三学期

真っ青に晴れ渡った冬空。
土曜日のグラウンドに人影は見当たらない。
ピッチャーマウンドにたたずんだ は、右手で硬式ボールをぎゅっとにぎりしめた。
おもむろにふりかぶって、左足を思いっきり上げて、バックスイングをたっぷり取って、ビシュッ!!
弾丸ライナーがホームベース上を通過して、バックネットに激しくぶつかった。
ガシャーン!
思った以上に大きな音がしてあせって振り返ったけど、だれもいなかった。
「カンクロウのばか。」
そうつぶやいて、ふぅっと大きなため息をついた。



先週のことだった。
が通う高校で、野球部の親善試合があった。
野球部がグラウンドを占拠するので、仕方なくサッカー部も陸上部も、そして が所属するハンドボール部もその日の練習は休みになっていた。
友だちに誘われて、 はその練習試合を眺めていた。
ギャラリーは女の子を中心にけっこう集まっている。
実は、野球部にはイケメンが多いのだ。

カキィーーン。
たちが見ている前で、相手チームの4番バッターは、ファーストの後ろにフライを打ち上げた。
ライトが前進して軽くキャッチ。
「アウト!チェーーンジ!」
審判の声に応援席から歓声があがる。
「我愛羅くんのピッチングってすごいのね。」
「もぉプロ入り間違いなし?」
「きゃーー我愛羅せんぱーい♪」
ギャラリーの女の子たちがやんやと黄色い声をあげている。

は胸の中で「ばっかじゃないの。」とつぶやいていた。
たしかに我愛羅君はコントロール抜群。
しかも七色の変化球と言われる球種は、カーブ、シュート、シンカー、そして高校生ながらフォークボールまでマスターしている。
でもね、どんなに優秀なピッチャーだって、女房役のキャッチャー次第なのよ。
例えば今の打席。
ホームランバッターの4番が凡打に終わったのは、キャッチャーの采配がよかったからじゃないの。
ライトが余裕でキャッチできたのだって、我愛羅君がセットポジションに入る前に外野にライト側に打球が飛ぶことを合図してたからよ。
だから思わず
「わかってないわ。」
と声に出したら、隣にいた友だちに
「あ〜またキャッチャー・カンクロウ君の解説してたでしょ。」
と言われて、赤くなってしまった。

試合は3対1で、カンクロウたちのチームが勝った。
打点王は、もちろん彼。
ツーベースヒット一本と、7回にはなんとホームランも放つという快挙だった。
「カンクロウ先輩って意外にかっこいいよね。」
「マスクしてるからわかりにくいけど、かっこいいよね〜。」
近くで女の子たちが話してた。
胸がザワザワして、仕方なかった。

やがてグラウンド整備が終わって、部員たちが一人残らず帰って、校庭は静まり返っていた。
友だちと別れた は、ひと気のないハンドボールのコートにいた。
ゴール前のペナルティーラインに立ってみる。
なんとなく落ち着かない。
それはそうだ。だって のポジションはキーパーなのだから。
ボールを手にしてゴールの下に移動する。
いつもの位置に立って、そして振り向いたとき「あ!」と声をあげた。

「1人で練習かよ。」
「カ、カンクロウ……。」
ユニフォームから制服に着替えたカンクロウが、フリースローライン上に立っていた。
「今日は悪かったな。」
「え、なにが?」
「グラウンドを占領してさ。お前ら、公式試合を控えてんだろ?」
「まぁね。でも1日くらい休んでもどうってことないって。走り込みはしてるから。」
「へ〜。余裕じゃん。」

カンクロウはそれだけ言うと、なぜかくるっと背中を向けた。
「?」
が不思議に思って近づくと、「い、一緒に帰ろうか。」と赤くなってる。
なんで……なんてことは聞かないでおこう。
「いいよ。」
なるべく平静を装って、彼の横に並ぶ。
ちらっと横顔をのぞくと、夕陽に縁取られた顔がやけにかっこよくて、ドキンとした。
間近に並ぶと背が高くて、肩とか腕とかたくましい。
(やっぱりカンクロウって男っぽくってかっこいいな。)
素直にそんなことを思ってしまった。
実は前から好きだった。
だから彼に「一緒に帰ろう」なんて言われて、本当は飛び上がるくらいうれしかったんだ。
(こんな風に肩を並べて学校内を歩くなんて、まるで公認カップルみたいじゃん♪)
彼の口グセをまねて、胸の中でつぶやく。
「試合、勝ってよかったね。」
ちょっとかわいい声を出して言ってみる。
「おお。見ててくれたんだよな。サンキュ。」
照れた顔をして、ニヤッと笑うところもかっこいいよ。
「ギャラリーが多くて、やりがいがあったんじゃない?」
「そうなんだよ。オレなんか試合が終わったら女の子たちがキャアキャア集まって来てさ。」
「へえ。」
「カンクロウ先輩〜〜とかなんか、言われてさぁ。」
「ふぅん。」
「この調子だとバレンタインデーは相当期待できるかな〜。」
「……。」

むぅ。カンクロウったら、鼻の下をのばしながらデレデレしちゃってるし。
なんか急に腹が立って来た。
「あ、そうそう。わたし顧問の先生のとこに行かなきゃいけないの。」
「え??」
「職員室に行くから、やっぱ先に帰ってて。じゃあね!」
「あ、ちょ、ちょっと待……。」
(しまった…うっかり余計なこと言いすぎた)と後悔しきりのカンクロウを置き去りにして、まっすぐに校舎に向かって走り出した。



