クチナシ

クチナシの開花期間はごく短い。
とはいえその強烈な甘い香りは、梅雨時のうっとおしい鉛色の空の下、予期せぬ瞬間に絡み付いてきてぎょっとさせられる。
特に夜間はその濃厚なにおいの大元に白い花がぼうっと浮かび上がり,不気味ですらある‥‥そんな風に感じるのは俺だけかもしれないが。

今日の任務は忍びらしいと言えば忍びらしい任務‥‥抜け忍、またの名を寝返り者の始末だった。
顔を知ってた奴だけに後味の悪さは格別だ。
忍者だって所詮人間だ、機械じゃねえから切り替えがうまく行かない時もある。
今日はまさにそんな日だった。
重たい脚を引きずって宵闇にまぎれて帰路につく。
そんな時に、この重たいまとわりつくような甘ったるい芳香に気がついた。
チッ、いまいましい。
心の中で舌打ちをして先に進もうとした。
暗闇に浮かび上がる白い物体。
反射的に身構える。
「なんだ、クチナシかよ‥‥」
ふん、と鼻を鳴らして先に進む。
思えばあれが俺のヤク日の始まりだったのだ。

嫌な任務の後は妙に人肌が恋しくなる、とは上官のいい分。
俺はまだそこまで老けてねえから、もとい、そこまで深い仲じゃねえから、いや、なるんだけどさ、なってみせるんだけど‥‥むなしい活用だ‥‥
クソ、今はそんな大それたセリフはお預けじゃん。
だけど、 の顔を見たくなるのは確かだ。
全然関係ない話をしたり、あいつのたわいもないうわさ話をきいたり、からかって怒らせたり、元気な笑顔を見たりしてると、任務でギシギシいってた心がほぐされて落ち着いて行くのがわかる。
そりゃ俺だって健全なオトコだから、本当はちょっとは、ついでに、触りたいけど、なかなかそこまで行かないのが苦い現実じゃん。
とにかく、今日も彼女の出番のようだ。
さっそく遊び心が頭をもたげてくる。
まともに会いに行くのもいいが、どうせならびっくりさせてやった方が面白いってもんじゃん。

俺は の家の玄関に来ていた。
気配を伺うと、どうやら留守みたいだ。
なんだ、とがっかりしたとたん誰かが道の向こうからやってくる気配がする。
反射的に物陰にかくれる‥‥これじゃ泥棒と変わんねえな‥‥。
すたすたすた、この足音はどうやら だな、こんな朝早くからどこ行ってたんだ、とそっと覗くと花を持ってる。
ああ、なんか生け花始めたとかいってたな、いつまで続くことやら。
でも、こんな早朝に花を仕入れてくるぐらいだから、けっこう気合いはいってんだな。
ちょっと感心してると、戸を開ける音に続いて の声。
「ただいま〜、あれえ、なんだ、もうお母さんも出かけちゃったのお。」
‥‥て、ことは、 一人か。
‥‥‥‥‥
いかん、すぐそういう方向に頭が回っちまう、俺ってホントすけべだな。
ぱしぱしと頬をたたく。
独り言を大声でいうくせのある の声が続く。
「ああ、もう、暑いったら‥‥シャワーでも浴びよっと。」
なに?!
シャワー?
聞こえちまったらもう、どうしょうもない。
勝手知ったる の家,浴室の場所も熟知してる。
いや、それは、まずいじゃん、という内なる声とは裏腹に脚はさっさとくだんの小部屋のある場所へと俺を運んで行く。
だから、まずいって!これじゃ泥棒よかタチ悪いぜ、こら、聞いてんのかよ、オレ!
そんな良心の呵責の声は聞こえて来た水音に限りなくフェードアウトしていく。
ここの浴室は角地と言う地の利を生かして風通りがいいように2カ所窓が開けてある。
案の定、窓は湿気がこもらないように隙間が空いてる
ちょっとは用心しろよ,一応年頃の娘だろうが?!
誰かが覗いたらどうすんだよ?!
心の中で思いつつも俺もその誰かに成り下がってる。
そ〜っと窓の下から頭をもたげて行く‥‥
なんか木の葉の里の有名なエロ忍者になったような罪悪感を覚える‥‥俺,時々似てるって言われてムカついてたんだけど、今やってることはモロそれじゃん‥‥
う〜ん、どこだ、しゃがんでんのかな、うわっ、背中が見えたっ!
‥‥あいつって、こんなに色っぽかったっけ‥‥?
うつむき加減の横顔がちらっとしか見えねえけど、うなじから背中へ続くたよりなげな線‥‥
すうっと一旦くびれてなだらかに広がる腰への線‥‥
曲線ってのは、こういうもんなのか‥‥
い、いけねえ、覗きしてんじゃん,俺!
はっとして目線をあげると、向こうの窓に違う目玉が2つ!!
誰だっ、覗いてる野郎は!!
猛ダッシュで反対側の窓へ行き、その不埒な野郎を引き倒す。
こんのヤロー、よくも俺の女覗く度胸があったもんだな!!
しかもほとんど正面だったろ!?
接近戦がどうのとか言ってらんねえ、ボコボコにしてやる!
ぼかすか殴りつけてたら、窓から の顔が覗いた、しまった!

