尋問

灰色の空からふわふわ白い雪が降って来て、仰向けに倒れたに降り積もる。
体がじわじわと冷えて次第に感覚が鈍ってゆく。

なんだかこうやってると空に登っていくみたい。

もうろうとした意識でそんなことを思った時、ついっと暖かいものがほほを伝った。
瞬時に現実に引き戻されて、悔悟の嵐がに襲いかかる。

・・・・間に合わなかった。
次々と悔し涙があふれて来る。
たまらなくなって、目を閉じた。



「倒れてたのはそいつだけか」
「・・・こいつは俺が連れてく。お前たちはあとを追ってくれ」
「わかった」

聞き覚えのある声がして、はどうにか重たいまぶたを開けた。
自分の傍らでしゃがみ込んで彼女を覗きこんでいるのはやっぱり、彼だった。

「よお、お目覚めか、
「カンクロウ・・・・」
「寝るにはちっとばかり寒すぎねえか、ここ」
「・・・・好きで寝てるんじゃないよ。
起こしてどっかへ連れていってくれるとかいうの、ナシ?」

自分の肩に降り積もる雪を払いのけながらカンクロウが言う。
「さあね、お前の答えによりけりじゃん。
だいたい、そんだけしゃべれるなら問題ねえだろ」

やや間があいて、カンクロウは今度はから視線を外さず、例の三白眼でじっと見据えながら詰問しはじめた。
「・・・・なんでお前がこんなとこにいるんだよ」
「・・・人を、追っかけてた」
「抜け忍をか?引っ付いて行くつもりだったのかよ、ええ?」
「まさか!止めようとしただけよ」
「それがバカだってんだよ!!」
びっくりするぐらい強い口調でカンクロウが怒鳴る。
みたいな一般人が引き止められる訳ねえだろ?相手は忍者だぜ?
なんで知らせねえんだよ?
・・・殺されてたかもしれねえんだぞ」
「・・・ごめん、でも」
「何が、でも、だよ」
「・・・殺されてたかも、ってのはないでしょ」
「フン、だからお前は甘いんだよ、忍びのことなんか何もわかっちゃいない」
黙るしかない

そうかもしれない。
は忍びになりそこねの一般人、まあ脱落組とでも言おうか。
しかし隠れ里を維持していくには忍者を支える人間も必要、彼女はそちら側へ回ったのだ。
カンクロウも、里抜けした現在逃走中の忍びも、彼女とは懇意だった。
とはいえ、別に里抜けの計画を打ち明けられた訳ではなかった。
どうも最近様子がおかしいと探りをいれていて、本当に偶然抜け出するところに出くわしたのだ。
必死で追跡して、追跡して、でもついに雪道ではぐらかされた。

「アイツはお前がついて来てる事知ってたのか」
「・・・そりゃ、追い忍みたいには、気配消せないから・・・バレバレだったかもね」
「チッ」
「・・・何よ」
「やっぱこっちは分身か」
「え?」
「わざわざついてこられるように速度落として遠回りしてたんだよ」
「あれで、分身・・・・」
「まあ本物にお前がついて行ってたら今頃は・・・」
「そんなことない!」
「お前、抜け忍をかばう気か?」
「・・・・」

弟がさらわれた例の事件があってから、カンクロウは抜け忍に神経を尖らせている。
それは重々承知だったからは押し黙った。
カンクロウのきつい視線の前で何を言おうと無駄だ。
でも、あの人は、私にとっては頼りになる先輩だったんだもの。

の表情を見ていたカンクロウが聞く。
「いい奴だったから、ってのか」
「うん・・・・」
2度目の舌打ちが聞こえる。
「忍者なんか2枚舌であたりまえだぞ」
「カンクロウも?」
「・・・・知るか」

うそばっか。
カンクロウも先輩も、いい人じゃない。
先輩とは女同士だったから、いろいろ話しやすかったんだ。
恋愛のこととか・・・当のカンクロウに相談できないじゃない。
知り合ってあまり長くつきあえなかったけど、本当に親身になってくれたんだから。
ただ人間、忍者じゃなくても裏と表の顔があって当たり前。
だから・・・先輩が抜けたときも、残念だったし悲しかったけど、どこかさめてもいた。
でも、もしかしたら、もしかしたら、思い直してくれないかって・・・

「思い上がんなよ」

つっけんどんに放たれた冷たい言葉。
は心のうちを読まれたようでドキッとした。

「一旦忍びが心を決めたら、はたが何言おうが意見を曲げたりするわけねーじゃん」

ぐさりとつきささった。
やっぱり、私は甘いんだ。
もしかしたら、なんて・・・
また雪が降り出した。
顔についた雪が冷たい。
涙の跡も。
心も同じように冷えて行く。