あれから一週間。
はカンクロウと同じクラスだから、毎日嫌でも顔を合わせるのだけど、先週のそんな出来事があってからなんとなく避けていた。
なんであのとき彼が「一緒に帰ろう」なんて言い出したのかよくわからないまま、お互い気まずい時間が過ぎていった。
そして今日。
午前中の練習が終わってふと野球部のグラウンドを見たら、だれもいないマウンドが冬の日射しにキラキラしていて、なんとなくそこだけ砂漠に見えた。
「おじゃましまーす。」
こっそりとよその家に入るみたいに足を踏み出し、ピッチャーマウンドに立ってみる。
「我愛羅君は、ここからカンクロウめがけて投げてるわけか。」
足元に落ちていたボールを手にすると、おもむろにふりかぶって、左足を思いっきり上げて、バックスイングをたっぷり取って、ビシュッ!!
弾丸ライナーがホームベース上を通過して、バックネットに激しくぶつかった。
ガシャーン!
思った以上に大きな音がしてあせって振り返ったけど、だれもいなかった。
ふぅっと大きなため息をつく。
「カンクロウのばか。」
プレートを右足でガッガッと蹴ると、土ぼこりが舞い上がる。
「げほ」
ほこりが目と口に入って、思わず咳き込み、目がかすむ。
「あ〜もぉ。」
そうして、足元に置いてあるカバンを持ち上げた。

「いい肩してんじゃん。」
「え??」
びっくりして顔をあげると、いつの間に来たのかカンクロウが立っていた。
「コントロールが良ければ、ピッチャーでいけそうじゃん?」
「それはどうも。キーパーは肩が強くなきゃだめなのよ。」
ドキドキしながら答える。
「速攻があるしな。」
「よく知ってるじゃない?」
「まぁな。キーパーとキャッチャーは似てるからな。」
「え?」
「お前だってディフェンスラインを見て、味方に指示出してるんだろ?」
「うん。」
(キャッチャーも外野から内野まで守備位置に指示出すし、ピッチャーにはどこに投げるか指示出すし、かなり頭使うのよね、。キーパーって、キャッチャーに 似てる。それはわたしも思ってた。)
「最後の守りはキーパーの腕にかかってくるしな。」
「キャッチャーもホームベースで押さえなきゃいけないもんね。」
(あら。なんだか会話がうまくいってるみたい?)
「オレたちって似てるよな。」
「…え?」
思わずカンクロウの目を見つめたら、急に焦ってた。

「あ、そうだ。オレが投げるからさ、お前打ってみろよ。」
「え〜?」
「いいじゃん。ほれ。いつも守るばっかだろ?たまには攻撃してみろよ。」
そう言ってカバンからバットを取り出し、 に渡す。
「思いっきり振るんだぞ。」
そう言って彼は をバッターボックスに連れていき、自分はマウンドに立った。
「なんか遠くない?」
「心配すんなって、デッドボールは投げないから。」
「そんなこと言われたらかえって不安になるって……。」
「なんか言ったか?」
「なにも!じゃあ本気でいくわよ。」
「おっし!」
カンクロウがゆっくり振りかぶって、左足をあげ、そして腕を大きく振る。
さすがに手加減してスピードを抑えたボールが、 の手元に投げ込まれて来た。
「えい!」
渾身の力を込めてバットを振る!
カッキィーーーーーン!!
白いボールがゆるい弧を描いて、青い空に飛んで行った。
「おぉ〜〜。すっげえじゃん。」
「ほんと?」
「レフト前ヒットってところだな。」
「やった〜♪」
思わず笑顔になる。
「やるじゃん。」
「へへ。見直した?」
「見直すも何も、前から見てるじゃん。」
な、なにを?って聞こうと思ったら、ガサゴソと彼はポケットからなにか取り出した。
彼には似合わない赤いリボンのついた袋で、無理矢理ポケットに入れていたから少しシワになっていた。
「誕生日、おめでとう。」
「え、ってか、誕生日ってもう終わってる……けど。」
「本当はもっと早くに渡したかったんだけど、なかなかタイミングがなくってな。」
カンクロウがうつむいて、鼻の頭をポリポリしながら言った。
「ずっと見てたんだよ。ハンドボールのコートばっか。」
「ハンド部に入りたかったの?」
「ち、ちがうだろ。 を見てたからに決まってるじゃん!」
(わたしを……。)
なんだか胸がいっぱいになってきて、なんて言っていいのかわからなくなってしまった。
「お前は人気キャラなんだぞ。そう簡単に渡せるかよ。」
「人気キャラってなによぉ。マンガじゃあるまいし。」
「そこ、怒るところじゃないだろ?かわいいって言ってんだから。」
「か・かわいいって……。」
(もしかしてカンクロウが告白してくれてるの!?)
「今日こそ、一緒に帰ろう。」
カンクロウがニッと笑って、 のカバンを持ち上げた。
「うん。」
だって野球に詳しくなったのは、カンクロウを見てたからなんだから。
「ありがとう。」
「おぉ。」

風は冷たいけど、もうすぐ春。
2人には一足早く、暖かい季節がやってきたみたい。
さて、赤いリボンをほどいて出て来たのは……。


おわり


*『Dream31』のsnow様から私の何回目かも定かでない誕生日に、と頂きました!
どうでしょう、このかわいらしさ!
青春真っ盛りの初々しい二人(あ、私とカンクロウね/オバハン的発言)にもう目尻が下がりっぱなしです!
ヒロインを昔管理人が実際にしていたハンドのキーパーに、カンクロウは以前キリリクで役を振ったキャッチャーに設定、続編でありつつも独立した素敵なお話にしたててくださいました〜。
ちゃんとカンクロウから告白してもらってることが重要です!(笑)すっかりなりきり、まさにドリーム!
snowさん、本当にありがとうございました!!