カノン

暗闇にきこえるはずのない音が響く。
共鳴しあい、カノンのように追いかけっこをし、全く違う私たちなのにそのリズムはほぼ同じ。

「心音には個性なんかないのさ、善良だろうが邪悪だろうが皆同じだよ」

いつものだて眼鏡を外した彼の目はまっすぐ私を見つめていて、そのことが私を戸惑わせる。
見慣れない瞳に、見慣れない下ろした長髪。
これがあのカブト?
いつも大蛇丸に影のように寄り添っているだけに見える彼なのか。
この存在感は、威圧感はどうだ。

「僕にはいろんな顔があってね、僕自身も時々、いったい自分が何者なのか分らなくなる事があるよ。
でも、そんなこと、どうでもいいだろう?
大事なのは が僕と今、一緒にいるってことなんだから。
今この時だけを、僕と共有すればいい」

いいおわるやいなや、私の口を冷たい口で塞ぐ。
一体どれだけの嘘や偽りを吐き出したかもわからない、その唇。
残酷な薄ら笑いを浮かべ、いかにも善人と言う顔で数えきれないほどの人を騙して来た。
その形のいい一対の薄紅から炎があがり、私の口腔を焼き焦がす。

はね、僕のお気に入りだから大蛇丸様には渡さないんだよ。
まだ顕在化してないけど にはとんでもない潜在能力があるんだ、僕にはわかる。
‥‥同族だからね。
もしこの事が大蛇丸様にバレたら、すぐに被験体に逆戻りでボロボロさ。
僕には医療忍術を使う技術があるけど、 にはその能力だけだからね、いいように使われるだけだ‥‥。
自由にしてあげたいけど、死ぬよりいいだろ?
わるいようにはしないさ‥‥ がちゃんと知識を身につけるその日が来るまで‥‥
‥‥僕が暗闇の中でも美しい景色を見せて上げよう‥‥」

手術でもするような鮮やかな手つき。
私の事は全てお見通しと言わんばかりに容赦なく。
逃げても逃げても必ず連れ戻される。
出口のない迷宮の中へ。
彼の言う美しい景色へと。

やさしい微笑みを浮かべて執行官は訪れる。
私がどんなに彼を罵倒しようとも一向に気にもせず。
困ったような、悲しいような顔をする事もあるけれど、
それが本心なのか、お得意のまやかしなのか、判断する術もない。
彼の慈悲にすがって生きて行くしかない情けなさ。
その一方で、日増しに彼の訪問を、恋にも似た気持ちで待ちこがれている自分に気づく。
羞恥と腹立たしさがつのる。

「こまったひとだなあ、 も。
いつになったら素直になるんだい。
‥‥‥ にはぼくしかいないんだよ、わかってるのかな」

そういって、眼鏡を押し上げにっこりと微笑む。

いつも少し薬品の臭いのする彼の手。
その骨張った手から来る度にうむをいわさず飲まされる苦い薬。
「こんな日の当たらないところにいたら成長が止まってしまうからね、我慢して。
いつか再び外に行くつもりなら、苦くても飲み下すんだ」
嚥下後は必ず意識がもうろうとなり、あっけなく陥落してしまう。

「僕に大蛇丸様しかいなかったように、 には僕だけなんだけどね。
‥‥‥僕に比べれば の置かれてる状況なんてずいぶんましだよ?
僕は自力で今の所まで這い上がったんだからね。
‥‥誰も助けてなんかくれなかった」

嘘つき、と言いたかったけれどその目を見たら何も言えなくなる。
何を考えているのかわからない、恐ろしいような、悲しいような、まるで底なし沼のような目。
この目に掴まったら、抜け出せるものはいるのだろうか。

回を追うごとに体にいっそう深く刻み込まれる彼の目に見えない刻印。
忌み嫌いながら同時に惹かれて、堕ちてゆく。
彼の声に、瞳に、手に、すべてに絡めとられて。
‥‥このままいやおうなく彼に飼いならされていくのか。

「‥‥本当に強情な子だな。
僕がただの慰めのために を飼ってると思い込んでるだろ。
何も感じない相手にこの僕がここまですると思ってるのか。
まったく‥‥」

大げさにため息をつき、肩をすくめてみせる。

ぼんやりとした頭のまま、そんな事知らない、とつぶやくといつになく強い力で腕を掴まれた。
「いつか は独り立ちしなきゃならない。
僕たちは移動して行く集団だから。
‥‥だから、一人で生きられるようにしてるんだよ‥‥
‥‥いつか‥‥ぼくが来なくなったら、外へ出る日が来たって事だ‥‥」

意識を手放しながら、また聞こえてきた呪文のような言葉に身を委ねて、気がつけばいつも通りひとり。

彼が来ない。
空腹に耐えかねて、無駄と知りつつ迷宮へさまよい出た。
気配が違う‥‥結界がない。
すんなりと外へ出てしまった。
あれだけ恋いこがれた自由なのに。
眩しい太陽の光に目が開けていられない。

一番近い村にたどりつき、保護される。
そこでは全てがお膳立てされていた。
‥‥カブトだろうか‥‥

大蛇丸の被験者にされていたという事で、彼の抜け出た里の管理下におかれた。
調査の結果、やはりずば抜けて高い再生力を私が持っている事が明白になる。
‥‥カブトの言っていた通り‥‥

医療忍術を身につける課題と引き換えに身柄を引き取られる。
高度な課題でもなんなく理解できるのは‥‥
訪問の度、遠ざかる意識の向こうで呪文のように囁いて、
私の深層記憶に植え付けて行った知識のお陰だと気づいた。
‥‥カブトが。

「自由になったら、きっと は僕を探しにくる。
‥‥自分の意志でね。
その時を待ってるよ」

カブトはそう言ってお得意の微笑みを浮かべた。

なにを根拠に馬鹿げたことを。
そう思っていた。
けれど。

生に執着し、貪欲に知識を求めるのはなぜ?
なんのために大蛇丸を探し出すのに協力するのか。
なぜ、危険を伴う捜索活動の最前線に立とうとする?

彼を。
求めて。
‥‥自ら。
裏切りものに堕ちても。
彼の元へ。
私の目はきっと彼と同じ底なし沼の色。
‥‥カノンの調べが聞こえる。


*閉じてお戻りください*


蛇足的後書:2月はカブトの誕生月という事で、力技で彼を書いてしまいました。
素性の知れなさ、一体誰の味方かわからない所、大蛇丸と主従関係がありそうでなさそうな、そんな謎に覆われたキャラクターに惹かれます。