魔法陣
眠る。
眠り続ける、ひたすら丸くなって。
‥‥あなたのいない世界に一人目をさます位なら、コンクリートジャングルに囲まれたこのちっぽけな部屋でこのまま干涸びて、白骨になってしまいたい。
ベッドの下に隠された円陣。
もう泣くのはいや、別れようと切り出したあの日。
いつになく真面目な飛段。
だめよ、そんな顔したって、反省したふりしてるだけなんでしょ。
何回それで騙されたか。
所詮飛段にとっちゃ、あたしなんて取り替えのきくおもちゃにすぎない。
‥‥それでもいいと思ってたときもあったけど‥‥
でも、本当に好きになったら、一方通行はあまりにもつらい。
それなら、同じ泣くなら、新しく出発できる涙を選ぼうと決めた。
だから、そんな顔したってだめなんだから。
「
とはアソビじゃねえよ」
うそ。
「ホントだって!
オマエが本気だって確信持てないうちは、オレだって全部さらけだすワケにはいかねえだろ〜が」
‥‥勝手なんだから‥‥自分に都合のいいことばっかり。
飛段は子供と一緒、自分のことしか考えてない。
「じゃあ
はど〜なんだよ?え?
誰だって自分がかわいくて当然だろ?
だから別れようなんて言い出してんだろ、違うか?
オレとつきあい出したのだって、ちょっと毛色の変わった男で面白そうだと思ったからなんだろ、あ?」
‥‥そうね。
確かにそう、今までのボーイフレンドにはいないタイプだった‥‥
遊びのつもりだったのに。
大人のクセにガキで、ガキのクセに大人の色香があって、下品なクセに優雅で‥‥
バカみたい、ミイラとりがミイラになった、ってヤツね。
あたしの負け、本気になっちゃったから。
「だから、別れんのかよ?」
そう、傷が深くなる前に、きれいさっぱり飛段のことなんて忘れるの!
「‥‥そんなに簡単に忘れちまえんのかよ、オレのこと?」
簡単じゃないわよ‥‥飛段は失恋したことないの?
でもひき伸ばせば伸ばすほど、どんどん深みにはまって抜け出せなくなるものでしょ‥‥。
「‥‥いっそ、ハマっちまえば?‥‥
オレは
を離すつもりなんかない、いっそ自分の世界に引きずり込みてェ。
逃げられるのがいやだったから今日まで我慢してただけだ」
もう日の暮れた外には木枯らしが吹き荒れる音。
電気が消えたままのマンションの暗い一室。
飛段の紅い瞳に燃え上がる炎。
立ち上る殺気。
ただでさえ大柄な彼がさらに大きく見える。
言葉が出ない。
「怖いか?
‥‥だろうな、だから今まで遠慮してたんだ。
でも極上の獲物にまんまと逃げられるなんてオレのプライドが許さねェんだよ」
掴まれた腕は振り払うこともできないほど力がこもっていて、なかば引きずられるようにベッドに連れて行かれる。
きらめくナイフ。
殺される!
そう思った瞬間飛段は自分の手首を切った。
何してんのよっ、バカッ!!
なんでアンタが死ぬのよっ!!
「オレが死ぬゥ?
バカ言っちゃいけないな、オレは死なねェよ‥‥死にそうにイイ気分にはなるだろうけどな‥‥
オレも
もな」
血が腕を伝う。
鮮やかな赤が床に滴り落ちる。
その血を足で踏みつけながら何かの模様を描いていく飛段。
彼の言った言葉、そして彼の取る行動の意味がわからず恐怖で勝手に体が震える。
「びびんなよ‥‥つってもムリねえよなあ‥‥でもここまで来たらもう後戻りはできねェな。
一緒に地獄に堕ちようぜ、
」
唇で血を拭うと真っ赤なルージュを引いたかの様。
薄暗がりに浮かび上がる銀髪の悪魔。
生暖かく血の味がする口が私の唇を奪う。
ちりっとした痛みが指先に走る。
「わりいな、傷にはなんねェから‥‥」
ぞっとするほど魅力的な笑みをうかべて飛段が私の指を舐める。
バンパイアの瞳は血と同じ色。
ぞわっとするような快感が指先から体中へ這い上がる。
悪魔はさっき描いた円陣の上へベッドを蹴って移動させたかと思うと、私を抱きかかえたままその上に倒れ込む。
「オレがどんだけ
に惚れてるかすぐわかる」
ベッドの下には血塗りの円陣。
嵐の様な愛の儀式。
荒れ狂う風、叩き付ける雨、轟く雷鳴、暗闇に繰り返し光る閃光。
もう幾度も重ねたはずの体なのに。
経験したことのないこの感覚はどうだ。
拷問のような快感、体を引き裂いていく痛みと前頭葉をマヒさせるような恍惚。
砂浜に打ち上げられてはまた海底深くへとさらわれていく。
喘ぎながら、涙でかすむ目で暗闇を見つめながら感じる。
この体は私のものだけでなく、飛段のものなのだと。
そして、彼の体もまたそう、彼でありながら私のものなのだ。
彼が感じている痛みも歓びも私の中に同時に再現されているのだ。
‥‥私の感覚も‥‥彼の中にあるのだ。
ここにいるのは飛段であり、私。
二匹の獣、雄と雌。
牙をむき出してお互いに噛み付き、傷つけ合い、むさぼり食い、そして同時に愛し合っている。
それぞれの傷をえぐりあいながら血を舐めあう。
正気と狂気、夢と現実。
その境界線がぼやけ、意識が遠のく。
燃え上がる命の炎。
火花となって暗闇に飛び散る生。
圧倒的な感覚の前に平伏す愛の言葉。
目を開ければいつもの飛段が隣にいる。
でも、もう以前の私達ではない。
だってお互いの裏側まで知ってしまったから。
カーテン越しにさしこむ朝の光。
ルビーがけだるそうにまたたく。
「よう、同類」
ベッドの下にあった円陣。
今ほどその存在を恨めしく思うことはない。
過去は変えらぬもの、後の祭り。
あの魔法陣のお陰で2人が引き離しがたく結ばれれ、これからもそれは変わることはない。
だからこそ。
飛段は戻ってくるのか。
つのる焦燥。
分らない。
たとえあの高笑いがもう2度と聞こえなくても‥‥それでも‥‥死ぬことのない、死ねない私。
恨めしい、世の中の全ての幸せが。
許せない、私一人がこの苦しみに苛まれているのが。
高く日が昇った冬の午後。
私はナイフをポケットに忍ばせて外へ出た。
*閉じてお戻りください*
弊サイト初の飛段裏夢でございました。
ジャンプの展開が分らない、ヤキモキかつ不透明な状況で書いた作品なのでかぎりなくグレーです。
このような作品ですが、リキマルさん、謹んで差し上げます。