うカンクロウ。
「‥‥おれはそんな趣味はない。
せっかくほめてやろうと思ったのに減点10点だな。
罰として、あのじゅうたん全部売れるまで戻るな」
「じょ、冗談キツいじゃん、あんなもん、一本でも売れたら恩の字じゃんかよ?!]
「‥‥冗談だ。
さあ、余興がすんだら持ち場へ戻れ。
おれはこの爺さんとランデブーしてくる」
「‥‥‥‥」
我愛羅は最近ジョークが過激になっているらしい。
「カンクロウ、感謝するぞ、おかげで もリーダーとして自覚を持てたようじゃからな。
お前さんの傀儡の腕前もたいしたもんじゃ。
今後もぜひ頼むぞ、ハハハ。」
「‥‥‥」
二人をのせたラクダはゆらゆらと右に左に揺れながら、じゅうたん売り場から遠ざかって行った。

着替える間もなく、しかたなくカンクロウはよさこいの衣装のまま持ち場へ立つ、というか、座る。
さっきのパフォーマンスのあとなので、彼を見ていろんな人が声をかけたり立ち止まって行く。
「あ、おにいさん、さっきの踊りよかったよ〜」
「お、サンドサンドの人かい、かっこよかったよ〜、またどっかでやっておくれよな」
「あれえ、こんなとこでじゅうたん売りもやってるんだ〜」
さっきまでほとんど誰も来なかったのに、この盛況ぶり。
テマリがひょいっと顔を覗かせる。
「販促としてはいいパフォーマンスだったな、カンクロウ。
へえ、そのメイクもいいじゃないか、今後は気分転換にそれもバリエにいれたらどうだ」
好き勝手言ってまた自分の持ち場へ戻って行った。

冷やかしやら本気やらいろんな人が入れ替わり立ち代わりじゅうたんを見て行く。
適当に受け流していると一人の少女がやってきた。
なんだ俺のファンかよ、と自分で自分にギャグを飛ばしていると彼女が声をかけてきた。
「カンクロウ」
聞いてビックリ、 である。
さっきのどぎついともいえるメイクでみたのとは大違いの楚々とした素顔。
またもや泳ぎそうになる目を必死で押さえ込んで答える。
「なんだ、 か」
「カンクロウは‥‥傀儡師なんだってな、さっきあんたの姉貴から聞いたよ」
くそ、あのおせっかいめ、とカンクロウが心の中でぶつくさ言ったがそんな声は彼女に聞こえるはずもない。
「まあ、そうじゃん」
「‥‥おかげで助かったよ、ありがとう」
どうも、 は、そのぶっきらぼうな声と正反対にかなり素直な性格の様だ。
容貌も、メイクを落とした今、その性格通りの素直そうな顔。
困ったのはカンクロウ。
彼は素直な相手には弱いのである、なぜなら自分のまわりにはそんな人間は皆無だったから。
兄弟からして、アレである。
どうリアクションしたらいいのかわからない。
「‥‥ど、ど、どういたしまして」
らしくもなく、どもる。
「また助っ人、頼むな。
ジジイがすっかりやる気なくしてさ、というか、カンクロウを気に入っちゃって、風影様と契約したらしいんだ」
何?
俺のいない間に人身売買契約が交わされた?
「‥‥いったい、どんな契約だよ?」
「じゅうたん一枚につき、一公演、らしい」
俺はその程度の値段かよ〜っ??
砂の上忍傀儡師というのはそんな価格で流通しているのかっ?
と弟の独断に激しく毒づきながらも、この素直な彼女と組めるのは悪くはない、とも思う。

秋風が黄色く色づいた木々の葉を揺らし、それにつれて二人の上に降り注ぐ光も揺れる。
「‥‥ はいつからよさこい、やってんだ?
ずいぶん腕がいいじゃん?」
「ふふふ、じいさんに引きずり込まれて無理矢理だったから、カンクロウとさしてかわらない始め方だったけどな」
青い青い空の下、カンクロウと はさっきののぴりぴりした空気とはまるで違ったやさしい光に包まれて、少しずつお互いの垣根を低くしていく。

「交渉成立のようじゃな、風影殿」
ラクダからおりた の爺さんと我愛羅が二人の様子を木陰から伺いながらなにやら話し合っている。
「‥‥まあ、いいだろう。
そのかわり、ちゃんとじゅうたんは売りさばいてもらうぞ。」
きっと、さっき話題になっていた人身売買の件だろう。
爺さんはいい弟子ができた、とほくそ笑み、我愛羅はこれでカンクロウが複数の傀儡を扱う練習ができると踏んでいた、のは別のお話。

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閉じてお戻り下さい

蛇足的後書:う〜ん、よさこいを踊る姿にすごく思い入れが合った割にあっさりした話になっちゃいました。
季節に遅れたのも一因かも〜、と他人のせいにする(ーー;)。
自分で踊ってないのがいけないんでしょうね、知ったかぶりはだめじゃん、ですか。
でも、あのメイクはマジで萌えますvvv