心の鎧
季節は晩秋。
はらはらと舞う銀杏の葉がつむじ風を黄色く染める。
カンクロウともうずいぶん会ってない。
‥‥仕方ない、任務だもん‥‥って、くそ〜っ、何が任務だ、バカやろう、と言いたい、本当は。
こ〜んな長期間カノジョほっといて心配じゃねえのかよっ、もうかれこれ3ヶ月以上だよ?!
夏の終わりも秋も、なんだか人恋しい季節をすっ飛ばしやがって。
電話もメールももちろんないし、本当に放任、てか、ニグレクト、虐待じゃん。
それでも連絡をを待ちわびて、電話を片時も肌身離さず、メールもまめにチェックする自分がいじましい‥‥
ん?
何かメールが来た‥‥どうせしょうもない宣伝でしょ‥‥
やっぱり‥‥おまけにこれってさ、どうなのよ、女のとこにグラビア本の宣伝を送りつけるのか?
まあどうせ機械が無作為に選んでんのよね、男だろうが女だろうがどうでもいいのよね、売れりゃあ。
‥‥
どんな本なのか、ちょっと覗いてやろう‥‥
‥‥
‥‥なんて、スタイルがいいんだ‥‥
おまけに超可愛い‥‥
神様って不公平だな、つくづく。
なによ、こんな可愛い顔して男を挑発するようなポーズばっかとっちゃってさ。
なになに、今男性に人気ナンバーワン?
ふん、そうでしょうよ。
‥‥カンクロウも、本当はこんなスタイルいい可愛い子の方が好みなんじゃないのかな‥‥
なんか、しょうもないことで落ち込むわ。
もう、寝よ。
せめて夢で会えたらな‥‥
**************
突然の連絡。
強引な約束。
私には選択権なんてあってないも同然。
彼は超多忙、私は暇人。
なんか、こう、腹立つなあ。
私は彼に合わせて当然だと思われてるのだろうか??
‥‥別に時間がないわけじゃないし、なくっても無理矢理にでもつくるけど‥‥なんか‥‥釈然としない。
あまりにも放っとかれすぎたせいか、心が殻をかぶってしまったような。
自分が主体性抜きの人形みたいだ。
「よう、
、元気だった?」
「うん、‥‥カンクロウは元気そうだね」
「当たり前じゃん」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
言葉が続かない。
なんか照れくさいのもあるし、でもそれだけじゃない、なんていうか目に見えない壁ができてる。
「なんか、
、今日は機嫌悪いな、せっかく久しぶりなのにさ」
‥‥‥バカヤロ、鈍感男。
あんたが久しぶりにしたんでしょ?!
私はずっと待ってたわよ?!
もやもやといいたいことがあるのに、言うのもはばかられて、でも言わないからよけい悶々として、どうにもうまく言えない。
「‥‥そんなことないよ」
しらじらしさ百パーセント。
じろっとカンクロウが睨む。
「うそつきは泥棒のはじまり、じゃん」
んなこと言われても嘘も方便よ!
待ちに待った再会のはずなのに、なんだか居心地が悪い。
久しぶりのカンクロウはすごくまぶしくて、ああ、この人やっぱかっこいいな‥‥‥
と思う一方で、目つき相変わらず悪いな‥‥‥、とか考える事も見事に支離滅裂。
そして当然どれも素直に口にできない。
「
」
「は、はい?」
「ハイ、かよ‥‥ま、いいや、俺んち行くぜ」
行く?とか聞かない辺りが超せっかちと言うか、カンクロウらしいと言えばそうなんだけど、今日はどうも何言われてもいちいちささくれ立った心にひっかかる。
アタシの意見は聞かないの?とか思ってる。
そのくせ言葉にできないから、黙って頷く‥自分もずるいなあ。
いらいらしながら、従順なふりして、いったい何がしたいんだろう、私?
**********
「どこもかしこも乾燥してんなあ〜。
なんか飲み物もってくるじゃん」
珍しい?!
どういう風の吹き回し??
自分の部屋につくなり、カンクロウは台所へ自らお茶をいれに出てしまった。
‥‥ひょっとして、気まずいからかな‥‥ありえる。
‥‥あああ、うれしいのに、久しぶりで凄くうれしいのに、どうにもこうにもガードがかたくなっちゃってて、身動き取れない自分がいる。
カンクロウがいない間にご主人におとらずご無沙汰なお部屋を見回す。
まあ、別に変わってやしないんだけど。
あ、雑誌。
ふ〜ん、どんなの読んでんだろ‥‥
ぱらぱらとページをめくる。
ふ〜ん、別にやらしい系のものとかないのか‥‥
詰まらん、って、あたし何探してんだろ?