「ええっ、何の音かと思ったら、カンクロウ?
そこで何してんの??誰それ??」
もう半分伸びてるスケベ野郎の上に馬乗りになったまま、 の顔を見上げる格好の俺。
「‥‥‥覗いてたんじゃん、コイツが‥‥」
「‥‥‥でも、なんでわかったの‥‥‥」
痛い質問だ‥‥
「‥‥‥」
「‥‥‥カンクロウ‥‥‥も‥‥‥?」
「ちっ、違うじゃん、そうじゃなくてよ、たまたま、じゃん!
お前んちに来たらだな、誰も出てこねえし、水の音がしたから、ああ、シャワー浴びてんのかな、って‥‥」
「‥‥‥ここに来た訳ね」
「ま、まあ、そうじゃん」
「で?」
「そしたらコイツが覗いてたんで、やめろって‥‥」
「‥‥‥ありがと‥‥‥」
微妙に のありがとうの声に非難のニュアンスが込められてるような気もしたが、そこは知らぬ存ぜぬ、気づいてないふりで押し通すしかねえじゃん。
「‥‥別に,当然のことしただけだ‥‥」
「お前も‥‥ウゲッ」
下にいたヤローがいらねえこと口走りそうになったから、顔をぐいっと地面におしつけてやった。
「そいつどうする‥‥?」
「しかるべきとこに預けてくるじゃん」
「‥‥もう,来ないの?」
え‥‥来てもいいのかよ?
「いや,別に,今日は非番だから、来ようと思えば来れるけど‥‥」
「じゃ、待ってる。」
の心がよく読めねえけど、ま、予定ではおじゃまさせていただくつもりだったんで、ありがたくお申し出は受けとくか。
「おう、じゃ、あとでな、

