雨上がり

「今度の休みに縁日に行こうよ!浴衣着てさ!カンクロウもだよ!」
唐突に が提案した。
どうやらこないだ出たばかりのファッション雑誌にそんな特集が出てたな、アレに触発されたらしい。
まあ浴衣姿の女の子ってのはなんだかんだいっても可愛いからな。
「まあ、いいけどな」
生返事をしかけて、ふと気がつく。
まてよ、カンクロウもって、言ったよな。
「おい、俺も着るのかよ、そりゃ無茶じゃん」
「なんで?せっかくだもん、ペアしようよ」
「持ってねえよ」
「嘘つき」
ギク。
「着物たくさん持ってるって言ってたじゃない、浴衣ぐらい持ってない訳ないでしょ」
天然ぎみの にしてはするどい指摘だ‥‥実は持ってる。
忍者なんかやってると、変装しなきゃなんない機会がけっこう多くて、へたするとコスプレ野郎と間違われるくらいの衣装はクローゼットにいっぱいあったりする。
別にクマドリに黒装束だけが俺のスタンダードってわけじゃねえ。
当然着物のたぐいも何着もある。
しまった、こないだそんな話がでて、うっかり口が滑ったんだった。
「じゃ、着て来てね、絶対だよ!
ふふふ、楽しみだなあ」
ああ、はめられちまったじゃん。
ま、 がこんだけ喜んでるんだし、いいとするか。
俺もコイツの浴衣姿を見れるんだしな。

当日。
いつも通り、 は遅刻。
まったく、たまには先に来いよ、お前が誘ったんだろうが。
俺はなぜか遅刻しそうなキャラに思われてるが、実は時間には結構うるさい。
も最初はそのことでびっくりしてたぐらいだ。
しかし、俺に合わせるかと思ったら、全然。
へんなとこでマイペースきわまりない。
人通りの多いこの場所で、ひとり浴衣着てつっ立ってるのも空しいもんがある。
いかにも「カノジョに待たされてます」じゃん、‥‥‥本当にそうなんだけどよ。
しかし、例の特集は効果抜群みたいだな、ことごとく浴衣姿の女ばっかじゃん。
さて、 はどんな浴衣姿で現れるんだろうな。

一瞬、 だとわからなかった、実は。
セミロングの髪をアップにまとめて、いつもと違ってなんだか大人びた彼女。
けっこうカラフルな浴衣が多い中で意外な古典柄、むかしながらの白地に紺でテッセンの花模様。
深紅の帯が鮮やかだ。
黒塗りの下駄の鼻緒も色合わせして赤。
清楚な魅力にぼーっとなる。
「またせちゃったあ〜?ごめんね〜」
定番のセリフも耳を素通りだ。
「カンクロウ?カンクロウってば?!」
「あ、ああ」
「どしたの?待ちくたびれちゃった?ごめんね」
俺の顔を覗き込む のちょっと心配そうないつもの表情で、ようやく我に返った。
「遅いんだよ、ったく、たまには時間通りに来いよ」
「へへへ、ごめ〜ん、でもカンクロウはいつもちゃんと時間通りに来てくれるんだね、嬉しい」
‥‥俺ってなめられてんなあ‥‥テキならいざしらず、カノジョになめられたからってどうしようもねえじゃん?!
「へえ〜、カンクロウやっぱ似合うじゃん、浴衣!
わ〜い、腕組んでいい?見せつけちゃお!」
ふわっと のつけてる香水のいい香りが俺の鼻をくすぐる。
まいったな。
地面を踏んでる気がしねえよ。
こんだけの人ごみの中を縫って歩いてるってのに、ふわふわ夢見心地ときてる、しっかりしろよ、カンクロウ!
「きゃっ」
誰かに押されて が俺の方にぎゅっと体を寄せてくる。
や、やわらかすぎ‥‥
勘弁してくれよ、理性がもたねえじゃん。
パッケージ一つでここまで翻弄されるとは、修行がたりねえな、俺って。
いろいろ出店をのぞきながら がなんか言ってるけどほとんど聞いてない。
「もう〜、カンクロウったら、なんか変よ!
あ、他の女の子が気になるんでしょ、もうっ」
いてててっ、つねんなよ、バカバカしい心配しやがって!
「お前だってこないだ、街頭ポスターの前でぽかんと口開けて例の俳優にみとれてたじゃねえか」
気になってたことをここぞとばかり吐き出す。
「いやっだ〜、あんなの、たんなるアコガレじゃない〜、もうっ」
こんどは背中をはたかれる、割にあわねえな、ったく。
「なんで俺が他の女見ちゃだめで、 、お前はいいんだよ」
「だって、私の場合はスターなんだから絶対身近にいるなんてあり得ないもん。
でもカンクロウが道で他の女の子に色目使ったらひっかかってくるかもしれないじゃない」
い、色目‥‥