そういうのってさ、たいていベッドの枕の下とか布団の下とかにあるもんなのよね。
ほら、例えば‥‥
ごそごそ。
げ。
ビンゴ。
あったよ‥‥
こ、これというのはいわゆるエロ本、というものでしょうか。
いや、正確にはそうでもないのか、別に裸体が並んでるわけではない‥‥
グラビア、というシロモノね‥‥
あれっ、こないだ迷惑メールできたやつじゃない?!
この女、厚かましくも私のカレシのベッドにいるなんて、どういうつもりよ!?
バタン
ドアが急に開いたもんだから私はびっくりして手にしたその写真集を取り落とした。
「なにびびってんだよ、
。
あ、ソレ‥‥見た‥‥のかよ」
「み、見た」
ちょっと気まずそうに床からその本を拾い上げてごそごそとすみっこに隠すカンクロウ。
「別に隠さなくてもいいじゃない、今更。
‥‥もう見ちゃったんだし」
「ま、まあな」
「‥‥かわいいね、その子」
「ま、まあな」
「‥‥スタイルも抜群じゃない」
「ま、まあな」
なによ、ま、まあな、ばっかり言いやがって!
ぶすっとふくれて、カンクロウがもってきてくれたお茶を飲む。
彼が困ってるのなんか百も承知なんだけど、なんかむしゃくしゃして素直に話題を変えらんない。
私が黙りこくっちゃったもんだから、カンクロウが困った顔で口火を切る。
「怒んなよ、別にこんなもん、男なら誰だって持ってるじゃん。
だってなんとかいうアイドルの写真集とか持ってたろ」
ま、まあね。
持ってますよ、それは認めるよ。
でもさ、隠してあった場所が問題なのよね‥‥‥ズバリ枕の下。
あたしのは本棚に鎮座してるわよ?
何に使ってるかってくらい、にぶちんの私にも分るし!
男だから仕方ないとか言うんでしょ。
フンだ、今晩から私も枕の下にあの写真集置いてやるから!
‥‥言ってて空しくなって来た‥‥
「なあ」
いきなり耳元で声がして、またしてもびっくりオーバーリアクションの私。
「な、な、な、なによっ」
「ほら、この子さ、鼻が
と似てんだよ」
は?
何言ってんの??
マジかよ、という疑いを丸出しにした私の目の前にさっきのグラビア嬢の写真をどんっとひらげる。
カンクロ〜ッ、女にこんなきわどい写真みせんなよ、しかも似てる、だと?
‥‥そうなの?
そう言われればそうか‥‥な?
しかし。
「だから何よっ」
素直に言いくるめられまいと意地になる。
「他にもさ、似てるとこあるんじゃん、ちょっとこれ見ろよ」
にじり寄って来て、またもや違うページを見せる。
ぎょえっ、刺激強すぎるよ、濡れたブラウスなんか着せんなよ、乳首くっきりじゃないっ!
見えてるよりエロい‥‥
「こ、こ、これのどこが似てんのよ、あたしこんな巨乳じゃないもん」
「当たり前のこと言うなよ、違うって、この表情がさ」
「‥‥似てるって‥‥?」
「そ」
ええ〜っ、あたしこんなやらしい表情すんの‥‥ちょっとショック。
「‥‥やだ‥‥」
「ば〜か、やじゃねえよ、いいじゃん」
理解不能。
わけわかんない。
「男はさ、視覚重視だからな〜、それにこういう顔してくれたら感じてんだってはっきりするじゃん」
ハイハイ、前も言ってたよね、だからエロ本とかAVとか必要だってんでしょ。
とんだ免罪符ね。
‥‥やな女だなあ、あたし。
男ってかわいいね、なんて軽くながせたらいいのに。
‥‥カンクロウが私の肩に手を置いて引き寄せてる‥‥うれしいのに‥‥どきどきしてんのに‥‥
すっ
なんか、体をよじらせて逃げてしまった‥‥
「どうしたんだよ‥‥」
「どうもしない‥‥」
嘘つき。
大きなため息がカンクロウの口から漏れる。
そりゃそうよね‥‥あたしだって自分が男だったらこんな女願い下げよ‥‥何考えてんだか分りゃしない。
可愛くないったらない。
「俺が全部悪いんだよな」
どさっとベッドに横になってカンクロウがのたまう。
は?
え?
空耳?