後ろ手に痴漢を縛り上げて、ついでにさるぐつわもサービスして、連行。
もう一発さっきのお礼を忘れなかったのは言うまでもない。
トンボ帰りで んちへ向かう。
戸口まで来て何するか考えだしたら、勝手に戸が開いたんでびっくりした。
「な、なんだよ、わかってたのか」
「うん、待ってたから」
え、ま、ま、待ってたって、ああ、そうだよな、 が来いっつったんだから。
何を期待してんだ、俺は。
「入って」
きびすを返して中へ進む の後ろ姿が、さっき湯気の中でみた背中とかぶる。
や、やばいじゃん、こりゃ‥‥。
そんな時にまた俺の周りに立ち上るあの甘ったるい香り。
んちに、クチナシなんか、あったっけ‥‥?」
「あれ、カンクロウ、花の名前なんか知らないと思ったのに、よく知ってるじゃない」
失敬な言いようじゃん。
クチナシぐらい知らねえでどうすんだよ、だいたい毒を調合するのに植物は重要なんだから、おまえなんかよか、よっぽど詳しいぜ。
のどもとまで出かかったセリフを飲み下してさらっと流す。
「まあ、な」
「そこにいけてあるって言うか、投げ込んであるでしょ、近所の人からもらったの。
いいにおいするからどうぞって」
まあ、いいにおい、と言えなくもない。
「ふ〜ん、植物に詳しいなら私がいけた花の批評も頼めそうね。
実はさ、今度発表会があって今特訓中なんだ。
もうお母さんとかだと同じことしか言わないから、違った人の意見も聞きたいと思って」
‥‥そういうことか、ちぇっ。
来てほしいっていうから、なんかもっと違うことかんがえてたんだけどな‥‥
期待した俺も俺だ、 の性格ぐらい把握してるはずなのに。
「で、どれがその作品なんだよ」
ちょっとぶすっとした声で返事する。
任務で神経すり減らしてる分、つい、地の俺が出ちまう。
「そうとんがんないでよ、いいじゃない、カノジョの趣味にちょっとぐらいつきあってよ」
はい、はい。

「‥‥」
俺の目の前に並べられた作品。
ビミョーだな‥‥
新進気鋭の流派の生け花だかなんだかしんないけど、おれにはよく言って奇抜、悪く言えば変、としか批評のしようがない。
が頬を不満げにふくらませる。
「悪かったわね」
え、しまった、俺もう口にしちまったのか。
「ど〜せセンスないですよ〜だ。
でも、オトコって所詮古典的なのが好きなのよね、うちの流派のよさなんてわかるもんですか」
図星じゃん、オトコってそういうとこあるからな、俺も含めて。
「まあまあ、そう怒んなよ。
生け花頑張ってるってのは評価するじゃん。
にしては長続きしてるみたいだし」
あいかわらずプンプンしてる
ま、怒らせとくか。
への字の口も結構かわいいじゃん、なんて言ったらぶんなぐられるから黙ってるが。
ボスボス花を花器から抜き取ってバケツにもどしてる
もうちょっと丁寧に扱ってやれよ、花が気の毒じゃん。
「あいたっ」
ほれ見ろ、剣山で怪我するなんて、まるきりガキじゃん。
「見せてみろよ」
「いいっ」
意固地になってるな、 の奴、よけい構いたくなるじゃん。
「見せろって、金属なんだから、剣山は!」
ぐいっと腕を引っ張って指をみる。
案の定結構深いきずになってるみたいだ。
さっと の指をくわえて毒抜き。
「な、な、何してんのよっ、離してよっ‥‥恥ずいじゃないっ」
「なんだよ、ただの応急処置じゃん。
破傷風にでもなったら困るからな」
いいながら、 が赤くなるのを楽しんでる俺。
「吸血鬼!」
ガク
「どーいうセンスしてんだ、 、お前は」
「だって、そんな風に見えたんだもん」
解放された手を消毒して絆創膏をはりながら が言う。

