Help me to breathe
〜後編〜





「あら〜、可愛いじゃない、サスケ」

  が降りて行ってからしばらく後、階段を下りて来たサスケを見た は開口一番そうのたまった。
 一方、サスケは、ぶすっとした顔のまま、それ以上 に近づこうとはしない。
「……お前の服の趣味か、これは?」
 わかりきっている事を敢えて訊いてみるあたり、諦めモードが漂っている。
「あたしの趣味に決まってるじゃない。勿論、あたしはそんなの着ないケドね」
  曰く「そんなの」とは、サスケの身に付けている淡く薄い生地のひらひらしたピ○ハもどきの事である。彼女も言っているように、彼女はそんな服を着る趣味はなく、サスケに着せるためだけに夜なべ(笑)して彼女自ら作ったものだった。
 徹夜でひらひらを縫う彼女の目は妖しく煌いていたとかいないとか。

「うん、似合うわよ。サスケ」

 褒められた気がしない、というのがサスケの本音であろう。
 あたしの目に狂いはないとばかりに、うんうんと頷く にサスケはこっそりと溜息を吐いた。
 どうしてコイツが彼女なのだろう、と思わなくもない。
 しかし、告白をしたのはサスケのほうであり、それに彼女が軽くOKを出したというのが彼らの関係であった。
 先に申し出たほうがどうしても弱い立場に置かれる傾向があり、さらに彼女の性格によって、彼らの力関係は明らかに に傾いていた。
 それでもサスケは、自分がリードしている気――と言うより、「男がリードする」という古典的概念に翻弄されているから始末に終えない。
 まあ、そんなサスケなので、この衣装はその矜持を傷つけるものであったが、 が嬉しそうに笑うので、脱ぐことも怒り散らす事もできず、ただ突っ立っているしかないのであった。

 サスケ観賞にある程度満足したのか、 は庭へと戻っていった。
  は、庭の物干し竿をあるだけ出したようで、うちは家の広い庭も物干し竿だらけになっている。そこに同じような趣味の服が所狭しと掛けられていた。何回洗濯機にかけたのか想像するだに大変そうである。
 ぱたぱたとはためく洗濯物の間に、忙しなく動く が見え隠れする。
 その姿がまるで甲斐甲斐しく働く新妻のようで、サスケの頬を赤く染めた。

 だが。
 彼らは清らかな恋人同士であり新婚さんでもなんでもない。
 サスケが我に返って、それを悟るまでには時間が掛かった。
 その間に、 は洗濯機と庭を何往復かして。

 その手には、サスケのパ――

「〜〜〜っ っ!!」

 ようやっとその事実に気付いたサスケ。
 顔から火が出んばかりに、真っ赤である。
 慣れないひらひらの服に足を取られながらも、素足のまま庭へ降りて のもとまで駆け寄る。
「何? …うきゃっ!?」
 きょとんとしている の手から、強引にそれを奪い取る。
 肩で息をしているサスケの手にあるものと、空になった自分の手を見比べて、 は首を傾げた。
「こんなのまで洗わなくていい!!」
  はわけがわからなかった。
 何故、いきなり走ってきて、人が好意で干してやっているものを奪うのか。

 しかし、 は頭が良い上に、鈍くもない。

 すぐに、ピーンと来た。

(ははぁん。なるほど〜)
  の表情がきょとんとしたものから、ニヤリという形容が相応しい人の悪い笑みに変わる。
 その表情の変化を間近で見たサスケは、反射的にびくっと身を強張らせた。
 こうしていると、仔兎をいじめている気になるから不思議である。

  は取られた物にちらりと視線を送ってから、作業を続行した。
 大して考えなくともわかる事だが、対象物が一枚のはずはなかった。箪笥を引っくり返したようなものだから、複数枚あってしかるべきである。
 彼がそれに気付いた時は、すでに二枚目が持ち上げられていた。
「おいっ!」
 焦りを含む声が洗濯物でごった返した庭に響く。
  はその声に対してニヤリと口角を上げるのみで、そのまま作業を続けている。

