春の朝
「5:30の電車だ」
明日からの朝練の時間を確認しようと電話したら、とんでもない時間を指定された。
「ええ〜っ、うそっ、早すぎです、我愛羅先輩!!
だいたいなんで電車なんですか?
自転車の方が早い・・・」
「うるさい」
一喝。
「野球部は民主的だが、先輩の言う事を一年坊主のがくつがえせるほど下克上でもないぞ」
「・・・・すいません・・・・でも」
「なんだ」
「私、もうすぐ2年です!」
「ああ、そうだったな、だが俺は3年だ」
「・・・・」
なんだか小学生の言い合いだ。
「遅れるなよ」
「はい・・・」
期末試験中にしっかり夜昼逆の生活に慣れてしまい、朝はめっきり弱くなってるは声が正直に尻つぼみ。
「聞こえんぞ」
「はい!」
「じゃあな」
返事する間もなくプチッと電話が切れた。
翌朝。
きゃ〜っ、待って!
心の中で絶叫しながら閉まりかけたドアに滑り込む。
シュー
ドアのすぐ横のバーに捕まって、ぜいぜいと肩で息をしていたら、聞き覚えのある声がお出迎え。
「遅れなかったな」
「我愛羅先輩!な、なんで私の乗る車両がわかったんですか?」
「簡単だ。
この車両が改札から最短距離だからな」
「・・・・」
なんか口惜しい。
さすがにこの時間だと通勤ラッシュには早いし、学生は春休み、しかも早朝だから乗客は皆無。
「ガラすきですね、先輩、座りま・・・」
「立ってろ、」
出ばなをくじかれる。
「なんでですか?誰もいないのにいいじゃないですか」
「だめだ」
「ケチ〜」
「運動部員が座ってどうする」
「私はマネージャーです」
「部員の心が一丸になって初めて勝利がある」
「・・・わかりましたよ」
「『よ』?」
「わかりましたっ!」
「フン」
試験中は一年と二年じゃ時間がずれるし、部活もないからほとんど姿も見られないまま。
今日は久しぶりに先輩と会える、とはちょっとドキドキしてたのに。
いざ顔を合わせるとてんで相手にしてもらえてないみたいで、ちょっとヘコむ。
まあ、いつもこんな調子ではあるんだけど。
なんとなく話が途切れた。
黙って電車の規則正しい揺れに耳をすます。
ガタンガタン
ガタンガタン
まっさらな朝日が窓から流れ込んできて、空中のちりがきらきら光る。
座席に降り注ぐ光がまだ寝ぼけた目にまぶしい。
カタン、カタン
カーブに差し掛かり電車が減速する。
カタン、カタン
先輩の声が自分を呼んだ気がした。
外
「は、はい?」
目の前が一色に染まった。
飛び込んできたのは一面の桜、また桜。
そういえば、このあたりの土手には桜並木があった。
まるで桜を見る為に運転手さんが気を利かせてゆっくり進んでいるよう。
カタン、カタン
カタン、カタン
去年の春は高校生活に慣れるのに精一杯。
怒濤のように押し寄せる変化に追われて、桜を愛でた記憶はない。
先輩を初めて見たのもこの季節。
もうあれから一年たつ・・・・
電車はゆっくりと桜色のトンネルを通り抜けて行く。
「・・・きれいですね」
返事がないまま、は隣の先輩の顔を見上げる。
大きな瞳は窓の外をまっすぐに見ている。
思ったより高い鼻梁にハッとする。
きれいだけど同時に男性的でもある桜。
なんだか先輩みたいだ・・・
空気が、光が、桜色に染まる。
車両に春の光があふれる。
カタンカタン
カタンカタン
桜並木を通り過ぎた電車は再びスピードをあげて次の駅目指して疾走する。
「一年か」
聞き取れるか聞き取れないかの独り言。
「・・・はい?」
「・・・なんでもない」
窓の外をむいたままの我愛羅先輩。
もう桜はどこにもないのに。
夢のようなうつつのような。
そんな桜の残像が目に焼き付いている。
電車が駅に滑り込んだ。
黙って電車から降りる。
ほとんど人が降りないはずの駅なのに、見覚えのあるボロコンバースがふくれあがった特大のカバンを持って前の車両から出て来た。
「「あ」」
同時に指差し、声を出す。
「「なんでお前が」」
気が合うのかその逆か、ともかく今はきれいにハモってる我愛羅先輩とカンクロウ先輩。
「んだよ、俺は整備当番だから仕方なくこんな早く来たんだよ。
お前は当番でもねえだろうに」
「・・・初日ぐらい手伝おうと思っただけだ」
「ウソこけ。
一年の時ですらそんな殊勝な事しなかっただろ。
って、あ〜、ナルホドね。
同伴者いるんだ」
急にニタっ、とするカンクロウ先輩。
反比例して我愛羅先輩の顔が、こわくなる。
「桜、だな」
「桜が何だ」
「正直に言え、早朝花見デートだろ」
「・・・ばっかやろう、何を根拠に・・・」
「ったく素直じゃねえなあ。
かわいそうにちゃん、キョドってるじゃん。
どうせちゃんと誘ってないんだろ」
「違うと言ってる!」
全然気にしないで勝手にしゃべるカンクロウ先輩。
「いいねえ、俺なんかせいぜい写メルぐらいしか思いつかなかったのに」
「カンクロウ、いい加減に・・・・」
「罰だ、持ってけ、イロオトコ」
どさっと山のような荷物を我愛羅先輩におしつけると、大柄な体に似合わないすばしっこさで改札をすりぬけた。
「待てっ!カンクロウ!!」
先輩もかかえた荷物をものともせずに器用に改札を通り抜けてカンクロウ先輩の後を追う。
「あの・・・」
我愛羅先輩が振り返り様に言う。
「他言無用だ、、わかったな!」
取り残された。
春の早朝の空気はほんのり桜色。
一年か
先輩、確かにそう言った。
共通の記憶。
重なる思い。
心の中のつぼみがふわり、とほどけた。
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蛇足的後書き:『新学期』、『3学期』(頂き物ですv)に続けて。
春はやっぱり学生さんの季節、ってことでパラレルしてしまいました。
カンクロウと彼女の話はまた別の機会にできたらいいな〜(なんか弱気/笑)。
桜は我愛羅の方が(口惜しいけど)似合う気がするので。