‥‥今日は暑いとぼやいてたからか、今年初めて見るノースリーブ姿の
むき出しの肩から2の腕にかけての線が、またしてもさっきの姿と重なる。
どうも今日はさっきの刺激的な映像のせいもあって、すっかりスケベモードの俺。
まるきりそういう体勢になってない を前にとりつくろうのが非常につらい。
なら、帰りゃいいのに、とも思うが、そこが未練たらしいところで、そんなすぱっとわりきれねえんだよなあ。
うつむき加減で指先をいじくってる姿から目が離せない。
‥‥
おれって、けっこう指フェチなんだよな、自分が傀儡操るのにどうしても指を動かすもんだから、他人の指が結構気になる。
の指はいわゆる白魚タイプじゃないんだけど、一見非常に器用そうに見える長めの指だ。
実際はかなり不器用なことは今の一件でも明らかなんだが。
でも、手を握ると何とも言えずいい感触なんだよな、俺の手にすんなり収まっちまうと言うか。
あれ、めずらしい、ごく薄い色とはいえネイルしてるじゃん、いつもなんか息苦しいからやだ、とか言ってたのに。
「どーしたんだよ、爪に色ついてるじゃん」
「あ、気がついた〜?
へへへ、お花の教室で結構みんなやっててさ、やっぱりしてる方が指先がきれいだなあ、なんておもっちゃって」
ふ〜ん。
‥‥ひょっとして、師範って、男だよな‥‥
「おい、どんな奴なんだ、師範って」
「え、普通ってか〜、あんまし普通でもないか、まあよくあるタイプの生け花の先生だよ」
本当だろうか。
ひょっとして、結構男前でみんなして色めきあってんじゃねえんだろうか‥‥
「なあに、カンクロウったら、ひょっとして疑ってるの?
やっだ〜、会ったらびっくりするわよ。」
‥‥ますます怪しい。
「どうビックリすんだよ」
「え〜、だってさ、なんてか、変わってるもの」
「じゃあ、会わせろよ」
「ええ〜、マジぃ?絶対合わないよ、カンクロウとは。」
「別に俺は習いたい訳じゃないからいいんだよ」
「ふ〜ん、まあいいけどさ。
じゃあ、今から行ってみる?今生徒募集中でデモやってるから、急に行っても別に潜り込めると思うし」
望むところだ。
のネイルがそいつのせいじゃないと納得できなきゃどうにも治まりがつかない俺は、のこのこ、そんなとこへ出かけるきっかけを作ってしまった。
不完全燃焼状態なんで当たる対象がほしいんだろうか???

‥‥ の表現通りとしか言いようがない。
男前というより、ひょっとしたら女前のほうが近いかも知れないじゃん。
やはり「美」を追求する輩というのは俺の理解を超えてるんだな、きっと。
苦手な正座で女ばっかの中に座ってデモを見た率直な感想はその程度。
心配することもなかったじゃん。
興味も無くなったし早く終わんねえかな、とじりじりしながら待ってたらようやくお開きの声。
「ありがとうございました〜」
みんなそろって頭下げて、さあ、解放された!
慣れない座り方してるから俺だけじゃなく皆よろよろしてるじゃん‥‥
うわっ、隣の女が倒れて来た、とっさに受け止める。
「すいません〜」
「いや、どういたしまして‥‥」
痛い視線を感じる、その先は‥‥

「おい、おいっ、待てよ!」
すたすた前に歩いて行く の腕を引っ張って引き止める。
「何怒ってんだよ」
「だって、なによ、あんたなんか連れてこなきゃ良かった!
みんなオトコなんて珍しいからカンクロウの方ばっか見るし、カンクロウはカンクロウで色目使うし」
「おい、俺が一体いつ色目なんか使ったんだよ!?(師範はオトコじゃねえのかよ)」
「なによ、私が気がつかないほどオバカだと思ってんの?
前の方にいたケバい女の方ばっか見てたじゃない!」
「バカ言うなよ、あっち見なきゃ師範のデモもみえなかっただろうが」
「‥‥そりゃそうだけど‥‥じゃあ、さっきのは何よ、隣の女がしなだれかかってきたら、ちゃっかり受け止めちゃってさ!」
「むこうが足痺れて倒れて来たんだろ、そのまま床に転がるようにほっとけってのか。」
「そんなこと言ってないけど‥‥」
無茶苦茶だな、 の言うことは‥‥
たったか、たったか足早にあるく を追っかける形になってる。
悪いことにそのとき、なんかのキャンペーンガールがにっこり笑って俺にティッシュを差し出した。
「あ、どうも」
反射的に受け取っちまった。
俺は鼻が立派な人間のご多分に漏れず、実はちっと鼻炎気味なんだよな。
ついクセでささっと全身を見ちまう。
うへえ、すげえミニ、太ももほとんど見えてるじゃん。
‥‥しまった、隣からめちゃくちゃ痛い視線が突き刺さって来た。
「やっぱりオトコって、みんなスケベなんだからっ!」
いい加減八つ当たりにうんざりしてた俺もつい言い返しちまう。
「そうに決まってるじゃん、知らなかったのかよ、オトコはみんなスケベな生き物なんだよ!」
が俺を凝視する。
「‥‥‥なら、誰でもいいんでしょっ!カンクロウのバカっ!」
うわあ、しまった、こんなとこで泣かれたら立場ねえじゃん!
今にも洪水警報が鳴り響きそうな気配を感じつつ、むりやり肩をくむと‥‥ほとんど拉致状態で近くの公園へ連れ込んだ。
をベンチへ座らせると一気に泣き出した。
こうなったらどうしようもない。
雨がやむのを待つしかないじゃん。