 ぱんっ

 皺を伸ばし――

 てしっ

 ……また茹で蛸のようなサスケに取られた。
 しかし、 はその手を休める事はしないので、必然的に干そうとしては取られ……の繰り返しになる。
 どこか楽しげな と懸命なサスケは対照的だ。

 籠いっぱいにあったサスケのパンツも半分になろうとした時。
 手に己の下着を山ほど抱えるというある種の変態にも見えるサスケが、剛を煮やしたように から籠そのものを取り上げた。
 最初からそうしていれば手間も省けただろうが、ようやく今それに気付いたサスケである。
 すべてを確保しても、なお、サスケの頬の赤みは消えない。

「ふふっ……サスケ、なんかホントに女の子みたい」

 仮にも恋人の の言葉にずっしりとした石を金盥代わりにしているサスケはともかく。
 ここで彼の格好を思い出す必要があるだろう。
 彼が身に付けているのは、ひらひらのびらびらのピ○ハもどき、である。
 しかも、そんな彼が自らの下着を恥ずかしそうに顔を赤らめて握り締めているのだ。
 その様子に が初な乙女を連想したとて、誰も彼女を責められまい。

「……これはオレがやる」

 あっちへ行けとばかりの視線が送られる。
 それが照れ隠しである事はわかっていても、追い払うようなその言い様に少々かちんときた は、その笑みを一層深めて、
(……いい態度じゃないの。こうなったら意地でも)
 不穏な事を考え出した彼女の目に、自分が持って来たもう一方の籠が映った。
 その籠の中には、サスケのシャツやハンカチなどがこれまた山ほど入っている。
(まあ、とりあえずコレを干してから対策を考えましょうか)
 いまだに頬の赤みが消えないサスケを目だけで愛でながら、シャツなどが入っているほうの籠に取り掛かることにした。


 朝靄も晴れ、すっかり快晴と言うに相応しくなった空の下。
 大量の洗濯物がはためく。
 無彩色が多いのはそれらの持ち主の趣味であろう。
 二人の手によって、物干しに重みが加えられてゆき、それらがはためく音とぱんと伸ばす音だけが響いていた。

(………?)

 着々とその中身を減らしてゆく籠の中にあるひとつに の目が留まった。
 それは明らかに場違いなもので――つまり、彼が持つにしては違和感を生じさせずにはおれないもので……。

 白いハンカチ。

 否、ハンカチと言うよりはハンカチーフと言ったほうがしっくりくるかもしれない。
 白いレースまであり、サスケの今の格好には丁度良い代物ではあるが、普段それを使用しているという想像は精神衛生上却下されるだろう。

(……何なの?)

 あまりにも似つかわしくないそれに の頬が引き攣った。健全な青少年の所有物として白レースはいただけない。
 しかし、衝撃はそれだけに止まらなかった。

(何枚あるのさ〜!?)

  の心中に恐慌の嵐が吹き抜ける。彼女が見たものは複数の白いレース。
 一枚や二枚ではなく沢山。
 洗濯時に気付くとも考えられるが、如何せん洗濯物の量は膨大で洗濯機に放り込んでいたのだ。しかも、白いシャツと一緒に洗ったために、白いレース付きのハンカチーフはその合間に身を潜ませる事が可能であった。
 しかし、今、 がそれを発見してしまった事実は変わらない。

 サスケにそんな趣味が……。
 だからあんな服を……。

 その服を無理矢理着ねばならぬ状況に追い込んだのは自分である事は、 の頭からはすっかり抜け落ちていた。
 代わりにサスケへの疑惑が深まって行く。

(……そんな趣味があったなんて)

 彼女のあたしがいながら――
 少しだけ悲しい気分だ。もし、これが女装趣味に止まらず、あちらの道であったら……。
 そうすれば彼女たる自分の立場はない。
 もしや、今まで手を出して来なかったのも、そういう事情なのかと のサスケに対する不審感は募る一方だった。
 ぐるぐると、悪い方向へと思考が向かってしまう。