「長い事放りっぱなしにしたからツケがまわってきたんだよな」
ちょ、ちょっと、そんな殊勝なセリフがカンクロウの口から飛び出すなんて思っても見なかったから、目が点、フリーズ状態の私。
「なんだよ、その目。
俺にだって良心位あるぜ。
好きこのんで、
のことひとりぼっちにしてるわけじゃないけど、俺の任務のせいだから、やっぱ俺が悪いんじゃん。
だから、
がなんか意固地になってもしょうがない、とは思ってる。
‥‥それでいいってわけじゃないけどさ」
ちょっとぐらい反省してよ、とか思ってたくせに、いざ、カンクロウがこうも素直に謝る作戦に出ちゃうと逆にうろたえてしまう。
そのくせ言葉が見つからない。
うつむいて膝に置いた手をもじもじといじくる。
「ほれ、ちょっとこっち来い」
ぐいっと腕を引っ張られてコテンとベッドにひっくり返される。
‥‥‥カンクロウの隣。
その目をまともに見られない。
「俺が謝ってんのに、それじゃ
が悪いみたいじゃんか」
苦笑しながらカンクロウが言う。
「それとも俺のこと、嫌いになった?」
「そんな事ない!」
即答。
だって、そうじゃないもの。
私のその返事のあまりの早さに、また、カンクロウが苦笑い。
「しょうがねえなあ、
は!」
すっと腕が伸びて来て、そのまま抱き締められるのかと思って身構えたら‥‥
ころん、とひっくり返されてカンクロウに背中を向ける形にされる。
そのうえで後ろからそっと抱き締められた。
「本当に
はガキみたいだ。
思ってる事がそのまんま出ちまう。
態度にさ。
大根役者も甚だしいじゃん。
‥‥仕方ねえけどさ‥‥機嫌直してくれよ」
そっと私の背中や腕をなでるカンクロウの大きな手。
なんだか、犬か猫にするみたい‥‥といいつつ、実は妙に安心したりする。
何度も何度も、ゆっくりとあたたかい掌が行きつ戻りつして、こわばった体も心もほぐして行く。
背中に感じるカンクロウの体温。
「‥‥ごめんね‥‥」
ぼそっとつぶやく。
「しょうがねえじゃん」
いいよ、とかいわないとこがカンクロウらしい。
「俺はさ、傀儡師になる前からこんがらがった紐とかほどくの得意だったんだよ。
だから、
のこのややこしいオンナゴコロもほどけないとは思ってねえよ」
今度はこっちが苦笑い。
どういうたとえだよ、全く。
「‥‥またしばらく会えないんでしょ?
いいよ」
本当はそんな気分じゃないんだけど、あんなグラビア見ちゃった以上、彼が持て余してるんだろうな、とつい譲歩してしまう。
まあ、カンクロウがいいならいいか、って。
「いいって、今日はいい」
え‥‥いいって‥‥
「てか、
が本当はしたくなくて、俺のためだけってんならやなんだよ」
「どういうこと?」
「
はさ‥‥俺が年中発情期みたいに思ってんだろ‥‥まあ、以前俺がそう言ったんだけどさ。
だけど、それだけじゃねえんだよ。
が俺を必要としてないならそんなの意味ねえんだよ。
だから、今日はいい!」
怒ったように言う。
頭が混乱して来た。
「カンクロウはエッチしたいんじゃないの?
だって、そんなグラビアあるし‥‥
ずっと会ってないから、そうなのかな、と‥‥。
それとも、あたしなんかじゃ‥‥物足りない?」
じれったそうなカンクロウ。
彼はこういう説明が長いのが苦手だから。
でも珍しく今日はなんとか口で説明しようとしてる。
「男がいいオンナ見りゃ体が反応するのは普通じゃん。
エロ本おかずにひとりでやることだってあるさ。
でも、現実に寝たりするわけないだろ。
俺はお前が好きだから、お前としたいんだ。
んで気持ちいいからしたいんだけど、一人だけいい気分になってもしょうがないんだよ。
‥‥うまく言えねえけど」
ますます混乱に拍車がかかる。
カンクロウがフェアなのは重々承知してるから、自分だけ、ってのが気に入らないのはわかるけど、どうもそれだけじゃないっぽい。
そりゃ一緒に楽しい方がいいに決まってるけど‥‥
気分がのらなくっても、次がいつかわかんないし、と思って流されちゃう。
「
、お前さ‥‥もう少しわがままになれよ」
え?
