我愛羅は、いや、風影は大いに気分を害していた。
原因はいつものことだが、歯に衣着せぬ兄カンクロウの一言。
「お前はさ、いつも偉そう過ぎるんだよ。
だから皆遠慮して話しかけられねえんじゃん」
フン、なんだ、自分こそ偉そうに兄貴風吹かせやがって。
ことの起こりは我愛羅が漏らした一言。
「なぜ、みな俺が視察で里を歩いていても、あまり話かけないんだ。
みてまわってる意味がないじゃないか」
多忙な仕事の合間にコマメに里の様子を見て回っているつもりだ。
ちょっとそこのゲーセンへでも寄り道したい誘惑を抑えて。
まだ年若いというのに。
昔父親が見て回っていた様子をおぼろげながら覚えている。
父親だって強面だったが、皆感謝やら苦情やらいろいろと、
彼を呼び止めては話しかけていたような気がする。
「‥‥俺が昔のままだと思っているのだろうか」
ポツリともらす、孤独なつぶやき。
ダイナミックエントリー砂版さながらの、兄貴のバカ笑いがメロウな雰囲気をぶちこわす。
「ぶはははは、何言ってるんだよ、違うに決まってんじゃん」
「じゃあ、なぜだ」
それに続いたのが先ほどの一言。
ムッとしながらも、下々代表として庶民派兄貴の意見を求める。
「どこが偉そうなんだ」
「その、ホラ、今もしてる腕組みしてあごを突き出してるトコだよ。
そうやって『最近どうだ』と聞かれたらさ、
『つつがありません』て答えるしかないじゃん。
『問題が‥‥』とか言おうものなら、
『どんな問題だ?』って
そのポーズのままずずっとUPで迫ってんだろ。
引くに決まってんじゃん」
そういうものなのか。
「‥‥じゃあ、どういう姿勢ならいいんだ」
素直なのが現風影のいいところである。
「見せてやるから、次からこうやってみな」
兄上の提案に耳を傾ける弟君、麗しいご兄弟の図。
次の視察の日。
つい自動的に定番位置にずりあがってくる腕を、
なんども振り落としながら、風影が里を行く。
春を感じさせる気持ちのいい昼下がりとあって、
軒下や街角で雑多な人が集って井戸端会議に花を咲かせている。
これまたオートで(背がやや低いせいもあるのだが)反り返り気味になる背中を
兄貴を見習ってわざとひっこめ、あごを極力引いて、目線を平行に保つ。
おや、不思議と人々の視線がフレンドリーな感じがする。
「こんにちは、風影様」
「あ、ああ」
「いいお天気ですね、視察ですか」
「そうだ」
「視察、ご苦労様です」
「‥‥ああ」
‥‥フン、あんな兄貴の言う事でも聞く価値があるものだな。
すぐに片方の口の端をあげるな、との指摘を思い出し、
なんとかヒクヒクと顔を引きつらせながらも、両端をあげるように努力する。
自分だってやってるじゃないか、との非難は内に秘めて。
「あの、風影様、よろしいでしょうか」
きた。
こういう相談事からは、おもわぬ情報が得られるものだ。
今までの視察では、こういう風に向こうから話かけてくるものがほとんどおらず、
こちらから聞き出すしかなかった。
やはり向こうから話かけてくれた方が、話が自ずとすすむというものだ。
しかも相手は若い女だ。
彼女達は身内でおしゃべりする機会が山ほどあるから、情報量がよくも悪くも多い。
さあ、兄の教示を活かすチャンス到来。
さっとひざまづいて話を聞こうとする。
「え、えええっ、きゃ〜っ」
逃げて行ってしまった。
なんで逃げるんだ。
カンクロウの言う通りやったのに。
‥‥まあ、いい、春も近いし、変な人間もでてくるものだ。
自分に言い聞かせて視察続行。
*************
本日の視察は確かに今までにないほど、多くのものから話かけられた。
しかし。
カンクロウお勧めのポーズをとると、ほぼ100パーセントの確率で皆、逃げてしまった。
この落とし前どうつけてくれよう。
執務室へドカドカともどる。
腕も姿勢もおなじみの我愛羅スタイル、バランスがいいのか足も速くなる。
バン!
「あれ、なんだよ、いつもの通りじゃん、そのポーズ」
なぜか弟の部屋でくつろぐカンクロウ。
すっきりしていて居心地がいいらしい(なら片付けろよ)。
「カンクロウ、お前の言う通りしたが、まったく話を聞き出せなかったぞ!
‥‥皆逃げた、おれがひざまずいた瞬間にな」
「え、ええっ、お前マジであのカッコしたのかよ?!」
「‥‥マジも何も、お前がそうしろとすすめたんだろうが」
「参ったな、腕組み云々はともかく、ひざつくのは冗談じゃん‥‥」
このあと、兄が弟にひざまずいて許しを請うたかは、定かではない。
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