 彼女の手は、自然と白いハンカチに伸ばされる。
 掴み上げて自分の目線に合わせると――

「――見るなっ!」

 叫び声と共に、サスケが からそのハンカチを奪い取った。
 大した距離を走ったわけでもないのに、肩で息をしているサスケが目に入る。
 パンツの時よりもいささか反応が激しい。
(…………サスケ?)
 さすがの も不安になろうというもの。
 自分達に昨晩ちらっと見たドラマのような修羅場は訪れないと、そう思っていたのだが。

「なっ………何なの、サスケっ!?」
  の頭に、悪い予感が渦巻く。
「それって……もしかして」
 サスケの手に握られた白いレースのハンカチ。
 ひらひらした可愛らしい格好で、彼が握り締めるとそれなりに様になるから困ったものだ。

「こっちもオレがやるから、お前は休んでろ」
 赤い顔もそのままに、興奮しているのか、声が普段よりも大きくなっている。
 まあ、それは双方ともに言えることであったが。
「ど…ゆ……こと?
 まさか…ホントに、サスケにそんな趣味が――」

  の言葉はそこで止まった。

 サスケの持つ白いハンカチを注視したままで。




 ニヤ………


  の表情が一瞬だけ変わったように思えた。
 すぐに、「サスケにそんな趣味が?」的な表情に戻す。余裕のないサスケはそれに気付かなかったようであったが。
(な〜るほど、なんとなくわかったわ)
 心の中では余裕大解放。表情にはそれを微塵も見せない は、名演技へと切り替わる。

「サスケっ! あたしは、アンタに女装趣味があろうと、男にフォーリンラヴな趣味があろうと、とやかく言わないわ!」
「………は?」
「どうせ、あたしをストレートという隠れ蓑に利用していただけなんでしょ!?」
「………おい?」
 (故意で)暴走する に、サスケはおろおろとうろたえるばかりだ。
(一瞬でも、あたしを不安に陥れた罪は重いわよ?)
 俯いた影の中で、こっそりと口の端を上げる。
 そして、また勢いよくサスケを仰ぎ見て、
「本当は…男が好きなのよね? だから、そんな白レースなんて」
「………話が見えねぇんだけど?」
 半ば呆然としているサスケに内心ほくそ笑みつつ、 は続ける。

「つまり、女装趣味のホ●なのねっ!?」

 ………………。
 会心の一撃。
 サスケにステータス異常。

「……なっ!?」

 言葉にならずに、瞠目することしかできない。
 そんなサスケにとどめとばかりに はもう一打放つ。
「あたしの事……別に好きでもなかったのね?
 隠れ蓑にさえなれば、女なんて誰でも良かったんでしょ?」
 こんなこともあろうかと、懐に忍び込ませていた目薬が役に立った。
 秘儀・泣き真似。
 なんのことはない。ただ、こっそりと目薬をさして悲劇のヒロインを演じるだけであるが……。

 これが、効果覿面だった。

「〜〜〜〜〜っちがうっ!」

 焦りうろたえ、自分でも自覚していないような落ち着きのない動きをしているサスケ。
「ぐすっ……じゃあ、どうしてそんなハンカチ持ってるの?」
 しかも、沢山。
(なんとしてでも、アンタの口から吐かせるわよ)
  の内心はこんな感じであったが、表面上は健気な乙女。 の口調が普段と大分違っている事から、少しは演技だということがわかりそうなものだが、繰り返すがサスケには余裕がないのだ。
 これはもう、 の独壇場である。

「お、オレは別に……た、ただ、なんとなくだな」
「――なんとなく?」
 サスケは から目を逸らしているためか、 が楽しげに自分へ視線を向けている事など気付きもしない。
「あ、ああ。そうだ」
(しらばっくれちゃって〜〜。あと一押し!)
「サスケは『なんとなく』白いレースのハンカチを持つほど……女装趣味の世界に走ってるのね!?」
 こっそり目薬を追加することは忘れない。
「だ、だから、そんなんじゃねぇよ!」
 慌てて否定するサスケの脳内は、オーバーヒートしていたようで、嫌な汗がサスケの髪を額に貼り付かせていた。