よく泣くなあ‥‥今日はいつもよかかなり長いじゃん。
、もう泣き止めよ‥‥
悪かったよ、謝るじゃん‥‥」
「ひっ、ひっ、ひっく、な、なんでアンタが謝まるのよお‥‥
悪いのは、わ、私なんだから‥‥」
「‥‥じゃあ、なんで泣いてんだよ‥‥」
「く、悔しかったんだもん‥‥私のことは覗きもしないくせに、ほ、他の子には興味示しちゃってさ‥‥」
ちょっと、待てよ??
「なんだよ、それ?」
「どうせ、私は色気ないもん‥‥。」
涙を手のひらで拭いながら が言う。
「一生懸命隙作ってもなんか全然スルーされちゃうし‥‥
だからって、私から誘えないでしょ‥‥カンクロウは奥手なのかな、と思ったら、全然ノーマルだし。
なんで私に対してだけ、冷たいのよ‥‥‥」
言っててかなり恥ずかしかったんだろう、 は顔を伏せて膝を抱え込んでしまった。
これだから、女はよくわかんねえんだよ。
スケベ丸出しにすると非難されるし、我慢してっとまたそのことで文句言われるし。
‥‥でも、今は、じゃあ、状況を利用しても非難されないってことだよ、な‥‥?
「なあ、いいのかよ‥‥じゃあ」
「え‥‥」
ウサギみたいな目をした がやっと顔を上げる。
「俺は、いつだって、その、だな、エンジンアイドリング状態なんだよ。
お前次第じゃん」
「‥‥」
「こわがらせんのやだから、俺こそ嫌われんのいやだから、わざと外して抑えて来たんじゃん‥‥。
がいいなら、俺はいつだって、その、だな、‥‥準備はできてんだよ‥‥」
言いにくい、実に言いにくい!
こんなことは言葉で言わないですむならそれにこしたことはないじゃん。
‥‥肝心の の返事は‥‥?
「‥‥その、よくわかんないの‥‥、実は、なんでそんなにオトコノヒトはさ、プラトニックな関係だけじゃだめなのかってさ‥‥
手つないだら、その次、キスしたら、その次、って感じで‥‥
でも、そうみたいだから、カンクロウもやっぱ、そうなんだよね‥‥?
よくわかんない‥‥本当は、その、体が、とかいうのは‥‥
でも、私は、カンクロウのことが好きで、大好きで堪んないから、カンクロウが、嬉しいなら、それなら、と思うんだ‥‥」

そうなんだよな、女にはわかんないだろうな、多分。
男にとっちゃ、好き=抱きたい、なんだよ、これが。
体だけ、みたいなこと言われると一番つらい。
そうじゃないんだよ、そうじゃないんだけど、正直体も心と同じ比重で大事なんじゃん。
なんせ、目に見えて反応する器官がついてるからな、男はわかりやすんだよ。
いつまでも手をつないで、キスして、だけじゃ、もう物足りない‥‥。
正直な気持ちをぶつけて様子みるしかない。
ダメモトってヤツ。

