「ねえ、 、もう帰らない?」
「うん、でも・・・・もうちょっとだけ」

さそってくれてる同僚の声は聞こえるものの、針を置く気になれなくて生返事。
みんなは顔を見合わせると、
「じゃあ、 、お先ね」
私一人を残して部屋をあとにする。

手にしているのはカンクロウのおなじみの黒い服。
余計な飾りがなくて、デザインはいたってシンプル。
でも単なる直線のパターンでは傀儡師のあのややこしい動きには対応できないから、目立たないところにマチがとってあったり、バイアス仕立てにしてあったりする。
ポケットは深めに、縫い目はごろごろしないようにしないとすぐ持ち主からクレームくるし・・・

でも肝心のその服の中身になるべき人は不在のまま。
不安を紛らわせるために、わざとのろのろ針を動かして、少しでも長い時間この生地に触っていられるようにしてたけど。
さすがにこれだけ任務が長引くと、縫うところもなくなっちゃった。

ため息つくと、忍び装束はハンガーにかけて、もう一つの服を取り出す。
えんじ色のベルベットでつくったパーカ。
「黒じゃねえじゃん」
と、いつも黒い服ばかりの彼からブーイングくらうのは百も承知、でも手触りのよさは自信ある。
たまには少し色味のついたものも着なさいよね。
あのテレテレの黒(ネズミ色?)の普段着なんだか寝間着なんだかわかんない服で、風影邸をうろつく不埒な輩はあんたぐらいよ。

仕上がり確認みたいなつもりでパーカを羽織ってみる。
でかいなあ、当たり前だけど。
忍びの里とはいえ、忍者の男女比は当然男が上だから、私たちの縫う服もいわばメンズが大半を占めるし、大きい服を縫うのには慣れている。
でも、それでもカンクロウのは特別。
見頃を縫う時も。
袖を始末してる時も。
ズボンを縫い合わせてる時も。
カンクロウのがっしりした首や肩、太い前腕、男性特有の骨筋張ったすね。
そんな彼の姿形を形になって行く衣装の中に見ることができるから。
ネコミミがうまく形になるのも、へたしたら頭巾から彼の目つきの悪い三白眼がすけてみえるからかもしれない。

ぼさっ。
いきなり頭に何かかぶさる。
パーカのフード?!
誰よ?

「ただいま、赤ずきんチャン」

目を上げると皮肉っぽいアシンメトリーな笑顔。
ひどくなつかしい緑の瞳。
それなのに、その瞳をみつめたまま、私はばかみたいに口をぽかんと開けている。
舌が張り付いたみたいで言葉がなかなかでてこない。
気がついたら思い切りタックルしてた。

「いて〜っ」
「ご、ごめん!いつ帰って来た・・・」

返事のかわりにぎゅっと抱きしめられる。
何度思い返したかわからない、この暖かさ、大きさ、力強さ。
厚みのある胸に腕をまわして顔を埋めれば、彼の大きな手のひらを背中に感じる。
夢じゃない、本物のカンクロウ。

「おかえり・・・」

恋こがれた待ち人がここにいる。
自分の腕の中に、想像上の彼じゃなく、ようやく本物の彼を感じることのできる幸せ。
抱きしめたら、同じように返してもらえる嬉しさ。
目を閉じて心臓の刻む規則正しいリズムに耳を傾ける。
そのうちなんか雑音がまじってるのに気がつく。

「おいおいおい、もう戻ってるってのに、やめてくれよ」

あたし?

押さえてた気持ちが一気に溢れ出たのか涙が止まんない。
カンクロウが焦ってる。
困った顔で、子供をなだめるみたいに、私の背中をトントンたたいたり、フードをおろして髪の毛をなでたり。
そのうち髪の間に指を入れて、手櫛し始めた。
指が地肌に触れる度、ちょっとぞわっとするような、気持ちいいような、こそばゆいような。
ささくれ立ってた心が収まっていく。

「やっと泣き止んだか」

ほっとした声。
見上げると、いつものカンクロウの顔。
でも、な〜んか違和感。
そういえば、トレードマークの頭巾がない。

「頭巾は?」
「わるい、任務中にみみのとこ破けちまった」

頭をかきむしりながらカンクロウが言う。

「さっきもすれ違い様、お前の同僚にさんざんからかわれたぜ。
頭巾いらないなら、 の専属はもうナシよ、とか言いやがって」

頭巾なしでもいいよ、その方が本当は男前だもん。

「何してたんだよ、こんなに遅くまで」
「ん、縫い物」
「もうとっくに仕事の時間はおわりだろ」
「自分用だもん、仕事のあとにやるしかないじゃない」
好奇心丸出してカンクロウが聞く。
「ナニ縫ってたの」
「これ、このパーカ、カンクロウにプレゼントだよ」
私をしげしげと見る。
「どうりでデカいと思った。へ〜、赤じゃん」
「えんじ!だって、いっつも黒でしょ、たまにはいいじゃない」
「触り心地はいいな」
「でしょ」
が着てると柔らかさダブルパンチ」
「/////」

ニヤニヤ笑いながらカンクロウはポケットから破れた頭巾を引っ張り出して頭にかぶり、猫なで声で言う。

「ねえ〜赤ずきんちゃん、どうしてカンクロウのネコ耳は大きいの?」
「え〜、よく聞こえるようにでしょ、破れネコ耳のオオカミさん」
「ご名答、じゃあどうして口が大きいの?」
「目抜かしてるよ、あ、でもカンクロウは目あんまり大きくないか。鼻なら大きいけど」
急に声が元通りのカンクロウに戻る。
「うるせえな、オレの鼻がでかいのは生まれつきじゃん。
聞いてるのは口がでかい理由だよ」
こっちの鼻をつままれる。
「ハイハイ、それはね、大口をたたくから〜」
「ブブーッ。 は赤ずきんの話も知らねえのか」
「知ってるわよ、それぐらい!」

ネコ耳がニヤリと笑うとぐいっと私を引き寄せる。
目がずるく光ってどきっとする。

と、耳元で悪魔的にささやく。
「任務から帰ったら上下で見せてやるっていっただろ、鎖帷子のあと」
「////この、ボンレスハム・・・」
「ほれ、行くぞ」
「ちょ、今頃どこ行くのよ」
「オレ直帰だぜ、フロに決まってるだろ。
ハムでもソーセージでも、ちゃ〜んとゆでてからの方がうまいじゃん」
「////も、もうっ、オオカミめ、口縫っちゃうわよ!」
「砂のオオカミはそんな甘くないぜ。
で、さっきの答えは?赤ずきんちゃん?」
「////あ、赤ずきんちゃんを、食べるため・・・・」
「ごっつぁんです」

ひょい、とカンクロウは を持ち上げて・・・・

一陣のつむじ風が舞い、あとにはハンガーにかかった新しい黒装束とえんじのパーカだけが残されていた。


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蛇足的後書き:だいぶ以前に書いた「採寸」の続きのようなもの。
素敵なイラストがないので(汗)、だいぶショボくなってますがお許しを(^^;)。