「じゃあ……どうして?」

 これが最後通告だとばかりに、目を潤ませ(目薬多用)悲しげな表情を作る
 まさに、悲劇のヒロインに相応しい表情だ。
 その表情に負けたのか、サスケはうっと唸った。眉根は寄せられ、顔も赤いままである。今日のサスケの平均体温は普段よりかなり高くなっていることだろう。

 そして、観念したように肩の力を抜くと――

「――……カカシに貰ったんだよ」

「へっ!? カカシ先生っ!?」

 これにはさすがの も驚きを隠せなかった。乙女の仮面も取れかかっている。
(カカシ先生と白レース……微妙だ)
 大の男が、白レースのハンカチを使用している様は健全とは言い難いだろう。
 まして、あのカカシである。
 いや、あのカカシだったら、許容範囲なのか……。
 あまりよろしくない想像をしてしまったような気がして、 は無理矢理その思考を追い払った。
 危なく変な方向に流される所だったと安堵しながら、 は、サスケを追及する手を止めない。チェックメイトはすぐそこである。

「カカシ先生に貰ったのはいいとして……どうしてこんなに大量にあるのかって事と――」

 彼女は、そこで一端言葉を止めた。
 そして、徐に、籠から新たな一枚を取り出す。

「――なんで、あたしの名前が刺繍されてるのかって事よ」

 彼女が翳した白いレースの端には、彼女の言うとおり『 』と刺繍がなされている。
 しかも、どうも慣れていない者がやったのか、少々歪であった。
 その刺繍を突き出されたサスケは、折角落ち着きかけていた精神をまた興奮状態に陥らせる破目になってしまう。
「そ、それはっ……」
 顔が、これでもか、というくらい赤い。
 沸点は軽く越えていると言えば、信じてしまう人もいるかもしれないくらい、サスケの顔は紅潮していた。

 白いレース付きのハンカチ。
 それに刺繍された『 』という歪な文字。

 これらが意味するところは――

「これは何なのかしらね?」
 すっかり口調も元通りの に、いつものように(笑)責められるサスケ。
 この二人の場合、確実に男女の立場が逆転している。
 これを記号を用いて表せば、『サスケ× 』ではなく、『 ×サスケ』こそ適切だと思われる。そして、その傾向を彼の服装が一層助長しているのも事実だ。
 そんな二人の距離は、 が一歩踏み出すごとに縮まっていった。

「さあ、吐くと楽になるわよ?」
 やり手の拷問官さながらに、 がサスケの顎に手を掛ける。ノリノリだ。
 身長はサスケのほうがやや高いにも関わらず、こういう時は、 のほうが大きく見えるから不思議である。
 困惑と屈辱が見え隠れするサスケの表情に、 はにやりと口の端を上げた。

「言わないと……奪うわよ?」

 敢えて、ナニを、とは言わない。

「〜〜〜〜〜っ! お前、少しは恥じらい持てよっ!」
 自分の顎に添えられた の手首を掴む。
「えっ? あたし、別にやましい事言った覚えないけど。
 ふふふふ……な〜に、サスケ? 何想像してたの?」
 手首を掴まれたままに、一層人の悪い笑みを深める
 な〜にを想像したのかな〜、と節まで付けて歌う に、サスケはぐっと言葉に詰ってしまった。
 ここで言ってしまえば、 の望み通り。言わなくともそれは変わらず……。
 どちらにしろ、彼女のほうが優勢なのは確かだ。

「〜〜〜〜くそっ! わかった。言うから、離れろ!」

 男として別に『奪われ』ても支障はないと思うが、サスケはこれ以上からかわれるのを避ける事を第一に考えたのである。
  は、ふ〜ん、と余裕の表情で、サスケから意外にもあっさりと離れた。