「好きな女に何言われようが・・・
そんな事でやめるぐらいの奴なら最初から里抜けなんかするかよ」

よっこらしょ、とを起こしながらカンクロウがぶつくさ言った。
は肩を貸してもらいつつ、今の言葉を反芻する。
アタシ、凍死一歩手前で頭が混乱しているのだろうか。

「好きな女?」
「何リピートしてんだよ、腹立つな。
お前のことじゃん、あのクソ野郎。
さ、歩くぞ、このままじゃ凍死するじゃん」

何の話してるんだろう。

「好きとか何言ってんの、女の先輩が、女のあたしのこと好きな訳ないじゃない」
「お前の目はどこについてんだ、あいつ男じゃん」

体全体がかじかんでいて、歩くのも、笑うのも難しいながら顔を歪める

「あ、あんたこそどこに目を付けてんの?
ふざけないでよ、先輩のどこが男なのよ。
一緒にお風呂はいった事もあるんだから確かよ」

ぴた。
足が止まる。
沈黙。

「・・・風呂に入った、って?」
「そうよ、修行の後とかさ、私なんかより胸あった・・・って、何言わすのよ!」

さらに沈黙。
カンクロウから殺気が立ち上った。

「どうしたの?」
「・・・・とんでもないエロ野郎だ!
これだから幻術使いは嫌いなんじゃん!
、お前はまんまと騙されたんだよ!」

騙された?

「何の事よ?」
「だ〜か〜ら〜、あいつは男だっていってんだよ!!
クソ、俺たち3人で会ったことってなかったじゃん、確か。
あんの野郎、なめた真似しやがって!!」
「・・・・うそ〜っ!!」
「俺が言いたいよ、くそっ!!」

女だと信じきっていた先輩が男?
あの裸も幻術だったって?
私、一糸まとわぬ姿、いっしょに銭湯いった時に見せたんですけど・・・
あんまりだ・・・
(彼女、いや、彼が、平気でいられた事にも密かに傷ついたりして)
横を見れば頭から湯気が出るほどカッカしてるカンクロウ。
これって・・・・でも、これって・・・
つまりは、私の事好きって公言してるのも同然なわけ、よね?

「ああ、もう、辛気くせえ!」
叫ぶなり、カンクロウはをいきなり肩に担ぎ上げた。
「きゃっ、何よ!?」
「とろいんだよ、半分凍死しかかった奴なんかのカタツムリ歩きにつきあってたら、こっちも凍え死ぬじゃん!」

ざっ、ざっ

上も下も、進んで行く先もどこもかしこも真っ白な雪景色。
けれどそれをものともせずにカンクロウはを担ぎ上げたまま、早足で歩く。
クマさながらの勢いで。
黙りこくって何も言わない。
でもぶっきらぼうな優しさが痛いほど伝わって来た。
次々ふって来る雪がにつもっていくのを、時折手で払いのけてくれているから。
自分の黒子衣装に白い固まりがつくのは全然かまわないくせに。

しばらく行ったところでやおら、カンクロウが口を開いた。

「帰ったら俺が風呂に入れてやるよ、このままじゃ凍傷にかかる」

一気に赤面する
「な、なに馬鹿な事言ってんのよ!」
「俺とは入れないってのか」
むっとしているのが丸ばれなカンクロウ。

あわてては言葉を継ぎ足す。
「そ、そんな事言ってないでしょ?!
先輩とは、知らなかったからはいっただけで・・・」
「なら俺が女になればいいんだな」
「・・・・・そ、それは・・・・」
「それぐらいできるぜ、俺だって忍者だからな」
対抗心丸出しである。

「で、でも傀儡使いでしょ、カンクロウは、幻術じゃなくて」
「んなこた関係ねえじゃん、ちょっと化けるぐらいなら大丈夫」
「・・・あたしが大丈夫じゃないよ・・・・」

うろたえるを誤解して、また立ち止まるカンクロウ。
「なんだよ、俺とは入れないってのか?!」
「だからそうじゃないって・・・・あんまり見たくもないし・・・(カンクロウの女バージョンなんて)」
「なんだって?」
「なんでもないってば!」
「俺とはいやなのかよ!」
「だから・・・」

エンドレス、堂々巡りの会話。
でもほんわか心が暖かいのはなんでだろう。


「カンクロウとのことは大丈夫よ、私にまかせといて」

そんなこと言ってたっけ、先輩。
なんとなく好意は感じられても今一歩踏み出してくれなかったカンクロウのこと、さんざん愚痴った時。

・・・・あの人が抜け忍になった経緯はわからない。
私なんかには伺い知れない冷酷な忍びの顔を持っていたんだろう。
けれど、その一方で確かにあった、優しい一面。

「ああいうタイプは追いつめると開き直るから」

これって・・・先輩の置き土産、なのかしら?


早春の天気は気まぐれ。
ここではこんなに斜めに雪が降っているのに、ずっと先の方では雲が切れて、光が差し込んで来ている。
その切れ間からは水色した春の空がのぞいていた。


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蛇足的後書き:別れの季節に寄せて。
今年は雪が多くて、なんとなくそれに触発されて書きました。
抜け忍のことはホントはもっとシビアな問題だと思いますが、今回はパ〜ス!です(苦笑)