「どういうこと?」
「自分を押し殺してばっかいるとそのうちいやになるに決まってるじゃん。
俺は体の理由だけで
と寝たいんじゃねえんだよ。
‥‥良かったときは、
は歴然と違うんだよ。
本当に俺に自分をゆだねてくれてるってのがわかるからな。
‥‥信頼がなきゃそんなことできねえだろ。
俺のこと考えてくれてるのはありがたいけど、それも度をすぎたら自分の意志のない人形と寝てんのとおなじじゃん。
任務以外にまで傀儡といるのはやだぜ、俺」
頭を殴られたみたい。
お人形。
あたしってそんなにガード固いんだろうか。
確かに最近気分がのらないまま、って事が多かったけど‥‥
傀儡‥‥操り人形‥‥自分では薄々おもってたけど、カンクロウの口から言われると凄いショック。
「‥‥落ち込むなよ。
を責めてんじゃねえって、俺が悪かったって言ってるんじゃん。
お前の心が閉じちまう直接の原因つくってるのは俺自身なんだからさ」
聞いた事あるよ、気持ちが開放的な人の方が、その、寝るのには向いてるんだって。
‥‥でもさ、でもさ、そんなこと言ってもそういう性格じゃないんだもの‥‥
カンクロウにはなるべく正直にいようと思うし、この厚かましい男といると自然そうなっちゃうもんなんだけど‥‥
デリケートなことになると外は裸になっても、心まではなかなかそうもいかない。
特に長い事会えないと、だんだん後退して開いてたはずの心までも、また内側にむいてしまう。
でも、こんなことしてたら嫌われてしまうんじゃないか、とは思ってた。
他の人に気がうつっちゃうんじゃないかと‥‥
不安と焦燥がのど元をしめつける。
見透かしたように背中からカンクロウの声がする。
「ごめんな、キツいこと言って。
‥‥でも、どうでもいいならお前がわざわざ傷つくような事、言わねえじゃん。
‥‥それに、俺は
が思ってるほどせっかちじゃないぜ。
待つさ。
しつこさがうりだからな。
だから、
、お前も自分から俺に近づいてくれよ。
心まで、おれは裸にできねえよ」
いちいち言葉がもっともで、本当の思いやりにあふれてて‥‥痛い。
えぐられるように痛い。
背中に感じるカンクロウの暖かさ、やさしくて大きな掌。
向きを変えてカンクロウに抱きつく。
ベッドに並んで寝転がって、服のまま抱き合って、お互いの体温を感じる、存在を確かめあう。
なんでこの人相手に私は自分をさらけだせないんだろう。
この人にだめなら一体誰にそんなことができる?
「お前はまだ、俺を完全に信用できてないんだろうなあ」
口を歪めていやみっぽい目で私を見るカンクロウ。
「そんなことないって!」
「俺がどんだけ
のこと好きかわかってないんじゃん」
「そんなこと‥‥」
「わ・か・っ・て・な・い!」
そういうとカンクロウはもう一度、例のグラビア本を取り出した。
そんなに何度も見せないでよ‥‥似てるって言われたって、所詮鼻、でしょ?
それに‥‥よくみたら結構使い込んでない?!
「ボロい、と思ってるだろ。
携帯版だからな。
お前運ぶ訳に行かねえだろ。
かわり、なんだよ、かわり、
の!」
ええ〜っ!!
「そんなあ‥‥」
「しかたねえじゃん、視覚重視だからな、お前が自分の写真集でもだしてくれりゃそれでいいけどさ。
あ、それともポラロイドでつくっちゃおうか」
「ば、バカ言わないでよっ!!
頭で覚えといてよ!」
「あ、なら期待していいんだな、こ〜ゆ〜ポーズを」
ばんっと、さっきの濡れブラウスポーズを見せるカンクロウ。
「ぐっ‥‥」
「どうなんだよ、あん?」
「どうって‥‥」
「ほれ、やっぱ信用してないんじゃん」
「わかったわよっ!!やればいいんでしょ、やればっ!
食い込みパンツだろうがなんだろうが、やってやるわよっ!!」
「くくく、
、お前ってそ〜ゆ〜ところもまるでガキ!
すぐムキになるんだよな、負けずぎらいっつ〜か。
‥‥でも、今みたいな
の方が素直でいいぜ、変に気取りがなくってさ。
ま、せっかくやってくれるっていたんだから、次回と言わず今回でどう?
ほれ、来いよ」
「ひゃあっ」
いきなり担ぎ上げられる。
「ほどよく仮面が剥がれた所で本番いこうぜ」
「待つっていってたじゃない!」
「もう待ったぜ、インスタントラーメン位はできただろ、ほれ濡れ場行くぞ!」
シャワールームへお姫様だっこで連れ去られながら思う。
やっぱりカンクロウでよかった。
すぐ後ろ向きになりがちな私の目を開かせてくれるのは彼しかいない。
カンクロウの太い首にぎゅっとしがみつく。
「落としゃしね〜よ、心配ご無用!
がこわれるのはもっとあと!」
「もう〜っ!」
の口をカンクロウの口がやさしく塞いで、ドアが閉まった。