「で、サスケくん? まずはこのハンカチからね」
 目の前で白いハンカチをひらひらさせる。
 きっちりと『 』の文字がサスケに見えるように。
 借金の誓約書をちらつかせる悪徳高利貸しを髣髴とさせる。
 そんな に気圧されたのか、サスケは、 から視線を外し、俯き加減である。

「それは……」
 どうしても口ごもってしまう。
 おそらく、これから彼が発する言葉は、発するだけでも彼に苦痛を与えるものなのだろう。
 サスケは、自分が手に変な汗をかいているのを感じていた。
 ぎゅっと目を瞑って――


「………まじない、だ」


 言ってからもやはり恥ずかしいのか、 の顔を見ることができない。
 それもそうだろう。
 男がまじないなどと……忍術の類ならばともかく、この場合完全なる「おまじない」。しかも、雑誌などに載っていそうな安っぽいまじないだ。それをサスケがやったという事実は少なからず に衝撃を与えたが、途中からなんとなく察しのついていた はその衝撃を緩和することができた。
(……サスケがまじない、ねぇ)
 くすり、と思わず忍び笑いが出てしまう。
 イメージに合致しないことこの上ない。
 彼もそう自分で思っているようで、それ以上付け加えようとはしなかった。

「どんな効能のあるおまじないなの?」

 まだまだ許さないわよ、とばかりに の言及は続く。
 先程、自分を不安にさせたお仕置きは終わらないらしい。
 効能を聞かれたサスケの肩がびくっと反応した。
 汗ばんだ手で、髪の毛を意味もなく、くしゃくしゃに掻き上げて、 に背を向けてしまった。どうやら、その問いに対して答える気はないという意思表示のようである。
「……ふ〜ん。そ〜ゆ〜態度に出ちゃうわけ?」
  は面白そうにそう言うと、しゅたっと素早くサスケの背後一尺もない所へ移動した。
 その空気の移動を感じたのか、サスケが振り向く。
 振り向いたその顔は、やはり赤く、どこか諦めたような雰囲気さえ漂っていた。
 ……所詮、惚れた弱みというやつである。

「さあ、サスケ。白状しちゃいなさい?」
 振り向きざまのサスケの肩に背後から両腕を掛けて挑発する。
  から漂ってくる良い香りに動悸を速めていたサスケだったが、もう既に顔は最大限に赤かったので、その表情の変化を察するのは難しい。
 鼻腔を擽ってくる空気を吸って、それを吐き出すのは大変惜しい気がしたが、サスケは降参の溜息とともに、それらを一気に吐き出すのだった。

「……カカシに聞いたんだよ」
「カカシ先生に? このハンカチくれたのもカカシ先生だって言ってたわね?」
「ああ。そん時に……」 「その時に?」
「……………恋愛成就に効く、と

「はあっ!?」

  は思わず叫んでしまった。
 開いた口が塞がらない。

「何言ってんの、アンタは? 恋愛成就って……」
 もう叶ってるじゃない、と口中で。
 そう。
 彼女の言う通り、『恋愛成就祈願』というものは、まだ相思相愛でない時にその恋の『成就』を願うのが普通である。
 少しもそれらしくないかもしれないが、一応この二人は恋人同士というやつだ。
 すでに『恋愛成就祈願』の段階は過ぎていると思われるが――少なくとも はそう思っていた。

 だが。

「カカシのヤツが言ったんだよ。
 少しは進展させるのが常識だ、とな」
「それで、ついでに、何故か『おまじない』用品もくれたの?」
「……ああ」
 要するに、白いハンカチ(特にレースでなくても良いらしい)に、好きな人の名前を刺繍すると恋が実るというものである。この類に、消しゴムに好きな人の名前を書いて誰にも見られずに使い切るとか、小指に書いて絆創膏を貼っておくなどというものもある。
 カカシはやはり謎の人であると は再認識した。
「でも、その『おまじない』やったのはサスケの意思でしょ?」
 うぐっと痛いところをつかれたサスケ。
 もうどうにでもなれ、と肯定する姿が痛ましい。