むしむししてると思ってたけど、だんだん空模様が妖しくなって来た。
ぽつっ
大粒の雨が一つ、顔に当たった。
あれっ、と思う間もなく、急にバケツのそこをぶちぬいたみたいな大雨が降り出した。
キャーキャーいいながら、皆が雨宿り先を探してあちこちへ走り出す。
「きゃあ、どうしよ、このあたりにどっか屋根あるとこなんかあったっけ‥‥」
俺と一緒に走り出しながら が、雨音に消されまいと必死で大声で俺に叫ぶ。
「こっちだ」
へんなとこで忍者やってることが役に立つ。
いつも逃げ道を用意しとくからな。
雨宿りにおあつらえ向きの空き家が実はちょっと隠れたとこにある。
のやわらかな手を引きながら、今二人きりになるのはちとヤバいじゃん、と思ってる俺がいた。

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突然のどしゃぶりにずぶぬれになった俺たち。
空き家にもぐりこんだものの、体を拭くものなんかハンカチぐらいしかないし、手で顔を拭うぐらいしかやることもない。
「あ〜あ、せっかく張り切って浴衣きてきたのになあ」
ぶつぶつ言ってる
下向いて、じっとり水気を吸い込んだ浴衣の裾を無駄を承知でしぼったりしてる。
‥‥‥
やばいな‥‥、うなじに雨でぬれた後れ毛が張り付いて の色っぽいこと‥‥
こら、かがむなよ、余計襟足がひらくじゃん?!
急にこっちを振り向いて、俺を上目遣いに見上げる
「やだあ、カンクロウもびしょぬれだよ〜」
当たり前だ、お前と同じとこにいたんだからさ。
「ふふふ、髪が寝てるよ、珍しい眺め〜」
こ、こらっ、こういう心境の時に人の髪を触るなっ!
「あ〜、カンクロウって富士額じゃない、へえ〜、おでこ出してみたら?
かっこいいかもしれないよ〜」
何のんきなこと言ってんだよ、‥‥接近して腕あげたら‥‥身八ツ口がもろに開くじゃんよ!?
浴衣が雨で体に張り付いてるこの状況下では‥‥‥!
この身八ツ口ってやつは、本当に通気性とか機能性とかだけのためにもうけられたんだろうか、俺にははなはだ疑問だ。
むしろ‥‥オトコを誘惑するために付けられたんじゃないかって案に一票、じゃん。
はい、入れて下さい、と言わんばかりの位置に穴が開いてんだからな!
「‥‥どうしたの、カンクロウ?
なんか、顔赤いよ?雨に当たって風邪引いたの?」
ばかやろ、これぐらいで風邪引くかよ。
‥‥おまえの色香に酔っぱらったんじゃん、んなこと口が裂けても言えねえけどよ。
「なんでもない」
の手を遮って、ぶっきらぼうに返事する。
みるみるうちに の顔が曇る。
ああ、やっかいな奴だ、また俺が怒ってるんだと誤解したな。
「‥‥なんで怒ってるの?‥‥」
だから、違う、違う、ちが〜う!
「雨に降られたから?でも私のせいじゃないもん‥‥」
ああ、もう、どうすりゃいいんだよ、誰が雨をおまえのせいにするんだよ?
雨が小振りになってきたかと思ったら今度はこっちが降りそうじゃん‥‥
「ごめんな、怒ってるんじゃねえよ、誤解すんな」
「じゃあ、なんでそんなにぶーたれてんの」
いまにも泣きそうな顔で が愚痴る。
ぶーたれてる‥‥か。
一応何考えてるかは には、バレてはいない訳だな、と妙に安心する。