黙って立ち上がって、 も立たせる。
戸惑ってる様子が目に見えてわかる。
でもこんなことでひるんでちゃ、いつまでたっても堂々巡りじゃん。
大事だけど、大事だから、 に俺の気持ちをわかってほしい。
「来いよ」
俺もテンパッてるから声がぶっきらぼうになる。
手を引いて、人気のない公園の隅に来る。
ベンチに座らせる。
「どうす‥‥」
が声を出す間もなく、俺の口で塞ぐ。
最初はなるべく優しく、しようとは、思う。
実際どうなってんのかはよくわかんねえ。
でも抵抗ないとこみると、そう乱暴にはしてねえよ、な‥‥?
今までも数えるほどしかしてないディープキスだけど、まあ、クリア。
え〜っと、何着てたんだっけ、 は‥‥
ああ、ノースリーブだったな、混乱してんのは俺じゃん、肩と二の腕にあんだけフラフラしといてさ。
じゃあ、ボタンはずすってのはナシか、ちょっと残念、あれって一度はやりたい‥‥
んなこと言ってる場合か!
次の手だてを考えねえと‥‥
袖口から手を入れたいとこだけど、あとで文句言われそうだな、伸びた、とか‥‥
下から入れるか、あんまりロマンチックじゃねえけど‥‥
目閉じてるから、どのあたりがどこなんだか、よくわかんねえよ‥‥
うわ、柔らかいっ、これムネかよ‥‥
な、なんだ、今の声 の声だよな‥‥
ため息とも荒い呼吸ともとれるような、甘い声‥‥まとわりつく‥‥まるでクチナシのにおいみたいじゃん‥‥
スイッチオン。
もう手順なんてどうでもよくなっちまった。
ああ、こういうのをムネをマサグルとかいうのかよ、堪んねえな‥‥
なんでこんなに気持ちいいんだ、手に吸い付くみてえじゃん‥‥
全身撫で回したい誘惑に駆られる、と同時に勝手に手が動く。
ゆっくり体重をかけていって、 をそっとベンチの上に横にさせる。
落っことしたらことだから、目は開けて。
は目をそらしたまま、うっすら赤くなってる。
その恥じらう様子に理性のタガががらがらと盛大な音を立てて崩れて行く。
のしかかって、あちこちにキスの雨を降らせる。
唇に、まぶたに、耳に、首筋に、胸元に‥‥
心拍数がどんどん上がる。
と俺のムネが重なる。
鼓動を感じる、ような、気がする。
ああ、一つになれたら!

すっと下から の腕が伸びて来て、‥‥俺の背中に、まわった!
ほ、本当かよ、信じらんねえ。
知らねえぞ、もうトップギアにはいっちまうぞ!
の太ももへ手が伸びて、そのまま輪郭をなぞっていく。
の体がびくっとする。
ま、まだ、早いかな‥‥?
オイ、カンクロウ!そんなことにいちいちびくびくしててどうすんだ!
‥‥という声もするが‥‥だめだ、やっぱ、無理強いはできねえよ。
え、え、え???
うそだろ、 の手が、俺の‥‥足‥‥の間‥‥
ひゃあああああっ

「ちょっ、カンクロウ、大丈夫?」
俺は見事に陥落した‥‥ベンチから。
「大丈夫‥‥」
「ごめんね‥‥」
「な、なんで が謝るんだよ、大丈夫だって言ってるじゃん」
立ち上がって砂を払う。
痛いのは落ちたせいじゃなく、この絶好の機会を俺がつぶしたってことだ‥‥
に愛撫され返されてうろたえて落っこちるなんざ、いい面の皮じゃん‥‥情けないにもほどがあるぜ‥‥
困惑顔の と気まずいまま、ベンチに並んで腰掛ける。
服の乱れを直しつつ、こっちの気配を伺ってる の様子が痛いほど良くわかる。
ポツン
‥‥雨か、まあ、梅雨だもんな。
今の俺の気分にぴったりじゃん。
じゃかじゃか降りゃいいんだ、もうやけくそ!!
「わ‥‥本降りだよ、カンクロウ‥‥」
の問いかけに返事しなきゃと思いつつも、なんかもうどっぷり雨雲にもぐりこんでしまった俺。
しばらく黙ってそばに立ってた だったけど、すっとどこかへ消えちまった。
無理もない‥‥ふがいなさ過ぎなんじゃん‥‥
もう、どうにでもなれよ、もっと降れ、もっと!