「ふ〜ん。じゃあ、『おまじない』の効果、試してみる?」

 サスケの肩に回した腕を組んで、サスケに密着してやると、驚くほどに彼は固くなってしまった。
(あ〜、なんか面白い)
 うきうき気分の とは正反対に、サスケはうろたえている。
 サスケとて、好きな女に抱きつかれて嬉しい事は嬉しい。
 体勢も……何か違うような気がするが許容範囲だ。
 だが、サスケには重要な点が欠けていた。
 すなわち。
 これからどうすればいいかわからない。
 恋愛には疎いサスケ。
 復讐の事ばかり考えていた自分を少し悔やんでしまう。

「あっ、そういえば、さっき想像してた事を聞いてないわね」
  の『奪うわよ』発言でサスケが想像した事についてである。
 今の問いによって、サスケはまさに背水の陣――否、背 の陣。
 前には の問い、後ろには という意味である。
(……くそっ!)
 心中でいくら悪態をついても無駄である。
 しかも、その悪態が心なしか嬉しそうなのでは、もう の術中にはまってしまったようなものだ。

 サスケが黙っているので、暇になったのか、
「サスケ……ヒントあげようか?」
 耳元への甘い囁き。
 それが悪魔なのか、天使なのか、サスケには判別がつかない。
 耳に吐息がかかってそれどころではないのである。
 背中に押し付けられる柔らかい感触も、サスケの意識を冷静でいられなくするのに一役買っていた。

「さっき、想像したヤツで、合ってると思うわ」

 さっき想像したこと……。
  の発言で、想像してしまった事である。
 サスケは、その言葉の熱に浮かされたかのように、 の腕を緩めて彼女の正面に向き直った。
 彼女の腰に手を当てて、自分のほうへと引き寄せる。
  の頬に壊れ物を扱うかのように触れれば、互いの鼓動がどちらのものかわからなくなる。

 ゆっくりと、 の瞼が下ろされて。
 その睫毛の影をぼんやりと眺めながら、自らの瞼も落としてゆく。


 羽のように――


 柔らかく――


 軽く――



 ………頬に落とされた。
 そして、ぬくもりは離れ――


「―――何ソレっ!!?」

  の目がぱっちりと開いてサスケを凝視している。
 左手は、サスケの唇の名残に触れていた。
 つまりは、頬に。

「ちょっと、サスケ!? いくらなんでも控えめすぎよっ!?」
 最もである。
 ここまで引っ張っておいてこれは有り得ない。
(てゆーか、『奪う』で想像したのが、これっぽっちって……。
 サスケ……男として大丈夫なの!?)
 別の不安が湧き上がってくる
「控えめって……お前、他の男とした事あるのか!?」
 焦ったように聞いてくるサスケ。
  は当然ある、と言いたいところだったのだが、ここは黙秘権を行使することにして。

 とりあえずは、自分に新たな不安を起させた落とし前を着けてもらわねばなるまい。

 そんな結論に至る。

「……サスケ」
 もう、いぢめる気満々。

「言い忘れてたけどさ」
 ニヤリ
「サスケが恥ずかしがってたパンツ洗ったのは私……ということは」

 はっとしたように、サスケが背後を振り返り、籠の中の自分の下着を確認してから に向き直った。
 そんな事で安堵しても無駄とばかりに、笑みを深くする



「しっかり観察してんのよ、すでにね」



 今更焦ってあたしから隠しても遅いってこと、と付け加える彼女。
 いぢめである。
 しばらくは、こんなサスケいぢめに徹するのもいいかと思いながらも、頬にキスという甲斐性のなさに今後の心配をしてしまう。
  は、ひらひらびらびら姿のサスケを見て、苦笑を漏らした。

 先は、長い。
 どちらにとっても。
 『おまじない』とやらの効果を期待するしかないのかもしれない。



 ちなみに、この日天気予報が外れて夕方から大雨が降り、サスケが暫くひらひらびらびら姿でいなければならなくなって の目を楽しませたのは余談である。





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