突然、空が真っ暗になったかと思うと、すごい稲光。
間髪入れずに轟音が鳴り響き、すごい振動が地面をゆるがす。
「きゃああああああああっ!」
が俺の懐に飛び込んで来た。
心拍数が一気に跳ね上がって、鼓動が耳の中でどくんどくんと脈打つ。
さらにもう一回、稲光と同時に轟音が轟く。
が体をかたくしておれにしがみつく。
俺のせいじゃねえ、雷のせいだ!
しっかりと のからだを抱き締める。
どうやら本気で雷には弱いらしい、知らなかったが。
‥‥まるで子犬だな。
がたがたふるえて、俺のからだに回した両手もこきざみに震えてる。
そっと、濡れた髪の毛を数回なでる。
勝手に手が首筋に滑り落ちて の頬へとまわる。
すべすべした頬をなぞっているうちに柔らかな唇に指が触れる。
ああ、もうだめじゃん。
ぐっと の顔を上向きにして、唇を奪う。
最初はちょっと戸惑い気味だった だが、すぐ目を閉じて力が抜けた。
柔らかな唇をこじ開けて舌で の舌に絡み付く。
おそるおそるの反応が返ってくる。
もう止められねえ、体中に火がついたみたいじゃん。
狼に変化だ。
強引なキスを続けたまま、片方の手が動いてすっと身八ツ口へすべりこむ。
一瞬 の体が固くなるが有無は言わせない、もう手遅れじゃん。
ふたりして床の上に倒れ込む。
くるしげな の息づかいがよけい火に油を注ぐ。
やせてても、やっぱり女の体と男のとじゃ全然違う。
まろやかとか曲線とかいう言葉がぴったりなんだろうな、とモヤのかかったような頭でぼんやり考える。
もう理性なんてどこへやら、生まれる前から刷り込まれてる本能のままに手が、体が動く。
うす暗い中にうかびあがる、あらわな白い胸元とはだけたすそからのぞく脚。
はずかしいのか、 は横を向いて目を閉じたままだ。
濡れた髪がほつれて顔にかかってる様子が悩ましい。
もう、我慢できねえじゃん。
の脚の間に俺の膝をぐっと差し込んで の上に覆いかぶさった‥‥
その瞬間またしても閃光と轟音が轟いた。
突然目の前が真っ暗になって星が飛び散った。
息ができない!痛いなんてもんじゃねえ!
「ご、ごめんっ、カンクロウ、大丈夫?やだあ、どうしよ‥‥!!」
が慌てふためいて二つ折りになって床に転がってる俺を覗き込む。
‥‥雷の音にびっくりして思わず体を縮めた の、ひざが、俺の急所を直撃‥‥した、らしい。
油断大敵、こういう展開は予想してなかっただけにダメージは‥‥致命的だ‥‥

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雨もやんで、ごそごそと空き家から出る準備をする俺たち。
「‥‥ごめんなさい‥‥本当に‥‥‥」
「もう、いいって、気にすんなよ」
おれより の方がしょげかえってる。
ああいう展開のあとじゃ、さすがにエロモードには戻りかねて、結局あれ以上は手を出せないまま。
濡れた浴衣と同じようにしけた気分じゃん。
なかなかうまくいかねえもんだなあ。
ため息一つついて、ばさばさと裾を直す。
を見遣れば、あ〜あ、着慣れてないからどうやって直すのかわかんねえみたいじゃん。
うまく前をあわせられずにモタモタしてる。
俺も女装はしたことねえからよくはしらねえけど、コイツよかは場数踏んでるから検討はつく。
「胸元は身八ツ口に手入れて互い違いにひっぱるんだよ」
「‥‥身八ツ口って、何?」
「さっき俺が手ぇ突っ込んだとこだよ」
みるみるうちに の顔が赤くなる。
「な、なんでそんなこと知ってんのよ‥‥」
「まあ、な。
いろいろ、研究してんじゃん」
「‥‥エロ本で、でしょ」
「ケンゼンなお年頃の男子としてはジョーシキ、なんじゃん」
「もうっ!」
バカな会話で元気が戻ったみてえだな。
ひじで軽く小突きあいながら夕映えの外へ出る。
さっきまでの大雨がうそのような澄み切った空。
くもの細長いきれっぱしがところどころに浮かんで、夕焼けの光をさらに印象的に彩る。

「おい」
え、という顔で が俺を見る。
「腕、かけろよ」
肘を突き出してあごで腕を組むように促す。
照れたような顔で がそっと腕をからませて寄り添ってくる。
あ〜あ、今日も俺の個人的ニンムは失敗、か。
まあ、仕方ねえな。
‥‥もともと棚ぼただったんだし。
「‥‥ねえ〜」
がぼそっと声をかけてくる。
「なんだよ」
「‥‥カンクロウってさ‥‥筋肉質だね」
今度はこっちが赤くなる番かよ?!
「な、な、なに言ってんだよ」
「んふふ、だってえ、見えちゃったもん、前がはだけた時どきどきしちゃった」
‥‥女って、コエえな‥‥、ずっと目ェ閉じてると見せかけて俺のこともしっかり観察してんのかよ?!
「‥‥また、次、ね」
囁くような声で が言う。
じゃあ、別にいやじゃなかったんだな、ちょっとほっとする。
「ああ、それまでにもっと研究しとくじゃん」
ニヤッと笑って、下向いてる の顔をわざと覗き込んでやる。
「もううう〜/////」

手探りのケモノ道。
みんなが来た道、通る道。
そのときがいつかはわかんねえけど、 相手なら、あせらず時期が来るのを待とう、待てる、と思う。
ああ、俺ってめちゃ偉いシノビじゃん。
口笛ふきながら、ゆっくりと暮れてゆく空の下、 と帰路へついた。


*閉じてお戻りください*


蛇足的後書:勢いだけで書き上げてしまいました。
季節に追い越されると非常に書きにくくなるので、何とか先に、と。
これまた限りなく灰色な裏ですね、ほとんどギャグ。
まあ彼のお年を考えるとこんなもんでしょう。