すっと、雨が遮られた。
顔を上げると、 が子供用の傘を俺にさしかけてた。
「‥‥かえろ?カンクロウ‥‥」
「どうしたんだよ、この傘‥‥」
「公園に忘れてあったの。
‥‥こんだけ本降りになっても誰もとりにこないとこみると借りても大丈夫でしょ。
また、今度返しにくるから。」
律儀な奴‥‥子供用だからか。
まだ気の抜けた俺の腕をぐいっとひっぱって、立たせる
さっきとなんか、逆だな、ちょっとおかしくなる。
しかし子供用の傘に大人二人が入るってのはかなり無理がある。
いくらつめたって二人とも片方の肩はびしょぬれだ。
「‥‥あんま、意味ねえじゃん、これじゃ‥‥」
「あるのっ、普通の傘じゃこんなにひっつけないでしょっ!」
‥‥それは、そうだ。
‥‥でも、あんなことのあとで、‥‥ はヤじゃねえのか?
「‥‥嬉しかった‥‥‥今日は‥‥‥」
何?聞き間違いか?空耳かよ?
「やっと、カンクロウに女扱いしてもらえたもん‥‥」
雨音に消されそうな声でつぶやく
一気に肩の荷が下りた気がした。
何か気の利いたセリフでも出てこないかとおもったけど、今日のダメージのあとじゃ、いつもみたく頭も回転しねえらしい。
かわりに の反対側の肩をぐっと持って俺の方へ寄せた。
相合い傘さしてるくせにでびしょぬれになりながら肩くんで帰る俺たち。
な〜んかちぐはぐで、切なくって、そのくせ嬉しいような、くすぐったいような。
「あのさ‥‥」
「なに?」
「今朝‥‥‥本当はちょっと覗いた」
「もう!」
肩をぶつけてくる
「‥‥でもカンクロウらしくなったよ、よかった!」
へへへ、と舌をのぞかせて笑顔を見せる
なんか、めちゃくちゃ愛しくなって髪ををぐしゃぐしゃっとなでる。

久しぶりの雨らしい雨。
体にたまってた熱やむしゃくしゃした気分も洗い流されて行くような気がする。
ツンとした雨のにおいに混じって、また例の熟れたようなにおい‥‥
「クチナシだね、きっと雨降って喜んでるよ」
は俺の心中を知ってか知らずかこんなことを言う。
けったくそ悪い花だけど、確かに暑い日中にくたびれたみたいに咲いてるよりは、白い花を雨に打たせてる今の姿の方がはるかに凛としてる。
この花のにおいかぐ度に今日のことがいやでも思いだされるんだろうな‥‥
ま、いいや。
いつかは、あんな日もあったって笑い飛ばせるだろ‥‥多分な。
自信ねえけどさ‥‥
わざと水たまりを選んで入る のせいで、ジグザグにに歩かされるのに閉口しつつも、いつもの自分に戻って行く。
日常と非日常の間をいったりきたりしてる今の姿と同じじゃん。
右に左に揺れながら少しずつ進んで行く‥‥ と、な。


*閉じてお戻りください*


蛇足的後書:まだるっこしいシリーズですねえ(笑)、いや、人の恋路を笑っちゃいけないんですよね。
こころなしか時間が逆行してます、進み具合が逆です‥‥
ちゃんといつかは成就させたげます(何を?)、っつーか実はもうできてますが、それだけじゃ面白くないので。
いじめて楽しんでる訳じゃないんですよ、そこまでの道が大事で、こういうもどかしいのが青春だ〜!と管理人Kは思うのさ(^^;)
迷えるのも青春の特権じゃん!?